回想

 彼にしては眠れぬ夜を過ごしていた。

 隣りのシュラフからはいつものスカビアスの豪快な(いびき)が聞こえない。オースティン同様、何か考えて眠れないでいるのだろうか。勿論、隣りの部屋で一人眠っているマトウォーネの静かであろう寝息は聞こえる(よし)も無い。

 夜目の利いた目で仄暗(ほのぐら)く見える天井を何とはなしに見詰めながら、オースティンはこれまでの経緯を反芻していた。マトウォーネとの出会い、スカビアスとの出会い。それらは偶然なのか、はたまた運命付けられたものなのか。

 

 オースティンがまだガレオーンに少年将軍として在任していた時、『女神からの神託』があったのだ。それらはぴたり、ぴたりと近くの未来を確実に言い当てていた。

 その時の様子を思い出す。



 ノッティンガムの戦乱も鎮圧し、その後の処理に軍が動いていた夜だった。将軍であるオースティンの天幕に一人の女が尋ねてきたのだ。簡単にオースティンの天幕まで来れる筈が無い。ガレオーンは第一軍である白兵戦の兵士達、第二軍の遠距離攻撃・補助の兵士達、第三軍には第一、第二軍に家族のある者達の非戦闘民とそのガードという構造で成っている。

 その女は何処から見ても第三軍の普通の女と変わりなかった。オースティンが通常平和な時に第三軍まで皆の顔を見に赴く他に、第三軍の一般の女が逆に軍の中枢であるオースティンを尋ねる事は、余程の事がない限り無理だ。第一、キャンプの天幕の位置が相当離れているし、オースティンの天幕の入り口には常に警護の兵士が二人立っている。その他にも不審者が居ないか歩哨が立って巡回している。

 それらのセキュリティをかいくぐってオースティンの元へ辿り着くのはまず不可能だ。だが、女はやって来たのだ。

 突然の意外な来訪者に驚いたオースティンは、天幕の入り口を確認して二人の兵士に声をかけたが、まるで異次元に居るかの様に彼らは真っ直ぐ前を向いて通常通りに見張りを続けていた。どれだけ大声で呼び掛けてもちっともこちらに気付く様子は無い。

 そこで女が言った。

 「無駄です。今の私は…『私』が宿っているこの女性は異なる世界の者として存在しています。貴方も同様に」

 そして『正義の女神オルトリープ』を名乗る女は話をし始めた。

 自分は伝説の魔人フィリオンに寄って神体と神魂が封じられているので、魔人フィリオンと同族であるオッド・アイを持つ者として蜂起し、魔人を倒して欲しいと。

 「…何のつもりか分からんが、その様な世迷言を俺が信じると思うか?」

 あくまで冷静なオースティンに『女神』は口元だけを笑わせて言った。

 「…ではこうしましょう。私がこれら近い未来の予言をします。それが現実に起こった時は迷わず私の言葉を信じて下さい。そうすれば…そう、貴方が探して止まない家族の仇と会い見(まみ)える事が出来るでしょう」

 正義の女神オルトリープと名乗った女の最後の言葉に、オースティンは過剰な程に反応した。女の肩を両手でガシリと掴み、その目を射抜く。

 「…知っているのか!? 俺の…俺の家族を惨殺した奴らの事を!」

 通常、誰よりも冷静沈着な彼らしくなく、その声は震え強い眼差しは動揺に激しく揺れていた。彼のトラウマ…まだ十歳にも満たない頃、トネルトの貴族であったオースティンの誕生パーティーが、オースティンの父であり、トネルト王国の誇る騎士団『星』の騎士団長『英雄』でもある人物の自宅で身内だけでささやかに行われていた。

オースティンは『英雄』の息子として社交界に出て、何の問題もなく大人顔負けの落ち着きと礼儀で大人からも一目おかれ、同い年位の女子からは憧れの的となり、男子からは羨望の的となっていた。だが、当の本人は社交界というものに馴染むには余りに武人気質過ぎた。なので、パーティーも自宅でささやかに行われていたのだ。

そこを、謎の男が現れて父を、母を彼と妹の目の前で惨殺した。

 オースティンは将来父の様な立派な騎士になりたいと子供心から思っていて、当然の様にそれを目指して騎士団養成学校に通っていたが、両親の仇を討つという気持ちがそれに勝り、それに同意した妹ウェンベルと共に戦士ギルドに組し腕を磨き、少しずつ人里から離れて魔物と戦ったりしていた。そして本格的に旅を始めて間もなく、妹も故人となった。敵は両親を惨殺した者とは違う人物だったが、額に印されている紋章が一致していた。

 そして、無残に頭を潰されてむごたらしい屍となった妹の骸を抱いて放心していた時、ガレオーンの戦士達が血臭を嗅ぎ付け彼を保護し、ウェンベルを埋葬した。その後オースティンは様々な各国の情報が得られるという事でガレオーン入隊を希望し、その後の功績によりぐんぐんと頭角を表し少年将軍となった。

 

 ノッティンガムの戦乱を経て、オースティンと同い年の第一軍隊長格のサトゥルンという男が行方不明になっていた。彼と懇意の仲であったオースティンは、将軍としての仕事を続けながらも常にそれが頭から離れなかった。

 そこで、来訪者は言ったのだ。

 「サトゥルン…という名前の軍人さんが居ますね。彼はまもなく無事に生還します。貴方と運命を共にする少女と一緒に」

 「運命を共にする…?」

 「…そう、魔人フィリオンを倒すべく貴方と同じオッド・アイを持つ少女。名前はマトウォーネ。黒髪に紅と黄金色の目を持っています」

 「…何故そこまで言い切れる? 確信があるのか?」

 「予言です。そしてこれは切れる事の無い運命の糸。私が紡いだ言葉は必ず現実となります」

 それだけ言うと、女の体は急にガクリと力を失った。床に倒れた女を抱き起こし、その頬を軽く叩いてみる。反応がない。どうやら『女神』は立ち去ったのだろうか。試しに天幕の入り口を見張っている者に声を掛けるといつも通りの返事が返って来た。『場』は取り戻された。

 オースティンはその女を第三軍に戻す様に言いつけ、深い悩みの海に沈んだ。そして雑務をこなす毎日の中、『女神』の予言通りにサトゥルンは生還した。運命を共にする少女を伴って。



 重症だったらしいサトゥルンの報告に寄ると、瀕死の状態で倒れていた所を、通りかかったマトウォーネの精霊術で癒して貰ったのだそうだ。当のマトウォーネがどうして戦地を彷徨っていたかと言うと、ハッキリとは言わなかったが、故郷を無くしてウオルムスに人探しにやって来た所、ノッティンガムの戦乱に巻き込まれて地図も無い状態で一人歩いていたら、知らずに戦地に来ていてしまったとの事だった。

 マトウォーネとの出会いは以上だ。その後仕事が落ち着いた所でマトウォーネと面会して『女神』の話をして、予言が当たった事に対して家族の仇を志してガレオーンを出る事を決意したのだ。

 そしてスカビアス…

 寝ている首を巡らせて隣りのスカビアスのベッドを見遣ると、スカビアスが暗闇の中こっちをばっちり見詰めていた。予想もしていなかった事態に、オースティンは虚を突かれて「おっ」と小さく叫ぶという醜態を晒してしまった。

 「…何だ」

 暫く気まずく黙っていたが、変わらずオースティンを見詰めているスカビアスに、オースティンは呼びかける。

 「いやー…今までの事思い出しててさ」

 どうやらスカビアスもオースティン同様、現在に至る経緯を思い起こしていたらしい。そう言えば、スカビアスの事はまだ詳しく訊いていない。

 「…お前の言う『今までの事』を訊いてもいいか?」

 オースティンが問い、スカビアスが頷く。

 

そしてスカビアスは静かに語りだした。

彼がこのガルダ大陸に来る前まで生活していたのは、ガルダ大陸の東北にあるシレノス島という小さな島であった。元はガルダ大陸と連なる様にして在ったレイオーンという大陸の一部であった島である。

水の大陸レイオーンと呼ばれていた美しい大陸は、ある日姫巫女であるルキナの神託により、津波による災害によって没する事を運命づけられ、レイオーンにいた住民達はそれぞれ方々に避難していった。姫巫女であり聖女でもあるルキナは、彼女に課された使命をまっとうするべくレイオーンの一番高い所にある神殿に一人残って「時」を待った。

運命の子供がかつてレイオーンと呼ばれた土地に現れるという神託を受けて、何年も「時」を待った。生活に不自由は無かった。自然の恵みがあり、木々の実や海の魚などで食欲は満たされた。住まいは住みなれた神殿で過ごしていた。

そして子供が現れた。ある日ルキナが海岸を散歩していると、波打ち際に金色の光を放つ何かがあったのだ。胸を高鳴らせ、小走りになってそこへ辿り着くと、淡い光が守る様にして金髪の男の赤ん坊がすやすやと眠っていた。光に手を触れると、その光から怒涛の感情・記憶がルキナの頭を襲った。

伝わったのは、悲しいある王国の終末。黄金の特産地であり黄金国とも呼ばれていたガルダ大陸六大王国の一つの王妃からの、最期のメッセージであった。子供は黄金国最期の王子、名をスカビアス。父親は最古の魔族とも言われるオッド・アイ一族の末裔、母親は水竜の化身。上に兄と姉が居るという。スカビアスの生誕の祝宴を国を挙げて祝っていた所、突如として現れた魔物と一人の男によって滅ぼされたという。スカビアスの胸の上には王族を現す見事な黄金細工の短剣があった。

そして、ルキナは母親代わりとなってスカビアスと一緒に暮らし始めたのであった。スカビアスはルキナに沢山の事を教わった。いずれ行く事になるであろう大陸へ向けて、話術や金勘定、礼儀作法やその他諸々の日常常識。そして、スカビアスはとても精霊に愛されていたのでルキナの指導の元、精霊術も学んだ。

スカビアスはすくすくと素直な青年に育ち、そして運命の日がやって来た。

スカビアスがいつもの通りルキナに言われて食用の木の実を採りに出かけていたその間に、何があったものか神殿に帰ったら白大理石で出来ていた神殿の居間はルキナの首筋から流れた真っ赤な血潮で満たされていた。そしてマントを被った長身の男。

スカビアスには何も理解出来なかった。憶えているのはバラバラと床に落ちた木の実の音、長身の男が目に見えない程の俊敏さでスカビアスに当て身を食らわせた際にちらりと見えた、光に透けると金色に輝く黄緑色の長い髪。そして、視界一杯に映る真っ赤な…まるで血の海の様な…

そこまで黙ってスカビアスの話を聞いていたオースティンは、ルキナを殺したと思われる男の容姿を聞いて、ガバッと上体を起こす。

「…光に透けると金色に輝く黄緑色の髪…? …同じだ…俺の両親もそいつに殺された。…恐らく同一人物だ」

 恐ろしく低い声でオースティンは呟く。そしてスカビアスに向かって続け様に問い掛ける。

 「他にそいつに関する情報は無いのか!? 例えば…額の印とか…」

 性急に尋ねるオースティンに、スカビアスは何処か達観した様子で答える。

 「あー、無理無理。俺、その現場一瞬見ただけでそいつに気絶させられちまったから。…でもまぁ、いいじゃん。一つ分かった。俺とお前の仇はどうやら同一人物らしいって事。情報の第一歩」

 「あ…ああ、そうだな…」

 毒気を抜かれてオースティンは床に戻った。

 「で、続きなんだけど気がついたら大陸に渡ってて、ザンに拾われたんだ。どうやらそこまで運んだのはその仇の男って事になるんだけど、不思議と俺が故国から一緒に流されて来た王族の印の黄金の短剣なんかもちゃんと一緒に運んでくれたらしんだ。何だか…殺戮者の癖に妙に気が回るるっていうか…。で、後はこないだちょっと話した通り、ザンの漁師の仕事手伝ったり、初めて人が沢山いる村っていう所に連れて行って貰って、人が沢山いる処に慣れさせてくれたり。ザンは元々戦士だったから、剣の相手にもなってくれた。流石に剣の相手だけはルキナさんに教えて貰えなかったから、これは凄く助かった。ルキナさんからは精霊術を教えて貰ったんだ」

 そして暫く黙する。

 「…ま、こんなトコかな」

 「…そうか…」

 また、長い沈黙があった。

 と、オースティンが思い出した様に尋ねる。

 「お前、片耳にピアスの様な物が付いてるが、元は宝珠の形をしていなかったか?」

 オースティンが自らも片方の耳に下がっている金色の小さな耳飾りを示してスカビアスに尋ねる。

 「あ、おう。ルキナさんに教えて貰った。俺が海岸に流れ着いた時に王家の短剣と一緒に緑色の宝珠があって、ルキナさんが水の加護に触れた途端に意思と記憶が頭に流れて来るのと同時に、水の加護が外れてその緑色の宝珠が光に変わって次の瞬間には俺の方耳に耳飾りの形になったんだって聞いた」

 スカビアスの耳飾りはオパールの様なまろやかな光沢を持つ、菱形の石だった。

 「…そう言えば、マトウォーネにもあったな」

 オースティンが思い出して言う。マトウォーネの方耳に下がっているのは、水晶の結晶の様な形の耳飾りだった。

 「…これら宝珠の結晶も何かウラがあるな…」

 そう呟いて、オースティンは羽根枕を手で整えてそこに頭を埋める。

 「…もう寝ようぜ。明日出発なんだろ?」

 欠伸交じりのスカビアスの声にオースティンは「そうだな」と答えて眠る事にした。だが、頭の中は色々な事が混雑していていつも通りすんなりとは入眠出来なかった。

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