瑠璃色の狂気、真紅の憎悪

焔が風是羽也斗と共に狭まで旅をしてから十数日、夕方に差し掛かった頃に一同はやっと挟へと着いた。その間、焔は風是と羽也斗に大分気を許す様になっていた。大体は羽也斗の単純明快かつお人好しな性格のお陰である。また、風是もあまり口数は多くないものの、一緒にいると心が落ち着く様な感じがした。

二人共、見るからに「訳あり」そうな焔の身の上について言及する様な事はせず、もっぱら狭の話や羽也斗の恋人の水松について話していた。気を遣っての事だろうが、それがには嬉しかった。幾ら過ぎ去った過去の出来事とはいえ、記憶には、思い出す事さえ耐え難い苦痛となる種類のものもあるのだ。

 「はぁー…やっと着いた」

 挟の東門から軽い検問をパスして都市の中に足を踏み入れ、羽也斗が疲れを隠さない声で言った。いい若い者が、でれりんと背中を丸めて壁に寄り掛かっている姿は、お世辞にも格好いいとは言えない。だが次の瞬間、落雷に打たれたかの様にビシッと背筋を伸ばすと、目を輝かせて風是と焔に言った。

 「じゃ! 俺は水松(ミル)に会ってくる!!」

 それだけ言うと羽也斗は短距離走の様なフォームで走り去り、あっという間に雑踏に紛れて行ってしまった。それを焔はぼんやりと見送り、ポツリと言う。

 「…………あっちは何処かで待ち合わせをしているかもしれないからいいかもしれないが、こちらとは何処で落ち合うとか、言わなくて良かったのか?」

 その問いに風是は僅かに苦笑して答えた。

 「ああ、いつも泊まる宿は決めてあるんだ。それは心配ない」

 「へぇ、結構来てるのか」

 「ああ」

 風是の話によると、五年前にちょっとしたきっかけで羽也斗と水松が出会い、二人は互いに一目惚れをしてそれ以来周期的に狭にやって来ては、愛の時間を過ごすのだという。

 劇的な一目惚れで恋に落ちたのもあるだろうが、遠距離恋愛という障害が立ちはだかっている事によって、自分達の恋愛がより崇高なものに見えている所為もあるのだろう。二人は五年経った今でも当初と変わらぬラブラブ・ファイアーぶりを発揮していた。

 「そうか…。恋人、か。羨ましい」

 焔が微笑ましく言う。その声には、自分と彼らの幸せぶりを比較した重さは微塵も無い。第三者的な感想を一応述べてみた、といった感じの台詞であった。

 「あんた、どうするんだ?」

 ぶらぶらと歩きながら風是が問う。

 「ああ…、ここに滞在して何か情報はないか調べるつもりだ」

 「そうか…」

 焔の答えに風是はそう答えて暫く黙っていたが、ふと焔の方を向くと言った。

 「七日くらいは滞在するつもりだから、もし良かったらその間手伝おうか? どうせ俺は大してやる事もないし」 

 フードが目深に被られた焔の顔を見る。長めの前髪で隠す様にしている分厚い布を巻かれた目元。表情の大半を表す目は、頑なに隠されていて容易にはその感情を読みとれないが、ここ数日の内に風是は少しずつ焔の感情の動きを読める様になってきていた。

 通常は険しく緊張している焔の表情が、微かに緩む。

 「……………そうして貰えるのなら助かる。有り難う」

 僅かに両端の上がった唇を見て、風是は「いや」、と首を振った。

 「宿、俺達と同じ所でいいか? だったら案内出来るが…」

 「ああ、構わない」

 そして、二人は肩を並べて大きな通りの方へと雑踏の中、歩いて行った。

 それを、建物の屋根に立って眺めている人物がいた。

 細い、針の様な髪を短く切り揃え、額に革の紐を巻き付けている。切れ長の目。柳を思わせるしなやかな痩身。長身にまとわりつくマントをわしげに片手で払い、目を細める。

 青嵐。

 「…………あれ』、か」

 呟く。

 青嵐は暫く屋根の上から雑踏の中の焔を見ていたが、やがて答えは出たのかマント翻すとその場から消えた。


 見られている。

 そう感じた。

 宿の中に入り、案内された部屋に着いて荷物を置き一息入れても、その息苦しさは消えなかった。狭に着いてからずっと感じているその感覚。

 『見る』事をしなくなってから、焔の他の感覚は人の倍以上に働いた。聴覚や嗅覚、触覚・味覚。その他にも『気配』を敏感に察知する様になった。自分に敵意を抱いている者、そうでないもの、命あるもの、ないもの。あたかもも見えているが如く、人並み以上に判別をする能力に長けていた。

 だが今、気配を探ろうにしても、相手は巧妙にその気配を隠していて容易に探す事が出来ない。全くそれらしき気配が無いのである。そのくせ、煮え切らない『視線』の様なものが絶えず焔の周りを付きまとっている。

 暫く考え、焔はそれを無視する事にした。正体の掴めないものに対して、いつまでも気にしていても仕方がない。ただ、油断はせぬように気を付けていれば良い。そう思う事にした。

隣室にいる風是に一寸出掛けてくるという事を伝え、風是の見送りの声を背に挟の雑踏へ繰り出す。薄っすらと辺りが暗くなり、それぞれの家屋が照明を灯し始める中、焔は情報収集の為に酒場へと向かった。目が見えない状態で、数多く立ち並ぶ店の中から酒場を探し分けて入る事は難しい様に思えるが、人の流れや音、匂いを辿れば意外にも簡単に店の区別というものはつく。

酒場と言っても、この広い挟に酒場は数え切れない程にある。それらを吟味して入る訳にもいかないので、取り敢えず焔は手近な距離にあるまあまあ大きな酒場に入った。

 それを監視していた青嵐は、何者にも気付かれぬ様に追った。


 酒場独特の匂いを感じ、焔は少し緊張感を緩める。楽しそうに呑み交わしている雰囲気を感じ取った事もあるし、酒場に入ってまで気を張っているのはかえって目立つからだ。

 相変わらず全身をフード付きのマントですっぽりと覆ったは、カウンターのスツールに腰掛けるとバーテンダーに火酒を頼む。まずは場に染まってからだ。多少酒場の雰囲気に気配と存在を同化させてから、情報を集める事にする。

 「隣、いいか?」

 突然見知らぬ男が声を掛けてきた。ピクリと体が反応する。風の民だ。だが、違う。焔の探している『彼』ではない。

 「ああ…構わないが…」

 こんな場面にはしょっちゅう会っている。は自分の外観が性別をハッキリと認識出来ない様にしている事をよく知っているので、こういう場合に声を掛けてくる手合いが、自分を女性と知った上でそうしているのではない事を分かっている。だから何の抵抗もなくそう答えた。

 男は物も言わずに焔の隣に腰掛けると、同じようにバーテンダーに酒を注文する。それ以来こちらに声を掛けてくる気配は無い。ただ単に席に困っていただけの様だ。

 そう判断すると、焔は隣の男からは注意を外して自分の思考に戻る。

下手に視界に入る物に気をとられる事がないので、考え事には割と集中しやすい。耳に否応なく飛び込んでくる騒がしい酒場の音も、あまり彼女の考えを邪魔するには至らない。片手で火酒の入った器を弄びながら、ゆっくりと今後の事を考える。

火酒はかなり度数の強い酒だ。名の表す通りに、一口含むだけで口腔が焼かれているかの様に感じ、呑み込んだ後の喉は焼け付く様に熱くなる。
 主に肉体労働者や、旅の戦士達が好んで呑む酒だ。そのアルコール度の高さ故に、いざという時には消毒液代わりにもなる。女性が呑む事は滅多に無い。
 だが、焔は好んで火酒を呑んでいた。火の民では、油分が入っていてとても熱いスープや、口から火が出そうな程に辛い物などは普通の料理だ。そういう理由でも火酒の特別な性質は苦にならないし、かえって故郷の味がして好きだった。

 様々な事を考えながらもちびちびと火酒を呑み、器の中身があと少しまでに減った頃だった。

 「お前は緋翔にに似つかわしくない」

 低い声で、隣の男がボソリと言った。

 周囲の音に混じって、普通ならカウンターで隣り合わせに座っていても、まず聞こえる音量ではなかった。だが、焔の耳は違う。

 「!?」

 その名前にビクリと反応し、思わず右に座っている男の方を向く。右手で軽くカウンターを押し、回転する椅子がキシリと音を立てて右に回る。

 バサリ。

 男が少し大きいモーションでマントを払い、左向きにスツールから降りる。

 焔の口が喘ぐ様に開かれた。

 咄嗟にカウンターを蹴って飛びすさる。焔が何か言う前に、男はカウンターに小銭を放って酒場から出て行った。

 「…………………あいつ……」

 きつく噛み合わされた歯の間から、呻く様な声が漏れる。もそりとマントの下での手が動き、右脚の付け根辺りを押さえる。そこから、赤い血がじわりと湧き出て、ゆっくりと下衣を侵食していった。

追いかけようにも、脚の付け根をやられているので走る事が出来ない。それに、追い掛けたとしても相手は風の民だ。特有の移動能力を使われてしまえばすぐに見失ってしまう。

焔は、思わず下半身の力が抜けてしまいそうになる痛みを堪えながら、空いた方の手で火酒の残りを乱暴に飲み干し、タン! とグラスをカウンターに置いた。

男はカウンターから降りるそのモーションで、左に回転する力を利用し、右向きになってがら空きになった焔の右脚に、凶暴な風を纏わせた手刀を食らわせたのだ。本来はもう少しその軌道は上にあった。脚の付け根にある太い動脈を狙ったそれを、焔は咄嗟に右手で叩き落としてずらしたのだ。

焔の近くにいた酒場の客達は、一瞬攻撃的な気を感じて周囲をキョロキョロとしていたが、さして変わった素振りを見せる者もいないので気の所為だとして、再びそれぞれの話題に戻った。

 大きく舌を打つと、焔は代価を払ってゆっくりと酒場を後にした。



§§§



 路地裏。

 暗く、不吉なその場所に敢えて立ち寄ろうとする者はいない。

 街灯もないその場所に、黒い影がひそやかに動く。

 ピタリ。

 微かな音を立てて、水滴が薄汚れた地に落ちる。滴り落ちたそれは、黒い大地により黒い染みをつけた。

 黒。

 モノクロの路地裏(せかい)では、その色をそう言うだろう。だが、光の元でそれを見た者はこう答えるだろう。「血の朱」だと。

 「        誰の、血だ」

 抑揚の無い低い声が暗闇を這う。人の心に住まう、原始的なものを刺激する声。

 「……………さて、な」

 その問いに青嵐はそう濁した。慌てる素振りも弁解する素振りも無い。落ち着き払ってマントの僅かな乱れを直し、濡れた手を鋭く払う。

 ピッ

 壁に黒い染みが着く。

 沈黙。

 通りから何本かしか離れていない筈なのに、そこは酷く静かだった。落ち着いて安らげる静けさではない。いつまでもそこにいたら、音を求めて自ら音を立て声を出してしまう、そんな静けさであった。

 「………………………あの女には手を出すな。それが許されるのはこの俺だけだ」

 警告。

 その声に怒りの色は無い。怒りなどというレベルではない。脅しではなく『次は無い』という警告。

 青嵐だから敢えて警告という手段を取った。たった一度のチャンスを与えたのだ。友であったよしみとして。

 不透明で禍々しい、薄暗い沼の静けさの様な、純粋な殺意と剥き出しの闘争心、そして限りない狂気があった。

 「お前でも、『次は無い』」

 ひたりと、刃物を喉元に突きつけるかの様な視線。

 青嵐はそれを真っ直ぐに受け止める。

 恐怖も不安も、何も感じさせない静かな目で。

 緋翔に対する畏怖や競争心などは無い。青嵐は純粋なまでに緋翔の全てを受け入れ、肯定していた。だから、今こうして警告をされても、彼の中に新たに沸き起こる感情は無かった。こうなるだろう事は、前もって分かっていたのだ。

 だが、それでもこれだけは譲れないと思った。本能的に、緋翔と焔を近付けてはいけないと思っていた。

 「全てはお前の為だ」

 青嵐にしては珍しい言い回し。これまで彼は、緋翔に対して負担となる様な押しつけがましい言葉を吐く事は一度たりともなかった。

 「ならば退け」

 緋翔が低く言う。

 「退けぬ」

 なな拒否。

 近くの建物から狂った様な女の笑い声が聞こえ、引き攣る様な音に変質しながらフェードアウトしていった。

 静寂。

 「……………いいだろう」

 薄い唇の両端を吊り上げ、細い月の様に禍々しく緋翔は笑った。

 そして去った。

§§§

 ガタリ。

 隣室で大きな物音がし、ぼんやりと物思いにふけっていた風是はハッとして顔を上げた。

 だ。

 そう思い、腰を上げる。

 直感的に違和感を憶えたのだ。隣室に向かいながら、その違和感の正体に気付く。いつも猫の様にしなやかに動く焔が、こんなに物音を立てるのは珍しい。何かあったとしか考えられない。

 「焔? 戻ったのか?」

 廊下に立ち、焔の部屋のドアをノックする。

 くぐもった声が、微かに室内から聞こえる。

 やはり様子がおかしい。

 「入るぞ」

 問答無用でドアを開ける。照明が点いていないので室内は暗かった。窓からのぼんやりとした明かりで、焔がベッドに腰掛けているのが分かる。

 「焔? どうしたんだ? 灯りも点けないで」

 そう言ってから、風是はハッと口をむ。目が見えないから照明など必要ないのだ。自分の思慮が至らない事に風是は自らを恥じる。

 それに気付いてか気付かずか、焔は何も答えない。否、やはり様子がおかしい。暗闇に気を取られていたが、室内はやけに消毒薬臭かった。焔もただ黙っているのではない様だ。

 「? 悪い、灯りを点けるぞ」

 状況を把握出来ずに風是はそう言うと、手探りでテーブルの上にある火種を探すと、小さな音を立てて火をつける。火種のすぐ側にあるランプに火を点すと、室内は明るさを得た。

 何が起こっているのかの方を振り向いた瞬間、風是は珍しく狼狽えた声を上げた。

 ベッドに座っている焔は、肌も露わな格好をしていたのだ。上半身は服を着たままだが、下半身は下着一枚という姿であった。鍛えられ、引き締まった脚がすらりと伸びている。いつも男のような装束を身に纏い、肌を出していない為に隠されていた肌は白かった。

 「わ、悪い。出直して…」

 風是がそう言ってドアに向かった時、焔が口に咥えていた物を放して、少年の背中に声を掛けた。

 「風是、丁度いい。手伝ってくれるか」

 「え?」

 くるりと振り向いた風是は、やっと焔が何をしていたのかを理解する事が出来た。焔の脚の付け根辺りが赤く染まっている。何度も布で拭いたのだろうが、次々と新しい血が滲み出てくる。真っ赤に染まった布が、そこらに放ってあった。

 「っ焔! どうしたんだ!? その怪我…っ」

 「平気だ」

 そう言い切る焔に、風是は声を荒げる。

 「平気な訳ないだろ!? こんなに血が出てるのに…!」

 そう言うと、風是はベッドに腰掛けている焔の足元に跪き、巻かれかけていた包帯を取ると傷の具合を診る。下着一枚の焔の腰周りが彼の顔を朱に染めたが、それによって冷静さを欠かせる事はなかった

 「…大分酷いな。医者に見せた方が…」

そこまで言って風是は口を噤む。

焔の訳有りそうな身の上はまだ聞かせて貰っていないが、常に全身を周囲の者から隠す様にしている様子を見ると、医者に見せるというのは彼女にとってまずい事態になるのではないか? と咄嗟に思ったのだ。

これまで焔が身の上を隠す為にどれ程の苦労をしたかは分からない。だが、今ここで医者に見せたなら今までの苦労が水の泡になってしまうだろう。大怪我をした盲目の女など、そうそういないからだ。不信に思われる事は間違いない。

 「…………羽也斗の恋人の水松が、確か回復の術を得意としていた筈だ。探して呼んでくるから、それまで待っていられるか?」

 風是が自分の身の上を察してくれた事に焔は感謝をし、小さく頷いた。

 「…悪い、俺の風の力はどっちかというと攻撃向きなんだ。癒しの術が使えない事もないんだが、俺の術のレベルじゃかすり傷を直す程度だから…。水の民や地の民みたいに、本格的な力は持っていない」

 自分の能力の質は自然と決まってしまうものなのだが、風是はそれを自分の責任の様に言って謝った。包帯をきつく巻き直しながら、風是は心から済まなさそうに謝っていた。

 「何も謝る事はないだろう?」

 焔はそんな風是の優しさ、誠実さに好ましいものを感じて小さく笑う。

 「じゃあ、急いで行って来るから…それまで横になって待ってろよ。臭いが籠もってるから、窓、少し開けておくから」

 そう言って風是は窓を細く開けると「じゃ」と小さく言って、部屋を出て行った。音を立てて階段を駆け下りて行く音を聞きながら、焔は静かに息を吐きながら枕に頭を埋める。

 傷口がずきずきと痛んだ。

 一体あの男は何だったのだろう? 『あいつ』の名を口にしていたという事は、『あいつ』の関係者なのだろうが…。

 「くそ…いずれにしても、いつかこの借りは返すぞ」

 そうボソリと呟き、焔は唇を噛み締める。

 ふと、室内の空気が微かにゆらぎ、照明が消えた。だが、は光を感じる事が出来ない為に、それには気付かなかった。空気が揺らいだ事に関しても、窓が開いているからそこから風が入って来た程度にしか思わなかったのだ。

 「         久しいな」

 低い男の声に、焔は心臓を直接叩かれたかの様な衝撃を感じて飛び起きた。体に掛けられていた毛布をはね除け、床に素足を着けて立ち上がろうとしたが、思っていたよりも出血が酷く貧血を起こしてよろめく。

 それを男が受け止めた。

 ドクン

 体中の血が沸騰する。

触れ合った部分から、何か強烈なエネルギーの様なものが交わされる。

狂おしいまでの憎悪、殺意。

狂おしいまでの愛情、歓喜。

 「緋翔……………」

 焔が呻く。

 頭が爆発しそうだった。この三年間、幾ら情報を求めても尻尾の先も見つける事の出来なかった男が、わざわざやって来た。やっと逢えた(歪んだ)喜び。増幅する殺意、憎しみ、千切れる程の痛い悲しみ。理不尽な扱いを受けた怒り。

それらが入り交じって、彼女の声は掠れていた。

丁度、初めて二人が出会ってしまった時、緋翔の声が掠れていたのと同じ様に。

 「大層な怪我だな…。女なのだから、誰かに守って貰った方が良いのではないのか?」

 心の柔らかく、脆くなっている部分を刺激する様な言葉。彼は「全て分かっているぞ」と言いたげに、低く喉で笑っていた。

 「黙れ!!!」

 焔が吼え、力強く一歩踏み込むと緋翔の喉目掛けて、肘を決め込んだ。

だが、緋翔はそれを払うと焔の両手を掴んで自由を奪う。そして、彼女の目元を覆っている包帯を一気に引き裂いた。

 「っっ!!」

 髪を纏めていた紐が切れ、炎そのものの様な赫い髪がうねって広がる。そして、開く事の無い瞼がさらけ出された。

 屈辱に頬が紅潮する。

 「…………美しいな………」

陶酔した声で緋翔が呟く。

この開かぬ目こそ、自分の愛の証。そして、この女が自分以外の男を見ていぬ証。

 「だ……まれ………」

 余りの怒りに焔の声が震えている。全身が戦慄き、胸の奥にどす黒いエネルギーが、物凄い勢いで渦巻いている。今にも爆発しそうな感情を制御出来ずに、焔は不規則な息を吐いていた。

 自分の弱い部分そのものを、殺しても憎み足りない男に見られている。それだけで、憤死しそうな程の屈辱を感じていた。
 余りに強すぎるエネルギーに、体を動かす事すら忘れていた。念の力を物理的エネルギーに変換する事が出来るのならば、それは恐ろしい程のエネルギーが緋翔を襲っていただろう。

 「…………今日はこれで退いておく………」

 焔のあまりにも露骨な殺気を至近距離で受けているというのに、緋翔はそれを平然とした顔で受け流し、愛を囁くかの様な声での耳元に言葉を吹き込むと、ふわりと焔の秀でた額に唇をつけた。

 その行為に触発されたかの様に焔の怒りが爆発し、空を裂く音をたててベッドサイドに置いてあった刀を電光石火の早さで抜刀する。

 だが、その瞬間には緋翔は開け放たれていた窓から姿を消していた。刀の切っ先が空しく空気を切断し、物凄い音を立ててが歯ぎしりをした。

 「くそおおおおおおっっっ!!!」

 焔が吼え、怪我の痛みも忘れて激しく床を踏みならした。


それから暫くして、慌ただしい気配がしたかと思うと羽也斗と水松を連れた風是戻ってきた。

「焔!!」

駆け込んで来た三人に、焔は反応しなかった。片手に刀を持ったまま、部屋の中央に立ち尽くしている。

その全身から悲壮感が滲み出ていた。

怒りや憎しみという感情が消えた訳ではない。だが今はそれ以上に、あんな至近距離にいたのに傷の一つも負わせる事が出来なかった、自分に対する失望や無念さが焔を支配し、じくじくと自身を虫食んでいた。

じくじくと痛む傷口は、奇しくも兄であり恋人であった牙炎が負っていた傷と同じ場所であった。同じ血が、今こうして流れている。

牙炎を想う。

最愛の人。

悲しみ…という言葉では語り尽くせぬ想いと、絶望感、空虚なこころ。

「まぁ…酷い…」

おっとりとした印象を与えるが、何処か母親的な安心感を与える娘、水松が眉をひそめて呟いた。

近付き難い雰囲気を発している焔であったが、それを感じぬのか感じていながらもそれを受け止め、敢えてそうしているのか。どちらかは判らぬが、彼女の一言で『場』が動き出した。

「始めまして、焔さん。羽也斗さんからお話は伺っておりますわ。挨拶は後で改めて致しましょうね。さ、お手に持っていらっしゃる刀を離して戴いても宜しいかしら? 傷の治療を始めたいのですけれど…」

おっとりとした物言いでそう言われ、焔は泣き疲れた子供の様に従順にそれに従った。大切な、誰にも触らせた事のない牙炎水松に渡し、促されるままにベッドに座る。

「後は私にお任せになって戴けて? どうか殿方はお部屋の外でお待ちになっていて下さいな」

やんわりと水松に言われ、おろおろと様子を見守っていた男二人は大人しく部屋を後にした。

「ま、後は大丈夫だろ。水松の回復術の力は大したもんだから」

いささか自分の事を話す様な口振りで羽也斗が言い、それに風是がほっとして頷く。

「まったく……、『訳有り』っぽいと思っていればすぐにこれか……」

基本的に人の良い風是が、これからの焔の身を案じてそうぼやく。隣にある風是用の部屋に移動し、それぞれ思い思いの場所に座って今回の事件を思う。

「……なぁ、俺達って何かしてやれないのかな……」

羽也斗が言う。

ぴくりと風是の指が動き、口端が微かに上がる。全く同じ事を考えていたのだ。里の友達からは図らずも、『人助けコンビ』と呼ばれている二人だ。思考回路も似たり寄ったりで当然である。

だが、一人の意見をもう一人が簡単に肯定してしまえば、二人いる必要が無い。一つの提案を出された時、もう一人はそれについて冷静に考える必要がある。そして、大概それは風是の役目であった。

「……だが、種族の違いがあればまず行動範囲に規制が出来る。それに……第一、焔が俺達を必要とするだろうか」

風是の言葉に、羽也斗は彼らしくもなく押し黙る。

風是自身も焔を助けたい気持ちはやまやまだ。少しずつ、目の前の『焔』という人物に惹かれ始めているのが今の本心だ。しかし、他の守護の民、しかも訳有りという要因が、心というよりも好奇心の部分を刺激している。と言った方が、今現在の風是の心理状態を表すのに正確かもしれない。

『助けたい』という気持ちは大いなる善意だ。だが、それは余裕のある者にしか生れない。それは風是も解っているつもりだ。本当に切羽詰まっている者に対して、興味本位だったり好奇心で「助けたい」と言う事は、侮辱であったりする場合もある。

果たして焔の境遇において、自分達が如何なる因子となるのか。

「でも……何だか、役に立ちたい……よな」

羽也斗の呟きを耳にしながら、風是は外からの薄明かりにぼんやりと浮かび上がった、焔の素顔を思い浮かべていた。薄明かりの中で初めて見た彼女の貌は、やけに美しく風是の目に映ったのだ。



§§§



挟より徒歩で約三日程離れた、街道沿いの村。

宿場よりやや離れた場所に、高くそびえ立つ木々があった。木の幹はつるつるとしていて、やや緑色が強い。枝は地上からかなり離れた高い部分からしか派生しない。大陸・に多く生息する木の一種だ。その一本の枝に、一人の男が幹にもたれて立っていた。

青嵐。

彼の中の絶対的存在、緋翔の為に自分は生きていると思う男。

彼が足を掛けている枝は、上から数えた方が早い。だがその高さを何ら気にする事もなく、青嵐はただ悠然と腕を組み、すっかり陽が落ちて濃紺に染まっている天を見ていた。

その姿は、何かを待っているかの様にも思える。

焔という小娘は、先程自ら赴いて確認・判断し、それなりの処置をしてきたばかりだ。

あの娘は緋翔には相応しくない。

それが彼の答であった。

彼の中の絶対的存在、王たる男の相手ともなればそれなりの女でなくては困る。彼が今まで見てきた女の中で、風の守護神殿にひっそりと生きる巫女・風流那(カルナ)が、やはり最も相応しいと思われた。
 その美貌は言う事もなく、知性も品位も申し分ない。生れた家は古くからの名家だ。巫女として声を失っているものの、緋翔の子を宿すのに何ら差し支えは無い。理想の女だ。

だが、あの小娘は何だ。

目玉をられた顔など、女として数に入れられるものではない。言葉は男の様だし、着ている物にはまるで頓着がない様だ。腰には太刀を帯び、手は日に焼けて節くれ立っている。おまけに火酒などいう物を好んで飲む様な女だ。ろくなものではない。

がそうなった、そうならざるを得なかった原因など、青嵐にとっては問題ではないのだ。ただ、問題とするべくは緋翔に相応しいかどうか。それだけだ。

ザ…

風が一瞬強く吹いた。

              来た。

自らの予想が当たったのが嬉しかったのか、滅多に感情を表さない青嵐の薄い口端が僅かにもたげられた。

「………………」

そこには王者が在た。

青嵐が唯一人、認め、彼の全てとしている存在。

「……かなりの深手を負わせた様だな」

獣の声が低く告げる。獰猛な確認。

スゥッと目が細められている。それが何を意味しているのかは、青嵐は良く解っていた。昔からの緋翔の癖だ。腹立たしい事や気に食わない事があった時、表には出さぬが(出す程のものではなかった)緋翔の目は三日月よりも細く、細められる。

緋翔の事なら何でも識っている。

ここに彼が来る事も分かっていた。予想ではない。偶然などではない、緋翔という男を熟知しているからこその必然。

「あの娘はお前に相応しくない」

青嵐は彼が思う事そのままを口にする。

「それを決めるのは俺だ。俺は俺以外の誰の指図も受けぬ」

分かっている。

思った通りの答えが返ってくる。だが青嵐は敢えて分かっている言葉を吐かせる。

「俺は今までお前の全てを認め、肯定してきた。だが、こればかりは譲れぬ」

「ふん……そういえば、お前と真剣に戦り合った事は無かったな……。試験の時、お前は俺が相手だといつも手を抜いた」

緋翔と青嵐の間に、静かな、だが確実に破壊をもたらす種類の風が集いつつあった。それは渦巻き、辺りを不穏な空気一色に染めようとしている。

「本気を出す。お前を引き擦ってでも里へ帰り、風流那殿と契りを結ばせる。あの娘は殺す」

青嵐の決意。

今まで緋翔の影の様に存在していた青嵐が、自らの意志を持って今彼に逆らい、刃を向けようとしていた。その目に迷いは無い。

「やるがいい。俺は俺の決めた道を進む」

残忍な肉食獣を思わせる笑みを浮かべる緋翔の目には、元より迷いなど無い。彼こそが彼の中の全てであり、王なのだ。そして今、彼は妃となるべく女を求めている。

ザッ

反動をつけて緋翔が枝から宙に飛び、空気圧の球を青嵐に投げつける。それを青嵐は、自分の周囲に高速で纏わせた風の盾でもって難なく消滅させる。

「…………覚悟しろ。そして、自らの選んだ選択を呪うがいい」

先程の空気圧の球体など問題にしない、強力な真空の刃を周囲に纏わせて緋翔が告げる。それは旧友への死刑宣告だった。

風の力でもって空中に浮かんだまま、飛翔の周りには凶悪な真空の刃が次々と生み出されている。既にその土地を不穏な色一色に染めている風を浴び、緋翔の纏っている衣服やマントはバサバサと音をたてて翻っていた。ざわりと髪が揺れ、姿を現し始めた赤い月の光を浴びて錆色に光る。

死神。

緋翔のその姿を見て、多くの者はそう呟き恐怖するだろう。

しかしその姿すらも、青嵐にとっては盲目的なまでに高みに掲げる姿の一つに過ぎない。

そして、恐れない。

何故ならば、青嵐自身もその死神に属するものであり、修羅なのだから。

真空の技は、青嵐が得意とするものであった。同じ性質同士の戦いともなると、勝敗を決するのはどちらの能力が上回っているかに尽きる。

青嵐もまた、無言で己の作り出せる最大の真空を作り出す。その一つ一つが、人間の胴体を問題なく切断出来る程の、恐ろしい威力を持つ真空だ。それを二人は数え切れぬ程に作り出している。

「……もう少し離れておけば良かったか……」

青嵐が独白する。

宿場を主体とする小さな村の事を言っていた。

こうなる事は分かっていたが、もう少しだけ離れておけば良かったか。だが、こうなってしまえば場所を変えるなどという事は不可能だ。村にいる者達には気の毒な事になったな。

無感動にそれだけ思うと、青嵐は迫り来る緋翔の二撃目を自らの真空で弾き飛ばした。



§§§



「終わりましたわ」

控えめにドアをノックする音が聞こえ、小さく木のドアが軋む音がすると、やや疲れた様子の水松が入って来た。

「……どうだ?」

水松の肩を抱いて座らせながら、羽也斗がの様子を尋ねる。結局、彼ら二人の間に生じた提案は今だこれといった強い後押しも無く、可決されずにいた。尋常ではない事態に、妙な緊張感と焦燥感を二人は感じていた。それが神経を少し擦り減らせていたのも確かである。

「脚の治療の方…は大丈夫ですわ。ちゃんと傷口が残らない様に直しました。失ってしまいました血までは、私にはどうにもなりませんから、暫くは少し貧血気味でいらっしゃると思います」

「良かったぁ…。ん、さすが俺の水松

安心したのと自分の恋人の能力に賛嘆した羽也斗が、デレデレな声を出して水松の頭を撫でる。それを風是は「わかったから」という表情をしながらも、気になる部分を尋ねる。

「脚の治療の方『は』…って…?」

嬉しそうに羽也斗の愛撫を受けていた水松だが、風是の質問を聞くと悲壮な顔をしていきなり立ち上がる。勿論、羽也斗はその勢いに負けて後ろ向きに転がる。

焔さんの目の事なんですが…。もう大分昔に受けたお怪我な上に、その…私、ただ…あぁ、ただという言い方は良い言い方ではありませんわね。でも、ただの失明かと思っていたんですが…」

余程のショックだったのか、水松は今尚も落ち着きが無い。くりっとした目がおどおどと左右を泳ぎ、繊細な指先は落ち着きなく動かされている。

「違うのか?」

術や呪いによるものなのかと思い、風是が先を促す。だがその類のものではここまで同様する事もないだろう。嫌な予感がする。

「その……あの方、目が……眼球そのものが無いんです。強引に……その、取られて……られてしまったみたいで……」

「なっ……!?」

風是と羽也斗の声が重なる。

泣き出しそうな表情で水松が吐き出した言葉に、二人共物凄い衝撃を受けた。ぽよーんとした印象の水松から『る』という言葉を聞くと、余計凄惨な印象を受けた。

思わず腰を浮かせ、隣室の焔の元に行こうとした風是に、水松は彼女にしては鋭い言い方でそれを制する。

「いけません! 折角やっと落ち着かれてお休みになられたのですから。今はそっとして差し上げて下さい」

「あ……わ、分かった……悪い……」

まだ茫然としている風是が、ゆっくりと元の位置に腰をかけながら何処か現実味のない言葉で詫びる。

「………『訳有り』所じゃねぇな……。何てこった……」

床に転がったポーズのまま、羽也斗が目の前の空間を見詰めながら呟く。定まらない焦点のまま、相棒の顔を見る。風是も同じ様な目をしていた。

放っておけない。

お節介だと言われるだろう。偽善だと言われるだろう。そして、様々な受難と苦しみ、戦いがあるだろう。もしかしたらこれから先、に関わる事を決意した事を後悔する事もあるかもしれない。

だが、今の彼らには純粋な強い気持ちがあった。後先の事を考えていないとは言え、それでもその時は一人の事を思い純粋に力になりたいと思った。それだけは誰にも否定する事は出来ない。

「……探してる……って言ってた風の民……が、そうなのかな……やっぱ……」

姿勢を持ち直した羽也斗がぽそりと呟く。

 もしそうなのだとしたら、自分達の仲間が、誇り高い青龍の守護の民が、そんな鬼にも勝る行為をしたという事になる。怒りと恥ずかしさ、そして疑問がふつふつと沸き上がってくる。

どうして焔はこんな目に遭ってしまったのだろうか。彼女自身が何かをした報い? それとも別の何か理由があるのだろうか。それは、それ程までに大層な理由なのだろうか。

だが、これはれっきとした犯罪だ。

焔が仮に何かをしたのだとして、その報いなのだとしても、こんな、若い娘の目玉を抉るなどという凶行を行って許される筈がない。

犯罪には必ず何かしらの理由があると、羽也斗は思っている。

何が、何が焔をこの様な目に逢わせたのだろうか。

珍しく色々と真面目に考えている羽也斗の斜め向かいで、風是は思い当たる節のある顔をしていた。記憶の隅、埃を被っていそうな部分にある符号。あまりにその全貌が巨大過ぎて、反って気付いていないもの。それに何かがカチリとはまろうとしている。もどかしい。そんな顔だ。

ふと、二人が何かを感じてピクリと震える。水松は何も感じていない様だ。二人の目が合い、互いが感じたものを確認し合う。

誰かが戦っている。

それも、風の民同士が。

近くではないが、それでも色々気が散る事も多い挟という雑踏の中まで、その余波は強烈に届いてくるのだ。計り知れない術者が戦っているのだろう。

恐らくこの戦闘の気配は、狭に滞在している純粋な風の民全てがびんびんと感じている事だろう。だが、同族同士の戦いなので問題は無い。恐らく何かの決闘か何かだろうか。

「凄ェな……」

思わず羽也斗が呟く。それに風是は小さく頷いた。

水松に与えられた、沈静効果のある眠りの術によって焔が深い眠りに入っているのは幸いだった。



その翌日、狭から水の聖域の方へ三日程した場所にある小さな宿場町が壊滅したという情報が伝えられた。死者はそこに定住していた者達三九人の内十五人。そこは水の聖域に近い場所だった為、そこに泊っていた客もほとんどが水の民であった。守護と癒しを得意とする民であったからこそ、その人数で済んだという。

今、聖域外を管轄する狭警備隊が、必死になってその犯人を追っている。十中八九、昨日感じた風の民によるものだと、風是と羽也斗は思っていた。

「物騒だな」

風是が読んで聞かせた新聞の内容を知り、焔が簡潔な感想を述べる。水松が言っていた通りやや貧血気味だが、傷は完治した為に今こうして一緒に朝食を摂っている。

昨晩の失態に苦渋を舐めつつ、自分では半ばどうしようもなかった傷を短時間で完全に治してくれた水松に、焔は最大の感謝を述べた。何か礼をしたいと言う焔に、水松は何もいらないとやんわりと断った。

言葉遣いからしても判る様に、彼女はどうやらいい所のお嬢様らしい。おおよそ手に入らぬ物は無い彼女にとって、最大の喜びであり幸せは、恋人の側にいられる事だけであった。

「お気持ちだけで十分ですわ」

それまでの苦労を表したかの様な、荒れて武骨になった焔の手を、柔らかく温かな両手で包み水松は言い、それで決着が着いた。何度言ったか判らぬ感謝の言葉を今一度呟き、焔はそれ以上水松に礼を迫る事はしなかった。

食後の茶を飲みながら、風是は少々出だし悪く切り出す。

「焔……俺達、昨日治療の後に水松から聞いたんだが……。その、目の事を……」

ピクリ、と茶碗の縁を指で撫でていた焔が反応した。周囲の賑やかな雰囲気の中、彼らだけが場違いに真剣な面持ちをしていた。

「中身が無い、事か」

ややしてから、微妙な笑みを浮かべて焔が応える。

「……そんな言い方、するなよ……」

羽也斗のねる様な言い方に、焔は「悪い」と笑い茶を一口、口に含んだ。奇妙な沈黙が訪れる。

「……聞いた事はあるだろう? 例の『掟破り』の事件だ。私は例の事件の重要参考人であり、たった一人の生き証人。この目はその時、家族と私の全てを奪った男によって取られた。だが、私は名乗り出るつもりは無い。奴の首は四族特警などに渡してなるものか。この手で必ず討つと、誓ったんだ」

科白の後半には、焔の並々ならぬ決意と意志が込められていた。茶碗を持つ指の関節が、白く浮き出ている。

羽也斗と水松は、衝撃の告白に互いの手を握り合ったまま固まっていた。

風是は「やはりな…」と、囁きに近い声で溜め息を吐く。昨日あの後、喉のあたりまで上がって来ていながらも、どうしても出て来なかった結論は、諦めて寝ようとした時にポッと浮かび上がって来た。
 三年前の、あまりにも有名すぎる『掟破り』の事件。事件の内容があまりにも非現実的過ぎて、目の前の現実と結び付ける事が出来ないでいたのだ。

「昨夜、奴の方から三年ぶりに出向いてくれたというのに…私は何も出来なかった…」

朱唇を噛み締め、焔が呟く。

「昨夜!?」

思わず羽也斗が声を上げ、ハッと一瞬周囲を見回すと内心の動揺を隠す為に何気なく茶をった。だが、その手は細かく震えている。
 無理も無い。それまでは犯罪と言っても、里の中のちょっとした盗みや事件しか知らない彼らだ。二人は、隣の里で決闘があったと言っては、暫くその話で持ち切りだったという様な、とてものどかな所で生まれ育ったのだ。

男は皆、神殿で働く事を最高の夢として武芸を磨き、実戦訓練も積んでいる。だが、実際こんな血生臭い事件は身の回りで発生した事は無い。しかも規模が違うのだ。四族が定めた絶対なる『掟』を破るなど、誰も考えた事は無かった。彼らの神、四神に逆らうも同然の重罪だ。

「なに、気を長く持つさ」

風是達の動揺を気にもせず、焔はさらりと言うと茶の残りを飲み干した。その姿は旅装束そのままで、全身をすっぽりとマントとフードで覆ってしまっている。だが、それを不信に思う者は居ない。人が多く出入りする宿屋の食堂という場所であるし、焔の様にマント姿の者も多くいる。

「焔……君一人で勝てる相手なのか……?」

風是の問いに、焔は考える間も無く答える。それだけ、彼女の中に迷いは無いという事だ。

「分からぬ……が、やるしかないし、他の者の手を借りて勝とうとは思わん」

仇を決意した者の誇りと意地。例え先の見えぬ道だとしても、迷う事なく仇という目標を目掛けて、ただひた進みに進む。その中で更に、焔は自分一人でそれを達成する事を望んだ。彼女の道は険しく、そして孤独だ。

その道を選ばなければ、火の聖域で石碑の恩恵に授かり目ももう少しは良い状態になっていただろう。異例な事件のたった一人の生き証人として四族から大切に守護され、もしかしたら四族の巫女の力によって失った目も創られていたかもしれない。

考えなかった訳ではない。考えたが、それは選択肢の中には入っていなかったのだ。

「風是、今日少し買物をしたいと思っているんだ。もし予定が無ければ付き合ってくれたら助かるのだが……」

それまでの会話を打ち切って、焔が風是に言う。

「あ、ああ……。構わないが…」

いきなりの言葉にやや戸惑いながら風是は承諾する。羽也斗と水松を誘わなかったのは、気を遣っての事だろう。

事件の事、焔の事に関してはその場では何となくそれまでになってしまった。羽也斗と水松は心残りしながらも、焔に言われて本来の目的である、久し振りの逢瀬を楽しむ続きに取り掛かり、焔と風是は少し落ち着いてから買物に出る事にした。


「凄い人だな……」

今更、な事を言いながらは通りを歩いていた。それまでってきた経験で、隣を歩いている風是の気配はきちんと掴めているし、通りを歩く人々の気配も掴んでいるのだが、何しろ人が多過ぎる。人込みに揉まれて、やや辟易としながら何とか風是と会話を交わしていた。

「大丈夫か?」

体格の良い男と擦れ違い様にぶつかってしまい、反動でよろけた焔を風是が気遣う。焔にぶつかった男は、「おっ悪ィな」と言って悠々とその体を使って人込みを掻き分け、あっと言う間に見えなくなってしまった。

「あ、ああ」

それまでの旅で人の多い場所を幾つも通ってきたとは言え、挟は別だ。内心「少し人の少ない所で休みたいな…」と弱気な事を思いつつ、焔は返事を返す。

と、その手をいきなり風是が握ってきた。

「風是?」

きょとんとする焔に、風是は少し照れて言う。

「ここの雑踏は目が見えても見えなくても酷いもんだから。はぐれない様に手を繋いでおこう。その方が俺も安心だし」

風是の心遣いに焔は素直に礼を言って、その好意に甘える事にした。

「有難う。さ、頑張って革製品の店を探そう。私の旅袋は、あれでは後少しの寿命だからな……」

少し笑って焔が言い、風是と共に歩き出す。冗談めかした言い方に風是も少し笑いながら、繋いだ手の小ささに改めて焔が女だと言う事を感じていた。


二人を見詰める視線があった。

ひっそりと、敏感な娘に感づかれない様に気配を消しながら、緋翔は建物の屋根から焔と何処の誰とも分からぬ若僧を見詰めていた。

青嵐との決着は着かなかった。

元より、青嵐はどちらかというと防御が優れているタイプだ。激しい攻防戦の中で緋翔の真空の方が威力と数があり、彼に優勢があったかの様に思われたが、青嵐の優れた防御力の所為でそれは帳消しになった。

戦いは長く続くかと思われたが、宿場に泊っていた風の民がその能力を使って正に風の様に通報に向い、警備隊が動き出した為に二人は同時に戦いを切り上げ、何処かへと姿をくらませた。

そして、緋翔は狭に帰って来た。

焔の意識が自分以外の男に向けられている。それだけで全身を激しい怒りが襲う。握り締めた拳から、つるりと血が垂れた。

「罪な女だな……焔よ。お前のお陰で俺は同族を二人も殺さなくてはならなくなったぞ……」

狂気じみた笑みを浮かべ、緋翔は愛を囁くかの様な声で焔に向けて一人呟く。緋翔の眼力に力が込められていれば、風是はたちまち凄まじい烈風に身を裂かれているだろう物凄い目であった。

緋翔が誰を殺めるのにも躊躇いが無いとは言え、聡い彼の事だ。自分を追っている者達に向って、自らの場所を教える様な騒ぎはむざむざ起こそうとは思っていない。

「あの小僧には、いずれ犬に相応しい場所で自らのしでかした事を思い知らせてやろうぞ……」

熱の篭った声でそう呟くと、そっと手を上げて指先を焔に向ける。

遠く、小さな人影に向って緋翔はその指先で愛撫する。鮮明に沸き上がる感触。三年前の肌を彼は忘れてはいない。

愛しい、愛しても愛しても愛し足りない存在。

「焔よ……」


夕食はまた四人で食べ、暫く会話に花を咲かせてから羽也斗達とは別れた。夕食は狭の羽也斗が美味しい店を紹介してくれ、旨い酒にもありつけた。真剣な話は一応置いておいて、狭を訪れるのは始めてだという焔に祝杯を上げた。

「少し食べ過ぎたなぁ……いや、でも本当に美味しかった」

御満悦な焔が少し浮かれて言う。

「あ、月が綺麗だ……。焔、今日は満月だ」

こちらも少し気分が高揚している風是が、天を見上げて言う。快晴だ。満点の星空に青白い月が浮かんでいる。それは見事な満月だった。

「散歩しよう、風是。月光浴だ」

戦士の顔を棄ててしまったかの様な、無邪気で可愛らしいであった。

呑み過ぎると泣き上戸になる羽也斗のお陰で、少し酒に対しては敬遠気味だった風是だったが、焔がこんな風になってくれる酒の力に現金にも感謝していた。

焔はどんどん人気の無い静かな所目掛けて歩き、大分歩いたなと思った頃には二人は郊外の草原に居た。静かな風が二人の頬を撫でて通り抜けて行く。

「近くに、誰もいない……よな?」

「? ああ」

確認してから焔はバサリとマントとフードを脱ぎ捨てる。それを無造作に丸めてそこらに放ると、笑いながら言った。

「はぁ、涼しい。このマントも結構暑いんだ」

豊かに渦巻いた真紅の髪が揺れ、夜目に白い包帯が浮き上がる。着ている服は男物だったが、その下に女性の曲線を見る事が出来た。

「本当だ。月陰の力を感じる……」

両腕を天に向けて差し出し、焔が言った。見えない目で月を感じ、広げた手で触る事の出来ぬ月光を愛撫する。奇妙に、美しい光景だった。

「……焔………」

「うん?」

酒の力に浮かされたか、風是が少しれた声で焔の名を呼び下草を踏み締めて歩み寄る。

 
「………焔の…貌(かお)が見たい…」

酒の力か、望んではいるが言ってはいけないと思っていた言葉がするりと出た。

焔は両手を下ろし、こちらを向く。

沈黙。

「……開く事の無い目でも、か?」

穏やかな焔の声。

「ああ」

揺るぎ無い風是応え。

そして、は唇だけで小さく笑うとおもむろに頭部に手を掛け、目の部分をぶ厚く巻いている包帯を取り始めた。

落ちてきそうな満点の星空と月光の元、それは厳粛な儀式の様に見えた。

一人の人間の壮絶な過去を見る。

それを儀式とするならば、焔の隠された貌を見るという行為の意味はそうなるだろう。

はらり、と最後の一巻きが解かれた。

顔に風を受け、焔がほう……と小さく息を吐く。

焔が居た。

顔を隠した謎の復讐者ではなく、火の聖域の小さな里につつましく暮らしていた焔という名の娘がそこに居た。

開かぬ瞼の、伏せられた睫毛は長い。髪の毛と同じ、真紅の眉と睫毛。眼球を失った瞼は只の皮となり、綺麗に弧を描いた眉毛の下に下がっていた。

焔の真ん前に立った風是は、震える手で焔の白い頬に触れる。柔らかな頬は、酒で上気して多少紅くなり、温度も高い。左手は焔の肩を掴み、右手はそのまま細い顎へと下に滑る。

自然と手が伸び、焔の後頭部で彼女の髪をまとめていた皮紐をゆっくりと引っ張る。

焔はそれにわなかった。

ただ、静かに風是の成されるがままになっていた。

ふわり、と炎そのものの様な髪が解放される。洗髪剤の香りが風に乗って鼻腔に届く。豊かに渦巻く髪に指先を埋め、そっと手櫛とかす。するりと、やや太めな髪が風是の長い指の間を通る。

再び顔に戻ってきた風是の右の指先が、尖った鼻先から上に滑り、やや躊躇ってから神聖な物に触れる様にそっと、風是は焔の開かぬ瞼に触れる。少年の指先は、酷く震えていた。

それをそっと撫でてから、風是は堪えていたものをゆっくりと吐き出す様に、静かに、とても静かに囁いた。

「……………有り難う……」

隠していた、見られたくない部分を見せてくれた焔に、最大の感謝の言葉を述べた。

そして、力一杯に焔を抱いた。

一瞬体を強張らせる焔だったが、それが欲故の行為ではない事を直後察して、体を風是に預ける。

風是の体は震えていた。

焔という存在に、彼の心は激しく打たれた。

もう、彼女に対する好奇心や興味本位という軽い気持ちは吹っ飛んでいた。ただ、純粋に焔の役に立ちたい。側に立って彼女の歩く道のとなりたいと、想った。

心を開いてくれた焔に対して、自分はそれしか出来る事が無い。

そう思った。

そっと、焔の手が風是の背に回される。

抱いた。

透明な、とても透明な何かを抱いている。と焔は思った。

男と女である二人の間に、性を越えた何かが通じ合った瞬間。



風が吹いた。

ゾワリ

二人の背に悪寒が走り、原始的な恐怖が心の深淵で蠢いた。

「……………離れろ、小僧。貴様如きが触れて良い女ではない」

凶悪な憎悪と怒り。

嫉妬を越えた嫉妬が其処に在った。

焔の手は既に、腰に下がっている刀の柄に掛けられていた。

「…………こいつが?」

凄まじい負の感情をえた緋翔の目を睨み返し、風是が戦闘態勢に入っている焔に問う。

「ああ。私の目と全てを奪い、『掟』を破った男、緋翔だ」

ゾク…

焔に名を呼ばれ、緋翔の体は快感に震えた。

凄まじい怒気と怨恨を伴って、愛しい女が自分の名を呼ぶ。

此の女は今、俺の事しか考えていない。その心全てに俺が居る。

快楽だった。

緋翔の口が禍々しい三日月の形に歪められる。

風是がそっと、自分の刀を抜く。

只立っているだけで、其処に存在しているだけで緋翔という男には力があった。存在そのものが力だった。

狂気とも思える強烈な感情。

凶気とも言えるその風。

勝てる勝てないの問題ではない。存在の違いが彼らの間には在った。

それでも……。

「それでも……」

風是がそう口走った瞬間、災いの風となった緋翔が襲い掛かってきた。まるでその言葉が引き金になったかの様であった。

ギイイィイイィン……ッ

「くふっ」

直感的に緋翔が来ると思い、その太刀を咄嗟に受けた風是だったが、思いも寄らぬ力に思わず肺の中の空気を吐き出す。

緋翔の手には二本の太刀が握られていた。その左右の刀を、胸の前で十字に交差させる様にして、緋翔は風是に斬りかかったのだ。風是の左足が後方に置かれていなかったら、その衝撃に耐え切れずに軽々と吹っ飛ばされていただろう。

「二刀流……」

緋翔が刀を使うのを始めて目の当たりにした焔が、響いた斬撃音を聞いて呟いた。が、滅多に見ない二刀流者に驚く暇も無く、次の瞬間には声を上げ牙炎を抜き様に、緋翔に斬りかかっていた。

ギィンッ!

緋翔は焔の太刀を左手の刀で払う。同時に右の刀で風是を押し払った。

「っく!」

物凄い力と重力で押され、風是が苦し気な息を漏らして二、三歩後方によろめく。構える暇も無く次が来た。力強い一撃、そしてもう一撃がすかさずやって来る。

両の刀を無駄無く使いこなし、舞うかの様に風是を無情に追い詰める。横からの焔の攻撃は、その片手間に払っているのみだ。あくまでも標的は風是と決まっている。

二人を相手にして尚、緋翔には余裕がある。恐ろしいまでの強さだった。現実の緋翔と実際に刃を交えたのはこれで初めてである。あまりの力の差に焔の太刀筋は、焦りの為に乱れ始めていた。

いきなり始まった戦闘を、冷静に眺める目がある。

底恐ろしいまでに冷静で、自らの信念の為なら何をするのも厭わぬ目。

青嵐だ。

切れ長の目は二対一の戦いをじっと見ている。戦況を測り、隙あらば絶妙の間に入って焔の命を狙う寸分だ。

そして動いた。

ヒュウゥ……

獲物を狙った猛禽の様に、青嵐は風切り音をたてて焔目掛け放たれた矢の如く飛来した。迫り来る刺客に気付く余裕があったのは緋翔のみであった。

二本の指を鍵爪状に曲げ、それに真空を纏わせて確実に急所を狙っている。狙うは細い首。頚動脈だ。

青嵐が望むのは、焔の首から噴水の様に吹き出す赤い血。彼は平和主義者だ。元々は出来る事なら戦いを望まずに事を解決しようとする性格だ。だがこの娘、焔だけは譲れぬ。青嵐の細い目が一層細められた。

ゴッ…

青嵐の凶暴な指先が焔の首筋まで後僅かまで迫った瞬間、突風が青嵐を襲った。言うまでもない。緋翔の風だ。

りを食らい、青嵐の体勢は崩れて焔を一撃必殺で殺す計画は断たれた。まだ事を掴めていない焔の傍らに青嵐が着地した瞬間、そこに立つ事も許されぬと、緋翔の二撃目が続く。

長居は禁物。

頭数からしてそう判断した青嵐は、緋翔の攻撃を大きく後方にジャンプしてかわすと、そのまま風に乗ってその場から姿を消した。

「今回は……命拾いさせてやる。小僧」

それだけ言うと、緋翔は青嵐を追って疾風となり彼の後を追った。

ザアッと辺りの草が波の様な音をたて、後には戦いの緊張が抜けぬ二人が、興奮と混乱とが入り交じった表情で取り残された。

あっという間の出来事であった。体は突然の戦闘に何とかついてはいっているが、思考はまだである。「何故こんな事に?」「あの男は?」「何故急に風是(俺)を襲った?」。始まった時と同様に、突然に終った戦闘に茫然としながら、二人の頭は複数の疑問に満ち溢れていた。

後を追いたかった。

だが、風の民と火の民とでは、移動能力がそもそも違う。焔は折角二度目の遭遇だというのに、緋翔をまたも取り逃がしてしまった。しかも、どうやら一瞬だけ現れたあの男      酒場で急に攻撃を仕掛けてきた男だ      からも攻撃され、そして緋翔に庇われたらしい。

ギリッ

己のあまりの不甲斐なさに、焔は激しく歯ぎしりした。

情けない。

仇を討てないばかりか、その仇に軽くあしらわれた揚句に庇われている。こんな情けない話は無い。

昨晩にも勝る苦渋にまみれながら、焔は手首に巻いていた包帯を再び目元に巻き直し、マントを着けた。

「戻ろう。風是」

余りの怒りと屈辱に、震えている声が風是に告げた。



§§§



 後方からは物凄い怒りと殺意が迫って来ていた。

彼以外の者なら、そのエネルギーに当てられて恐怖し身動き一つ叶わなくなってしまうだろう。だが、青嵐はそれに動じる事無く、逃げの姿勢をとりつつも頭の中ではフルスピードで現状の打開策を考えていた。

緋翔の殺意が手に取る様に分かる。

躊躇い無く、緋翔の凶刃は自分に向けられる事を青嵐は解っていた。今更、友達だの何だのを出して緋翔が止まる筈も無い事は既知の上だ。また、そんな情にほだされる男は青嵐の知る緋翔でもなかった。

       どうする?

咄嗟にとった進路は西だった。

このままこのスピードで進み続ければ、地の聖域に辿り着いてしまう。

『掟』を破り他の聖域に入った所で、緋翔は躊躇しないだろう。だが、地の利が無い点はどちらも同じ。青嵐自身、『掟』を破る事に何の迷いも無かった。

よし、地の聖域に入ろう。

心を決め、青嵐は己の力全てを移動能力に還元して進んだ。

  

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