「いきなりわかったあたしの生い立ち」

 えと、まずは皆さんにあたし達が居る場所を把握してもらうために、
ちょろっと(じゃないかも)あたし達の世界についての説明をさせていただきまっす。

この世界はとにかく広い! 世界地図を見て、自分達の現在いる大陸をみつけても、
二つある超大陸から見れば島みたいなモンに見える。まぁ、それでも大陸って名がついてるくらいだから広いんだけどね。

世界には二つの超大陸と、十七の大陸がある。で、あたし達が生まれて、多分死んでくのはマリドン多島大陸群というトコ。
 名前の通り、小さめの大陸がゴロゴロかたまってあって、その周りに
夥しいくらいに島がある。
世界地図で見てみりゃ、世界で一番大きいアルタカグラ超大陸の隣にあるから、メッチャ小さく見える。
だけど実際に歩き回ってみれば広いんだ、これが。何だか悔しい。

本当は十八番目の大陸があるって話なんだけど、それがまた怪しい話なんだ。
 
 世界には、大昔から伝説的に魔人フィリオンっていうのがいて、世界を焼き尽くしたって伝承があって、
その話は世界中の子供が、寝る前にしてもらうお話としてかなりポピュラーなもの。 
 その魔人フィリオンが生まれたとも言われているのが、十八番目の大陸である魔大陸セル・オン。

そこは呪われた大陸で、あたし達が生活しているこの世界とは違う次元にあるらしい。
 でも、世界にはあちこちに次元のほころびってのがあるらしく(恐い話だよねぇ)、
そこに落ちちゃった人(まったくもってドジだと思う)がいて、偶然にもセル・オンに次元がつながっていたらしい。
その人はどうやって帰って来たんだか知らないけど、セル・オンは本当にあるって事を帰ってきてから真剣に語っていたらしい。
本とかも出したみたい。その人の話によれば、セル・オンはそりゃあ恐ろしい場所なんだって。

 まぁ、とにかく別の次元をさまよっているから、世界地図には載ってないんだけど、
十八番目の大陸セル・オンが本当にあるって話は確実なのだ。それについて、偉い魔導士とか地理学者達が、
セル・オンをあたし達の世界の大陸とみなして世界地図に入れるか、
とかを延々と協議してる。馬鹿らしいと言えば馬鹿らしい話だけど。

でも、セル・オンなんてあたしには関係ないトコだから、
この話もここらへんにして、話題をマリドン多島大陸群に戻そう(何か教授っぽい)。

マリドン多島大陸群は、大体五つの大陸から構成されてる。島の数なんか勘定に入れたらキリ無いからね。
島なんかはお金持ちの馬鹿どもが、リゾートに使ってるらしい。未踏の島もそりゃ多数あるんだけど。
そのお陰であたし達みたいな職業の人間は、ネタも尽きずに冒険(出稼ぎ)出来る訳なのである。

で、更にクローズアップさせて、あたし達が現在いるのはマリドン多島大陸群で全ての中心地とされている、
名前はそのまんまだけどマリドン大陸。


 マリドン多島大陸群を構成してる五つの大陸にはいくつも国があって、やっぱりそれなりに王様とか皇帝とか教皇とか、
とにかくトップに立つ偉い人達がいて、年に一回五つの大陸の偉い人達が集まって会議開いたりしてる。
 それが開催されるのが、この中心地マリドンてわけ。

 
 マリドン大陸の中心にあるのが、お偉いさん達が集まるその会議が開かれる、聖地ミズァリ。
 そして、ここはマリドン多島大陸群で信者の最も多いシーヴァ教の聖地でもある。
 はっきりゆって、あたしは宗教とか嫌いなんだけどなぁ。ま、いっか。

そんで、そのミズァリのお膝元にあるダルディア聖王国が、あたし達の活動の拠点だったりする(長かったなぁ)。
 まぁ、宗教嫌いとかゆってる割に、シーヴァ教の信仰が強い国に住んでるんだけどね。
 いっやぁ、孤児院にいた時はまいったなぁ。生活の全てが宗教に基づいてたから。
 や、それで嫌いになったってのも大きいんだけど。

 
 ダルディアは敬謙な信者が聖地の恩恵のある国に集まった、っていう理由で人口が増えて、
信者達はこの聖王国を繁栄させる事が主神ロシの意向に沿う事だ、って考えてて、
一生懸命働いたり稼いだりするから国力がどんどん増してって、大国になった、という事。
 国が強大になったのもそんな理由だから、国に『聖』ってついてても、民に宗教を押し付けようとはしないから、
あたし達みたいな信仰のない人間でも、変な心配しないで生きてけるのだ。じゃなきゃ、やってけないって。


「おばさんただいまぁ〜」

エルドナ火山帯にある洞窟を脱出してから約八日後。
 首都ダルディアの、割と片隅の方にある宿屋『星花亭』。星花っていうのは、金銭や幸福を呼ぶっていわれてる花。
 これにあやかって宿の名前をつけたらしい。ここがあたし達が主に寝起きしてる場所。
 ちょっと古いけど、宿代は結構安いしおばさんの手料理がバリうまなので、あたし達はすっかりここに居着いてる。

宿に居着くってのも、商売とはいえ、結構、宿側から見れば嫌な場合もある。
 困った客が居着いた日にはあんた、ノイローゼになるってば。
 でも、あたし達はいいお客なので、宿を取り仕切ってるメリルおばさんは色々とサービスしてくれる事もある。
 まぁ、お世話になってるお礼とかで、時々おばさんのお使い頼まれたり、仕事で出かけた時はお土産持って帰ったりしてるから、
ギブ・アンド・テイクって奴かな。世の中上手く渡るには、これに限るっす。

「お帰り! キラちゃん。ケガは無かったかい? 今日帰って来る予定の日だったから、
キラちゃんの好きなシチューとパイ、作っておいたからね」

ゆさゆさと豊満な体を揺すってこっちに来たおばさんは、愛敬のある顔でウインクをすると、丸い顔をくしゃくしゃにして笑う。
 好きなんだなぁ。この笑顔。お母さんって、こんな感じなのかなぁ? っていっつも思っちゃったり。

「………………め」

「はいはい、わかってるよ。アレスの分もたっぷり作っておいたから。さぁさ、まずは汚れた服を着替えておいで」

さすがに付き合いが長いだけあって、アレスが「飯」って言う前におばさんは勢い良くまくしたてると、
手に持ってい布団叩きでペンペンとアレスの尻を叩く。まるっきり牛扱い。アレスは無言でお決まりの部屋に上がって行った。

「メリルさん。今日も素敵です」

いつの間に買って来たのか、リンが花束をおばさんに渡す。渡し際におばさんの手を握るのも忘れてない。
 言い忘れたけど、リンは性別が女だったら誰でもいいっていう性質。まぁ、若い女の子に限った事じゃない、
てのはむしろ誉めるべきなのかもしれないけど、…疲れないのかなぁ。ホント。

「ありがとう、リン。これは大切に飾っておくから、あんたもさっさと荷物置いてきな」

リンの女好きは分かっているものの、やっぱり女だから若い男(しかも中身はともかく美形)から花束なんてもらったら嬉しい。
 おばさんは嬉しそうに笑うと、それでもやっぱり慣れた様子でリンの事も布団叩きで追いやる。

「おばさん、あたしご飯の前にお風呂入って来るから」

階段を上りながら、あたしはおばさんに言う。お腹は空いてるし、大好きなシチューとパイにも早くありつきたいけど、
やっぱり体をさっぱりさせてから美味しい思いをしたい。それは毎度の事だから、おばさんは分かってると頷き、自分の仕事に戻って行った。

「っはぁ!」

バスンッ

わーい。久し振りのベッドだぁ…。うーん。おばさんマメに布団干しておいてくれたなぁ。いい匂いぃ…。
 ふが〜…………………はっ!? いかん。このまんまじゃ寝ちまう。

 一度ベッドに寝転んじゃうと、起きて活動するのが倍おっくうになる。う〜…体がベッドを恋しがってる…。
 
 放り投げた荷物を蹴って、着ていた服を脱ぐ。うへー、汗でべとべとだ。今回の旅の分、洗濯しないとなぁ。
 脱いだ服と下着はちゃんと専用の袋に入れておく。

以前、ちょっとした隙に下着ドロに入られてさぁ。あれはキレたなぁ。くそ…。
 盗んだ下着でナニしてんだか…って気持ち悪さよりも、やっぱり下着にかかったお金の事を思うと勿体なくて勿体なくて…。

 旅に着けるのは、デザインよりも吸水性とか動きやすさとか重視の奴持ってくんだけど、
そん時は丁度街で仕事探してる時で、普通の可愛い奴を着けてた訳。
 流行の下着ショップの奴でね。カタログで見て一目惚れした奴だったのに…。

 …はぁ。
 まぁ、過ぎた事をぐだぐだ言っても仕方ない。次に同じ被害に遭わない様にすればいいんだもんね。
 ええ、そうですとも。窓辺にはがっちりとトラップ
を仕掛け、下着入れてる袋にもあたししか解除出来ないトラップを仕掛けてる。
 ふはははは。来るなら来い!

そんなこんなで、久し振りの可愛い下着ちゃん。うふふ。やっぱ、見えない所からのオシャレとかも大切だよねぇ。
 心の栄養として。うん。可愛い下着着けてると、知ってるの自分だけでも、何だか嬉しい気分になるもん。
 そういう意味では、服とか髪型、アクセサリー、化粧とか、外見に関わる事も舐めちゃいけないって思う。

さてさて。さっさとお風呂行っちゃうかぁ。

お風呂上がりはゆったりしたいから、着てて楽な物を着替えに持ってく。チュニックに、腰の所はゴムの入ってるショートパンツ。
 やっぱゴムのは楽でいいんだよなぁ。でも、楽だからってそればっかはいてると、お腹がどんどん出てくるから要注意。
 年頃の女の子だから、ってのも勿論あるし、職業が俊敏さが大切になる盗賊
だから、ってのも大きな要因。

んで、お風呂セットを持ってあたしは意気揚々とお風呂に向ったのであった。ちなみに、お風呂っていうのは、宿の近くにある銭湯。


「っかー! んまい!」

宿の一階にある食堂で、あたし達三人はおばさんの手料理を空腹のお腹に次々と突っ込んでいた。
 食堂って言ってもそんなに広くないんだけどね。宿そのものもそんなに大きくないし。
 おばさん一人が作る訳だから、メニューもそんなに多くない。でも、その味が評判で結構お客は入ってる。食堂だけの利用って人も多い。

「…んぐ…キラ、クロの所には明日行くのか? もぐ」

肉を頬張りながらアレスが言う。子供の時から、物食べながらしゃべるクセはなくなってない。
 皆さん、行儀悪いのでやめましょう。

アレスの言う『クロ』ってのは、犬の名前ではなくてちゃんとした人の名前。冒頭の方でも言った、『仕事屋』の人。
 仕事屋にはやっぱり仕事屋のギルドがあって、仕事屋のギルドは色んな情報屋から情報を買って、
それをそれぞれの仕事屋の支店に売って、それをあたし達みたいな仕事探してる人間に売る。そーいうシステムなのだ。

 クロってのは、クロディーヌってちゃんとした名前があるんだけど、これもやっぱり面倒臭いので略称。
 元・戦士
なだけあって、結構クロの店にはいい仕事が集まってる。実際、現場で動く人間の事考えてない仕事屋は、
どう考えても無理そうな仕事とかを平気で売ってる。まぁ、そーいうのは潰れてくのが世の仕組みだけどね。

「そーだね。今日は疲れてるし、眠たいし」

仕事屋から仕事を買って、その結果がどうであっても、とりあえず仕事を買った仕事屋の所に行く。
 その結果を聞いて記録しておいて、仕事屋の方はどの情報の筋が、ガセが多いとかの統計をとったりするらしい。
 まぁ、ガセだった場合真っ先にクレームが来るのは仕事屋だからね。そうならない様に、
怪しい情報ルートは断っておこうという手である。まぁ、懸命だね。

他にも、今回のあたし達みたいに所持金の無いパーティーは、成功報酬という事で仕事を買ったりしてる。
 儲
けの何割、とかでね。
 まぁ、そういう買い方は仕事屋との信頼関係が無いとまず無理だけど。そうじゃなきゃ、
無料で仕事買ってそのまんまトンズラされるからね。でも、そういう事をした奴は、
仕事屋ギルドの計らいで二度と仕事を買えなくなる。当たり前だ。

 
 仕事を買う前に、あたし達冒険者は自分の所属しているギルドの登録カードを提示しないとならない。
 それには、基本的な身分証明とか、何処のギルドに所属してる事を証明するとか、所属ナンバーとか、そういう物が記録されている。
 それに、登録する時の本人直筆のサインもあって、実際サインをさせて筆跡鑑定、なんて手もある。

 そいで、こいつには仕事売っても大丈夫だ、って判断してから仕事を売る。そうやって身分われてるから、
トンズラこいたりした奴は何処行っても仕事を買えなくなっちゃうのだ。ふはは。セコイ手をつかって儲けようとしても、
やっぱその代償てのはあるんだよねぇ。うむ。

「あぁ…フレイさん…」

シチューのスプーンを握り締めてリンが呟く。この阿呆。
 フレイさん、てのはクロの奥さん。パンを焼くのが上手で、仕事屋の片隅に小さなパン屋さんを開いてる。
 仕事を買いに来た人とかに、結構売れてるらしい。

 おっとりした美人で、ちょっと刺激的な一面がある。フレイさんにベタ惚れしてるクロにしては、たまらん魅力なのだろう。
 しっかし…あんまし理解できないけどなぁ…。ま、これについてはどうせクロの所で説明する事になるだろうからその時に。

「で、今回はちゃんとお宝はあったのかい?」

カウンターで野菜を刻みながら、おばさんが話し掛けて来た。

「うん。エルドナ火山帯にある洞窟でさぁ、すっっっっごい臭かったけど、その臭さのお陰で人寄りついてなかったみたいで、
ライバルもいなかったし。お宝の近くに人骨あったから、多分昔の海賊とかが隠したお宝だと思うんだけどねぇ。
 これがまたお宝の趣味いい奴だったみたいでさぁ……うふ……うふふふふふふふふふ」

笑いが止まらん。

これ大丈夫かぁ? って位に古臭い宝箱には、昔の金貨がぎっしりと、宝石やらいわくのありそうな女神像とか、
神殿の宝物
らしき聖杯とか十字架とか、とにかくうふふな物が盛りだくさん! だったのだ。イッヒッヒッヒッヒ…
(この際、可憐な顔に似合わない笑いとかは無視)。で、冒頭であたしは歓喜のあまりにしばらく声が出なかったのである。

「あ! 勿論! たまってた宿代、明日換金してきたらすぐさま払うから! ゴメンねぇ、ホント」

金が無いあまりに、宿代が払えない事も度々だったりする。でも、あたし達とおばさんの仲だから、
「金が無いなら出てけー!」なんて事にはならないのだ。おばさんもおばさんで、あたし達の腕が確かなのは知ってるから、
宿代払えない時があっても、いい仕事にあたったらそれまでの分はちゃんと払って、
お詫びのプラスアルファもつくから、追い出すなんて馬鹿な事はしない。

 まぁ、プラスアルファってのは、利子だったり、おばさんに似合いそうな指輪とかアクセサリー類を、
街で見掛けたらそれ買って行ったりとか。

しかし…お宝の中にまれにある、いかにも呪いかかってそうな奴とか…買い取った人どうするんだろーなぁ…。
 ま、いっか。あたしには関係ないし。売っぱらった後の事なんて気にしてらんないよな。

「御馳走様でした」

いいトコの坊ちゃんらしく、テーブルマナーはしっかりしてるリンがいち早く食事を終えて、
ナプキンで口元を拭ってからおばさんに「美味しかったです」と微笑む。うーむ。顔
「だけ」見てりゃぁ、
『軟弱でも顔さえ良ければ好きいぃっ』って女の子にはモテるんだろーなぁ。と思う。つくづく。

「ちょっと出かけて来ますから」と言い残してリンは食堂を出て行く。

 リンがダルディアに滞在している時に、宿から出る時は大方ナンパか、何人いんのかわからん彼女の誰かに会いに行く時。
 もう、毎度の事だから、どこどこの娘と関係が…というのは、あたしにはしっかり分かってる。
 時々、知らない内に新しい彼女(リンの場合、一夫多妻みたいな感じ)が出来ている時もある。
 まぁ、それも少し経つとリンの行動パターンからみて、すぐに分かるんだけれどね。

 別に、正常な成人男性として、ナンパをする事自体は反対しないけど、その相手をもう少し考えて欲しい。
 武器屋の娘を口説いた日には…ギラギラの武器持った親父さんに追い掛けられるし、
宿屋のおじさんには泊めてもらえなくなるし…。はぁ…。

 
 でも、なんぼ注意しても教育的指導しても全然きかないんだもんなぁ。
 じゃあ逆に、女にむかって「リンに引っ掛かるな」って言いたい所だけど、
やっぱり顔がいいとついふらふら行ってしまうのは…女心…なのかな(謎)?

第一リンはあたしよりもまつげが長い! 生意気! しかもクセのないサラサラストレートヘアで、
綺麗な白銀の髪。それに付け加えてブルー・アイ
ったら、外見だけ見りゃあ目もハートになるわな…。
 でもナルシストだし、変な性格だし、女狂いだし。あたしはカンベン。戦士としての腕は認めているけれどね。

 さてさて。リンちゃんは何処へ行ったのかなぁ…。ま、何処でもいいけれど。
 ダルディアに帰って来たら、忘れない内にミーティングする。
 今回の旅では何が悪かった、とかね。それから話を広げて言って、今度は今回みたいな目にあわない様に、
新しい武器・防具、アイテムとかを用意しておこう、とかね。

 ミーティングまでに帰って来たらいいから、食事の後に少しまったりし終わるまでにはとりたててひっ捕まえる事はナイ。
 毎度の事だからリンも分かってるからね。


一方アレスは女の噂なんて聞いた事ないなぁ…。

あたしの向かいの席で、まだもぐもぐ色んな物食べてるけど。うーん。よくあんなに入るもんだ。
 それで太ってないんだもんなぁ。やっぱ、魔法とかで消費されるのかな。
 強力な魔法使う時って、魔法力・精神力も勿論だけど、その力を制御出来る頑強な体も大切なんだって。
 そーいや、孤児院にいた時はこんなに食べてなかった様な気がするんだけどなぁ。

 顔の方は、リンみたいに美形とかってカンジではないけど、ブッサイクじゃないし、むしろ顔の造りはいい方だと思う。
 それなりに女の子に騒がれてもおかしくないと思うんだけどなぁ。やっぱ、何考えてるかわかんない奴は嫌か…。

 いっつも食べてるか魔法書解読とかしてるか、ぼーっとしてるか、だもんな。こいつは。
 無表情だから会話してても大抵の人は不安になってくるし。…自分から人寄せ付けない様にしてんのか? こいつは。

「ねーアレス、髪伸びたよねぇ」

リンと同じ位に短かった記憶があるんだけど、最近気が付けばアレスは肩よりも伸びた髪を一つに縛ってた。
 ただでさえ陰気なオーラを発してるっちゅーのに、余計暗く見える。
 あたしの言葉に、アレスは少し考えてからボソリと言葉を返す。

「……伸びた」

そりゃそうだろう。

「切ったら?」

 「………面倒臭い」

やっぱね。そう答えると思った。食べる事と魔法の解読、知識収集以外にはあんまし興味を示さないのだ。こいつは。
 山の様にあった料理をほとんど一人で食べ尽くして、アレスはようやくフォークを置いた。すかさずお茶を飲み始める。
 ま、ここまでバクバク食べてると、見てる方は気持ちいいんだけどね。でも顔色一つ変えてないってのが…。
 しかも外から見ててお腹も膨らまない。…どんな体してんだ…。もう、慣れてるけれどいまだに分からん…。

奥の方のテーブルで、おばさんとお客が楽しそうに話しをしている。服装からして、近所に住んでいる人だ。
 噂話とか料理のレシピの話とかをしてる。

 
 「ねぇ、今回おばさんに何あげようか」


 宿代に上乗せする物の事を言っている。
 まぁ、こういう相談をアレスにしてもまともな返事が返ってこないのは分かってるんだけど。
 それでもあたしは構わずに、アレス相手にダラダラとおばさんへのプレゼントの事について話し続けた。

「…お母さんって、あんなカンジなのかなぁ」

一通り案を述べ終えた頃、頬杖をついておばさんの方を見ながらあたしはポツリと言う。
 おばさんは近所のマダム達と、まだまだおしゃべりを続けてる。母親の記憶は無いから実際どんなものかは分からないけど、
やっぱりおばさんみたいな人があたしの心の中の母親像に結びつく。

「………リンダさんはあんなカンジじゃなかったぞ?」

もそっとしたアレスの声。あたしと同じ様に、何となくぼんやりとおばさん達の方見ながらさりげなく言ったもんだから、
あたしは思わずその言葉を聞き流す所だった。

はぁ?
 
 何? リンダさんって。

「誰それ」

ずびーっと音をたててお茶を飲んで、お代わりをポットから注ぎながら、アレスはやっぱり無表情で答える。

「キラのお母さん」

…………………………………………………………。
 「………あたしの? ………………おかあさん?」

何でアレスがそんな事知ってるの? 実はこう、「ボクがキラのお兄ちゃんなんだぃよおおおぉぉっ」って…。
 や、それは無理か。顔が全然違うもんね。

 それはさておき何の冗談だろ? いや、アレスは冗談なんか絶対言わない。

「キラと同じで、よくしゃべってよく俺の事殴って、
『おばさん』って呼んだら怒って『リンダさんスペシャル』食らうから、リンダさんって呼んでた」

なに? なになになになになになに?
 うおおおおおおおおおぉぉぉぉっ! 分からん!
 「何であんたがそんな事知ってんの!? はっ! あんた、あたしにいつの間にか退行催眠でもかけたのっ!?」
 
 ぶっ飛んだ発想だけど、これ位しか思い付かない。つか、アレスならやりかねない。
 「こないだ買った本に載ってたから」とかゆって。
 とゆーか、あたしがここまでして警戒するのは、今までの経験上アレスがマジメモードで何かを言い出した時は、
絶対にロクな事になんないって身をもって解ってるから。

 今回もなんとなーく、嫌な予感はしてたんだけどなぁ…。

「いや、だってお隣さんだったし…」

アレスの黒に近い紫の瞳が、あたしを見る。

「おとなりさん?」

「キラはまだ小さかったし、きっと恐くて忘れたんじゃないのか?」

ワケわからーんっ(ちゃぶ台返し)!

「何なの!? アレス。あんた。何の話してんの? さっきから!」
 もう、こーいう時はこいつの無表情がやけにムカつく。表情が読み取れないから、こっちが引き出したい情報も分からない。
 何だっけ、あれ。のれんに釘=c? うん? あぁ…や、そんなカンジの。アレ、アレ。

 *(正解)・「のれんに腕押し」「ぬかに釘」


「俺とキラはずっとお隣さんで、俺達二人が夜に森に探検に行ってた時、村はヴァンパイアの集団に襲われてた。
 気付かれない様にじっとしてたら、キラは気絶してた。朝になってから村に戻ったけど、
誰も無事な人いなかったから、キラおんぶして隣の村まで行った」

げぇ。有り勝ち。

 ………………でも、嘘。じゃない。
 アレスの目見れば分かる。つか、こいつは冗談言わない代わりに嘘も言わない。つか、そんなユーモアは無い。

「………………何で、今頃になってこんな事話すの? 何で孤児院にいた時とか、もっと早くに言わなかったの!?」

 自然と、あたしはアレスを詰問していた。口調が荒くなってくのが、自分でも分かる。
 分かるけど、制御出来ない。何でこんな大切な事、あたしに黙ってたんだよ。

「訊かれなかったから」

ドゲシッ

はあああああぁぁぁぁぁ…訊いたあたしが馬鹿だったぁああぁあぁ。

脱力した所で、あたしはお茶を一口すすってから気を取り直して話をまとめてみる。
 
 「何? それじゃあ、あたし達は孤児院で知り合ったんじゃなくて、元から幼馴染みで、
夜に出掛けてる間に村はヴァンパイア
に襲われてて? 
で、あたし達は見つからない様に隠れてて、村の人は全滅しちゃって?
あたしはぐーすか気絶してて、恐かった記憶はすっかり忘れちゃってて…あんたがあたしをおんぶして……………」

あ。憶えてる。

うろ覚えだけど、アレスの背中にずっと揺られてたのは憶えてる。孤児院時代の想い出かと思ったけど…。

何だか…………突然だなぁ………。
 ショックだ。そりゃ勿論。

何か理由があって捨てられた、もしくは預けられたんだと思ってて、いつかは両親探して見つけ出して、
文句の一つでも言ったり感動の再会でもしてやろうと、密かに思ってたのに…。
 死んじゃってるんだ。…もしくは、ヴァンパイア
になっちゃってるか…。

 アレスの奴も、あたしの恩人同然なのに今まで何にも言わなかったし、恩を着せる様な事も言わなかったもんなぁ…。
 ホント、何考えてんだろ。や、勿論感謝してるんだけど。だってこいつがいなかったら、
今ごろあたしもそれはプリティなヴァンパイア
になってるか、野垂れ死にしてるか…だし。

…………………でっかい借りだなぁ。

チラッとアレスを見ても、全くいつもと同じ。無表情でお茶すすってる。まぁ、あたしは恐怖のあまりに自分で記憶閉ざしちゃって、
両親の事なんか全く憶えてないんだけど、アレスは何もかも全部憶えてて、目の前で親が襲われてるのを見てるしかなかったんだよな。
 子供だから、何にも出来なくって。横には自分より年下のあたしがいて、のんきにも気絶なんかしちゃってるから、
それ守らないといけないとか考えたんだろうし。

「あぁーあああああぁぁぁぁっ」

でっかい溜め息なんて吐いてみる。ついでに乱暴にわしわしと頭なんか掻いてみる。だああああああぁぁぁ。やりきれねぇ。
 なーんか、いかにもとってつけた様なありがちな設定だけど、でもあたしはアレスが言う事なら何だって信じる。
 アレスは嘘言う様な奴じゃないから。それはずっと一緒にいたあたしが一番良く分かってる。

 そういえば、孤児院で初めてアレスに会った(ってあたしが思い込んでた)時、
初対面のあたしに向って、アレスは「忘れたの?」って言った。
 「何だこいつ」って思ったからよく憶えてる。あれはそういう意味だったんだ。

「ねぇ、アレス。あんた仕事屋に行った時、いっつもさりげにヴァンパイア関係の資料めくってたのって…」
 「………………まぁ、一応。探してたりもしてる。つもり」

はぁ。

「何でもっと早くにあたしに言わなかったのよう! 二人で探せば倍ラクになったじゃん! 
それに、もっと恩着せるとかなんとかすれば良かったのに。馬鹿じゃないの? いい奴ぶって!」

 思わず罵詈雑言。してもどーにもなんないんだけど。そうでもしなきゃ、何だか悔しいじゃん。
 こいつ一人で苦労背負わせたみたいで。あぁっこの馬鹿! 腹立ってきた。

これがいわゆる逆ギレ。

今までいないと思ってた親や家族の事なんかは、いきなり憶えてない人間の事を出されても、いまいちピンと来ない。
 でも、今まで一緒にいたアレスの事なら別。あたしはアレスのためなら何だってやる。

「アレス! 決めた! 今日から遺跡狙いは当分やめて、ヴァンパイア・ハンターに接触するよ!
んで、あたし達の故郷を襲った
ヴァンパイアに正義の鉄拳!」

 テーブルを拳固で叩いてあたしはそう宣言した。アレスの拍手。もう、もうっ、これっきゃない!
 ヴァンパイア・ハンターに転職てのも、一瞬考えたけどやめ。あれって、宗教の所から勉強しないとなんないんだよね。
 このあたしが耐えられる訳がない。それは自信がある。いくら心に堅く誓った事とはいえ、人には得手不得手ってもんがあるのだ。
 あたしはあたしのやり方でやんなきゃ。

「よしっ! 作戦会議開くよっ! リン連れ戻さなきゃ!」

息巻いてあたしは席を立つ。アレスは名残惜しそうに、ティーカップに入ってるお茶を飲み干すと、
まだ未練たらしくポットを持って左右に振り、残りを確かめてる。

「このド阿呆! 行くって言ったら行くのっ!」

ドゲン!

アレスを蹴り倒し、首根っこをひっ捕まえて外にでる。んなあああああんだか、
何にも考えずに何か体動かして行動してないと心が落ち着かなかったり。やっぱり、あたしは物凄く動揺してた。

 冒険者みたいな職業してると、色んな事があってショックみたいなモノに対する耐性なんてものもできるんだけど、
サスガに自分の出生に関する事だとそうはいかなかった。おまけに大切なアレスが自分のせいで辛い想いをさせてた。
 多分、あたしは自分の親がもう死んでる事なんかよりも、そっちの方がショックだった。

 アレスの手を引いてズカズカ歩きながら、あたしはちょびっとだけ垂れちまった涙をもう片方の手で乱暴に拭った。

夕暮れ時のダルディアはごったがえしてる。色んなトコでタイムセールとかやってんだよねぇ。くそ。いい匂いするぜ。
 食べたばっかだとゆーのに…節操のないお腹だなぁ。
 満腹中枢を刺激するツボをぐりぐり押しながら、食べ物屋に寄り道したがるアレスを掴んだまま、
あたしはリンを探して雑踏の中をずんずん歩いた。

三十分後。

あたしは広場にある噴水の所に腰掛けていた。サンダルつっかけたまんまだから、早足でずんずん歩いてたら足が痛い痛い…。
 くそぉ。それもこれもリンのせいだぁっ! あの色魔!

 リンの奴がいるトコったら、いっつも大体は決まってるんだけどなぁ…。リンがいっつも行ってる酒場を探しても、
リリィの花屋に行っても、マリーさんのダンス・スクールに行ってもリンの姿はない。
 まぁ、女の居る所リンあり、だからあんまし苦労はしないんだけど。

 それぞれの自由時間の時にリンを探す事は滅多にない。それでも探す必要がある時は、あたし達はプラプラ街中を歩きながら探すのだ。

でも、今回は気が高ぶってるから、悠長に見物しながら探している心の余裕はない。
 あたしはあたしなりに、それは真剣にさっきの事について考えているのだ。

「アレス、探知して」

自分達の足で探すのにもイライラしてきたし、疲れると余計怒りっぽくなる。
 だから、あたしはアレスに探知の魔法を使ってもらう事にした。

探知は、そこらにいる大気の精霊に頼んで、ターゲットを探してもらう魔法。
 大気の精霊との相性が良ければ、精霊は一生懸命に探してくれる。仲良くない相手だと、精霊もヤル気があましないらしい。
 なーんか、精霊って存在もよくわかんないけど、魔法には全然関わりのないあたしみたいのから見れば、
おキレイな存在に思えるんだけど、実際はそうでもないらしい。

雑踏から少し離れた所でアレスは立ち、一つ深呼吸をすると小声で呪文を詠唱し始めた。
 パッと見、ぶつぶつ言ってる怪しい人である。それでも、魔導士や精霊を見る事が出来る人がアレスの様子をみれば、
彼が魔法を行使しているのは一目瞭然。精霊が集まってるのが見えるんだって。
 見えない人でも、精霊が呪文という力ある言葉によって動いているのを、感じる事が出来るらしい。

 半眼で呪文を唱え終えてから、アレスは眼を閉じる。この状態では、
精霊がアレスに次々と探している情報を持ってきてくれている所なのだそう。
 あたしには全くわかんないけど、精霊の見たヴィジョンが、アレスの精神にどーっと流れ込んで来るんだって。
 そんなに一気に情報が送り込まれてきて、パニックにならないのかなぁ?
とは思ったんだけど、人が自分の心の中で色んな事を高速で回想したりするのと同じで、害というか副作用の様なものは全く無いんだって。

「居た」

アレスが目を開けてあたしを見る。かなり身長差があるので、思いっきり見下ろされてるんだけど。
 これもまた、何だか悔しい。つくづく、あたしは物凄く負けず嫌いだと思う。それを逆に返せば、コンプレックスの塊? 
なんて事も一瞬思うけど、それについては考えない。そんなマイナス思考にずぶずぶハマる程、あたしは暇じゃない。

「何処?」
 また女のトコだろーな、と思いつつあたしはアレスに訊ねる。
 「六区画先にある民家。女と寝てる」

「うがあああああああぁぁぁっ!」

あたしは思わず絶叫して噴水の段を蹴る! 蹴る! 蹴る! ………………ぜいぜい。
周囲の人達がビックリしてこっち見てるけど、敢えて無視。

あんの馬鹿! 帰って来たらおしおきだべ〜! この重要な時にいいぃぃぃっ! 
この年中発情期男がああぁぁっ!

「…………っはー………仕方ない。一回帰ろう、リン抜きに考えても仕方ないし」

仕事について、毎回完璧なプランを立てるのはこのあたしだけど、
やっぱりあたしの主観からでは見落としてたりしてる部分も少なからずある。
 だから、リンとアレスに相談してるんだけど…。まぁ、アレスはこの通りなので、リンが重要なのである。
 綺麗好きで、女にマメなだけあって、神経質…とはちょっと違うけど結構気の利く奴なのだ。
 だから、細かいミスとかも指摘してくれる。リンの助言は欠かせない。

 ………………はあああぁあぁぁ。今ごろ枕元で女に向って「貴女は素敵です。最高です。
 ジュッテー
ムッ…」とか囁いているに違いない。さむっ。

「あーあ…何か力抜けちゃった…。アレス、パフェでも食べて帰ろっか」

リキみっぱなしで少々固くなってた体を、ちょっとした体操で解すと
(やっぱり周りの人達にちょろっと変な目で見られる)あたしはアレスの腕をとって、
知り合いの女の子がバイトしてる喫茶店に向かった。



「こんばんはぁっ! 特大パフェ二つっ!」

夜は小さいながらもレストランも兼ねてる喫茶店に入ると、あたしとアレスは定位置に収まる。
  ゴハンは大抵宿でおばさんの料理を食べてるんだけど、やっぱ女の子の友達とかとお茶とかする時は、勿論喫茶店とかに入る。

 ここはパフェの種類がたくさんあって、値段も手頃なので女の子がよく入る。女の子がよく入るので、パフェの種類が増える。
 そんな相乗効果で、結構口コミで有名なお店だったりするのだ。

「うは〜、荒れてんねぇ、キラ」

ミーちゃんが持って来てくれたお冷やを、ゴキュゴキュと喉を鳴らして飲み干し、
あたしはすかさずお冷やのおかわりを要求する。
 暑い時に数人でこれ繰り返してたら、「嫌がらせだ」って言われて怒られたり…。

 「まーねぇ」
 鼻息荒くあたしは言い、ソファーにふん反り返ってみる。これじゃあお怒りになった上司だぜ。
 勿論、ゴマする役のリンは側にいない。そもそもあいつがアホタレだからあたしは怒り狂っているのだ。

「ぅん? リンがいない所を見ると…アレかね? 君」

クスクスと意味ありげな笑いを漏らしてミーちゃんが言う。
 なーんか男の子とパーティー組んでると、こーいう変なウタガイを持たれてしまう。
 家族以外になんとも思い様ないんだけどなぁ。

 
 「あー、まー、そーいうコトにしておこう。ハイハイ、ウェイトレスさんパフェ至急ねぇ」

 
 投げやりに言うと、ミーちゃんはアレスに向かってヒラヒラと手振ってから厨房に戻って行く。
 ちなみにこの店、勿論特大パフェを制限時間内に食べきった人には、
それなりの特典とかあるんだけど、勿論アレスは初めの一回以来除外されてる。

「………ね、アレス。…………………あんた、平気だったの?」

ミーちゃんの置いてってくれた水差しから、ジャボジャボと自分で水を注いでるアレスを見て言う。
 いくらアレスが変な奴でも子供時代は子供だった筈だ(当たり前だっちゅーの)。
 目の前で親や知ってる人達が襲われて行くのを、どんな気持ちで見ていたんだろうか。

あたしだったら…。

何も憶えてないから、あたしだったら≠チていうのは単なる想像、予想に過ぎない。
 でも、あたしだったら…多分泣きわめいて家族の所に突進していったと思う。
 側にあたしより小さな子が居て、その子を守らなきゃならなかったんだとしても。

「うん?」

深い紫の瞳で見詰め返すと、アレスは小さく、本当に小さく微笑んだ。

「…………あたしで良かったの? ……死ぬ事になったかもしれないけど、
それでも家族と一緒にいた方が良かったんじゃないの?」

ぽつり。と、ずっと心の底の部分でもやもやしてた事を漏らしてしまう。
 「訊いちゃいけないのかも」、「(返答次第では)訊きたくない」ってずっと思ってた事。
 リンに対する怒りとかで発散させて、自分自身を誤魔化してたつもりだった。でも、やっぱり訊いてしまう。

 誰よりも。アレスとリンを比べるなんてした事ないけど、多分リンよりも、
アレスだけは失いたくないって強く思ってる。
 これは大抵は心の底にしまってあるけど、たまぁに言う時もある。

 ミーちゃん達が言う様な「愛」だとか「恋」だとか、そんな甘くていいもんじゃない。
 もっと…別の、似てるけど、全然違うカンジ。それが、アレスへの想い。

それ程大切に思ってるアレスに、あたしはどう思われてるんだろう。
 他人にどう思われてるかなんて、普段あたしは小指の先も考えない。
 でも今回は違う。あたしは別の意味ではアレスから家族を奪ってしまった事になる。恨まれて、憎まれても当たり前。

でも、嫌われたくないって思う。自分勝手。

「父さんと母さんには、いつもキラの側にいて苦しい事、悲しい事を一緒に分かち合いなさいって…言われてた。
 だから、キラの側にいたのは父さんと母さんの意志でもあるし、俺の意志でもある。から」

とつとつと、あたしの質問にアレスは答えた。いつも通りの話し方。

低い声で、一つ一つ言葉を選ぶ様にしてゆっくりと、確実に。急いでる時はイライラする時もあるけど、
本当にアレスの言葉を必要としてる時には物凄く誠実な言葉に思える。

「俺はキラが生きていてくれて嬉しい。多分、何よりも。だから、そういう質問はもうしないで…欲しい。かな」

「…………………うん」

あたしがじーんとしながらアレスと手を繋ごうとして、テーブルの上に置かれてるアレスの大きな手に触れようとした時、

「はいっお待たせぇ〜」
 ドンッ ドンッ

あたしとアレスの前にそりゃあ巨大なパフェが置かれ、
あたしはすかさずパフェ用のスプーンを握り締めて戦闘体勢に入る。
 キッとミーちゃんを見ると、ミーちゃんはあたしに向かって小さく頷き、

 「よーい…スタートッ!」

…………………………そんなこんなで、あたしはそれまでの雰囲気は何処へやら、
巨大パフェに無謀にも挑んだのであった。
 結果は………九戦九敗ってトコかすぃらん? まあ、軽〜く、ね。嗚呼、気持ち悪い……。



ムカムカした胃をさすりながら宿に帰り、あたしとアレスはそれぞれの部屋に引きこもった。帰る途中、
アレスは本屋に寄って魔大陸セル・オンについての本を一冊買って来た。
 どうやらアレスはこの手のうさん臭い話が大好き。暗いなぁ。
 や、知ってたけど。まぁ、知識収集と言えばそうなんだろうけど、あたしはあんまり興味が無い。

 どっちかとゆーと、目の前の現実的なものに視点を向けた方が、
自分のためにもなるし役に立つ確立も多いとあたしは思ってる。
 それこそこう…『ナントカおばさんの暮らしのメモ』とか。

 
 でも、知恵よりも知識を重きとする人達は、全ての事柄について知りたいって欲求があるんだろうね。
 なんせ、噂では世界のどっかにいる偉い人は、空に光っている月や星なんかについても研究を始めたらしい。
 つくづく、人間って自分の欲望には貪欲だなぁって思う。ま、あたしも自分の欲望には素直な人間だけど。


部屋に戻ると、もうやる事はない。寝よ。
 あたしはパジャマに着替えて髪を解く。滅多にない事だけど、鏡の前に座って髪をとかしてみたりなんかしたり。

毎日忙しいもんだから、朝起きたら枕元にあるブラシでさっさと髪をとかして髪を縛るだけ。鏡なんて見ないのだ。
 それに、リンの奴が必要以上に鏡見てるもんだから、鏡見てるとあたしまでリンと同じナルシストなんじゃあ…? 
って思って、ついつい鏡を見る事を意識的に避けてたり。
 服装チェックとかはするけど、じっくりと自分の顔見たりとかはしないなぁ。

 まぁ、ちょっとアンニュイな気分でもあったし、あたしは雰囲気づけ(笑)も兼ねて鏡の前に座ったのであった。
 うーん、可愛い。や、あたしをリンと同じナルシストだと思ってもらっちゃ困る。
 あたしは残り二名と比べたら、そりゃあ常識人だって自信がある。
 平然として自分が最上級に美少女だと本気で言える程、肝っ玉は座ってない。

でもね、あたしみたいな仕事してるとタフさとか自分に対する自信とかが、すごぉく大切なんだよね。
 仕事中に行き詰まったり、ピンチになったりした時、自分に自信が無かったら切り抜けられない時ってある。
 どんなに恐くても、側にいてくれる仲間と何よりも自分自身を信じてあげないと、勇気を出せない時ってあるんだ。

 例えば、逃げ道がなくて崖とかを飛び降りないといけない時。
 アレスの魔法の腕を知っていても、いざ目の前に真っ暗な闇を湛
えた底無しの崖があれば、恐い。
 脚だって震えるし、泣きたくもなる。

 そういう時、行動に繋がるための勇気とか自信とかは物凄く大切なものなんだ。
 でも、そういうものは必要な時に、いきなり出るものでもない。日頃から自分の精神
を鍛えてないと、大体の人間は本番に弱いんだよね。

だから、あたしはいつも自信過剰と思われるくらいの態度でいる。何事に対しても。
 演技をしてるってのもあるかもしれないけど、いつも演じていたら、
あたしが演じてるのか演じてるのがあたしなのか分からなくなって来る。
 でも、多分それでいいんだと思う。結果良ければ全て良し。

 外見にしたってそう。可愛い可愛いって思ってれば、「自分は可愛いんだ」って思えるし、そしたらいい顔になる。
 自分の外見にコンプレックス持つのは普通だけど、生まれ持ってのものをあれこれ悩んでも仕方ないしね。
 どうしよもないものなら、諦めないで少しでも良くしようって思えばいい。あたしはそう思う。
 どんなブスでも笑えば絶対に可愛い。なら、笑顔を絶やさないでいればいい。
 や、いっつもヘラヘラしてたらただの馬鹿だけどさ。

そんなこんなで、あたしは自分を可愛いと思い込む事にした。ま、ここで大切なのは勘違いしない事、だけどね。
 自分の中で可愛いって思ってたらいんだけど、それを他人に対して言っちまえば話がこじれる事もある。
 「あたしは可愛いんだから、こんなコトしてもいいのよぉうっ!」なんて言って、
皆の目の保養のためにストリーキングしようものなら勿論捕まる。
 謙虚な姿勢が大切な時もあるのだよ。世の中。

 自分を良くしようって、多分ほとんどの人が思ってると思う。でも、それをするのは難しい。
 皆、それを悩みながら生きてるんだと思う。皆同じだと思えば、少しラクかな?

「あ、髪伸びたなぁ……」

鏡を見て気が付いた。髪を解くと、あたしは思いの外髪が長かった。いっつも起きたら無意識に縛ってたからなぁ。
 ふーん。こーやって見ると、大分カンジが違うなぁ。ドレスでも着れば、いいトコのお嬢様に見えたりなんかして? 
 うふっうふふふふふ。

ふと、あたしはアレスが言っていたあたしのお母さん      リンダさんについて考える。
 おばさんって呼ばれたら、近所の子供でも容赦しないで『リンダさんスペシャル』なるものを食らわせていたとは……。
 結構いい性格してたみたいだのう。

 生きてたらどんな親子だったんだろ。どつき合いとかしてんのかなぁ。「なにすんのよクソババァ!」とかゆって。
 で、「ババァとは何よ! この美女にむかって!」とか……。あかん。あたしと同じじゃないか……。
 いや、皆さん、目上の人に対して『クソババァ・クソジジィ』はいけません。
 あたしもついついカッとした時は言っちまうけど、基本的には自分より長く生きてる人は敬う様に……心がけてる……つもり……。はう。

憶えてもいない人の事をあれこれ考えても仕方ないもんなぁ。ま、想像するのは自由だけど。
 でも、色々考えてると……何だか悲しくなってくるから、やめよう。

多くの人は、親なんてもんはいて当たり前なんだと思う。だから余計に、『当たり前』のものが無いあたしは…って思っちゃう。
 孤児院時代のあたしがそうだった。あるべき物、そこにあって当たり前なものが無いのって、物凄く虚しい。
 あたしにとって唯一家族と呼べるのは、血も何も繋がってないけどアレスとリンしかいない。
 冒険をする上でのパーティーって、第二の家族みたいなもんだと思う。

 家族って言葉に、ホントは血のつながりも何も関係ないんじゃないか? って最近あたしは思う様になってきた。
 小説とかでよくあるけどさ、血がつながってなくてもずっと自分を育ててくれた人と、
血がつながってる本当の親なんだけどいきなりひょっこり現れた人と。どっち選ぶ? って奴。

 まぁ、その回答についてはそれぞれなんだろうけど、愛情ってのはずっと自分が一緒にいた人にあるものだと、あたしは思う。
 一緒にいたいって思う気持ちとか、失いたくないって思う気持ち、安心感とか甘える事が出来るかどうか、とか。

今のあたしにとって、リンとアレスは家族って言える存在で、いくらどーしよもない馬鹿だったりナルシストだったり
大食らい
だったり女たらしだったりしても(力入りまくり)、やっぱりこの二人が大切ってのは事実なんだよね。
 だから、二人がいなくなったらあたしはどうしたらいいのか分かんなくなると思う。

一人でも生きて行ける、てのは凄くかっこいいと思う。他人の手を借りないでも何でもやっちゃうの。
 でも、そういう人がいる事はいるけど(知り合いの冒険者にいるのだ)、凄く孤独だなぁ。って思う。
 周りもその人が一人でなんでも出来るの知ってるから、自然と何でも任せちゃったりして、
「あ、この人なら一人で大丈夫。一人の方がいいんじゃない?」ってなっちゃうの。そーやって、どんどん周りから人がいなくなっていくんだ。
 望んで一人になりたい訳がないのにね。

 あたしは、そんな孤独なら一人で生きて行ける強さなんてものはいらない。あたしは他人に助けられないと生きていけない自信がある。
 例え色んな技術を持っていたとしても、心がついていかない。

だから、アレスとリンは大切。照れ臭いから、本人に面と向ってはなかなか言えないけどね。
 でも、いくら一緒にいる人だからって何も言わないでも心が通じるか、って言えばそれは大きな間違いで、
だから時々、ほーんの時々、あたしは二人に本当の気持ちを伝える。どれだけ大切で、どれだけ助けられていて、どれだけ必要としているか。

それを確認し合って、余計お互い大切に思う。ちゃんとこういう事を伝えてるから、あたしの罵詈雑言とかも、
『こんな事を言っても、こいつ相手だから言える』って思って言ってるのを分かってるから、許してくれる。
 そうじゃなきゃ、散々殴ったり蹴ったりしてるあたしは嫌われて当然である。いや、でもホントに腹立つ時ってあるから、さ。うん。
 お互いの為にも怒ってる時は怒ってるんだぞー、って態度で表した方がいいと思うし……(やや自己弁護)。

でも、本当の家族ってものがどんなものかも気になる。触れ合った記憶を無くしても、あたしにとって大切な家族だった事は変わりないから。

だから、それを奪ったヴァンパイアどもは絶対に許さない。

ヴァンパイアはアンデッドの中でも最も高位の魔族だ、って事は勿論わかってる。
 それを倒す事がどんなに困難で、自分の命を懸けないといけない仕事になるのか、という事も。

 分かっていても、それでもあたしは家族の仇を討ちたい。

仇討ちなんて今どき流行んないって思ってたけど、前言撤回。大切な者を奪われた気持ちは、当人にしか分からない。
 それがどんなに理不尽に奪われたかを思うと、やるせない。
 仇を討ってもあたしやアレスの家族が戻る訳じゃないけど、でも誰にも罰を与えられる人がいないのなら、あたしが与えるしかない。

 ヴァンパイアは国の法によって裁かれる存在でもないし、放っておけば被害は広がるだけだ。

 あたし達人間の側から見れば、ヴァンパイアは絶対悪で滅ぼすべき存在だけど、ヴァンパイア側から見ればあたし達はエサに過ぎないんだろう。
 冗談じゃない。例え
ヴァンパイア側の言い分や道理、正義があったとしても、あたしはあたしのやり方で行く。
 あたしは人間で、人間である自分が好きだから。

いい十字架買わないとなぁ……。
 そんな事を思いながら、ベッドに潜り込んだあたしは旅の疲れによる深い眠りに入っていった。

  

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