「ダルディア聖王国のざわめき」

翌日、いつも通りにすっぱりと目覚めたあたしは、やっぱり目が覚めると同時に定位置にあるブラシで髪をとかし、
鏡を見ずに髪を束ねる。もう、これはすっかり習慣になってる。

 廊下のつきあたりにある洗面所に行き、冷たい水で顔を洗う。これで目が覚めるんだぁ。
 肌を引き締めるのにもいいらしいし。ふふっ。一石二鳥という奴だ。

うちのパーティーで目覚めがいいのはあたしだけ。なので、必然的にあたしは他の二人を起こさないといけない。
 これがまた、朝から血圧上がる作業なんだよなぁ。

 まずはリン。起きてないのは分かってるので、ノックもしないで部屋に入る。
 これがあたし以外の、例えば怪しい侵入者なんかだったらぱっちり一発で起きるんだけど、
相手はここ数年の付き合いのあたしだから、安心しきっててドアが開いた音にも気付かない。

 女の所に行っても、リンは泊ってくる事はしない。
 どんなに深夜でも明方近くになっていても、必ず帰ってくる。まぁ、それは偉いと認めてやるんだけどね。

部屋のカーテンを開け、室内に日光を入れる。
 光を感じてリンが呻き、毛布をたぐり寄せて頭に被る。そうはいくかぁっ!

 ガバッと毛布をはぎ、シャツがめくれて露になっているリンの腹を、思いっきり平手で叩く。

ピシャン!

おお、いい音。

「いたっ……痛いいぃぃぃ……」

なんとも情けない声を出し、それでも起きる気配はない。
 ふつふつと昨日の怒りが湧きおこってくる。
 人が大切な相談をしようとしてたのにいいいぃぃぃぃ…ホイホイ女の所に遊びに行きやがってえええぇぇぇぇ。

「起きろ! 種馬!」

ドスンとリンの腹の上に乗っかり、耳元で大声を出してやる。
 と、ナニを勘違いしたのか、いきなりリンはあたしの腕を引っ張って引き寄せたぁっ!?

「……ん……」

ぎうーっとあたしを抱き締め、リンは小さく声を立てて再び寝入る。目の前にはリンのどアップ。
 一見つるつるしてそうな顔だけど、やっぱり間近で見るとヒゲがある(まぁ、ヒゲも白銀色だから目立たないんだけど)。
 ぎゃああぁあぁあっ!顔を押し付けるなあああああぁぁぁっ! 
ゾリゾリするうぅうぅうぅっ! 気持ち悪い!

 懸命にもがくけど、こんな軟弱王子タイプでも戦士なので力は相当なもんである。
 ビクともしない。つか、熱い! くっつくなぁ!
 離せえええぇぇっ! 
ええい! こんなシチュエーションでも、相手があんたじゃときめきもしないわぁ!

ガブッ

唯一自由な口を使って、思い切りリンの顎に噛み付く(うぇーっぺっぺっ)。

「っぎゃああああぁぁぁっ!?」

痛みに悲鳴をあげて飛び起きるリン。叫びたいのはこっちだアホ!
 すかさず跳ね起きたあたしは、ベッドの上に立ち上がってリンを蹴り落とす。

「キっキラぁ?」

状況を把握してない顔であたしを見上げるリン。こんにゃろう。
 朝一からとんでもない事してくれやがって。さて、どうしてくれよう。

「あんたねぇ……。昨日何処にいた?」

「うっ」

「……ってのは聞かないでおくわ」

「ほっ」

「でもっ! 旅から帰って来た直後! 今回の反省とか色々やる事あるだろうに! 
 真っ先に出掛ける馬鹿が何処にいるっ! しかもあたしは重要な話をしたくてあんたを探してたのにっ! 
 恥を知れ! この大タワケがぁっ!」

咄嗟に正座してあたしの怒りを浴びていたリンだったけど、ふと目を異様に輝かせて顔を上げる。
 「え? 俺の事探してたんですか? いっやぁ、初めっから言ってくれれば何処にも行きやしなかったのに…。
 さぁ、今からでも遅くありません…ほら…この鍛え上げられた美しい胸に飛び込んでいらっしゃい…」

 両手を広げてやや及び腰で、じりじりと近寄ってくるリン。ハッキリ言ってコワい。はぁはぁゆうなちゅーの。

「目を覚ませぇっ!」

ゴゲガッ

二度目の蹴り。

「はぅっ」

顎を押さえて昏倒したリンにとどめを与える。

ズビシッ

あ、痙攣してる。

「早く着替えて下降りといで! 今日はクロの所行くんだからね! 
 それから今後の事について大切な話あるからっ」


 鼻息荒く(馬みたいじゃん)そう言うと、あたしはアレスの部屋に向った。
 後ろでリンが何か呻いてたみたいだけど、気にしない気にしない。

アレスはアレスでとことん寝起きが悪い。リンみたいに寝惚ける事はないんだけど、
冬眠中の生き物みたいに動こうとしない。幾ら覚醒を促すための刺激を与えても、瞼
をピクリとさせる事もない。
 孤児院から出てアレスと始めて野宿した朝、こいつを起こすのにすぅっごく苦労した記憶がある。
 もしかして死んでるんじゃないだろうか、とか本気で思ったもんだったなぁ。

ただ、物事にはコツというものがありまして、懸命な読者様なら御分かりでしょうが、そう、あの手です。

 「アレス。起きないとあんたの分のゴハン食べちゃうよ」
 「おはよう、キラ」

素晴らしい寝起きである。完全な睡眠状態から、完全な覚醒状態に至るまでの経過時間が一秒にも満たない。
 あぁ、凄い。食べ物の威力。同時に、この男の物の価値観というものを考えてしまう。


 「ほら、さっさと顔洗っておいで。食堂で待ってるからね」

 手間のかかる二人を起こし、あたしは一人で食堂に向った。


「おばさん、おはよう」

おばさんに朝の挨拶をして、三人分のティーカップとお茶の入ったポットをいつもの席に運ぶ。
 ダルディア国内にあるサティパという地方は、美味しいお茶が採れる名産地で、
ダルディアはティル茶というお茶でも有名なのだ。

 乾燥したお茶の葉にお湯を注いで少し蒸らすと、透明がかった綺麗な赤紫色になる。
 すっきりした味で、朝の一杯には最適なのだ。

 ガラスで出来た透明なポットの中で、注がれたお湯の熱と水分を含んで開いていくお茶の葉を眺めてると、
顔を洗って着替えて来たリンとアレスが食堂にやって来た。
 食堂は、他にもここの泊まり客らしい冒険者が、別のテーブルで朝食を摂っていた。

朝食は基本的にビュッフェで、トレーに乗っている色んな物を自分の好みに合わせてお皿に取る。
 あたしの朝食はいつも決まってる。
 トースト一枚にクロワッサンが二つ。ハム二枚にソーセージが一本。スクランブルエッグにコーンスープとサラダとフルーツ。
 冒険者たるもの、体が資本だからね。栄養はちゃんと摂らないと。朝食が肝心なのである。
 だからっ年頃の女の子が朝からそんなに食べて…なんて目でみないでねっ(ちょっと気にしてるらしい)。

 ちなみにリンはあたしよりも少し多い位。アレスはあたしの…五倍から六倍位は平気で食べてる…。
 いや、アレスの胃袋については言及するのは止めよう。不毛すぎる。

あ、年頃の女の子で思い出したけど、あたし達の年齢について話してなかったね。
 どうもどうも。あたしは十九。リンが二十一でアレスが二十二。という訳。

「あ、そうそう。クロに今回の仕事の分け前持ってかないとね。
 今回の儲
けが大体……うーん、見積もって百万シェルくらいはいくから…十万シェルだね」

ちなみに、あたし達の暮らしているマリドン多島大陸群での通貨単位はシェルである。
 まぁ、考え方としては皆様の扱っているお金の単位を変えただけ、って思ってもらえればいいかな。
 近年になってきてから、紙幣とかお金の代わりになるコインとかが流通してきてるんだけど、
昔ながらの金貨とか銀貨、銅貨も使われてる。それは銅貨一枚につき百シェルとか、それぞれの価値が決められている。
 ちなみに、金貨は三万シェル、銀貨は一万シェル。銅貨はぐっと下がって一枚百シェル。やはり金銀とか貴金属は価値が高い。

 マリドン多島大陸群の五つの大陸にはそれぞれのお金の単位があるんだけど、
マリドン大陸は五つの大陸の中心という事で、マリドンで使われてるお金の単位が五つの大陸での通貨になってる。
 だから、マリドンの人間は他の大陸に行った時でもマネー・チェンジする必要がないのだ。
 まぁ、将来的には全ての大陸でシェルが広く使われる様になると思うんだけどね。

そしてしっかり朝の栄養を摂ったあたし達は、収獲したお宝を換金するのと、
クロの仕事屋に報酬でもってつけを払うために出掛けたのであった。

メリルおばさんの『星花亭』は、前にも言った通りに首都ダルディアの片隅にある。
 今目指しているクロの仕事屋は大通りにあるんだよね。だから遠いので、あたし達はダルディア国営の乗合馬車に乗る。

 乗合馬車は決まった時間に発着するので、待ち時間とかがある。
 急いでいる人とかは、エキドナっていう人間よりも大きな鳥が引く小さな車に乗る。
 これは早いし小回りも利くので、便利といえば便利なんだけど、
マンディー社っていう会社の民間経営なので国営よりちょっと料金が高い。

マンディー社は、一番初めは野生の馬やエキドナなんかを捕獲、調教して安全に乗れる様にして売り出す事をしてたんだけど、
エキドナに車を引かせて街中の移動手段にする、っていう商売を始めてから急激に成長した大会社。

 社長さんはマリドン大陸の南東にある(地図でいえば右下)セリファ大陸の人で、元はあっちで始めた事業なんだけど、
経営が波に乗ってきたらマリドンに移住してこっちで商売の手を広げた。セリファ大陸はエキドナがたっくさん生息してるんだ。
 そして今や五つの大陸を股にかける程の勢いである。……
儲かってるんだろーな。うらやましい。

社長さんのマンディーさんは、元は牧場経営をしてて動物をこよなく愛する人なので、エキドナとかの育て方とかも神業だそうだ。
 彼いわく、「愛情をもって接すれば必ず心が通じる」らしい。いい事言うねぇ。
 でも、都会で働かされてるエキドナとかは、交代で働かせてもやっぱり違う土地だと疲れちゃって弱る。
 だから、周期的に故郷のセリファ大陸に戻して元気にさせてやるんだって。
 で、エキドナ専用の船なんかも造船させてるらしいから…。いやぁ、凄いなぁ。
 しかも、儲けたお金で余った分は寄付とかしてるらしい。自然保護だとか、孤児院とか。教会だとかにね。

 まぁ、街中のエキドナ車にお世話になる事は少なくても、マンディー社には随分お世話になってる。
 あたし達が仕事に出掛ける時に乗ってるエキドナや馬も、
マンディー社のレンタルだし(自分のを買うのは高いし世話するのが大変なのだ)、
それぞれの街や村の入り口辺りには、必ずマンディー社の支店があってそこで馬やエキドナなんかを預かって、
滞在している間の世話とかをしてくれる。勿論有料だけどね。宿屋とかで土地にゆとりのある所は馬屋とかもあるけど、
下手すると盗まれたりする事もあるし、鳴き声がうるさいって苦情が来る事もある。
 なので、マンディー社の人にお世話を頼む人は俄然
多い。

エキドナは体が大きくて翼が小さい。発達した脚から繰り出される蹴りの威力は凄まじいもんで、
昔はどうする事も出来なくて人々の天敵だったらしい。食べようともしたらしいんだけど、どうもあんまり肉は美味しくないんだって。
 マンディーさんはエキドナを捕獲し、飼い慣らして商売に役立てた初めての人で、今は広くに渡って役立ていて、
おまけに寄付とかもしてるもんだから、五つの大陸のほとんどの国から勲章とかを貰ってる。

カポカポと進む馬車の窓から、颯爽と脇を抜けていくエキドナの黄色い体を見送る。
 尻尾の部分に生えている緑の尾羽がフリフリ揺れていて、とってもプリティな後姿。エキドナは基本的に黄色い体なんだけど、
尾羽の所にアクセント的に違う色の羽根が生えている。多いのは緑・青・赤。
 稀
にピンクとかオレンジとかがいて、そーいうのはマンディーさんが大切に育ててるらしい。ちなみに色による雌雄の分類は無い。

「んねーぇ、いつか金持ちになったらエキドナ欲しいなぁ…」

ぼーんやりとアレスとリンにそう言ってみる。実はあたし、エキドナが大好きで大好きで堪らない。
 うふふふふ。だって可愛いんだもぉーん! 何かねぇ、鳥にしてはすっごく表情豊かなんだよねぇ。
 目がおっきくて、「クエ」とかって鳴くのぉ! きゃああああ! 可愛い! そいでもって、あのフリフリした尻尾でしょ!? 
 可愛い可愛い可愛い! か〜わ〜い〜いぃ(やめれ)。

「……………キラ、世話出来なさそうだから無理です」
 リンが即答する。

こぉおおおぉおぃいいいぃいぃぃいつううぅううぅぅ…。

「なにさ! 夢を語ったっていいでしょうに! ケチ! ドケチ!」

キーキーわめくあたしに向って、リンはち、ち、ち、と人差し指を一本たてて左右に振る。馬鹿っぽいからやめて欲しい。
 「キラは、エキドナなんかよりも俺の世話があるじゃないですか…。
 ホラ、俺ってキラがいないと駄目な人間だから…。ね? こんなにかっこよくて、腕の立つ凄腕剣士で、
 女の子にもモテまくる俺ですけど…やっぱり、キラがいないと駄目なんです…。あぁ、罪な女ですキラ。
 そのルビーの様な輝きの目は、エキドナなんかにではなくてこの俺にはぐぅっ!

「あんた…殴られたい?」

こないだクロからもらったナックルをはめた右手をさすさすしながら、あたしは馬車の窓に自慢の顔を押し付けてるリンに言う。

「……………キラ、もう殴ってる」

ボソッと横から突っ込むアレスに「気のせいよ」とさらりと言い、あたしは再び可愛いエキドナの姿を探すために窓の外を見る。
 何だかリンが「ふふふ…この拳も君の愛なんですね…」とか不気味笑いしながら言ってるけど、それはそれ、気にしない気にしない。
 もう一発くらい食らわせておけば静かになるから。

そういえば、世にはポニーテールなんてものがあって、あたしもいっつもそのスタイルなんだけど、
最近はエキドナ人気でエキドナテールなんて髪型もはやってるらしい。原形はポニーテールと同じなんだけど、
縛った髪を目の細かいくし
で逆立てるの。で、凝ってる人は飾りにカラフルな羽根を付ける。
 いいなぁ。あたしもやりたい。でも散々動き回るもんだから、せっかく髪セットしてもすぐに崩れちゃうんだよねぇ。

「…ねぇ、そしたらさ、セリファ大陸にあるマンディーさんが作ったエキドナの王国は? 
行きたいなぁ。ずっと夢なんだよねぇ。色々さ、エキドナの羽根で作ったアクセサリーとかエキドナグッズが一杯売ってるんだってさ」

はぅ…。マヂで行きたい。
 憧れのピンクエキドナとか、オレンジエキドナ、最近発見されたっていう紫エキドナ…見たいなぁ。触りたいなぁ。可愛いんだろーなぁ。
 エキドナ記念コインとかもあるみたいだし、エキドナ安眠枕とかエキドナお守りとか、マニアに大ウケのエキドナコスプレセットとか…。

 今やマンディーさんは、全国のエキドナファンのために、エキドナの魅力をまだ分かっていない人のために、
可愛い可愛いエキドナのグッズなんかも制作して、セリファ大陸にあるエキドナ王国で販売してるんだぁ。はぅ…行きたい…。

「キラ、着いた」

せっかくあたしがエキドナ・ドリ〜夢にひたってたのを、アレスの馬鹿が邪魔をする。あ? ナニ? 着いた? 何処に?

「少し急がないと、もうそろそろクロの店昼休みに入りますよ?」

さっさと馬車から降りようとしてるリンが、こっちを振り向いて言う。ぬぅ。いつの間にか乗客はあたし達だけになっていた。
 窓の外はかなりやかましい。昼間のダルディアで多分一番うるさい場所、大通りだ。

 リンの言ってる通りに、ここの地方(マリドン多島大陸群)では基本的に正午から午後の二時くらいまでお昼休みを取る所が多い。
 その間、大体のお店なんかは閉まっちゃうんだ。
 商工人たちの大陸ジルヴァの商人達なんかは、お昼休みの時間も勤勉に働いてるみたいだけど。

「はいはい」

ちょっと機嫌を悪くして、あたしは馬車を降りる。降りぎわに、
御者さんから「あんまり男の子いじめるんじゃないぞ」と言われてしまった。
 いじめたつもりないんだけどなぁ。だってリンの奴がエキドナ
「なんか」なんて言うんだもん。当然の制裁だと思うんだけど。

で、まずは換金。冒険者がお世話になる商工ギルドの中でも、仕事屋と対になってお世話になるのが、この換金屋。
 大抵は、普通の人もお世話になる銀行と一緒の建物の中にあるので、あたし達はまず銀行に向かう。

銀行は、国営でやってる中央銀行ってのは国の財産なんかを管理してたり、他の民間の銀行に対してお金を貸してる所だから、
一般人は利用出来ないんだ。だから、あたし達が向かうのは民間の銀行。

 銀行ギルドではいくつかの有力銀行があって、お客の取り合いなんかで色々と頑張ってるみたい。
 今ならいくら以上預金した方に、旅行券差し上げます! とかね。高級陶磁器のティーセットプレゼントとか。

 あたしたち冒険者は、民間の人と同じ銀行をひいきする場合もあるし、かなり遠くまで仕事に行ってる人なんかは、
他の大陸にも支店を持ってる銀行なんかを選ぶ。そういう銀行には、スポンサーの名前の所に大手武器メーカーとかがあるんだ。
 冒険者ギルドがスポンサーになってやってる銀行もあって、やっぱりそこが冒険者にとっては一番いいみたいで、
大体六割くらいの冒険者がそこにお金を預けたりしてる。ちなみにあたし達もそう。

 ただ、武器メーカーとかがスポンサーでやってる銀行は、特典なんかで系列の武器屋での割り引きとかがあるもんだから、
結構人が集まってる。同様に大手防具メーカーとかのもね。

最近は、マンディーさんも銀行を建てるだかって噂があって(考えられない話じゃないよね)、
あたしはそうなったら心が揺れそうで今から悩んでたりする。恋する乙女の気分。はぁ…。

「今回、貯金いくらする〜?」

あたしがリンに尋ねると、リンはすれちがう女の子に熱烈なウィンクをしつつ(だからやめれって)答えた。

「そうですねぇ…。二、三十万シェルくらい…しておけばいいと思いますけど」
 「そだね」

んで、クロに十万シェル払うとして、生活費と次の冒険の準備とかに使う費用とかを引いて…。
 うーん、服とかに使えるお金は前回の儲けよりは少しあるかなぁ。よしよし。

はぁ。財産管理も結構しんどいんだよねぇ。お小遣い増やしたいのはやまやまだけど、
でっかい儲けあったらそれに見合う位に仕事屋に払わないとならないし、やっぱりパーティーレベルってのも上がってくと、
攻略ダンジョンのレベルなんかも上がって、それにつれて武器とか防具なんかもレベルアップさせないとなんない。
 レンタルするエキドナとかのお金もあるしね。

 何となく家庭を守る主婦の気持ちで溜め息を吐きつつ、あたしは冒険者ギルド銀行のドアを開けて中に入って行った。

冒険者がよく利用する銀行は、他の民間主体の銀行と違ってなんだかにぎわいがある。
 冒険者なんて奴等は基本的に陽気な奴が多いからね。銀行だけあって、重厚な造りで、
ぶ厚い絨毯なんかも敷いてあって音が吸収される様になってるけど、それでもショップにいる様なにぎわいがあった。

 一階は普通の預金やお金の引き出しなんかに使われてるので、あたし達は二階にある換金屋に行く。
 銀行ギルドとはまた別モンなんだけど、親戚みたいなもんだから、共同経営とかも珍しくないんだ。

「こんてぃーっす」

幸い、今日はそんなに込んでなくて、順番街のチケットをもらう事なくあたしは窓口にいる女の子に挨拶をした。
 もうすっかり顔馴染みになってる女の子だったりする。

「あ、キラ・セビリアさん。お久しぶりですね。換金ですか? 有り難うございます」

元は赤毛なのをオレンジ色にカラーリングした髪を、きっちりと三つ編みにして銀色の髪留めで止めてる。
 地味な制服を着てるんだけど、その分他の部分でオシャレなんだよなぁ。この娘は。
 対応も丁寧だし、顔も割に美人タイプなので密かに冒険者の間で人気者だったりする。

「はい! これ〜!」

窓口で整理番号の書いたチケットをもらったあたし達は、別の場所にあるお宝鑑定の部屋に行って、
リンとアレスに持たせてたお宝をドッカリと床に置いた。

「ふんふん、エルドナ火山帯にある海賊の洞窟ですか…」

眼鏡をかけたこれまた、あたしたちにとってはお馴染みの青年鑑定士が、
書類に目を通してから神経質そうな綺麗な手で眼鏡のブリッジを少し上げた。
 で、あたし達は同じ部屋の中にある革張りのソファーにでーんと座って、
彼が白い手袋を嵌めてお宝を鑑定するのをじっと眺めて待つだけ。

「ほほう! これは凄い」

多分、二十代後半だっちゅーのに、彼はなかなかどうしてジジ臭い喋り方をする。
 顔も結構整ってるし、神経質そうだけどエリートっぽいし、それなりにモテそうなんだけどなぁ…。
 噂に敏感なあたしでも、彼についての浮いた噂は聞かない。

アレスはソファーに座って、出されたお茶とクッキーをもぐもぐと食べてる。
 換金所の方も心得たもんで、あたし達が来た時はお茶うけのお菓子は数箱用意してくれる。
 だはは。ま、お金はかかるだろうけど、それに見合う以上の儲けを持って来てるんだから、
文句言わずにお菓子の箱の十や二十出すのは基本だよねぇ。

 リンは鑑定士の邪魔にならないようにしながら、床にばら撒かれたお宝をうっとしとした目で見てる。
 白いほっぺは薔薇色に染まり(げぇ)、目はとろーんと細められてる。………………良かったねぇ。リン。
 いやぁ、つか、あたしはあんたは戦士
にならないで鑑定士とか美術商にでもなればいいって思うんだけどねぇ。

で、小一時間もすると床に乱雑にばら撒かれてたお宝達は、優秀な青年鑑定士によって鑑定されつつ、
几帳面に整頓されていた。鑑定中はいきいきとしてた青年鑑定士は、
元の銀行員の様な冷静さに戻って書類にサラサラと几帳面な字を書きつつ、
あたし達に鑑定結果をこれまた几帳面に説明してくれてる。

「んんんんんんんん。あのぉ、あたしたち結構急いでるんでぇ……」

壁に掛けられた時計を気にしつつ、
あたしが腰を浮かしかけると青年鑑定士はビシっと万年筆を持った左手であたしを指差す。

「セビリア様、お座り下さい。まだ手前の説明が終了しておりませんので」
 「は…………はい……」

いい加減、この人の仕事が凄く優秀なのは認めるけど、この融通の利かなさはどーにかして欲しい…。
 あたしゃ急いでんだっちゅーのにぃっ! そろそろお昼休みの時間になって、クロのお店閉まっちゃうじゃないかぁ!

 しかもあたしはこの手の人間に弱く、どーもこーやってビシリと言われるとついつい従ってしまう…。
 多分、孤児院の鬼ババがこーいうタイプだったからだろーなぁ…。はぁ。

ひたすらお宝の説明をし続ける青年鑑定士。それに一々感嘆の吐息を吐くリン。
 ひたすらお茶とクッキーを食べ続けるアレス。で、あたしはソファーの端の方でぐたーっとしながら、
早く彼の説明が終るのを待っていたのだった。


「終ったよぉ……。はい、書類……」
 再び窓口に来たあたしは、三つ編みの受付嬢に青年鑑定士に認め印を押してもらった鑑定結果の書類を渡す。

 「御苦労様でした。でも、あの人仕事は凄く几帳面にやってますから、信用は出来ますよ? 
それを思えば少し堅苦しいのも我慢なさって下さいな」


 上品に、しかもキュートに笑って女の子は書類を受け取り、それに目を通すと表に書かれてある数字をもう一度計算し直す。

「ん〜、わかってるんだけどさぁ……」

あたしは座りっぱなしで痛くなった腰をさすさすしながら、窓口のカウンターに頭を横にして乗っける。
 と、右側の窓口にいた別のパーティーの戦士
と目が合い、笑われてしまった。………………くそ。
 かっこいい兄ちゃんだったばかりに、ちょっと恥ずかしい。

「はい。確認いたしました。この中から下の銀行に預金される分はありますか?」

女の子に訊かれて、あたしはさっきリンと話し合った金額を言って、預金の手続きを取ってもらう。
 こやって同じ建物に銀行が入ってると、預金とかもやってくれるので便利なんだぁ。
 普通預金と貯蓄預金とをしてもらってる間、あたしは一ついい事を思い付いてにんまりと笑った。うっふっふっふっふ……。

「あー……っと、ねぇ? 今、現金にしてもらうお金の事なんだけど、二十二万シェルの内、十三万は硬貨でくれないかなぁ」

あたしがニタニタして女の子に言うと、彼女はパチクリとして顔を上げるけど、あたしの顔を見ると苦笑して了承してくれた。

「…………また、何企んでるんです? キラ」

背後から熱い吐息と共に囁くリンのみぞおちに肘を埋めつつ、あたしは可愛く笑って答えてやった。

「ちょっとした仕返し」

 ふっへっへっへっへっへっへ…。

で、一人でほくそ笑んでると、また隣の窓口にいた戦士に笑われてしまった。
 で、無事にお宝をお金に換えたあたし達は、三万シェルずつお小遣いとしてそれぞれのお財布にしまった後、クロの仕事屋に向かった。

  

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