「しばらくのお別れ」

それからあたし達は買物をして、お礼を言いにクロの仕事屋に向かった。

買物をするのは大体馴染みの店なんだけど、そこに行ったら知り合いの店員さんなんかが、
やっぱり皆あたしたちがレシテル・エディレと
ヴァンパイアを倒しに行くって話を知ってて、
応援ついでに何かとサービスしてくれたりした。
 いや、有り難い事はものすごっく有り難いんだけど、どっから話が漏れてるんだろ。

「こんちゃー」

フレイさんのパンのいい匂いがするクロの店のドアを開けると、
カウンターでクロと話していたパーティーが一斉にあたし達を見て、
「わあああぁああぁ! 噂をすれば!」と騒ぎ始めた。

……………………お前か。クロ。

あたしが睨み付けると、クロが吹けもしない口笛を吹く真似をして、咄嗟に横を向く。
 それで誤魔化したつもりか、おんどれは。

しばらくそのパーティーに「頑張って下さい」とか何とか、
あれこれ言われてそれに受け答えをし、彼らが店を出て行くとあたしはツカツカとクロに歩み寄る。
 クロの奴は愛想笑いを浮かべてじりじりと後退する。
 店の人にサービスしてもらうのは嬉しいけど、こうやって言いふらされるのは好きじゃない。

 いつもなら、皆の注目を浴びて自分の有名ぶりにうっとりしてるトコだけど、
今回はちょっとばかし暗い話もつきまとったりしてるんで、少しピリピリしてる。
 皆がダークサイドの部分を知らないで、純粋な善意で応援してくれたり
声を掛けてくれたりしてるのは十分に分かってるんだけど、それでも何となくイライラする。

 クロの奴も悪気は無いんだという事は分かってる。
 悪気なんて高尚なものを持たない奴だって事を知ってるから。
 まぁ、身近な知り合いのあたし達が有名なレシテル・エディレと旅をする、
っていう話を自慢したかったってトコだろう。

クロがヴァンパイア・ハンターギルドのギルド長に話をつけたんだから、
レシテルの事を知っていてもおかしくはない。分かる、分かるよ? でも

「おんどれこらあああああぁぁぁぁっ! ナニ勝手にくっちゃべってんじゃあ!」

左手でクロの襟元を掴み、あたしがナックルの光る右手を振りかざした瞬間、

「キラさん! やめて下さい!」

フレイさんの鋭い制止の声が入った。

見れば、パン屋の方からいつもの赤いギンガムチェックのエプロンをしたフレイさんが、
つかつかとこっちにやってくる。

「あぁっ! フレイさん! 今日の貴女もゲフッ!

すかさずフレイさんを口説こうとした障害物(リン)を、手に持っていた銀色のトレーでスパァンッ! 
と殴り倒し、フレイさんはクロの襟元を掴んでいたあたしの左手をそっと握る。

「…キラさん、お怒りになっている理由は十分理解しています。
 今回の事はうちの人が悪いですわ。ええ、それはもう」

そして、そっとあたしの左手をクロの襟元から外して、
あたしの手を握ったまま綺麗な目であたしを見詰める。

「ですが、悪い夫に対するお仕置きは、妻である私にさせて下さいな」

おっとりとしていても芯のしっかりした声でそう言われ、
あたしは全てをフレイさんに任せる事にした。

「じゃあ、お願いします」
 「はい。レベルとコースの程は?」
 「そーね、レベル六から八の攻撃呪文でいたぶった後に、レベル十でとどめを。
 今回レベル高めだから、五分コースで我慢するね」

 「はい。分かりましたわ」

クロはフレイさんがあたしの右ストレートを止めた時から、
ビクビクしながら成行きを見守っていたけど、あたしの出した判断にサァッとその黒い肌を青ざめさせた。

「では、あなた。行きますわよ」

フレイさんはそっと赤いギンガムチェックの三角巾を取り、
それを綺麗にたたむとエプロンのポケットに入れる。
 それからにっこりと微笑んでクロにそう宣告すると、ババッと両手を広げて呪文の詠唱に入る。

「…我、乞い願う。
  あまたにおわします大気の精霊よ、
  我が任意の四方に散らばり我が盾となれ。
  狂える雷を四散させ、全てを燃え尽くす業火を無効とし、
  氷の刃を微塵に砕き、大地の竜より我を守れ。
  其は我が守り手、我は其が行使者。
  此方より百と十八の四方に……散らばれ!」

フレイさんの綺麗な声が『魔法障壁(マジック・シールド)』の呪文を唱え、
その詠唱が終ると同時にこの店をすっぽりと包み込む大きさの、対・魔法の障壁が作り出された。
 フレイさんが詠唱をしている間に、
あたしはちょろっと店の表に出て「営業中」の看板をくるりとひっくり返して「準備中」にする。

まぁ、ここまで来たら賢い読者様は見当がつくと思うけど、
フレイさん、顔に似合わずなかなか豪快な『お仕置き』が大好きなのである。
 決してサドなんかじゃない。フレイさんの名誉のために言っておくけどね。
 フレイさんの行為は、サディスティックな精神からくるものではなく、
夫であるクロに対する無限の愛情の表現方法なのだ。

魔法というものには、一つの魔法にしても色んなレベルがあって、
段階はゼロから二十まである。ゼロっていうのは、視覚的に魔法が発動してるのを認める事が出来ても
実際にその効果は無いというレベル。炎は当たってるけど熱くない、という奴である。
 よくコケ脅しなんかに使う。で、最大レベルの二十ってのは自分の魔力全てを魔法に転換するレベル。
 普通、「全力を出す」っていうのはレベル十七、十八あたりを差す。
 レベル二十は自分の精神エネルギー、生体エネルギー全てを魔力に変えて魔法を放つので、
レベル二十の魔法を行使した人は死ぬ。

ちなみに、いらんかもしれないけど今の『魔法障壁(マジック・シールド)』の詠唱について、
少し解説しましょう。呪文には基本的な形っていうものがあって、
それにバリエーションを組ませる事によって、色んな応用を使える様になる。


 例えば、第一声目の我、乞い願う。≠チていうのは、
これから発動させる魔法が精霊とかの力を借りて構成されている魔法だっていう事を表してる。
 第二声目は、何の精霊に何をして欲しいかっていう事。
 第三声目は『障壁(シールド)
』の呪文の中でも、魔法に対する障壁(シールド)を求めてるっていう事。
 『
障壁(シールド)』の呪文にも色々種類があって、対・魔法が一番ポピュラーだけど、
対・物理の奴もあれば、精神とか何とか色々ある。高位の魔導士だったら、
この部分を上手く組み合わせて一度に複数の『
障壁(シールド)』を作る事も出来る。
 第四声目は、自分と(この場合は)精霊との関係。
 これをしっかりしとかないと、魔法が暴走する恐れもある。
 で、第五声目が最終命令。

大体魔法の呪文ってもんは、こんなカンジでそれぞれに意味があるのだ。
 もっと複雑で長い呪文もあるし、『力ある言葉』の一発で魔法が発動する奴もある。

 世間には魔法書って奴があって、魔導士ギルドの研究者が一番安全でやりやすい呪文を書いた奴。
 ラクをしたい人はそれをそのまんま詠唱すればいいんだけど、研究心のある人とかは、
もっと強力な魔法にしたかったり、自分のオリジナルを作るために詠唱の言葉を少しずつ変えたりする。
 アレスとかはそんなタイプだね。

 魔法書にある基本的な形を元に、少しずつ少しずつ言葉を変えて魔法の効果の程を研究する。
 あたしには、そんな気の長い真似は到底無理だけど。
 魔法に詳しくない人は、呪文の言葉は何でもいい、
多分適当な事を言ってカッコつけてるだけだろうって思ってる人が多いんだけど
(あたしもそうだった)、それは大きな間違いなんですねぇ。

また、魔法を発動させるのには魔法の素質は勿論の事、今言った呪文の他に、
動作が必要なものもある。呪文の詠唱と一緒に動作をする事によって、
精霊の動きをやりやすくしたりっていう効果があんの。効果促進の他にも、
空中に文字を書いて自分の周りに魔法陣を描いたり、ってのもある。

 魔法陣は、巨大な魔法を発動させる時に、
もしもそれが暴走してもその魔法陣の中でしか魔法は発動されないので、
外に被害が広がる恐れは無くなる。まぁ一種の保険みたいなカンジかな。
 巨大な魔法を使うにも、その効果が抑制されたらしゃーないって思うかもしれないけど、
もしも巨大な魔法が制御不能になれば、術者がその魔法に食われるのは勿論、
暴走した魔法はあたり一面を食らい尽くす。過去にそんな事件が何回もあって、
魔法陣を用いる巨大な魔法は『禁呪』として一般的には使う事を魔導士ギルドから禁じられてる。
 魔導士ギルドの特殊な人の中には、そういう『禁呪』を人に渡さないために、
世界中を駆け巡って『禁呪』を回収する役割を持つ人もいる。
 勿論、回収された『禁呪』は魔導士ギルドの偉い人によって厳重に封印される。

魔法って奴は奥が深いのだ。まぁ、それについての詳しくはまたいずれ。

とにかく、長くなったけど今の状況解説に戻りまっす。

まぁ今、簡単な話フレイさんは『魔法障壁(マジック・シールド)』の魔法を使って、
店が壊れる事のない様に保険を掛けた後、その中でクロの奴を魔法でいたぶってお仕置きしてやろう、
としてるのである。これが、あたしがクロとフレイさんという夫婦を恐れている原因。
 近所の人には結構毎度の事らしいんだけど、あたし達は時々しか見ないから、毎回楽しみだったりする。

勿論、あたし達にも危険が伴うんだけど、そこはそれ、
アレスにあたしたちに『魔法障壁(マジック・シールド)
』の魔法を重ね掛けしてもらって、
あたし達は安全な所で高みの見物なのである。うっふふふふ。

 魔法の重ね掛けっていうのは、その魔法の相性とか魔法の行使者(まったく同じ魔法を使うにしても、
人に指紋とか声紋とか、それぞれ固有のものがある様に、
魔法にもその人固有の性質になる)によっては危険な行為なんだけど、
あたしがあんまりにも夫婦喧嘩を見たがるもんだから、アレスとフレイさんが協力して、
『魔法障壁(マジック・シールド)
』の魔法を同じ場に重ね掛けしても悪影響の無い様に、
それぞれの呪文を改良してもらって、今に至ったりしたのである。くふ。

「待てっ! 待ってくれっ! 俺が悪かった!」

必死になって土下座するクロだけど、もーぉ遅いっ!

「そんな事を言いましても、もう『魔法障壁(マジック・シールド)』は発動させてしまいましたし…。
 その分の私の消費魔力がもったいないので、強行でお仕置きさせてもらいますわ。
 ギャラリーもいらっしゃる事ですしね。
 ほら、キラさん達はもう今回でしばらく見納めになりますでしょ? 
 覚悟を決めて下さいな。あ・な・た」

ニコニコと微笑みながら、フレイさんはそう言ってしなやかな両手を優雅に動かして、精霊を集める。
 あたしの後ろでリンが「素敵です! フレイさん!」なんて言いつつ、
自分の対魔法コーティングが掛けられた剣を、クロに放ってやる。
 まぁ、少しはハンデもないとね。
 クロはヤケクソになって「おうっ」とか元気良く返事をして、リンから剣を受け取る。

もう、こーなったら夫婦喧嘩(?)も単なる見せ物になってる。
 いや、見て楽しんでるのはあたしなんだけど…。フレイさんもフレイさんで案外ノリやすい性格らしく、
あたしがギャラリーとしている時は、あたしのリクエストも聞いてくれたりする。
 くふっ。サービス精神旺盛だなぁ、フレイさんってば。クロにしても、
フレイさんのこんな刺激的な面に惚れ込んでいるので、
この夫婦喧嘩的見世物はまったくのオフィシャル・プレイなのだ。

それから、楽しい楽しい(クロにとっては)五分間が過ぎたのであった。

「フレイさん! 最高! 今までで一番サイコーな『愛』だった!」

さんっざんクロが悲鳴を上げて逃げ回り、五分経って生ける屍に成り果てると、
フレイさんは手順を踏んで、『魔法障壁(マジック・シールド)
』の魔法を解除する。
 うーん、今回は結構クロ頑張ったなぁ。

「有り難うございます。キラさん」

フレイさんはあたしのブラボーに、頬を少し染めて返事を返す。
 あたしの隣でアレスも、自分の発動させた『
魔法障壁(マジック・シールド)』の魔法を解除した。

「あ、そーだ。そーいえばあたし達肝心な事言ってないわ」

はた、とあたしは当初の目的を思い出し、
クロは伸びてるので代わりにフレイさんに事の次第と
ヴァンパイア・ハンターギルドに連絡をとってくれた事に対するお礼を言った。

「…………まぁ、そんな事が…」

クロとフレイさん夫婦も、あたし達にとってはおばさんと同じ位大切な人だ。
 あたしとアレスの過去の事、始祖フォレスタの事とかを話すと、
フレイさんは優美な眉毛を微かにひそめてそう言った。
 フレイさんはいいトコのお嬢様なので、
どんなにびっくりしてもあたし達みたいにギャーギャー騒ぐ事はない。
 うーん、これがお嬢様の落ち着きって奴か。

「そんな事があったとはつゆ知らず、
 うちの人が色んな方にお話を広めてしまって大変申し訳ありませんでした。
 さぞや不愉快な思いをされたでしょう…。何でしたら、もう少しお仕置き致しますか?」

フレイさんは丁重にそう言ってくれたが、時間も時間だし、
あたし達は代わりに夕ゴハンを
所望した。買物を始めたのがお昼前くらいで、
途中三人でお昼を食べて、買物の午後の部に繰り出して、大体五時くらいにここを訪れたのである。
 壁にかかっているフレイさん特製の、飾り用パンで作られた時計を見ると時間は六時過ぎ。
 立派に夕ゴハンの時間帯に突入してる。

「あなた、起きて下さいな。夕食のお仕度をして頂きたいんです」

フレイさんはしゃがみ込むと、床に突っ伏しているクロを指先で突っつく。
 うつ伏せになったまんま、何やら言ってるみたいだけど、
フレイさんが少し強く「あなた」ってもう一度言うと、
素晴らしい反射で飛び起きてカウンターの奥に消えて行った。
 うーん、素晴らしい。夫婦愛。

 フレイさんはその日の売れ残りのパンを、
明日の自分達の朝食の分を残してアレスに与えてくれた。
 うん、少し少ないけど十二個もあればクロが夕ゴハン作るまでは持つだろう。
 何せ、アレスは自分のため、皆のためにも少しでも多くのエネルギーを摂取しないといけない。

クロはお詫びの意味も込めて、傷付いた体で豪勢な夕食を作ってくれた。
 まぁ、傷付いた体…ってねぎらっても、
どーせ後でフレイさんに回復の魔法で治してもらうから(しかもラブラブで)、甘くは見てやんない。

「………まぁ、下手な事は言えねーが、ホント、気ぃつけてな」

美味しい夕ゴハンを食べて、食後にワインなんかを飲みながらまったりしてる時に、
クロが神妙な面持ちで言った。ちなみにリンは下戸
なので一人でジュースを飲んでる。

「うん。絶対目的果たして、一人も欠けないで戻って来るから」

あたしは不安をおくびにも出さずに笑って、クロにそう応えた。
 心配させたまま旅立つのも後味悪いしね。楽観的に笑ってる姿を残して旅立ちたい。
 旅に出てる人間の事を、待ってる人間が全く心配しない方法ってのは無くて、
それでも、出発する前の表情なんかは待ってる側にしては物凄く重要だと思う。

「つかさぁ、何でヴァンパイア・ハンターギルドのギルド長さんは、
 レシテルなんかよこしたの? 別にあそこまで有名で強くなくてもいいから、
 もー少しマトモな奴を送って欲しかったんだけど…あたしは…」

レシテルに対する寛大な心を努力しようと自分に誓いつつ、
それでもあたしはクロに文句をたれずにはいられなかった。
 いや、あいつが根はいい奴なのは分かってるけどさぁ。…やっぱ腹立つじゃん。

「うーん…一応、ギルド長がこーゆー話あんだけど…ってのを手近にいたヴァンパイア・ハンターに話して、
まぁ行ってやってもいいよって奴を集めて、
その中で話し合いしてもらった結果レシテル・エディレが行く事になったらしーんだが。
 ま、俺も
ヴァンパイア・ハンターだったら誰でもいいって手紙に書いちまったしなぁ。
 そもそも、お前らだってどんな
ヴァンパイア・ハンターがいいとかはリクエストしなかったろ?」

ぐ。

ずばりその通り。でも、まさかレシテルみたいのが来るなんて、誰が予想出来ただろーか。いや、ない(反語)。

「わかったってば。あたし達は何にもリクエストしなかったし、
 自由選考であたし達の所に来てくれた人について、あんたに文句ゆーのは間違ってたわよ」

クロの奴は、馬鹿そうでいて案外論理的な事を言うので、
あたしはこいつに口で勝てない時がある。いや、あたしだって自分が間違えてる時は認めるけどさ。
 やっぱ、あがきなんてもんはしたいじゃん?


 負けて悔しいので、何となく隣に座ってるアレスを殴ってみる。
 でもアレスはあたしの攻撃になんかお構いなしで、
フレイさんに注いでもらったワインを「うまうま」なんて言いながら、ちびちび飲んでる。
 食べ物は質より量なクセに、酒なんかには結構うるさい。

 ワイン組はフレイさんのお酌付きなんだけど、一人でジュース組のリンは手酌。
 泣きながらオレンジジュース飲んでるさ。あはは。

「あ、そーだ。これ持ってけ。餞別だ」

ワインを飲んで(あたしとアレスが)いい気分になった所で、あたし達は宿に戻る事にした。
 帰り際にクロがそう言って奥からゴソゴソ持って来たのは、何だか丸い物が入ってる革袋。

「何? この小汚い袋」

一応、もらえる物はもらっときながら、あたしはちょっと嫌な顔をしてクロに訊ねた。

「なっ何おうっ!? お、俺がお前らの事心配して、売るのやめてやろーと思ったのに! 返せっ!」

ふむ、クロがこう言うにはちょっとした値打ち物らしい。
 あたしはギャーギャー言ってるクロをシカトして、革袋を閉じている革紐を解いた。
 中から出てきたのは、

クリスタル?」

そう、革袋から出てきたのは、丁度片手にすっぽり収まる大きさの球体状のクリスタルだった。
 自然にある結晶の形じゃない。人為的に加工されたもんだ。
 中に花とかを半永久的に封じ込めて、鑑賞用にする奴もあるんだけど(高価い)
中に何にも入ってない所を見ると、どうやらマジック・アイテム
らしい。
 まだギャーギャー文句言ってるクロを、フライパンの一撃で黙らせてからフレイさんが説明してくれる。

「それはホーリー・クリスタルです。レシテル・エディレさんが聖属性の魔法をお使いになられると思いますが、
 あっても困らない物だと思いますから。それをかざして、発動させるための特定の言葉を唱えますと、
 聖属性の攻撃魔法が発動します。どの様な攻撃魔法なのかは発動する前に、
 クリスタル
の中に魔法の種類を表す魔法文字が表示されるのですが…。
 それを読む事の出来る方はアレスさんとレシテル・エディレさんしかいらっしゃいませんね。
 でも、戦闘中はお二方共お忙しいでしょうし…。まぁ、こればかりはキラさんの運次第ですわ」

フレイさんも結構イージーである。ま、いいけど。よもや攻撃魔法があたしに向って飛んでくる筈は無いもんね。

「あと、一つだけ注意事項があります。キラさんのお話ですと、
 アレスさんは聖属性への耐性がゼロなんですよね? 
 でしたら、このクリスタル
に触れましたらかなりのダメージがあると思いますから、お気を付けて下さいね」

お…おっそろしい事だ。うーん。これはあたしが持ってよう。
 いつも革袋に入れて持ち歩いて、アンデッド
との戦闘になったらアレスに影響の無い所で発動させたらいーんだもんね。

「フレイさん、これってずっと使えるの?」

半永久的に使えるのなら、物凄く使える代物だ。

「いいえ、クリスタルに封じられている魔力は限られています。
 その魔力を全て放出してしまうと、壊れてしまいます。発動する攻撃魔法はランダムですから、
 威力の大きい魔法が多く発動しましたら、壊れるのは早いですし、
 威力の小さなものでしたら長持ちします」

うーん、世の中上手くいかないなぁ。
 でも、使える事は確かだからこれは有り難く有効利用させてもらおう。

「壊れちゃった時に、特に何かした方がいい事とかってある?」

魔法が関わるものは、最後まで気を抜いたらいけない。
 場に掛ける魔法なんかが中途半端に解除されると、
それはしばらく働き続けて魔法を掛けられた場を著しく変化させてしまう事もある。

「特にしなくてはならないという事はありませんが、出来れば壊れたクリスタルは土に埋めてあげれば、
 早くに
クリスタルの精霊は還える事が出来ます。クリスタルそのものに宿っている精霊は、地の属性ですから」

ふーん。

「分かった。…けど、クリスタルが壊れちゃって精霊は何ともないの?」

素朴な疑問をしてみる。

「ええ、水が氷に状態変化しましても、それに宿っている精霊は損なわれたりはしませんでしょ? それと同じです」

フレイさんの丁寧な説明で、あたしはマジック・クリスタルについての予備知識を得る事が出来た。
 うーん、レベルアップした気分。

「有り難う」

店の外に出て、フレイさんとクロに挨拶をする。出発は明日の夕方だって話だから、
多分もうここには来れない。ちょっと
センチメンタルになって、あたしはフレイさんとクロにお礼を言う。
 リンもフレイさんに会えなくなるのをそれは悲しんでるし、
アレスもフレイさんのパンとの別れを惜しんでいた。…馬鹿野郎。

今のホーリー・クリスタルはクロからの餞別で、フレイさんは長持ちする堅いパンを持たせてくれた。
 少しかさばるけど放っといても簡単にはカビたりしないし、数週間はもつだろう。
 シチューやスープなんかにひたせば、美味しく食べられる。
 さっそく食べようとするアレスを殴り倒してから、あたしはフレイさんに丁寧にお礼を言う。

「じゃーな、帰って来いよ」

クロはあたし達三人とガッチリと握手し、あたしはフレイさんと抱き合った。
 こーいうのってちょっと気恥ずかしいけど、でも別れの挨拶はちゃんとしとかないと必ず後悔する。
 例え、その別れというのが死であっても旅立ちであっても。

宿への帰り道。あたし達は何となく沈黙のまま、あたりの景色をゆっくり心に留めながら歩いた。
 大通りからメリルおばさんの宿までは結構距離があるけど、
しばらくダルディアの景色も見納めなので、あたし達は歩いて帰る事にした。

時々、店じまいをしてる知り合いの店員さん達が、あたし達を確認して声を掛けてくれる。
 寄り道し過ぎない様に気を付けながら、あたし達はその人達に丁寧に返事を返す。
 その夜は、何だか全てがあったかく感じた。

大分歩いて、周りの景色に店よりも民家が多くなってきた頃、
あたしはアレスとリンの間に移動して、二人と手をつないだ。
 さすがに今回ばかりは、リンも変な解釈をせずに黙ってあたしの手を優しく握り返してくれ、
そのままあたし達三人は夜のダルディアを歩く。


 空に浮いている月は中途半端に欠けていていびつな形で、
それが綺麗な円になる頃にはあたし達はここから離れた土地にいる。
 そう思うと、何だか変な気分がした。

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