レシテルvsあたし


あたし達のエキドナはダルディアを出て東に向って快調に走り続け…………
走り続け…………まだまだ走り続け………………どんどん………。

 このまんまじゃ、どんどん疲れてっちゃうじゃないのぉっ!

「レシテル!」

今日はどのあたりまで進む予定なのか確認するために、
あたしは声を張り上げてレシテルを呼ぶ。
 なにせ先頭をきってスティーラー
で進んでるのはレシテルな訳で。
 自然とあたし達はレシテルを先頭に進んでるのだ。

無視。

あれ?聞こえないのかなぁ。

「レシテルッ!?」

チラッとあたしを振り向いて、レシテルは首を前に向ける。
 んがぁっ! 聞こえてんじゃねーかっ! 何シカトしてんだよっ! 
 あたしはそれはもう、思いっきり息を吸い込んでレシテルに怒りを込めて叫んでやった。

「レーシーテールーッ! シカトしてないでっ! いー加減に止まりなさいよぉっ! 
 あんたはスティーラー
だからいーものの、あたし達のエキドナちゃんはそろそろ限界なのよぅっ!」

まったく、魔法の申し子はナマの生き物の事を理解しないから困る。

エキドナが限界だという事に折れたのか、
レシテルは仕方無さそうにスティーラー
の速度を落として、あたし達が追いつける様にした

「ちょっとあんた、自己中もいー加減にしてよねっ。
 今日はそろそろ場所探してキャンプ張るからねっ」

あたしはそう言うとエキドナの速度を落とし、辺りを見回す。
 ゼェゼェしてるアレスの緑エキドナちゃんの首を軽く撫でてあげると、アレスに訊く。

「ね、アレス。キャンプすんのに良さそうなトコって近くにない?」

あたしの質問に、アレスは「ちょっと待ってて」と言うと精神を集中させて精霊と対話し始める。
 アレスの唇が微かにピクピクと動いてる。あたし達には聞こえない位の小さな声で、精霊と対話してるんだ。

 
 別に、精霊と対話するのに小さな声でないといけないって事はない。
 普通に人と喋るみたいに、普通の音量で対話する人もいるし
(それはそれで、結構まわりの理解がない時は可哀想な視線を受ける)、やり方はその人それぞれ。
 精神を集中させる方法がそれぞれ違うから、精霊と対話する方法もそれぞれやりやすいやり方でする。

 アレスは、魔法を発動させる場合の呪文の詠唱なんかも、オーバーに抑揚つけたりしないで、
静かに精神を集中させてやるタイプ。魔法は呪文の詠唱の際の抑揚なんかでも、
その効果は違ったりするんだけど、
やり方のコツさえ上手く会得してればオーバーな抑揚や動作をつける必要はない。

つか、何であたしが魔法についてこんなに詳しいかと言うと、
やっぱりあたしも魔法ってものに憧れて、
それなりに勉強したりはしたんだけど自分に向いてないって事を身に染みて分かって諦めた、
っていうエピソードがあったり。適性って程のレベルでもないけど、魔法の素質はゼロではないみたい。
 リンは魔法には向いてないみたいだけどね。

「こっから少し西に水場がある」

ちょっとしてから、アレスはそう言って左手を示す。
 よしっ、エキドナちゃんにもう少し頑張ってもらおう。
 それを告げると、リンは自分の乗っているエキドナから一回降りて、
水袋の口を大きく開けてエキドナに飲ませてあげる。結構動物なんかに対しては優しかったりするんだ。

レシテルはその間、面白くなさそーな顔をしたまんまスティーラーの上からどっか遠くを睨んで、
ずっと黙ってる。なーんか、ダルディア出発してから機嫌悪そーなんだよねぇ。
 何かあったんだろーか。ま、いーや。

「レシテル、行くよ」

エキドナの頭を左に向けて、あたしはそっぽを向いてるまんまのレシテルにそう呼び掛けた。
 すると、レシテルはかみつきそうな位の険悪さで、あたしに一言いい捨ててから先に一人で行ってしまった。

「るせぇっ!気安く話し掛けんじゃねぇよ!売女!」

ばっ…………………!?

あたしがあまりのショックに、目をひんむき口をパクパクさせてる間に、
レシテルのスティーラー
はどんどん先に行ってしまい、
薄暗くなってしまった視界ではすぐに認識出来なくなってしまった。

「おわー…」

レシテルの言葉を聞いて、リンがあたしから待避しながら小さく声を出した直後。

「んなあああぁああぁぁぁぁあぁああぁぁぁああぁぁぁっ!?」

あたしの怒りの咆哮が、枯れ草混じりの草原に響き渡った。




「お疲れ様っエキドナちゃん! どっかの馬鹿のせいで走り通しだったけど、
 今日はもう走らなくていいから、ゆっくり休んでね」

何とか気を静めたあたしは、赤エキドナからひらりと降りると、
エキドナちゃんの首を優しく撫でてから大きなくちばしにキスする。

「鳥類にまで愛想ふりまいてんじゃねーよ、気持ち悪ぃ」

レシテルが、あたしのトゲトゲした言葉に報復する。ぬうううううぅぅぅっ!

リンとアレスはてきぱきと、いつも分担してる役割にとりかかってる。
 二人でテントを張り、アレスは水場の水が安全かどうかを魔法で調べてから水を汲み、
リンはあたりに夜盗や野生の獣予防の、簡単な警報付きのトラップ
を仕掛ける。
 本当なら、保存食には出来るだけ手をつけない様に、食糧調達で狩りなんかもするんだけど、
今はもう暗くなっちゃってるしやめておく。

「あんたさっきから何なの!? トゲトゲトゲトゲ、
 姑じゃないんだから言いたい事! 文句! あんならハッキリ言いなさいよっ! ハッキリ! 
 女の腐ったのみたいに陰険な事やってないで! 男ならスパッといきなさい!」

あたしがそう言うと、レシテル腰に両手を当てたポーズで心持ち、
細い顎を上に上げてあたしを見下す。
 そのまま、ややしばらく黙っていたけど「冗談じゃねーな」と小さく呟くと、
あたしをシカトしてスティーラー
に向き直ると、しゃがみ込んでなにやらメンテナンスを始めた。

こっっっっこいつ……………。

怒りにプルプル震えながら、あたしは背後から殴りかかりたい衝動を必死で抑え、
深い深呼吸を何回かすると自分の仕事に取りかかり始めた。
 アレスが持っているメインの食糧袋を開けると、その中から固形のスープの素や干し肉なんかを次々と出す。

 アレスに雷属性の魔法の火花で火を出してもらうと、携帯用の調理台を引っ張り出して、
汲んで来た水を簡易鍋に入れてお湯をわかす。その間に、まな板で材料を切っておく。

手を動かしてると、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
 結局、あたしは考える事を専念するよりも、
何かしながら考えた方が上手くいくタイプなのだ。

「…レシテル。ついて来るって言ったのはあんたなんだからね。
 あたし達は元から三人でやって来たんだから。あんたがどれだけ強くて有名なのかは知らないけど、
 パーティーの雰囲気台無しにする様な奴と、あたしは上手くやってける自信ない」

レシテルの方を見ないで、あたしは料理をしながら出来るだけ冷静な声で言った。
 少ししても、レシテルは言い返して来る気配はない。
 ふん、シカト作戦か。こいつのカップにそこらの雑草でも入れてやろーかしら。

「キラ、何か手伝う事ありますか?」

背後からニュッと現れたリンが、あたしの肩に両手を乗せて言う。
 それを払いのけつつあたしはリンに「玉ねぎ入れて欲しいの?」と言ってやる。
 リンは玉ねぎアレルギーなのだ。すかさずリンはあたしから飛び退き、
愛想笑いを振りまきつつテントの方に後ずさりして行った。
 不安定な足場で変な歩き方してるから、後ろ向きにすっ転んで後頭部を打ってる。
 あ、悶絶。アホやあいつ。

チラッとレシテルを見ると、スティーラーの上に座り込んで地平を睨み付けていた。
 革のコートを着ても細いシルエットが、暗くなっていく空にくっきりと浮かび上がっていた。

簡易シチューに仕上げの香草を放り込み、
あたしはレシテルにも聞こえる様におたまで鍋の縁をカンカンと叩いて料理の完成を知らせた。
 真っ先に飛んで来たのは勿論アレス。
 言われなくても食器の用意をし、自分のカップにシチューが盛られるのを待っている。まるっきり犬。

「リン、おいでよ」

テントの方で、夜通し焚くための焚火の火力を調整してるリンに、あたしは呼び掛ける。
 それぞれカップを持って携帯椅子に座る。けど、レシテルはスティーラー
の上に座り込んだまま身動き一つしなかった。

「レシテル」

呼んでも来ないだろーと思いつつ、呼んでみる。けど、やっぱり来ない。

「………………もぉいい! 勝手にすればっ!?」

もう、レシテルに構うのが苦痛になったあたしは、
レシテルにそう言い捨てて食前の文句を早口で言うと、
黙々とシチューを食べ始めた。くそっ熱ぃ!

こんなんだったら、言い合いしてた方がまだマシだ。

あたしがこんなに機嫌を悪くする事も珍しく、
旅に出て初日の夕食は気まずい沈黙の中で過ぎていった。
 勿論、ただ一人アレスだけは気まずいともなんとも思ってない。
 食べ物さえあれば、アレスは御機嫌。あぁぁあぁぁあぁぁぁ。うらやましい。




一つ難問があった。

いつも、あたし達は二つのテントで寝ていて、
リンとアレスが同じテントで寝てあたしはもう一つのテントで寝ていた。
 まぁ、当たり前と言えば当たり前。家族同然とは言え、年頃のあたしが男と一緒のテントで寝る訳がない。
 あたしは身持ちが堅いのだ。

でも今、メンバーは四人に増えていた。しかも、レシテルの荷物を見てもテントらしきものは持っていない。
 あいつ、いつものヴァンパイア・ハンターギルド
のショルダーバッグに、
もう一つ大き目の黒い皮製のバッグ、で、毛布一枚。それしか持ってきてないのだ。

あたしは水場で食器を洗いながら、ずっとそれについて考えていた。
 まぁ、レシテルみたいな子供に対して警戒する必要はない。
 それ以上に、あたしはただ今レシテルと交戦中なのだ。それも思いっ切り険悪な雰囲気で。

 それでも、子供を外に寝かせる訳にはいかない。
 テントは二人用だからアレス達と同じテントに寝かせる訳にもいかない。
 一人が見張りに立ってる間に、アレス達のテントで寝る、って手もちょっと考えたけど、
他人のシュラフに寝るってうのは何となく嫌だろう。ちっ仕方ねぇ。

洗った食器を丁寧にタオルで拭き、袋に入れてからあたしは意を決してレシテルに言った。
 クソガキはまださっきと同じポーズで座ったままだ。何とも強情な奴である。

「レシテル! あんたテント持って来てないんでしょ? 
 寝るんならあたしのトコに来なさい。あんたみたいなガキだったら、あたしも心配ないから」

それだけ言うと、座り込んだままのレシテルの頭に毛布を放り投げて被せ、
明日のためにあたしはさっさとテントにもぐり込んだ。
 あたしが先に寝込んでしまえば、あいつも意地張る必要なくなるから、きっと来るだろう。

髪をしばっていた紐を取り、手櫛でささっと髪をとかすとあたしは乱暴に枕に頭を埋めた。
 ヴァンパイアの事も考えないといけないけど、その前にレシテルの事も考え直さないといけない。
 ずっとこんな雰囲気なら、あたしはやっていけない。

キャンプの時の見張り番は、暗黙の了解で順番が決まっていた。
 今まで一緒に旅をしてきたリンとアレスが見張りをするなら、あたしは安心して眠る事が出来る。

 レシテルの事を考えようと思っていたつもりなのに、
気が張っていたあたしは緊張が緩んだせいか、いつの間にか寝てしまっていた。




…………………話し声がする。

……………………………………………うっさいなぁ。

あたしは眠りが深い。自慢だけど一回寝たら緊急事態の時以外、朝まで起きる事はない。
 その代わり朝はスッパリ起きるんだけどね。

 でも、あたしは誰かの話し声で目を覚ました。
 普段、見張りは一人だから話し声がする筈もない。…………………………何だろ。

「キラはブスじゃないよ」

何おうっ!?

あたしはその言葉を耳にして一気に目が覚めた。
 初日の前半の見張りはアレスと決まってる。
 初日ってのは、何かと気を張っていて疲れるもんなんだけど、
アレスにはどーも緊張感とかが不足していて、こんな時には役に立つ。

「………………あいつ、生意気だ」

ブスッとした声で言ったのは、レシテル。生意気なのはあんたじゃないのっ! 
 自分の事棚にあげて何言ってんだか、あのクソガキは。
 しかも、生意気って言葉は上の人間が下の人間に対して言う言葉でしょーが! 
 つまりなんだ? あたしはあんた以下なのかっ!

「キラは頑張ってるよ。ずっとそうだった」

何となく、レシテルとアレスの会話は噛み合ってない。
 それでも問題無しに会話を続けてるこの二人、ちょっとおかしい。

「俺の事、あんたとかクソガキ呼ばわりすんのなんて、あいつ位だぞ? 
 このレシテル・エディレ様に向って」

あーぁ、そーですか。すんませんでしたね。高名なヴァンパイア・ハンターサマ。

「第一、何だよ。お前らやダルディアにいた、ケツ顎の戦士にはヘラヘラ笑うクセに、
 何で俺ばっかガミガミ怒らんねぇとなんねーんだよ」

そりゃあんたがヤな事ばっかりあたしに言うからでしょ!? 
 素直に可愛らしくしてれば、あたしだっていくらでも優しくしてやるってばっ! 
 顔は可愛いんだから。…つか、ケツ顎って…そりゃ二つに割れてるけど…ぷっ…カースに失礼じゃん…っくく。

「レシテル、キラに好きって言ってないから」

ドガタァッ!

何だか凄い音がした。何だろ。スティーラーから落ちたのかな? へーんだ、ザマ見ろ。

「ばっ…馬鹿か!? お前! 何でこの俺様があんなクソ生意気な女の事なんかっ」

クソ生意気で悪かったですねぇっ! あんたの方が何倍も凶悪だってばっ!

「俺達、キラの事好きで、キラもそれ分かってて、俺達の事好きでいてくれてる。
 だから、俺達はずっと上手くやってこれたし、これからもずっと一緒だ」

……………………アレスの奴、いい事言うじゃん。
 よし、明日の朝ゴハンはちょっと豪華にしてあげよう。ふふふ。

「……………………あぁ、そーいうイミか」

レシテルは毒気を抜かれた声で、ボソッとそう言った。
 ナニ考えてたワケ? 馬鹿じゃないの?

「キラはレシテルの事、弟だと思って仲良くしたいって思ってる。
 だから、レシテルもキラと仲良く出来ないか?」

「弟ぉ!?」

アレスの声にレシテルはかん高い声を上げた。アレスも言い過ぎっ! 
 あたしは一っ言も「仲良くしたい」なんて言ってないっ!

「………………冗談じゃねぇ」

忌々しそうな声で、レシテルはそう言い捨てるとペッと音をたててツバを吐き捨てた。
 態度悪いなぁ。ま、今から始まった事じゃないけど。
 つか、あたしだってあんたみたいな凶悪なクソガキ、
弟と思うなんて冗談じゃないっ! ぺっぺっぺーだ!

「…………………キラの事嫌いか? 仲良く出来ないか? 俺はレシテルと仲良くなりたいんだが」

アレスはいっつも人の事を気遣ってる。やれやれ、お人好しもいいけど、
こんな事ばっかりやってたら早くにハゲるよ? あんた。
 …………ま、でもあたし達の険悪なムードを何とかしようとしてくれてんだよね。これって。

 しゃーない。アレスに免じて、明日から仲直りしてやっか。

「…………………別に嫌いじゃねぇよ」

ややしばらくしてから、レシテルがボソッと答えた。
 ん? 可愛いトコあるじゃん。ってか、何でアレスと二人だと、こんなに素直なんだろ。可愛くねぇ。

「良かった」

アレスが一言言って、そしてしばらく沈黙。

「俺、寝るわ………………って、あー………」

レシテルがそう言うけど、
あたしと同じテントで寝なきゃならないのを思い出したんだろーか、重い溜め息を吐く。ムカ。

「大丈夫、キラは寝たら起きるまで寝てるから」

「誰だってそーだろ」

ぶっ! 漫才やってるこいつら! ゲラゲラゲラ。

レシテルに指摘されて、アレスは少し考えると言い直す。

「…………………寝たら起きない」

何じゃそりゃ! あたしは寝たまんま永眠かい!

「…………………それも違うだろ?」

あたしは心の中でアレスに突っ込みを入れ、レシテルもやや呆れた声でアレスの言葉を否定する。
 うーん、アレスって言葉が足りないってゆーか、
上手く言葉でものを表現出来ない奴なんだよねぇ。魔法の呪文なんかは例外みたいだけど。

「………………寝たら……寝る。起きない。でも、朝になったら自動的に起きるから…?」

アレスも真剣に上手く言おうとしてるみたいなんだけど、
いかんせん奴には専門用語以外の語彙
というものが少ない。
 あたしはおかしくておかしくて笑い出しそうになりながらも、
二十二になってもこんな会話をしてるアレスが少し心配だったりした。

「いいよ、言いたい事は何となく分かる。で? 結論は何なんだ?」

アレスに言葉を正確に言わせようとするのを諦めて、
レシテルは半分笑ってアレスの言いたい事の結論を促す。
 …こいつ、何であたしにはこんな優しい言い方してくれないんだろ。あ、腹立ってきた。

「早く起きたら、キラは気付かない」

そりゃそーだ。

「………………でもさぁ、俺、低血圧なんだよなぁ」

はぁ、と小さな溜め息をついてレシテルは言う。あ、そーなんだぁ。

「俺は途中になったらリンと見張り交代するから、
 リンに早い時間に起こしてくれる様に言っとくか? 
 寝ないとつらいぞ。あのスティーラー
に乗るのも、
 精神しっかりしてないと危ないんじゃないのか? 何ならスリープ
の魔法かけるか?」

心配するのもいいけど、アレスもアレスでなかなか荒療治な事を言う奴だ。

「馬鹿、いらねぇよ。分かった、もう一人の青目の奴に言っといてくれ。
 でも、あの女が普通起きる時間の、最低一時間半前には起こせよ?」

…何だか可愛いなぁ。レシテル。

レシテルはそう言うと、あたしの寝てるテントに向って歩き始めた。

「レシテル」

「あ?」

それをアレスが呼び止めて、レシテルが立ち止まる。

「…………………キラに言った、売女って言葉、取り消してくれないか? 
 俺は、キラの事が好きだから、そういう事を言われると、悲しい。
 でも、レシテルの事も嫌いになりたくない」

うーん、アレス。有り難う。でもまぁ、当時はすっごくムカついたけど、
あたしは口の減らないガキに言われた事なんて、次の日に持ち越すつもりは無いんだけどね。

「……………分かったよ、俺が悪かった。あの時はちょっとムシャクシャしてたから」

おぉ!? レシテルが素直に謝った!! げげぇっ! 明日は雨かもしんない!

「有り難う、おやすみ」

アレスはレシテルが認めた事に、満足そうな声を出しておやすみを言った。
 レシテルは挨拶はしなかったけど、この親密さだとシカトしたとは考えられない。
 手でも挙げたのかな?

 
 とか思ってる内に、レシテルの足音はあたしのテントに近付いて来ていた。
 あたしは慌てて目を閉じて熟睡してるフリをする。
 本来、こーいう立ち聞きみたいのはあたしの性に合わない。でも、別にわざとじゃない。
 それでも、今の会話をあたしが聞いてしまった事を、レシテルが知ればまた何かが起きるに違いない。

 だから、あたしは今夜の事については誰にも黙っている事にした。

「……………………」

バサリとテントの入り口がめくられて、レシテルが入って来る。
 でも、入り口の所でしばらくじっとしてる。あたしが寝てるのを確かめてるんだろーか。
 疑い深い奴だなぁ。あたしは寝てるよっ! ホラホラ。

大分しつこく確認してから、レシテルはやっと中に入って来てあたしの隣にドッカリと座った。
 もそもそと音がして、バサッとロングコートが脱ぎ捨てられる音がする。

 あーあ、こーなったらあたしも寝るしかないなぁ。明日も早いしね。
 おやすみー。レシテル。お腹冷やすんじゃないよー。
 あたしは心の中でレシテルにおやすみを言い、何も考えない様にして眠りに入る事にした。

「……………………ブス」

ピクゥッ!

あたしの顔が引きつる。
 ……………いかんいかん。丸まって寝てるからレシテルに顔見られないで済んだものの、
ここでタヌキ寝入りがバレたら大変だ。我慢! 堪え忍ぶ女になるんだ! あたし!

「……………………悪かったな」

レシテルはボソッとそう言って、あたしの隣にゴロッと寝転がった。
 どうやら第一声目は、あたしが本当に寝てるかどうか試したらしい。
 良かった。あいつの手に乗らなくって。

よし、今度こそ本当に寝よう。

 あたしは深く息を吸い込むと、頭を真っ暗にして深い眠りに落ちて行った。
 あたしの寝つきは素晴らしく良いので、
あたしはレシテルがしばらくあたしの寝姿を眺めていた事にはちっとも気付かなかった。

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