「ハプニング・近付いた距離」

翌朝。いつもの通りに朝の早い時間にスッパリと目覚めたあたしは、
やっぱり枕元に置いてあるブラシを手に取って、髪を縛ってからテントを出た。

うーん。空気が冷たくて目が覚めるうううううぅぅっ! 
あたしは大きく伸びをして水場に向い、冷たい水で顔を洗う。
 水場があるせいで、朝露に余分な湿気が加わり、あたりは霧が立ち込めていた。

 タオルで顔を拭き拭き、あたしは夜通し焚かれていた焚火の所へ行って、
携帯椅子に座った姿勢のままで浅い眠りに入っているリンを起こそうとした。

「もう少し寝かせてやれ、ブス」

と、朝っぱらからケンカを売ってるレシテルが、リンの向かいに座ったままそう言った。

「……………………あぁら、お早いお目覚めで」

皮肉たっぷりにあたしはレシテルに言ってやる。
 言ってから、ふと昨晩のアレスとの会話を思い出す。
 そういえば、こいつもあんまり寝てないんだ。

どっかの馬鹿女みたいに、いつまでもグースカ寝てらんねぇんだよ」

 よぉおおおおぉぉっく言うわ! 低血圧だから一時間半も前に起こしてもらったクセに! 
 知ってんだからね! …………………言えないけど(悔しい)!

「アレスだってまだ寝てんじゃん! 何だってあたし一人が悪者なのさっ!」

アレスが寝てるテントを指さしてそう言い返すと、
レシテルは何ともムカつく顔で大袈裟に首をすくめた。

「あいつは夜中過ぎまで一人で見張りしてたんだぜ? 
 それと、夜の早い内からグーグー寝てた奴を一緒にすんなよなぁ。
 そんな事
も気付かない女ってサイテーだな」

んぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬっ!

言葉を返せないあたしに、レシテルは更に追い討ちをかける。

「こーんなガサツな女なら、ホント、男なら誰だって逃げたくもなるよなぁ。
 こいつらもよく一緒にいるもんだぜ」

ムカァッ!

「あたしだってあんたみたいなひねくれたクソガキ! 誰にも好かれないと思うけどねっ! 
 せいぜい一生独りでブツブツ憎まれ口叩いてりゃいーんだわ!」

 「悪ぃケド、俺様みてぇにモテる男は誰も独りになんかしてくれねーんだよなぁ。
 オアイニクサマ。いっやぁ、モテない女ヒガミはヤダなぁ」

「あんたのドコがモテるってゆーのさ! 女の子みたいヒョロヒョロした体して! 
 まだ毛も生えてないんでしょ!? 悔しかったらリンやアレスみたいな、
 立派な大人の男になってからモノ言いなさいよっ! このオコチャマ!」

おっと、あたしとした事が、ついついお下品な事を言ってしまった。

それでも、あたしはホホホホホホホと軽やかに笑うと、
何も言い返せずに立っているレシテルを尻目に、朝食の仕度に取り掛かった。
 勝負はこれで決まり。後は料理の匂いを流してアレスを起こすだけ。

レシテル・エディレ敗れたり!

あたしは朝からイイ気分になって、鼻歌交じりに乾燥させた野菜を切り始めた。
 これをお湯に入れると、生の状態…ってまではいかないものの、結構それなりな物にはなるんだよねぇ。

「っきゃあ!?」

と、いきなりあたしは背後から羽交い締めにされて、びっくりして振り向いた所、一瞬唇を奪われた!
 ビックリして相手を付き飛ばせば、レシテルがこれ以上もない凶悪な笑顔を浮かべて、あたしに向って舌を出した。

ナニ? 今の。

………………………………………か、考えたくないけど、今。キスされた? 
あたし? あたしに? レシテルが? レシテルが? あたしに?

 あたしの思考はいったん停止してたんだけど、
事の次第を再確認すると急激に物凄い怒りと悔しさがこみ上げて来た。

こっ………………こっ……………このおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!

「ナニすんのさっ! あたしのファースト・キス返してよおおおおおおぉぉぉぉぉっ!」

あたしが半ベソをかいて絶叫し、その声に驚いてリンが飛び起きた。

「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」

あたしは、それは激しく号泣したのであった。
 だって…だって……………ナニが悲しくて、
こぉんなクソガキに大切に守ってきたファースト・キスを奪われなきゃなんないのおおおぉぉぉっ!

「……………キラって、まだだったんですね…」

顔を赤らめてボソッと呟いたリンを、あたしは鍋のフタでもってボコボコにしたのであった。
 当ったり前よ馬鹿野郎。

で、コトの張本人のレシテルと言えば、あたしがファースト・キスもまだだったのがそんなに意外だったのか、
アホ面してあたしを見詰めてる。あっ!? 顔赤い! そんなになるまでおかしいか! 悪かったわね! 
十九にもなってファースト・キスもまだで! そんな顔しなくたっていいじゃない! 
皆早く済ませた方がかっこいいって思ってるかもしんないけどねぇっ! 
あたしは好きになった人としかしないって! 心に決めてたのおおおぉぉぉっ! 
なのにっ! なのにいいいぃぃぃぃっ!

 あたしは涙と鼻水でズビズビになりながらテントにもぐり込み、
結局昼過ぎになるまで外には出なかった。レシテル! 憶えてなさいよっ! 
うわああああああああぁぁぁぁん!

「キラ、ゴハン食べて出発しよう」

猛り狂ったあたしがこもっているテントを、勇気ある事に一番に訪れたのはやっぱりアレスだった。
 相手がアレスだと分かって、あたしはゆっくりと泣き腫らした顔を上げてガラガラになった声で訊ねる。

「…ゴハン? …ゴハンって、誰が作ったのよ。あんた達が作ったのなんか、あたし食べたくないからね」

一度、アレスとリンが共同制作した、料理とは名ばかりの謎の物体を食べさせられ、
あたしは数日間お腹を痛くした過去がある。見た目からして食べたくなかったんだけど、
一生懸命作ってる二人の姿を見てたあたしは、
食べざるを得ない気持ちになって食べてしまったのだ(ああ、なんて人のいい…)。
 イモの芽くらい取りなさいっちゅーの。

 アレスはジェスチャーで「ちょっと待ってて」をすると、一回テントの外に出てからすぐに戻って来た。
 その手には、何だかとってもおいしそうな物が乗っている。
 あたしは無言でそれを受け取ると、もぐもぐと食べ始める。………美味しい。

「レシテルが作った」

ブハァッ!

あたしはあまりにも驚いて、口の中に入っていた物をアレスの顔面にブチまけてしまった。
 ………………てへ。ゴメンね、アレス。

 いや、でも、家事労働なんて一切やらなさそうなあのクソガキが、何でこんな美味しい物作れるの?
 あたしはレシテルに対する怒りや恨みを忘れて、好奇心の赴くままにテントの外に出た。

「……………………悪かったな! ブス」

さすがに、あたしが大泣きしただけあって、レシテルはバツの悪そうな顔で乱暴に謝った。
 それをシカトして、あたしはそこらへんに並べてある料理を見て絶句する。

……………………凄ぇ。

そこらには、非常食だけで作ったとは思えない、美味しそうな料理があったのだ。
 あたりを漂ういい匂いに負けて、あたしは携帯椅子の上にストンと座る。

「……………許してやるわ。でも! これからずぅっと! ゴハンはあんたが作る!」

はぐはぐとゴハンにありつきながら、あたしはレシテルに向かって指を突きつけた。
 そのセリフを聞いて、横でリンが「…プロポーズ?」と呟いて、
あたしとレシテルの二人からボコボコにされた。馬鹿野郎。
 で、レシテルは思いっきりイヤそーな顔をして反論する。

「三食ってのはオーボーだろ!? せめて当番制にしろよ! せけぇ女だな!」

おぉ、一応ペナルティを受ける心構えはあるんだ。よぉし、感心感心。

「じゃあ、朝と昼と夜」

「同じだろ! 馬っ鹿じゃねぇのか!?」

あたしが泣き真似をし始めると、レシテルはビビッて譲歩する。ふふふ。

「夜だけで手打ってやる」

「朝と夜」

「夜だけ!」

………グスン。ひっく、ひっく、えぐえぐ…。

「………………昼と夜で手打ってやる。朝だけはやめれ」

「やったぁ!」

あたしがケロッとして交渉成立に喜ぶと、レシテルはげんなりした顔で頭を左右に振った。
 まぁ、過ぎた事グダグダ言っても仕方ないもんね。
 今回はいい交渉もした事だし、許してやる事にするか。
 朝の奴は、あたしの中でカウントに入れなきゃいいハナシだもんね。

四人でゴハンを食べてると、あたしの横に座ってるリンが真剣な顔であたしの肩をノックする。

「何? リン」

「はぢめてのチュウはレシテルに盗られましたけど、
 はぢめてのエッチとキラのハートは俺がぐはっ! ゲホッ! 
 
いやぁっ! やめてぇっ! ゴメンなさいいいぃぃっ!」

ぜいぜい。

ナックルでリンを殴りまくり、あたしは肩で荒く息をしながら席に戻る。
 殴るっていうのも、結構体力がいるのである。拳も痛くなるしね。

「所でさぁ、何であんたみたいなのがこんなに料理上手い訳?」

素朴なギモン。

あたしがスナオに、不思議に思っていた事を訊ねたってゆーのに、
レシテルは可愛くない事に、思いっきり顔をしかめて答えた。

「るせぇな、どーだっていーだろ? 美形で強い俺様は何だって出来んだよ!」

ふーん? 何やら過去に絡んだ理由がありそーだけど? ま、いいや。
 ボチボチ、レシテルの事も多分わかってくだろーし。あたしの気の長い女なのだ。

それから、食器類をリンに洗わせてあたし達は歯を磨いてキャンプをたたむ。
 全ての出発の準備が整う頃には、お日様はてっぺんより少し西に傾いていた。

 レシテルがスティーラーを浮かび上がらせて、
今日進む方向を何となく眺めてる姿を見て、あたしはアレスに訊いてみる。

「ねぇ、アレス。あのスティーラーってさ、ずぅっと動き続けてるワケ?」

アレスは一見のーたりんに見えるけど、色んな知識については物凄く詳しい。
 読書が趣味なだけある。しかも、その読書ってのもジャンルの幅が広くて、
フィクションの小説から恋愛モノの小説、小難しい専門書から魔法書、動物図鑑から植物図鑑、
地図から新聞と、かなり雑読。ま、それによって得た知識のお陰で、
あたし達が助かる場面ってのは結構多いんだけどね。

「うん、スティーラーの動力になってるのは乗る人の魔力だってのは知ってるよね? 
 で、あれは大きな
魔石と同じ物で、あれに魔力を注入すればいつでも何処でも動くよ。
 でも、
魔石が破損とかすれば勿論ダメだけど、それなりの業者に頼めば入手出来るんだ」

っへぇ。じゃ、魔石とかあればほとんと半永久的に動くんだ。
 ま、そりゃボディ
部分が壊れたりしたら、それなりにメンテナンスも必要なんだろーけど。
 でも、荒技でいけば自分で風の精霊魔法つかえば、スティーラー
自体浮かばせる事も可能だろーしね。
 ただ、そうするよりも
魔石を媒体として使った方が効率がいいみたい。

魔石ってのも、貴重そうでいてそれ程高価なものでもない。
 まぁ、中に魔力が封じられていて、精神力・魔力を使い果たした時なんかは、
これを使えばその
魔石に入ってるだけの魔力を得る事が出来る。
 
魔石は普通の石なんかを魔法で状態変化させて(水を氷にするよーなもん)、
魔力を注入させやすい性質に変化させてから、それ専門の魔導士が魔力を注入させて作る。
 材料費よりは、圧倒的に人件費がかかってるから
魔石の価格のほとんどは、人件費によるものなんだ。
 だから、普通の魔導士にも作ろうと思えば作る事が出来る。
 実際、アレスが作ってる所を見せてもらった事あるしね。

 で、魔力ってもんは人それぞれの精神波とかオーラみたいなもんと同じで、
人それぞれ固有のものがあって、同じ波長の魔力ってのは一つも存在しない。
 全く同じ人間が存在しないようにね。でも、高位魔導士同士(オヤジギャグではない)では自分の魔力を、
相手に分けるって事も出来るみたいで(もっと凄い人だったら、生命力とかなんかでも出来るそう!)、
何てゆーんだろ、例を言えば、本をもらうんだけどその解釈は人それぞれ違うっていうか…。
 うーん、分かり辛いかな? まぁ、魔力は魔力だから、
それを受け取って自分のものとして取り込む精神力があれば、可能なのだ。

で、スティーラーの話に戻ると、あれに使われてるのはスティーラー専用の馬鹿デカい魔石で、
大きいだけあって普通の奴よりは値段高いんだけど(すぐあたしはお金の事を考えちまう)、
あれはスティーラー
を動かすっていう事だけを目的にした命令を、作られる時に与えられていて、
だから乗る人はわざわざ特別な魔法を発動させなくても、ごく簡単な命令を与えるだけで動かす事が出来るんだって。
今、魔法を行使出来ない人でも、精神力なんかを用いて乗れる事が出来る様に研究されてるみたい。

でも、そーなったらお金のある人はスティーラー乗る用になって、
馬とかエキドナとかに乗る人は少なくなるんだろーなぁ。あたしも
スティーラーには乗ってみたいけど、
でもやっぱり馬とかエキドナに乗る方がずっと好きだと思う。
スティーラーなんて、
初めは珍しさで一杯だろーけど、面白味ってものがない。その点、馬やエキドナは一緒にいる時間が長いだけ、
仲良くなって通じあって、愛情が通じていればピンチの時なんかは自分の意志で助けに来てくれたりする。

所で、エキドナは木の実とか虫なんかを食べるんだけど、
虫なんかは自分でそこら堀り返して見付けてるみたいだけど、それだけで足りる筈がない。
 あたし達はマンディー社特製のエキドナの携帯飼料を、ある程度あの小太りな支部長さんからもらってたのだ。
 何か、ほとんど穀物のカスみたいな奴であんまり美味しそうには見えないんだけど、
栄養の事を考えてミックスされてるから(何せマンディーさんが直々に研究して作ったっていうんだからね!)、
この専用の飼料をあげれば割と少ない量でも足りるらしい。

 うーん、やるなぁ! マンディーさん! 細かい話、この『エキドナミックス』(商品名)は、
何回も改良されて現在に至ってる。あたしみたいなエキドナファンは、
エキドナファンによるエキドナ通信で、新しい『エキドナミックス』が販売された事をいち早く知って、
そのお披露目会みたいなものにも出席出来る。ふふん、ファンクラブの特権よ! 
でね、そのお披露目会ではね、タダでエキドナちゃんと触れ合う事が出来て、
その新しい『エキドナミックス』も試食する事が出来てね(あんまり美味しくないけど)、
それで、(中略)それで(中略)…………………(中略)………………。

とゆー訳で(強引だなぁ)、あたし達は当分の目的地であるティシュア王国に向って、
再び出発したのであったぁ(あたしが説明してる間にもすでに出発してたりして)。
 今日の天気はちょっと曇り。アレスが言うには、夜あたりには場所によっては雨降るかもしんないってさ。
 うえぇ。二日目の前半はあたしが見張りなんだよなぁ。
 うへぇ、最悪。雨の夜の見張りって、気が滅入るんだよなぁ。

「ねぇ! レシテル!」

あたしは見張りの事について話すために、前方をスティーラーで飛んでるレシテルを呼ぶ。

「あ? 何だよ」

レシテルはあたしの声に気付くと、スティーラーの速度をちょっと落してあたしの所まで下がってくる。
 うん、よし。昨日みたいな険悪さはもう無い。
 あたしを大泣きさせちゃった事もあるもんだから、ちょっと遠慮してる様なカンジも伺える。

「見張りの事なんだけどさぁ、あんたも一緒に旅してるんだからちゃんとやるんだからね。
 二日目の前半はあたし、って決まってるから後半はあんたね。ちゃんと叩き起こしてやるから」

「あぁ!? ……………………しゃーねぇな。
 俺様の素晴らしい能力をお前みたいな奴にこき使われるのは冗談じゃねぇが、
 あのおばちゃんにお前らの事は俺様が守ってやるって言ったからな、仕方ねぇ、やってやる」

素直じゃないセリフを言って、レシテルはまたスティーラーをあたし達のやや前方に戻した。
 やれやれ。「素直じゃないなぁ」って苦笑してアレスとリンを見ると、二人共少し笑っていた。
 うん、昨日よりは断然雰囲気がいい!これならやってけそうだ。昨日のあたしの心配は、徒労
に終わった。

いつの間にか、あたし達の進路の左手にはウチカトゥル山脈の壮大な景色が見えていた。
 今回の目的地へのルートを左周りにとっていれば、
ダルディアを出てからこの山脈をずぅっと右手に見ながら進む事が出来るんだけどね。
 あたしはこの山脈の雄姿が結構好きだったりした。

 今見えてるのは、ウチカトゥル山脈の南端部。
大陸の中心よりちょっと東(右)あたりに山脈の南端部はあるんだけど、
これを折り返し地点にしてあたし達は大陸の東部に進む事になる。

あたしはさっきからリンと他愛のない事を話しながら、
あたしの赤エキドナちゃんを走らせていたんだけど、ふと重大な事に気付いてリンに言ってみる。

「ねぇ、リン? 所で、何でブルゲネス湿地帯が目的地なのか訊いた?」

「あ? いえ、訊いてません」

くそっ! レシテルめ! ちゃんと説明してくれたっていーじゃんよ! 
と、自分達が訊いてなかった事を棚に上げるあたしであった。

「ちょっと! レシテル!」

「あぁ!? 今度は何だよ」

あたしの微妙な声の変化に敏感に気付いたレシテルが、
ちょっと嫌そうな顔をして振り向くと、
スティーラーをあたしのエキドナちゃんの横につける。

「所でさ、何で目的地がブルゲネス湿地帯なワケ? あたし、あそこすっっっっっっごい嫌なんだけど」

リザードマンの爬虫類独特の呼吸音を、耳元に思い出して身震いしながらあたしは言う。

「魔物が異常に多い所ったら、そこに強い魔物がいる確率は高いだろ!? ったりめぇじゃねーか」

「何!? そんな安易な考え方であたし達を連れ回してるワケ!? じょおっだんじゃない! 
 あんたもお偉いヴァンパイア・ハンター
ならねぇ、
 ヴァンパイア
発見道具なんかちゃちゃっと発明しなさいよ!」

「あぁ!? それがわざわざ忙しい所を協力して下すってる
 美形
若くて強いヴァンパイア・ハンター
様に言うセリフか!? いいか! 
 この俺様がどっかの馬鹿盗賊
みたいに考え無しで行動する筈がねぇだろ! 
 俺様はこの国宝級の脳をフル回転させて、この結論を導き出しだんだ!」

「そんっなに考えたなら、その理由くらいちゃんと説明してみなさいよ!」

「おい! 青目戦士!」

あたしの負けず口を聞くと、レシテルはあたしの右隣にいる(リンはいっつもあたしの隣にいる)
リンに向って呼び掛ける。ちなみにこいつ、まともにあたし達の名前を言わない。

「んぁ? 何ですか? レシテル」

顎で使われてそうな言われ方なのに、リンは別に何とも思ってない表情でレシテルに返事をする。
 …こいつにプライドってもんは無いのか…。

「ちょっとこのバカ女の鳥の手綱を持ってろ」

「あ? こぉですか?」

レシテルはいきなり何をする気なのか、リンにそう命じた。なっ何!? 何する気なのさ! 
あたしは何だかとんでもなく嫌な予感がして、必死にエキドナちゃんの首筋にすがりつく。

「来い! じっくり説明してやるから!」

レシテルはそう言うと、ちょっと口元で何かの呪文を唱えると、
スティーラー
を右に傾けて細っこい右腕を伸ばし、あたしの腰を捕らえて小脇に抱えた!

「っぎゃあぁぁぁああぁあぁあぁあぁっ! 落ちる! 
 非力なあんたが幾らあたしの体重が軽いからって支えられる訳が無いでしょおっ!? 
 やめて! やめてえええぇえぇえぇっ!」

あたしはじたばたと暴れて、何とかレシテルの腕を振り解こうとするんだけど、
意外にもレシテルの力はすっごく強くて、折れそうに細い腕を振り払うどころか軽々と小脇に抱えられてしまった! 
ぎゃあ! 恐い! 恐い! 幾ら高度が低くても、この速度から落ちたら最低でも大切な顔面から地面に直撃する! 
ぎゃあああぁ! やめて! やめてぇえぇっ!

 助けを求めてリンを見ると、リンは心配そうな顔をしてたんだけど、
更に右隣にいるアレスから何か言われると何故か安心した顔をして、あたしに向ってウインクして見せた。

「クエェッ!」

あたしの乗っていた赤エキドナちゃんが、乗り手をいきなり失ってあたしとレシテルに向って、
抗議の声を上げる。うぅっゴメンね! 全てはこの金髪が悪いのっ! あとで蹴ってやっていいからね!

「っふああぁああぁあぁぁ!」

決してあくびをした訳じゃない。あたしは不本意ながらも、
情けない悲鳴を上げて無事に
スティーラーの上に着地したのであった。
 レシテルの馬鹿は、あたしのその悲鳴がよっぽどおかしかったのか、
ゲラッゲラ笑ってお腹を抱えていた。ムカァ!

「あんたねぇ! 見かけに寄らずに力あるみたいだけど! こんな危険な真似しないでよ! 
 もし手が離れたら危ないじゃないの! 落ちたらどーしてくれるつもりだったのさ!」

「離す訳ねぇだろーが」

レシテルはふふんと鼻先であたしを嘲笑すると、「初心者は手すりにしっかり掴まってな」と言った。
 悔しいけど、水平に安定した状態で飛んでいるものの、慣れない光景に少し脚が震えてるあたしは、
周りを囲んでいるスティーラー
の手すりにしっかりと掴まった。

「こ、これって大丈夫なんでしょーね!?」

半分ドキドキしつつも、半分やっぱり恐いあたしは、
バカにされないように虚勢を張りつつレシテルに訊ねる。

 スティーラーは、あたしをエキドナちゃんの背中からさらった時よりも、
ずっと上空を飛んでいた。景色が全然違う!

「この俺様が制御してんだ、失墜するなんて事は世界が終わっても有り得ねぇ! 
 それより、せっかく庶民が一生乗れねぇ様なもんに乗ってんだ、せいぜい満喫しな」

 偉っそうにそう言うと、レシテルは両腕を組んで脚を広げて立った姿勢のまま、すぐ横にいるあたしを見る。

 ん? そーいえばこんなに接近してレシテル見るのも初めてだなぁ。
 うーん、悔しいけど近くで見るとやっぱり美形だ。
 大体綺麗に見えるものって、近くで見ると大した事がないってのがセオリーだけど、
本当に綺麗なものは近くで見ると余計に綺麗に見える。

 猫みたいに吊り上った目は、凄く大きくて見てると吸い込まれそうだし、
アイス・ブルーの目の中心にある黒い瞳が、周りの色の薄さに引き立てられて際立ち、
何だか普通に見られてるよりも緊張する。白目の部分は少しの濁りもなくて、青白くさえ見える。

 プラチナブロンドと同じ色のまつげは、遠くから見ると肌の色と同化して全然目立たないんだけど、
この至近距離から見るとすっごく長い。下まつげまでバシバシよ? あんた。
 きりっとつり上がってる細い眉毛はちゃんと綺麗に整えられていて(元からなんだろーか)、
色が薄いと、パッと見眉毛ない様に見えるのを気にしてんのか、
少し濃い目の茶色のペンシルで薄くなぞってあった。

 顔は小さいし、つんと尖った小作りな鼻も、小さ目だけど形のいい唇も、女の子みたい。
 唇なんて朱唇ってゆー奴? 近くで確認しても、何も塗ってないのにつやつやと赤いの! 
 くそぉっ! 何だか女のあたしがクソガキの美貌にコンプレックス抱いてる!

リンも、どっちかとゆーとレシテルみたいな女性的な美形だけど、
あいつは何てゆーか
戦士なだけあって雰囲気自体が男っぽいから、女っぽいっていうイメージはない。
 リンも近くで見ても綺麗なんだけどね。あいつのは見慣れちゃったわ。あはは。


 あ、そーいえばリンの奴も眉毛描いてるなぁ。
 あいつも髪とか眉毛、まつげの色は白銀だから、パッと見何にも無い様に見えるんだよね。
 一応肌は日に焼けて黒くなってるものの、色素の薄いテペス北部の生まれだから、
肌の色もどっちかとゆーと白いんだよね。

 そう、リンの奴は魔法大陸テペスの生まれだったりした。
 でも、優秀な魔導士の血筋のリングローズのお坊ちゃんとして生まれながらも、その魔法の素質はゼロ。
 本人もかなり辛い目にあったのか、グレて(?)女遊びやら何やらしてばっかりで、
名門リングローズ家の家名を汚すだかなんだかで、現在勘当中なのだ。
 グレたい気持ちは分かるけどさぁ、もう少しグレる方向ってのもあるだろーに…。
 つか、
下戸だから酒飲めないんだよな、こいつ。うーん、つくづく可哀想だけど笑える奴。

リンがあたしとアレスにくっついて来たのは、
何処だったかの酒場で(その頃にはリンはマリドンに渡って来ていた)あたしに声を掛けてきて、
あまつさえこの体に触って来たもんだから、あたしは勿論教育的指導に出た。
 戦いの時以外、人から怒られて殴られるなんて経験がなかったのか(ある意味不幸だよね)、
リンはあたしのパンチに惚れてそれ以来付いてまわる様になった。
 いや、マゾじゃない…とは思うんだけど。
 まぁ、
戦士としての腕はいいからあたし達はいつの間にかパーティーを組む事になってたんだけどね。

リンを見て昔を思い出して笑ってると、横にいたレシテルが不機嫌そうな顔をして言う。

「何だ、もう慣れたのかよ。つまんねぇ」

つくづく、こいつは人から注目されてないと気が済まないらしい。

「で? ブルゲネス湿地帯くんだりまで行かなきゃならない理由、
 ちゃーんと説明してくれんでしょーねぇ。
 こぉんな危険を侵してあんたのスティーラー
まで来てやったんだから、
 あたしが納得行くまで説明しなさいよねぇ」

強気なあたしがそうやって説明を求めると、レシテルはにんまりと薄い笑みを浮かべた。
 う。何か背中に薄ら寒いものが…。や、き、気のせいだろう。
 こんな子供に負けるあたしじゃない。

「あーぁ、そりゃあ心行くまでじっっっっくり説明してやるよ。
 そのためにここに連れて来てやったんだから。本来なら庶民は乗せねぇ所なんだがなぁ」

庶民、庶民ってうるっさいなぁ。ふんっ! どーせあたし達は庶民さ! 
 あーぁそうとも! 悪いか! その内金持ちになって、エキドナちゃんを一杯飼育するんだからっ!

だけど、あたしはそうやってレシテルに挑んだ事を、後々心から後悔した。
 だって、それから延々と何時間も、
その日のキャンプを開く所まであたしはスティーラー
の上でレシテルの講義を受け続けたんだから…。 

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