「ちょっとした休戦」
「んあああああああぁぁぁぁぁ……。あたし、もー寝るぅ」
レシテルの講義で脳みそがすっかりイカレてしまったあたしは、レシテルの美味しい(悔しい)ゴハンを食べた後、ごろーんと横になった。
「食べてすぐに寝たらブタになる…」
それを見て、ボソッと突っ込んだアレスに、あたしは跳ね起きて鋭い突きを入れてやる。
「でもキラ、今日前半見張りですから今の内に少しでも休んでおいた方がいいですよ。ブタになっても俺はキラ一筋ですから、安心して。レシテルも今の内から寝ておいた方がいいですね」
食器を洗いながら、リンがそう言った。こっいつら…。人の事をブタブタって…
「じゃあ、先に寝てろやブタ」
レシテルまでええええええぇぇぇっ! いや、こいつは絶対に会話の流れに便乗してくるとは思ってたけど…。
「あんたが先に寝なさいよっ! あんたの見張りは後半なんだから」
確かに、見張り前半は夜更かしして早起きするって感覚でいいけど、後半は寝てる途中で起こされてそのまま次の夜まで寝られないから結構辛い。まぁ、これもすっごい早起きする、って考えればいいのかもしれないけど。
あー、でもこいつ低血圧なんだよなぁ。昨晩言ってた分だと、起きてから一時間半はたっぷり経たないと覚醒しないみたいだし…。そんな寝惚けた間にもしも何かが迫って来て、その発見が遅れたら大変な事になる。
「……………つか、代わろうか? 前半と後半と。あんた、て…」
「低血圧だから」って言いそうになって、あたしは咄嗟に口をつぐむ。うおおぉぉっ! 危ねぇ。昨日の夜の事はナイショナイショ。
「て?」
変な顔をして訊き返してきたレシテルに、あたしは咄嗟に誤魔化す。
「敵の気配も感じられない位、寝起きは鈍感そーだから」
ふぅ、我ながら素晴らしい頭の回転だわ。まぁ、ニュアンスはちょっと似てるけど、低血圧と知ってるなんて思えないセリフだもんね。うん。
「馬鹿野郎! この俺様を捕まえて何言ってやがる!」
あ、怒らせちゃった。あはははーんだ。
てゆーかなぁ、弱点知られるの嫌がってるみたいだし、別にあたしも意地悪じゃないから奴のプライド傷つけたりなんかはしたくないから、そーいう事は放っといてやりたいけど、いざもしもの事があったらシャレになんない。
アレスはこいつの低血圧の事知ってるワケだから、知っていて後半の見張りやらせたともなれば、その責任をレシテル一人に被せる訳にもいかない。大体、もとからの体の性質なんて、どーにもなんないもんだしね。
うーん、どうにかして上手くいく方法は無いかなぁ。あたしと代わろうにしても、今の言葉でヘソ曲げちゃったみたいだし…。
「別に俺はいいからお前寝てろ、ブタ」
「何よっ! じゃあ、あんたはどーすんの!」
「起きてる」
「はぁ!? そっちこそ辛いじゃないのぉ! 馬っ鹿じゃないの!? それだったら一晩中見張りしてくれんでしょーね」
ふふ、これなら引き下がるだろう。
「別に構わねぇケド?」
あう…。あたしは困ってリンとアレスに助けを求める。こいつらなら、この天邪鬼王子を何とかしてくれんじゃないだろーか。
「…魔導士はギルド入る時に、実技テストで精神力計るための不眠耐久してるから、一日の徹夜くらい大丈夫」
アレスがボソッと言って、リンが初耳だったのか「凄いですねぇ」と馬鹿正直に感心してる。そりゃあたしだって初耳だけどさ。まぁ、どーりでアレスも徹夜に強いと思ってたら…。そんな恐ろしい実技テストあったんかぁ。つか、助けになってない。
「だろ?」
レシテルが何故か勝ち誇ってあたしに薄い胸を反らす。どーあがいてもあたしに弱点をバラしたくないらしい。別にそれネタにしていじめたりなんかは…多分しないと思うんだけどなぁ…。
「分かった、じゃ、任せる」
そう言ってあたしはテントにもぐり込んだ。本当に任せるつもりは無い。レシテルが徹夜するのは勝手だけど、パーティーとしてあたし一人がラクするつもりはさらさら無い。あたしは後半の時間になったら起きて、レシテルと二人で見張りをしようと思って引き下がったのだ。はーぁ、我ながら責任感の強い女だわ。
今夜は見張りの無いリンとアレスは、まだ男三人でなにやら話してるつもりらしい。まだ寝る気配はない。
あたしはテントに入ってから髪を解き、シュラフにくるまってリュックの中から出した地図を広げる。羊皮紙で出来た奴だからちょっと臭い。うへ。
レシテル教授が、嫌がらせのためにわざと専門用語やら難しい言葉を使って、長々と(あたしも悔しいから、わかんない言葉はどんどん訊いてやったから、結果的には余計に時間がかかった)説明して下さった話によれば、ヴァンパイアってのは魔物(教授は闇の眷属って言った)の中でも、特に高位な奴で、人間の貴族なんかと同じで部下とかを従えてるらしい。
同じヴァンパイアを従えるんじゃなくて、自分達の一族より下のレベルの奴を見張りとかに使うらしい。ヤなカンジ。ヴァンパイア同士は、『仲間』『同胞』として互いに尊敬し合ってるんだそうだ。まぁ、中には腹ではナニ考えてんだかわかんない奴もいるけど、一応表向きはそういう態度で付き合ってる。だからヴァンパイア・ハンターなんかはヴァンパイアから仲間の仇として恨まれていて、数多くのヴァンパイアやアンデッドを浄化したレシテルは、ヴァンパイアのブラックリストに載ってるらしい。…何だかなぁ、人間もヴァンパイアもどっちもどっち…ってゆーか。
「奴等に生きる権利なんてねぇ。どーせ死んでんだからな」ってゆーのが、ドクター・レシテルの見解。ヴァンパイアってゾンビなんかと違って、生きてる人間そのままみたいな姿をしてるんだけど、それは一回死んでから腐るヒマもなくすぐにヴァンパイアとして復活するから、綺麗な姿なんだって。元のヴァンパイアに血を吸われて死んで、血を吸ったヴァンパイアの血を与えられると、奴らの言う同族として生まれ変わるらしい。血を与えられないで、ただ血を吸われて死ん人々はそのまま死んじゃうか、最悪なケース自分の意志を持たない低級ヴァンパイアとなって、人の血を求めてさまよう事になっちゃうらしい。そーいう低級ヴァンパイアは、上の連中からすれば同族でも何でもないらしい。ひどい話よね。
血を与えて同族にするのには、誰でもいいって訳じゃなくて、それなりの資格とかがある。ヴァンパイアになるのに資格いるんだってさ。変なの。まず、美形である事。美しい者だけが、夜の支配者となって永遠に生きる事が許されるんだそうだ。で、心の中に苦しみや悲しみとかの葛藤を持ってる事。ヴァンパイアになった人は、その葛藤を持って永久に生き続けなきゃならない事を苦しむ。その心の苦しみがまた、奴等にとっては美しいらしい。げぇ。
で、人って奴は(ヴァンパイアだけど)自分が苦しいと自分より苦しい奴を見て安心する心を持ってる。その心理は、多かれ少なかれ誰にでもある。あたしだって、貧乏生活してる時にあたしより酷い人見て、内心ホッとしたりしてるもん。綺麗な心だけじゃあ生きられないのだ。で、そんな訳でヴァンパイアは可哀想な集団を大きくしてく。最終的には、全世界の顔が良くて悩みを持ってる人をヴァンパイアにする事が夢なんだろーか。あーぁ、だから棺桶なんかで寝てる奴は根暗だってゆーのよ。
そーやって増えてくヴァンパイアだけど、同じ位にレシテルみたいなヴァンパイア・ハンターによって浄化されてるし、同族の中でもヴァンパイアとしてふさわしくない行動をとった奴は、仲間に制裁される。そーやって、より高貴な(ナニが高貴なんだか)ヴァンパイアだけが生き残るんだってさ。
で、ブルゲネス湿地帯の話なんだけど、そこにリザードマンが一杯いるのはヴァンパイアに使役されてる可能性が、物凄く高いんだそうだ。あたしは、湿地だからワニとリザードマンは同じ様なもんだと思って、住みやすい所にいるのかと思ってたんだけど(それ言ったら馬鹿にされた)、どうやら違うらしい。
リザードマンは前にも言ったけど、それなりに知性というものがある。外見にしても二本足で立ってる上に、槍とか剣とかの武器を持って、腰には布を巻きつけてるし鎧を着てる奴もいる。盾を持ってる奴もいるし、それらを使って戦う姿は人間と同じ行動をしてる。
レシテル魔物博士によると、元はリザードマンも独自の文化(?)を持って静かに暮らしてたんだけど、あたし達人間が自分達の文明を広げようとして色んな所に出て行った時に、外見が化け物だっていう理由で襲われて、元は結構温厚な奴らしいんだけど人間を見て、敵意を持ってそうだと判断すると襲って来るようになった。そんな戦いの中で、人間の落とした武器とかを拾って、知性もあるもんだからそれを使った方が高率良く戦える事に気付いて、人間の真似をする様になった。
それを聞いて、なんだかあたしも複雑な気分になった。動物とかもそうなんだけど、基本的には彼らのルールがあって、自然の中で均衡を保って生きてるんだけど、あたし達人間は生きるためという以外に何でもない理由で彼らを殺したりする奴もいる。だから、向こうも敏感になってく。勝手なもんだよね。人間てのも。でも、あたしは人間である自分に誇りを持ってるし、そういう最低な奴にはなりたくないから自分の信念に従って生きてる。自分でも、立派な人間とは言えないかもしれないけど、知性と心を持つ生き物である限り、自分の中で精一杯立派な生き方を自分なりにしようと思ってる。
あぁ、また話がズレてる(笑)。で、ブルゲネス湿地帯のリザードマンがヴァンパイアに使役されてる可能性の裏付けとして、リザードマン達が物凄い大群で群れてる事と、何かに命令されてる様な行動をしてる事を調査されてるからなんだって。
リザードマンは知性があるから、それぞれ集団を作って社会を作り、ボスなんかもいる。でも、その一つの集団の数は多くても三十くらい。ブルゲネス湿地帯にいるリザードマン達は、三十なんて数じゃ済まない(嗚呼、思い出したくもない)。それだけの数が、テリトリー争いも、固体同士の争いもしないで、しかも秩序のある行動をしてるっていうのはかなり怪しい。
だから、ヴァンパイア・ハンターギルドはブルゲネス湿地帯に厳重な警戒をして、赤丸を付けてるんだそうだ。怪しいって分かっていても、そこにいきなり総攻撃を掛ける訳にもいかない。あそこには、それは物凄い数のリザードマンがいるから、あいつらと戦うともなれば相当な戦力とリスクを覚悟しないといけない。それに、仮にリザードマンの包囲網を突破したとしても、そんな数のリザードマンを統制してるヴァンパイアともなれば、凄く高位の奴だって事になる。だからうかつに手を出せないんだそうだ。しかも、ヴァンパイアはよっぽどの変わり者でない限り、仲間と一緒に生活してる。だから、勿論ヴァンパイアがうようよといる危険性がある訳よ。
ブルゲネス湿地帯には、ある場所に行くと黙って観察してたリザードマン達が襲い掛かって来る地点がある。だからそこらへんはまだ詳しい調査がされてないし、ブルゲネス湿地帯を通る冒険者達も口コミで聞いてるから近付かない。多分、そこの中心にヴァンパイアの住んでる城か何かがあるんだろう、てのがヴァンパイア・ハンターギルドの見解。
空からスティーラーなんかでそれを確認すればいいって話なんだろうけど、リザードマンには水鉄砲ていう攻撃の仕方があって、まぁ名前の通り口に水を含んでそれを飛ばして来るんだけど、それがまた凄まじい攻撃力と破壊力なワケ!
あたし達も、ブルゲネス湿地帯とは別の所ではぐれリザードマンと戦った事があるけど(向こうから襲い掛かって来た)、その飛距離がまた凄くて、大分離れた場所にいたんだけど不意を食らってリンは大怪我をした。その時、丈夫なだけが取り柄の、重いだけでしょーもない鎧を着けてて、お金入ったら軽い奴買うってブツブツ言ってたんだけど、その時はそのしょーもない鎧のお陰でリンは命拾いした。
お腹の所に水鉄砲が直撃したんだけど、その鎧は木っ端微塵に砕けてた。で、リンは内臓をちょっとやられた。普通の鎧だったら、お腹貫通してたんじゃないだろーか。ああ、今思ってもゾッとする。あの時あたしは取り乱して戦力にならなくて、結局アレスが苦戦しながら一人で倒した。
そんな訳で空からの偵察も無理。ブルゲネス湿地帯の中心部は謎に包まれたままなのであった。地図を作るギルドの人達も、あそこの謎を明かしてくれた人に多大な報奨金を約束してる。でも、それを解明した人はまだいない。
そんな場所に、レシテルの馬鹿野郎はあたし達を連れて行こうとしてるんである。ハッキリゆって、ハッキリ言わなくても恐い。
でも、今の所ハッキリとヴァンパイアが居そうだって言われている場所は、そこしか無い。ヴァンパイアの城やら屋敷は、それは深い森の奥だったり山の中にあったり、凄く探しにくい所にあるんだって。だから、それを時間掛けて探してるよりは、そこにいるヴァンパイアシメてフォレスタの事を聞き出した方が早いだろうって結論をレシテルは出した。
レシテルのスティーラーの上で話を聞いていた時、あんまりにも危険だから勿論反対したけど、レシテルの言う様にヴァンパイアのすみかを、あてになんない噂とかを元に探してるよりは、確率の高い所を狙った方がいいって案に、結局同意した。
奇跡のヴァンパイア・ハンターレシテルさんは、低級じゃない方のヴァンパイアでも、十体ぐらいは余裕で秒殺出来るらしい。…ホンマかいな。や、ホントじゃないとシャレになんないんだけど。でも、あの細い体を見ると疑ってみたくもなる。あたしはまだべらぼうに強いっていうレシテルの戦いぶりを見てないから、まだレシテルの強さっていう奴に弱冠の不安がある。
ヴァンパイア・ハンターギルドでトップクラスって言うのは本当でも、人の噂っていうのには、必ず尾鰭・背鰭、酷い時には腹鰭まで付いてる。だから、あたしは皆が言ってる事をそのまんま受け取るつもりにはなれない。リンやアレスなんかは、ずっと一緒に戦って来てるから安心して背中預けられるけど、自分の目でどの程度強いかを確かめてないレシテルには、正直、背中を預ける気持ちにはなれない。今の所。
つか、あたしの説明だけでこんだけかかったんだから、何時間もかけてレシテルから難しい言葉やら専門用語やらを交えて、延々と説明されたあたしの苦しみを分かってくれると…信じてるよ…。ぐすん。
あたしはテントの中で、外の焚火の光を頼りに地図にあるブルゲネス湿地帯を見詰めると、重い溜め息を吐いてからそれをしまった。リンやアレスなんかは不安に思ってないんだろうか。何よりも、期待の戦力のレシテルは。
小さくあくびをして、あたしはシュラフの中でもそもそと体を動かし、寝やすいポーズを取ると見張りに備えて寝る事にした。
ん? うー…。
「起きるぞ!」と気合を入れて寝たお陰で、緊張していたあたしは上手く夜中に目を覚ます事が出来た。人間、大抵の事は気合で何とかなるもんよ。見張り交代の時間に起きれたかどうかはわかんないけど、話し声が聞こえない所を見るとリンとアレスは寝てるみたいだし、まだ活動開始する様な明るさでもない。
まだ寒そうなので、あたしは髪はまだ縛らないでもそもそと起き上がった。首筋ってのは大切でね、体が冷えた時なんか、あったかいシャワーをうなじに当ててたら体全体があったまる。
テントの入り口についてる、両側から開けられる様になってるチャックを上げると、あたしはテントの外に出た。まだ外は暗い。
「あぁ?」
焚火の側に携帯椅子を置いて座っていたレシテルが、テントから出て来たあたしを見て変な声を上げた。…失礼な奴。
「何だお前、俺様に見張り任せて早い時間からイビキかいて寝てたんじゃなかったのかよ?」
「嘘っ!? あたしイビキかいてた!?」
「…………………何でそーやって、人のゆー事なんでも信じるかねぇ…」
ハァッと溜め息を吐いて首を振るレシテル。この野郎…。
「とにかく、寝てろや。見張りはちゃんとやってやるから。まだ二時半だぞ」
およ、ちょっと早すぎたか。
「放っといてよ。あたしは見張りしたくて起きたんだから。あんたこそ寝てれば?」
あたしはそう言うと、自分の携帯椅子を組み立てると火を挟んでレシテルの向かい側に座った。リンとアレスの寝てるテントからは、多分リンのものだと思われる寝言が聞こえる。あいつもあいつで、寝てまでうるさいんだよなぁ。
「…勝手にしやがれ。俺様の親切を無視しくさって」
見張りしてる時間から、あたしはレシテルと言い争いしてるつもりはない。出来るだけ、言い争いにならない様に気を付けながら、あたしはレシテルと会話を試みる。
「ねぇ、ティシュアまで後どんだけかかるかな」
「あぁ? …………今サティパに入りかかってるから、明日中には国境越えるだろ」
サティパっていうのは、例のお茶の産地の地方。ダルディア聖王国の最東部。ダルディアは、王国の中心より少し南東にあるから、東側の国境まではそんなにかかんないんだ。
いつもなら、「どっかの馬鹿女が昼まで寝てたから、本当なら今頃国境越えてるんだろーなぁ」なんて言ってるんだろーけど、その原因が自分なもんだからさすがに言わなかった。
「ふーん」
…会話が終ってしまった。あう。
あたしがネタを考えてる間、レシテルから話しかけて来た。
「なぁ、お前何でいっつも髪縛ってんだ? そんだけ長かったら、降ろしてりゃそれなりに女に見えるのに」
くっ……………………誉められてる(と思いたい)筈なのに、けなされてるよーに思えるのは、あたしの被害妄想だろうか。
「うるさいなぁ。縛ってる方が動きやすいのっ」
「あ、そ。それよか、俺様の目腐るからその腹しまえや」
あたしはいっつも、丈が鳩尾位までのノースリーブのハイネックを着てる。これはずぅっと昔から冒険者のレディース用にあるデザイン。最近には、一般の女の子にもはやりになって来てるみたい。お腹が出るので、この服を着てれば自然と太らない様に気を付ける様になる。一石二鳥なのだ。
「あたしが何着ようがあたしの勝手でしょ?」
「うるせぇな、俺様とその他大勢の男の目が腐るって言ってんだよ」
むっかつく奴!
「あ、そ」
あたしはレシテルの真似をして、それだけ言い返した。……結局、言い争いになってんじゃん。あたしの我慢が足りないのかなぁ…。いや、でも…。
「第一、ナイス・バディの美女ならともかく、お前みたいな貧乳の小娘がそんな服着たって似合わねぇんだよ」
膝の上に立てた右手で頬杖をつきながら、レシテルはそっぽを向いて言う。
「あんたが失礼なのは分かってるけど、しっつれいな奴! あたしの何処が貧乳なのさ!」
そりゃ、巨乳とは言わないわよ? あたしだって自分の事わきまえてる常識人なんだから。でも、貧乳でもない! でも、それは程よく盛り上がった、形のいい乳なのっ! あたしは!
あたしはレシテルに向って胸を突き出して見せた。……子供相手にナニやってんだろ…。
「全部」
レシテルはあたしを見ないで即答する。
「ふんっ! レシテル! 革パンのチャック開いてるわよ!」
大抵の男は、こーやってかまかけると必ず引っ掛かる。アレスだって「あれ?」とか言いながら自分の股間まさぐる(ヤな表現…うえ)のよっ!
「馬鹿じゃねぇの? 俺様はそんな奴はかねーの」
くそおおおおおぉぉぉっ! 引っ掛からない! 可愛くない! 可愛くない!
あたしが悔しがって地団駄踏んでると、レシテルが全然冷静な顔であたしを見る。
「…お前ってさぁ…」
何だかいつもの憎たらしい顔とは違う。何かを言いたがってる顔。
「何よ」
あたしがそう応えると、レシテルはしばらく黙ってからポツリと言った。
「…そんなんじゃ一生かかっても男出来ねぇぞ?」
「うるっさい!」
あたしは、それまでリンとアレスのために押さえ気味にしていた声を、ボリュームマックスまで上げてレシテルを怒鳴った。何でこんなクソガキにまで心配されなきゃなんないの! そりゃ、おばさんにだってクロにだってフレイさんにだって、カースにだって………言われ続けて来た………けどさ。
あ、何だかムナしくなって来た…。
「……そーだよね、あたし一生現役でおばあちゃんになってもカッコ良く盗賊やってたいけど、今のパーティーがずっと続くなんてないもんね。アレスとあたしはずっと一緒だったけど、アレスもアレスでその内好きな女の子出来て結婚するかもしれないし、リンだって顔と剣の腕だけはいいから、上手くいったら詐欺同然で結婚出来るかもしんないもんね」
「お前ってマジモードな時に酷ぇコト真顔で言うよな」
レシテルがボソッと突っ込む。酷いかなぁ? あたしは現実を厳しく指摘しただけなんだけど。
「…あたし、思うの。いくらあたしみたいに盗賊の腕良くて、可愛くてナイス・バディでも、皆が遠慮して押しの弱い男どもばっかりだったら、一生かかっても結婚はおろか恋人も出来ないのよ。あたしって奥手だし内気だから」
「……………………で?」
レシテルは思いっきり大きな溜め息を吐いてから、あたしに話の先を促す。真剣にあたしの悩みを聞いてくれるつもりらしい。
「だからと言ってね? 結婚相談所とかで無理矢理結婚するのもどーかな? って思うワケ。だって、結婚したいばかりに全然知らない人間と会って、いきなり結婚するワケでしょ? その人の性格分かってない内に結婚して、後になってから気付くなんてパターン最悪よ。おばさんと時々そーいう話してるんだけどね」
「……………………好きな男なんていねぇのかよ」
「いない」
即答。
「あ、そ」
「どーも男より、金と食い気なのよねぇ…あたしって」
「分かる」
あ、レシテルもあたしと同じなんだぁ。何だか親近感。こいつ、リッチマンだけどそれなりに過去は苦労したみたいだし、その間にのしあがろうっていう向上心から、金の亡者になったのかもね。うん。食い気の方は、あんまり身になってないみたいだけど…。
「初恋はしたんだよ? 一応」
「は?」
再び横を向いていたレシテルが、顔を上げてあたしを見る。そうか、聞きたいか。
「あんた位の歳だったかなぁ、ミシュバ公国にそりゃあ金持ちでダンディなおじさまが居たの。でも妻子持ちだったんだぁ。あたしの初恋は三日で終ったの」
「…………………それって初恋ってゆーのか?」
「立派にゆーってば」
突っ込むレシテルに、あたしは初恋の苦い想い出が蘇り、ちょっと感傷的になって溜め息を吐いて答えた。
「まぁ、別に恋人や結婚なんて今はどーでもいいんだけど、問題はパーティーの解散…ね。いつ訪れる危機かわかんないし。一人になった盗賊なんて、そりゃ悲惨なもんよ?」
おばさんや近所の元・冒険者だったマダム達と、あたしは暇な時にそーいう話を繰り広げていたのだ。あの人達の話は、人生の重みがあるからためになるのよねぇ。パーティーという集団の中では、盗賊って職業は何かと役に立つけど、一人になると中途半端な戦力しか無いし、あたしみたいに魔法が使えないとかなり困っちゃうのだ。伝説になる程の凄腕だと、一人であちこち出来るけど、不幸にもあたしにはまだそれだけの実力は無い。
レシテルが気遣ってくれたのか、ちょっと優しい声で言う。
「………………なんなら、俺様が一緒にいてやってもいいぜ?」
「あんたなんかに一緒にいられても困る」
はああぁぁぁああぁああぁぁあぁあぁあぁあぁぁあぁ。美少女盗賊キラ・セビリアの行く末はどーなっちゃうんだろーか。うらびれた街角で、酒瓶片手に若い頃の話をしながら空缶の中にお金を恵んでもらう…そんな人生になっちゃんだろーか…。
それから、何となく沈黙になってしまった。
「………………悪かったね、暗い話して。今度はあんたの話を聞こうじゃないの」
「は? ねぇよ、そんなもん」
そんな事を言って謙遜するレシテルにあたしは言う。何だか悩みを打ち明けた後は、物凄く寛大な気分になってる。このままレシテルの悩みも聞いてあげよーじゃないの。
「ある筈。絶対あるから、何か話しなさいよ」
これでは人生相談好きのおばちゃんである。心の奥で自分に突っ込みを入れつつ、あたしはレシテルに何とか話しをさせようとする。
「…………………女って、ナニ考えて生きてんだ?」
お? コイバナかぁ。よしよし、あたしは初恋しかしてないけど、相談に乗ってあげよーじゃない。女ゴコロだったら代弁してあげられると思うし。
「そーだねぇ…。ダルディアにいた近所の女の子達は、いっつも服の事とか新しく出た化粧品の事、おいしいアイス屋さんとか、勿論好きな人の話とか憧れてる有名戦士や魔導士の事なんか、話してたなー」
おばさんの宿の近くにある民家に住んでいた娘達を思い出す。皆、あたしと同じ位の歳なんだけど、それぞれ恋人と結婚する予定があったり、近くに就職する予定があったり、国のお役人採用試験なんかを受けるために勉強してたりする。冒険者の女の子と知り合う機会は、実はあんまり無かったりするんだ。
「…………お前は?」
レシテルがアイス・ブルーの目であたしを見詰める。
「さっきも言ったでしょ? トリ頭。お金と食べ物。強いて言うなら服。一番興味があるのは自分の事。リンみたいなナルシストと同じ意味に取り違えないでよ?」
「…………………あ、そ」
レシテルはガックリとうなだれて地面を見る。
悪かったわね。参考にならなくて。あたしだって自分の人生、もっと実りあるものにしたいわよ。でも、そのための要素が無いんだから仕方ないでしょーが。
「そーだ、モテモテらしいレシテル君のファンの女の子ってどんな娘よ?」
ちょっと興味があって訊いてみる。でも、思いの外、レシテルは険しい顔をした。
「…………ただ騒いでるだけだ、あいつらは。俺の事なんてどーでもいいんだよ」
揺れる焚火の炎を見詰めながら、レシテルはそう言い捨てた。うーん、何か嫌な目に逢ったんだろーか。
まぁ、憧れって奴は、その人の本当の性格なんかを自分で拒否して、自分の思い描きたいように描いて、勝手に片恋をする勝手なもんである。まぁ、罪は無いんだけど、勝手に想像された方なんかはたまったもんじゃないよねぇ。本当の自分が分かった瞬間、「アナタって私が思っていた人と違うのね」とかナントカ。これもおばさん達と話してた事なんだけど。
「辛い想い出があるならあたしに話してみなさい、弟よ」
まだまだ寛大な気分なあたしは、レシテルを本当に弟の様に思い始めていたのでそう言った。でも、レシテルにはあたしに弟って思われるのが不愉快らしい。
「弟って言うんじゃねぇ!」
いきなり立ち上がると、あたしに向ってそう怒鳴った。
「……………………あ…………ごめん……………」
あんまりにも真剣に怒ってたんで、あたしは茫然としたまんま謝る。でも、そこまで嫌なんて、あたしだってちょっとばかし傷付いた。ま、珍しくレシテルと仲良く話せてたから、思い上がってたのも事実だけど。
びっくりした顔で(ちょっとアホ面だったかもしんない)レシテルを見上げてると、レシテルはカッとなった自分にやっと気付いたのか、ムッツリとした表情で椅子に座り直した。
「………………悪かったってば。高名なヴァンパイア・ハンターサマに一介の盗賊に過ぎないあたしが、弟なんて言ったのは失言だった。それは認めるけど、あんたあんまり火に近付き過ぎるとコート燃えるよ」
「だぁっ!?」
レシテルが慌てて自分のコートを見る。危なくも、いいカンジに熱されてた。黙ってて燃えてる所を見物するのも良かったんだけど、まぁ、お詫びの気持ちであたしは教えてあげたのであった。
「ぅえぷしっ!」
ちょっと寒くなって、あたしは可愛いくしゃみをする。火に当たってる前半分はいいんだけど、後ろ半分は寒いんだよねー。
「ちょっとマント取ってくるわ」
あたしが立ち上がりかけると、レシテルも立ち上がってコートを脱いだ。
「仕方ねぇから貸してやる。俺様は熱いんだ」
「あ、そーぉ? んじゃ借りるわ」
テントはすぐそこだけど、取りに行くまでに体が冷えちゃうので、あたしはレシテルの革コートを借りる事にした。つか、こんな長い丈のなんてコートもスカートも着た事ないから、ちょっと重いし邪魔臭い。
「…………………ぬるい」
「文句ゆーなっ!」
レシテルが着てた温もり(てもんでもない。文字通りぬるい)を感じて、あたしはボソッと漏らしたけど、レシテルに聞こえてしまったらしい。ちっ。地獄耳め。
コートの下には、レシテルは(やっぱり)革のハイネックを着ていた。ノースリーブなんだけど、腕には同じデザインの…何てゆーんだろ。手袋の手の部分が無い奴。サポーターの超長い奴、みたいのをしてた。二の腕の所で、シルバーの止め具が鈍く光っている。
「…………それにしても、あんたって貧弱よねぇ。その大袈裟な武器、振り回してよろけないの?」
あたしは、レシテルの横に置いてある巨大な剣みたいな武器を顎で示す。ホントに巨大。下手すると、レシテルより武器の方が大きいかもしれない。重さも。
「こいつは俺様対応の精霊合一重量変化させてあっから、そんな事は世界が終ってもねぇんだよ」
「えれめんと………は? ナニ?」
またしても専門用語だ。
「俺様のオリジナルの精霊魔法」
「………………どんなのさ。聞いてやるから説明してみなさいよ」
悔しいけど質問する。知らないものをほっとくのは、あたしのポリシーに反する。訊くは一瞬の恥、知らぬは一生の恥。である。まぁ、こいつオリジナルの魔法らしから、恥かく相手もこいつしかいないんだけど。
「この武器…これも俺様が大剣を改良したオリジナルなんだけどな。こいつに宿ってる精霊と俺様が契約して、こいつのそのものの質量やなんかを俺様が負担しなくて済む術だ。まぁ、術ってゆーか一回契約したら後は放っといてもいーから、正確には術じゃねぇんだけどな」
…………………何かよくわかんないけど凄い!
「…つまり、その武器の重さがあんただけには感じられないでいい様にした、って事?」
「そ」
へーぇ、研究とかもしてるって本当だったんだぁ。ちょっとだけ尊敬。
「じゃあさ、あたしもそれやったら大剣とか持てるかな? あたし、実はでっかい武器に憧れてんだよね」
盗賊は身軽さが命なので、例え武器を扱う腕力とかがあっても、まず大きな武器を持つ盗賊はいない。でも、あたしは昔っから大きなものが大好きなのだ!
「………………やめとけ。今よりもっと凶悪になってどーすんだ」
あたしの夢を、レシテルは冷たく打ち砕く。思い遣りの無い奴だなぁ。
「何よう。いざという時、あたしだって白兵戦が出来た方がいいじゃん。いっつも誰かに守られてんのもシャクだし。つか、あたしが守りたいし」
レシテルはあたしの言葉を聞いて、ちょっと驚いた顔をした。
「……女って守られるの好きなんじゃねーのか?」
「ぶぁっかじゃないの? そんなの男の妄想! まぁ、実際戦力なんかは劣るかもしんないけど、精神的にはあたしはそんな事思った事ないよ。いーい? あんたのこれからのために言っておいてあげるけど、女イコール弱いから男が守る、なんて思ってる奴サイッテーだよ? まぁ、あたしから見れば…だけど。それって単なる思い上がりだし幻想。女っていう女が、皆自分を守ってくれる王子様求めてる訳じゃないんだから」
憤慨したあたしの言葉に、レシテルは「へーぇ」と頷いた。まぁ、あんたみたいに強い奴は、守られる事の無力感や悔しさなんて分かんないかもね。
「じゃあ、お前はどーされたいんだよ?」
レシテルの質問に、あたしはちょっと考えてから答える。
「まず、圧倒的に相手が上とかあたしが下とかは絶対嫌。出来る事なら同じ目線でもの見たいじゃん? まぁ、戦力とかは強いに超した事はないけどさ、あんまり自分守られてばっかだと、『されてる』ばっかであたしは何もしてないから、悔しくなる。ギブ・アンド・テイクがあたしのポリシーだし」
誰だ、ポリシーあり過ぎなんて言った奴は。
「恋愛なんかも、尽くされるばっかりとか、尽くすばっかりとかはやだ。お互い五分五分の方が、ずっといい関係でいられると思うし。一歩後ろで男の歩いた道を歩くのって、あたしは今時はやんないと思うんだけどねー。ま、いつの時代にもそーいうのはいるし、そーいうのを求める人もいるんだろーけどね。そういう人同士でやってんのは、害がないからいいけど、それをあたしに求めた日には右ストレートね」
最後にそう言って、あたしは隠し持っているナックルを服の上から撫でる。こいつだけはあたしを裏切らないっ。や、かといって暴力賛成じゃないんだよ? 教育的指導なんだから。
「まぁ、とにかく、思い上がった男って多いから、あんたはそーなるんじゃないよ?ってコト」
あたしはそう言って、もう暖まったからレシテルのコートを脱いで返した。
「はい、あんがと」
レシテルはコートを受け取ると、自分では着ないで丸めて武器の上に放った。
「あたた…座ってたら腰痛くなった…」
携帯椅子は、背もたれがほんのちょっとしか無いから、結構腰にかかる負担が大きかったりする。携帯用なだけあって、長時間座るには向いてないんだよねぇ。
「ババァ」
「あぁっ!?」
あたしは勢いそのままに立ち上がると、思いっきり伸びをする。うーん。背骨がポキポキいってるぅ。伸びた姿勢のままで目を開けると、空は少し白み始めていた。何だか、随分早くに時間が経っていたらしい。
「今、何時?」
あたしが訊くと、レシテルは腕にジャラジャラついてるリストバンドを見て答える。へーぇ、あれ時計もついてたんだ。…ちなみに、あたし達は時計なんて高価なもんは持ってない。…………………その内買うもんっ!
「……………五時」
「へぇ? いつの間にかいー時間じゃん。アレス達起こすのも、もーちょっとだね。あたし、ちょっとそこら散歩してくるわ」
あたしはそう言ってルンルンと早朝散歩に出向き、レシテルはその背後で「…豪気な奴」と呟いていた。
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