「決戦前夜」

 全くもって迷惑極まりないウンディーネの呪いを解いてもらったあたしは、今まで通りの健康体に戻った。遅い朝食をとった後、ハプニングで遅れた分を取り戻そうとエキドナに頑張ってもらって、何とか予定通りの日程でブルゲネス湿地帯にたどり着けそうだった。

 目的地のブルゲネス湿地帯があるドゥーマ王国についてちょっと説明してみると、横長の国土の中で全体的に人口分布は結構南に集中してる。その理由は、北側の国土の三分の一はブルゲネス湿地帯に覆われているからで、あそこはリザードマンの名所でもあるから、そこの近くで住みたがる奇特な人はそういない。大体の大きな街なんかは、タフト河の周辺や東の方、海に面した所に多い。
 ドゥーマ王国の首都は、カルボ岬っていう王国の最東部にある岬の近くにある。他にも大きな街の事を紹介しておくと、首都よりも人口が多くて栄えている水の聖地マドナっていう所があって、そこは前にも説明したタフト河の河口近くにある三角州にある。
 ドゥーマ王国は、ブルゲネス湿地帯のお陰で暗いイメージやら国土が狭いっていう欠点があるけど、その代わりにタフト河のお陰で物凄く栄えていたりする。河を利用して効率よく荷物やらを運べるから、商業の流通なんかもさかんなのだ。タフト河は大きいだけあって、流れは緩やかだ。だから、船なんかで上流に向かって移動する事も可能。
 あたし達もいずれは行きたいとは思ってるんだ。水の聖地マドナは街全体が水に覆われていて街の人は運河にある舟で移動するんだって。海はすぐそこだから漁業なんかで物凄く栄えてるし、ジルヴァ大陸の最南端も目と鼻の先だから貿易もさかん。ジルヴァ大陸の方も、中心の大陸であるマリドンに近い方が栄えている。だから、相乗効果でマドナは本当に、物凄く(しつこい)栄えてるのだ。まぁ、その分治安がちょっとよろしくなかったりもするんだけど…。

 そんなこんなで、マリドン大陸のほとんどの人はシーヴァ教の主神ロシを崇めてるんだけど、海に面してる街なんかは主神ロシの息子であり弟の、海神ヤーマンを崇めてる所が多かったりする。まぁ、主神の息子であり弟な訳だから宗教的にはあまり問題ないらしい。
 で、あたし達はドゥーマ王国の寂れてる方、寂れてる方へと移動して行ってるのであった。…くそ、大きい街で観光したーい!

まぁ、いくらタフト河沿いであっても、あたし達が通過した辺りはウチカトゥル山脈に近い所だから、あんまり栄えてはいない。タフト河よりも南側では、ティシュア王国との国境が近いだけあって、冒険者がよく通る所だから山側でも結構栄えてたりする。
 タフト河よりも南側だったら、丈の短い草や岩なんかがある景色だったんだけど、湿地帯に近付いてきたこの辺りでは、すでにじめじめした場所や背の高い草なんかが生い茂ってる。水耕栽培には向いてるらしいけど。

そして、ブルゲネス湿地帯まで後一日っていう距離にある小さな村で、あたし達は宿を取る事にした。今回の旅で初めての宿泊りだ。やったぁ!
 村は小さいけど、周囲に広大な水耕栽培を繰り広げてるだけあって、なかなか裕福な場所だった。水耕栽培で収獲できた野菜なんかを買いに来る商人とかも来ていて、流れの商人なんかが道端に店を開いている。
 あたし達はまず、その村の冒険者ギルドに行って身分証明書を発行してもらい、その村の宿でギルド価格で泊る事が出来る様にした。まずはそーいう手続きが必要なのよ。

つか、お風呂! お風呂! お風呂おおおおぉぉぉぉっ!
 あたしは宿の宿帳に名前を殴り書きすると、階段を駆け上がって自分の荷物を部屋に放り込み、着替えとお風呂セットを袋に詰め込んでから部屋に鍵をかけて、一目散にお風呂に向かったのだった。
 ちなみに、物凄い殴り書きだったもんだから、宿の御主人があたしの登録カードに書いてあるサインとの照合が不可能だったもんで、あたしは後でもう一回宿帳に名前を書く羽目になる。

旅してる間、ずぅっと髪も洗わないで体も洗ってない訳じゃないんだよ? あたし達(特にあたし)の名誉のために言っておくけど。一日ごとにアレスに体を浄化する魔法をかけてもらってるし、それをかけてもらうと体がスッキリするんだ。水属性の魔法で、旅をするには欠かせない魔法だったりする。
 それでもやっぱりあったかいお風呂に浸かって、自分で体をゴシゴシしたいもんである。魔法で綺麗になってるって分かってはいても、やっぱり実際自分で体を洗う方が気分的にもいいもんね。
 あたしは木で出来た浴槽につかって、思いっきり伸びをする。うーん、気持ちいいっ! ちょっと狭いけど、汚くはないし設備もちゃんと整ってる。まぁ、男湯との境界はあるものの、天井がつながってるのはちょっと気になるけど。ま、のぞきが出来るスペースでもないからいっか。

お風呂にはあたしの他に、この宿に泊っているらしいパーティーの女の人が二人と、村のおばさんらしき人、おばあちゃんなんかが、それぞれ体を洗ったりお湯につかったりしてる。宿にあるお風呂は、宿に泊る人だけではなくて近所に住んでる人なんかも利用出来る様になってるのだ。

「そーいえば、レシテルはぁ?」

ん? いきなし男湯の方からリンの声がした。こんだけでっかい声を出してるってゆー事は、男湯にはアレスとリンしかいないのかな?

「面白い物ないか、買物に行くって」

もそもそとしてて聞き取りにくいけど、アレスに間違いない低い声が答える。ふーん、あいつ買物に行ったんかぁ。お風呂入ればいーのに。
 つか、あたしはこーいう時にいっつも思うんだけど、アレスとリンって仲良く一緒にお風呂入って、背中の流し合いっこなんてしたりしてるんだろーか。…………うえ、気持ち悪ぃ。
 二人はそれから、今夜の夕食の事とかそんな他愛の無い話をしていた。二人よりも早くにお風呂に入っていたあたしは、ゆであがらない内にとっととあがる事にした。よーし、さっぱり。

濡れた髪を、風と火の魔法で温風が出るようにしてある道具で乾かしてから、あたしは部屋に戻った。お風呂からあがったら食堂に直行するって言ってあるので、そのままあたしは宿の食堂に向かった。ちょっと、ダルディアのおばさんの事なんかを思い出してしまう。

それからあたしは、少し経ってから食堂に来たアレスとリンと一緒にゴハンを食べた。レシテルは、自分でどーにかするから勝手に食べてていいって言ってたんだって。ちっ、協調性の無い奴め。…まぁ、でも思い返せばレシテルはあたし達のパーティーに入ったんじゃなくて、同行してるだけだもんね。今回の事が無事に終われば、また自分の仕事に戻るんだろーし。
 そやって思うと、ちょっとだけ、ほーんのちょっとだけあたしは淋しくなった。まぁ、確かに憎たらしい奴だけど、言い合いしながらもそれを楽しんでる自分がいたのも確かだ。アレスとリンは一緒にいて物凄く安心するし、本当の家族みたいに思ってるけど、レシテルみたいなタイプは割と一緒にいて面白かったりする。まぁ、機嫌悪い時はさすがにカンベンして…ってカンジだけど。
 アレスの食べっぷりを、口をあんぐりと開けて見てる料理人さんを見て笑いながら、あたし達は久しぶりに平和な夕食をとったのだった。レシテルが一緒に来てから、何だかんだあったからね。

「それにしても、そろそろ真剣に湿地帯での事考えないとなりませんね」

食後のコーヒーを飲みながら、リンがそう切り出した。放っておくとこの村の女の子引っかけに行きそうだったんだけど、あたしが思いっきり睨んだら、浮かしかけてた腰をちゃんと椅子に着けた。よし。これぞアイ・コンタクト。

「そーだねぇ、ここに魔法屋ってあるっけ? あるんなら武器に聖属性の魔法かけてもらったり…」

「ねぇよ」

いきなりドカンって凄い音がして、あたし達のテーブルの真ん中に、ゴタゴタとアイテムが詰まった革のカバンが置かれた。全体に火の模様があしらわれた細長いカバンで、入り口の所はきんちゃくみたいに縛ってある。背中に背負うタイプなんだけど、肩に掛ける部分はチェーンで出来てる。勿論、これの持ち主はレシテル。ヴァンパイア・ハンターギルドのショルダーバッグの他に、もう一つ持ってた奴だ。

村の中にいるから割と軽装で、肩口の所から袖が網になってる細身のシャツと、何だかエプロンみたいな腰巻きの付いたハーフパンツをはいていた。勿論、全部革製。女の子みたいに細い脚には、ちょっとタルタルした長い靴下をはいてて、足はショートブーツ。
 いっつもロングコートだったから、その下の服装なんかはあんまりよく分からなかったけど、マメに着替えてたのは確か。どっからこんなに服出してるんだろ。あれだけのバッグだったら、絶対に収まる訳ないんだけどなぁ。いくら細身のデザインが多いって言っても、レシテルは革しか身に付けないから絶対にかさばる筈なのに。
 よし、今度訊いてみよう。とりあえず今はこのアイテム達について訊かないと。

「何? これ」

何だかロクなもんじゃなさそーだなぁ、と思いつつあたしはちょっと顔をしかめて訊いた。レシテルはあたしの表情を見て、こっちもまた顔をしかめる。

「何だ、お前その顔。俺様がせっかく魔法の使えない役立たずどものために持って来てやったっちゅーのに」

「はぁ!? 役立たずぅ!?」

あたしはガタンッと音を立てて立ち上がり、戦闘体勢に入る。

「よし、お前の剣出せ」

でもレシテルはあたしをシカトして、リンの剣を受け取るとテーブルの上に乗せた。こいつっ! 後でヤキ!

それから、レシテルはアレスを「ちょっとそっちいってろ」ってゆって避難させると、袋の中身をテーブルの上にまかす。すると、聖属性のマジック・アイテムがゴロゴロと出てきた。あたしがクロからもらったホーリー・クリスタルなんかも数個あるし、いかにも的な十字架や短剣なんかもある。

「何っ!? これくれんの!?」

あたしは目を輝かせてレシテルに訊いた。こんだけあれば、いくらになるだろう…。うふ……うふふふふふふふふふふ………。

「うるせぇ、お前は手持ちの武器置いて、そいつと散歩にでも行ってろ」

レシテルはそう言うと、ゴツい指輪の付いた細い指でアレスを指さした。

「うるせぇって何さ! うるせぇって! それよか何すんの?」

「こいつを聖属性の魔法に変換させて、武器に属性つけんだよ。地道な作業だからお前は興味ねぇだろ? だからあっち行ってろって言ってんだ」

「えぇっ!? 売らないの!?」

思わず叫んだあたしを、レシテルはホーリー・クリスタルで殴ったのよっ!? このあたしをっ! そりゃあゴンッっていい音がして、あたしは一瞬目の前が暗くなったりなんかして。

「馬鹿野郎っ! お前は死にてぇのかっ!」

レシテルに怒られて、あたしは自分達がヴァンパイアと戦わなくちゃなんない事を思い出した。いや、ちょっとしたお茶目よ。でも、勿体無いなぁ…。せっかくのマジック・アイテムなのに…。
 指をくわえてマジック・アイテムを眺めてるあたしに、レシテルは溜め息を吐いて説明する。

「…あのなぁ、戦う直前に属性なんかをつけると、その分の魔力が戦闘に使えなくなんだよ。分かるよな? そん位。今日の内にこの作業しちまわないとなんねぇんだ」

…分かってるってば。そん位。あたしだって馬鹿じゃないんだから。
 で、それからレシテルはマジック・アイテムを聖属性の魔法に変換させて(あーあ、勿体無い)、あたし達の武器に属性をつけ始めた。あたしはそんな作業を見た事なかったから(手に入れたら売っちゃうもんね)、初めはずっとそれに見入ってた。でもしばらくすると、同じ事の繰り返しなんですぐに飽きて、さっさと逃げて行ったアレスを追っかけて外に出た。悔しくも、レシテルが言った通りだったのだ。

レシテルが自分の魔力を使わないで、マジック・アイテムを使ったのはただ単に明日に備えて自分の魔力を温存しとくため。ちなみにその作業が終わったら、またスティーラー大きくする作業をするらしい。
 リンは結構単純作業見てるのが苦じゃないらしく、レシテルの作業をずっと見てた。つか、「美しい…」とか呟いてたから、目的はマジック・アイテムの鑑賞なんだろーけど。

ちなみに補足説明をすると、魔力を失ったマジック・アイテムは痕跡もなくなるか、ただの道具に成り下がるかのどっちか。十字架とか短剣は道具に成り下がる組。ホーリー・クリスタルなんかは、人の手で加工されたもんだから粉々に砕けて消える。その時、クリスタルに宿ってる地の精霊は一瞬で逃げてくんだって。
 ごくたまーに、何らかの自然現象で自然のマジック・クリスタルが生まれる時がある。火山帯の中で生成されたクリスタルが、長い時間をかけて火の属性を組み込むとかして。そーいうマジック・クリスタルは、もんのすごっくバカ高く売る事が出来る。効果は同じでも、やっぱり希少価値ってもんがあるからね。ちなみにあたしは見た事ない。

出て行くあたしを見て「やっぱりな…」ってつぶやくレシテルを後に、あたしは先に出て行ったアレスを探し始めた。季節はまだあったかいけど、湿地帯が近いだけあって空気はちょっと湿っていた。

「あ、めっけ。アーレースっ」

村の広場にある大きな木の側にあるベンチに、ボーッとして腰掛けていたアレスの所にあたしは軽やかな足取りで近付いた。

まぁ、アレスも割とラフなカッコしてて、革のサンダルによれよれのシャツとハーフパンツ。…こいつは服を気にしたりなんかはしなかったり。まぁ、服買う時にあたしが同行してるから、割と格好いいデザインのなんかは選んでるつもり。でも、本人がヤル気ないもんだから、マメに洗濯したりなんかしないんだよねぇ。汚い…。

「大丈夫だった? さっきの。当たんなかったよね」

一応レシテルに避難をうながされたものの、あの無神経はカバン逆さにして中身ブチまけるもんだから、危なくもテーブルから落ちそうになった奴とかがある。

「…あたし思うんだけどさ、あのカバンにマジック・アイテムが詰まってたんなら、ショルダーバッグしか荷物入れてない訳でしょ? 結構大きめだけど、あれじゃあ着替えとか絶対に入んないよね」

アレスの隣に座って、あたしはそれまでずぅっと思ってた事を訊いてみる。多分、魔法かなんかで誤魔化してるんだろーけど、それにしては荷物があんだけってのは納得がいかん。

「…………………多分、服は皆同じだと思う」

しばらくしてから、アレスはボソッと答えた。

「ん? どーゆーコト? だってあいつ、見るたんびに服装違うよ?」

「…一つの服…上のと下のと靴と外套と、あのゴーグルとは、それぞれ元の形はあるけど、形を変える魔法で自由に色んなのに変えられる特別な奴だと思う。ダルディアで会った時は普通の服だったみたい。だけど」

ふーん…何か、凄ぇ事やってんだね。あいつ。でも、いいなぁ。それだったら服買う必要ないじゃん。自分で好きな形に変えられるなら、それ一個持ってればいいんだし。…………………だからリッチなガキは嫌いなのよ。

「つかさぁ、あいつ何でも出来過ぎでない? 強いわ有名だわ、美形だわ精霊には好かれてるわ、おまけに金持ち。何だかすっごく、存在自体が嫌味

貧乏生活に慣れちゃってるあたしは、かなりレシテルにひがんでた。

「…要素は多い様に思えるかもしれないけど、元は少ないよ。強いのは魔力が高いのと勉強してるから。あの武器も使えるらしいけど、元は魔法によるものが強いみたいだし。あと、顔がいいから精霊に好かれてるのもあるし、精霊を味方につけてれば強いのは当たり前だし、そしたら仕事も出来るからお金も作れる」

レシテルの存在に対して、あたしみたいな事は何も思ってないらしいアレスは、そう淡々と言った。まぁ、そーやって言われればそーかもね。天性のものと、努力と、周囲の環境による影響。

「………………でもなんかムカつくー…」

息を吐き出しながらあたしはそう言って、横に座ってるアレスの腕を組んだ。別に変な意味はない。昔っからだもん。

「ねぇ、いよいよだね」

小さい声で言うと、アレスは答えなかったけど頷いた。
 それからずっと黙ってたけど、あたしは何となく孤児院にいた時を思い出してた。あたしはまだ小さくて可愛い女の子で、アレスはまだこんなに馬鹿デカくなかった時。

孤児院の院長先生や、あたし達の面倒をみてくれたお姉ちゃんに怒られるたんびに、あたしは孤児院の裏にある大きな木まで行って、ずっといじけてた。今、突然に孤児院の事を思い出したのは、大きな木っていうのがきっかけだったんだと思う。
 アレスは何も言わなくてもあたしに付いて来て、あたしが泣いてたりブツブツ文句たれてたりするのを、ずぅっと聞いていた。今もあんまり変わんなかったりするけど、あの頃からあたしはアレスの優しさに頼りっぱなしだった気がする。
 優しいって言っても、アレスはリンみたいに気が利いたりする訳でもなんでもない。ただ、あたしの隣に黙っているだけ。求めた事には応えてくれて、それ以外の時は何も言わないであたしのやりたい事をやらしてくれる。それは、アレスなりの優しさだとあたしは解釈してる。
 孤児院で飼っていた犬が、あたしの不注意で首輪が抜けちゃって外に逃げて行って、後日野生の獣かはぐれ魔物か何かに殺されてしまった死体を見付けた時も、アレスは雨が降ってる中、あたしをずぅっと抱き締めていてくれた。

何も言わない。

でも、側にいてくれるだけであたしは癒される。
 そういう人を、小さな頃から持っていたあたしは、凄く幸せだと思ってる。

どんなに金持ちで、地位も名誉もあっても、自分を理解してくれる人がいないと、幸せとは言えない気がする。勿論、人にはそれぞれの考え方、価値観があって、幸せの尺度なんかも色々あるんだろうけど。

失いたくない。

強く、思う。

だから、何としてでもあたし達は生きて帰らないといけない。あたし達の事を大切に想ってくれていて、あたし達がまた笑って帰って来るのを待っていてくれてる人達のためにも。

「…絶対、帰ろうね」

つぶやいたあたしの頭を、アレスは黙ってなでてくれた。
 これがアレスとリン以外の人だったら、多分あたしは問答無用でブッ飛ばしてるだろう。あたしは気安く頭を触られるのが嫌なのだ。や、勿論、おばさん達なんかは別だけど。

レシテルはあたしの頭なでてくれる…ってもんじゃないもんなぁ。や、逆にあたしがなでてあげたい所なんだけど、奴はなかなかそれを許してくれない。
 レシテルもレシテルで、人に甘えるって事しない奴だよなぁ。まぁ、男の子だからどっちかっちゅーと自分に頼って欲しいって思ってるのかもしんないけど、まだ子供なのにね。や、子供ってゆったら怒るんだけどさ。

あたしは、レシテルが自分の事を強いって自信を持ってる事に関しては別にどーとも思わない。だって、その通りなんだろうし。でも、いくら強くても有名でも、やっぱり子供は子供だと思う。親や家族に優しくしてもらった記憶がないなら、他の人に家族になってもらって、優しさを分けてもらえばいいって思うのはあたしのワガママ、かな。
 だって、人に愛されないと人を愛する事の本当の意味なんて、分かんないって思うんだけどな。人に想われて、「あぁ、この人は自分の事をこんなに想ってくれてる」って感じて初めて、強くその人を守りたいって思う。少なくてもあたしはそう。

レシテルの動物に対する態度なんかは、ハッキリ言って好きじゃない。多分、奴には動物に優しさを与える事なんて、考えた事ないんじゃないだろーか。動物は人間以下の生き物で、人間に使われたり食べられたりして当たり前。そう考えている様に思える。
 それは多分、人に癒された事がないからだと、あたしは思う。人に愛されて、愛し返した事がないから。きっと、今まで凄く辛い生活をしてきたんだと思う。一人で生き抜かないとならなくて、他人にかまけてる暇はなかったんだろう。気が付いたら有名人になってたけど、その時になったら周りの人から見て自分はただの有名人で、一人の「人」じゃない。多分、それが凄く苦しくて、人に対して心を開くのをやめたんだと思う。
 これが大人だったら、まだ考え方も違うのかもしれないけど、愛される事が必要な年齢に愛されなくて、今難しい年頃だっていうのに、自分の地位や名声なんかがそれを邪魔してる。ハッキリ言って、可哀想だ。

だから、あたしはレシテルがあたしより強くても、甘えたいとか頼りたいとか思わない。他人を癒してあげたいとか、守ってあげたいなんかは、とんでもない思い違いで傲慢なのは分かってる。多分、レシテルにとってはいらないお節介なんだって事も。
 でもいつか、レシテルが人を好きになれればいいな、って思う。そしたら、レシテル自身の考え方なんかも、きっと変わっていくと思うから。いい方向に。

「ね」

あたしは何も言ってないけど、何となくアレスに同意を求めて言ってみる。

「うん」

だけど、アレスは頷いてくれた。そう、アレスのこんな所が好きなんだぁ。

と、

ドガンッ

いきなりベンチの背もたれを蹴られて、あたしとアレスは見事に前方に転がった。そりゃあもう、ギャグマンガの様なポーズで。

「なぁっ…?」

驚いて後ろを向けば、レシテルが片足を転がったベンチに乗せたポーズで、両腕を組んであたし達を見下ろしていた。このっ態度! いやぁ、こいつが大物になる理由がよぉく分かるわ。

人を足蹴にしても、何っとも思わない強靭なハート! 人を踏み付けてのし上がっていくには、まずこれが重要よねぇっ! いやぁ、その点レシテルは問題ないわぁ。きゃあああぁぁぁっ! ス・テ・キいいぃぃぃぃっ(怒)!
 あたしはこめかみをピクピクさせて、ゆっくりと起き上がった。

「何っ? 何の用!?」

せっかくこいつに関して、あたしが真剣に悩んでいてやったっちゅーのにっ! いきなりこの態度じゃ、優しい気持ちも引っ込むわ!

「お前にゃ用はねぇ。おい、スティーラーの変化作業しに行くぞ」

レシテルはあたしを一瞥した後、まだ地面に座り込んでるアレスにそう言った。アレスは、転がった目の前の地面に落ちていた葉っぱを拾って、それをまたじぃーっと見詰めてる。
 でも、レシテルにもう一度蹴り飛ばされると、痛そうな顔をして立ち上がった。この野郎。アレスを蹴っていいのはあたしだけなのよっ。
 で、二人はスティーラーを置いてある宿の裏手の方に行ってしまうので、何となくあたしも仕方なく付いて行って、宿に戻った。そーいえば、レシテルに属性つけてもらった(多分やってくれたと信じてる)あたしの武器はどーなったんだろ。

食堂に行って、夕食を食べていたテーブルを見てもそこには誰もいない。あれ? リンの奴どこに行ったんだろーか。レシテルは手ブラだったから、多分あいつが持ってると思うんだけど…。
 部屋にいるのかと思って、あたしが引き返そうとした時リンの声がした。

「キラ」

ん?

振り向いたら、食堂とはついたてで隔たれているバーの方から、リンが身を乗り出してあたしを手招いてる。あぁ? 酒も飲めないくせに、バーにいるたぁ…。
 リンもいる事だし、あたしは一緒に一杯やろうと思ってバーに向かった。そう、この宿にはバーが入ってるのだ。村に酒場は別にちゃんとあるんだけど、宿の御主人の趣味なのか、結構イイ感じのバーだった。

「ナニ背伸びしてんのよ」

あたしはそう言ってリンの後ろ頭を小突き、リンの座っているカウンター席の隣に座った。あ、ナルホド。バーテンダーは美人なお姉さんだった。お姉さんって言うにはちょっと年期入ってるけど。
 あたしはバーテンのお姉さんにカクテルを注文すると、リンにあたしの武器を返してもらう。

「これ、ちゃんと属性つけてくれた? あいつ」

あたしがそう訊くと、リンはちょっと笑って言った。

「あぁ、念入りにやってましたよ」

ふーん、一応はやってくれたんだ。良かった良かった。よし、これで戦えるぜ。

「あたし、これ飲んだら寝よー」

バーテンのお姉さんが、あたしの前にちっちゃなカクテルグラスを置いてくれ、それにシェイカーからカクテルを注いでくれた。

「あんたも、今のカクテル(ノンアルコール)なくなったら一緒に上あがろ?」

明日は敵の所に乗り込まなきゃなんないし、明日に備えて今日は早めに休んだ方がいい。

「キラ…。明日は大切な日だっていうのに、俺の体を求めてるんですか…? いいですよ、時間をかけてゆっくりと愛しブッ!

………………ナニ考えてんだ、こいつは。

「ったく、緊張感のカケラも無いなぁ、あんたは…」

あたしは溜め息交じりにそう呟いて、グラスに口をつけた。

「キラ、レシテルと話しました?」

「へ? 何で? あいつ、スティーラー大きくするからアレス呼びに来て、それから二人で行っちゃった」

「………………………キラ、アレスといたんですか?」

「?うん」

リンは何故が大きな溜め息を吐いて、両手で顔を覆った。

「何? どーしたの?」

あたしがリンのちょっと長めの髪をつんつんすると、リンは青い目であたしを見た。うーん、綺麗な色。リンには勿体無い。
 リンは何かを言いかけたけど、リンを見詰めていたあたしから目を泳がせると、薄い唇を一文字に結んだ。何だ? この態度は。

「や、何でもないです」

「何でもある顔でしょっ?それは」

あたしはリンの顔を両手で挟むと、ぐいっとこっちに向ける。いつもなら、こんんな事すれはリンは「ジュッテームッ! やっと俺の愛を受けとめてくれるんですねっ」とかいいながら抱き付いてくる所だけど、それをしない。リンは思ってる事がすぐに顔に出る分かりやすい性格だから、あたしはそれを見逃す程の馬鹿じゃない。

「にゃ、にゃんれもないれふっへは」

う? 強くほっぺ押し過ぎたか。

「レシテル、何かあたしに話あったの?」

手を放してそう尋ねると、リンは言いにくそうに答える。

「……………うーん…まぁ、何かちょっと話はあったみたいでしたけど、言わなかったんならそんな大した用事じゃなかったんじゃないですか?」

ふーん? ま、そー言われればそれもそーだよね。
 ま、あいつの事だから武器に属性つけてやったんだから感謝しろとか何とか…。そんな辺りだろう。ふん、無視無視。
 あたしはリンに話を聞き出すのを止めると、自分のカクテルを味わうのに専念し始める。うーん、ダルディアの馴染みのバーとはまた違う味わいが…。

「ねぇ、キラ」

リンは、まだ何となく何か言いたそうな顔をして、またあたしに話し掛ける。
 何、さっきから。

「あの、今日寝ちゃわないで…もうちょっと起きてて…その、レシテル、用事思い出すかもしれませんし…」

何だかリンらしくない変な言い方で、リンはあたしに言う。何? レシテルとあたしを話させたがってんの? なぁんか、そーいうの好きじゃないなぁ。

「別に、レシテルがそんなに話あんなら、あっちから出向いて来るでしょ?」

あたしはそ―言うと、カクテルを飲んでしまい、バーテンのお姉さんに御馳走様を言うと部屋に戻った。リンが何か言いたそうにあたしに向かって手を伸ばしてたけど(ちょっとエンギ臭い)、あたしはそれを無視した。結局、「一緒に上に行こう」とか言っておきながら、一人で部屋に戻ってしまったあたしだった。

それにしても、何でレシテルがあたしに話すんのに、リンが気ィ回さないとなんないのさ。そこまで面倒見る歳でもないんだから、放っておけばいーのに。
 で、レシテルがあたしの部屋を訪れる事もなく、いよいよ敵地に乗り込む日がやってきた。

  

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