いよいよ。ついに、ついにこの日が来た。
あたし達は昨日泊った村を早朝に出て、村の入り口に事務所を構えているマンディー社の社員さんに、あたし達のエキドナちゃんの世話を頼んだ。昨日、村に入る時にも一回お世話を頼んだんだけど、しばらく(と言っておいた)ブルゲネス湿地帯に行くからって言うと、こんな田舎(失礼)にまでも連絡は行き届いていたらしく、快く承諾してくれた。
レシテルの姿を見ると、彼ら(女性の社員さんもいたけど)は英雄を見る様な目つきで、眩しそうに奴を見ていた。……………そんないいもんかなぁ。で、目的は良く分かってないみたいだけど、レシテルがやる事だからヴァンパイア・ハントだと思って(や、そーなんだけどさ)、それぞれ激励の言葉なんかを言っていた。ちなみに、あたし達の存在は無視されてたり…。
朝食は宿屋でしっかり摂って来た。腹持ちの良さそうな物を、朝からガツガツ食べるのはちょっと辛かったけど、これからどーなるか分かんないからしっかり食べる。こーいう時、肉や魚を食べないレシテルが凄く心配なんだけど、今までずっとそーやって来たんだから…大丈夫…なんだろーけど。
で、巨大化した(この言い方するとレシテルは怒る)スティーラーに乗って、あたし達はブルゲネス湿地帯に向かったのだった。
行けども行けども湿地帯。村のあった方はしばらく普通の湿地帯の姿だったけど、スティーラーでしばらく進むと湿地帯の背の高い草の中に、あいつらの姿が混じり始めた。
『げええええぇぇぇ…………』
あたしとリンは、二人してお下品な声を上げてしまった。この間、レシテルと二人で偵察に来た時は夜だったから、あんまり分かんなかったけど、昼に見たら気持ち悪い気持ち悪い………。緑の草の中に、灰緑色の何かがもそもそうごめいてる。アレスが持ってる(レシテルも持ってるかもしんない)『遠見』の魔法でも使えば、リザードマン達が皆こっちを見上げてるのが見えただろう。うへぇ…。
「…だからこないだ慣れておけってゆっただろ」
スティーラーを制御しながらレシテルが言う。前方を向いたまんまだけど、何故かあたし達がリザードマンを見て辟易としてるのが分かったらしい。ちなみに、巨大化してるし乗ってる人数も多いし、水鉄砲を食らわない様に高度を高く保たないとなんないので、いつもの様にはいかない。かなり集中して制御してる。
「………………こないだと全然違う……」
あたしは泣きそうになりながら、レシテルに言った。だって、慣れておけってゆわれても、夜になんにも見えないのと、昼間にこんなにクリアに見えるのとじゃ練習の意味がない。
「文句ゆーな」
レシテルはそれだけパツッと言う。やっぱり、ゴチャゴチャ言い返してる余裕はないらしい。
あたしが気持ち悪がりつつもリザードマン達を見てると(わかってくれるよね、この気持ち…)、リンはあたしの隣からスティーラーを揺らさない様にこそこそと移動して、レシテルの所まで行く。
んで、何かボソボソ言ってるけど………。
「うるせぇ! もぉいーんだよっ!」
ドゲンッ!
あ、蹴られてる。何だよ何だよ…………。
今回のスティーラー巨大化作業なんだけど、いつヴァンパイアの屋敷から出られるかわかんないから、その分地の精霊との契約期間を延長してる。普通なら、そーいうハッキリしてない契約はあんまり出来ないらしーんだけど、レシテル精霊キラーのお力で何とかなったらしい。
あ、そーだ。ちょっと思ってた事、訊いてみよう。
「ねぇ、レシテル。今、どー見ても朝だと思うんだけど、屋敷に乗り込んだはいーけどヴァンパイア達が皆寝てるなんて事…」
「ねぇよ」
あたしがそろそろと質問すると、レシテルはズパッと即答する。あれ?でもヴァンパイアって夜行性なんじゃないの?
「…………一つ言っとくがヴァンパイアだからって、十字架とか聖水とかにんにくとか…そーいう事考えるの止めとけよ。朝の光に弱いとか、棺桶で寝てるとか…」
『えぇえぇぇえぇぇえぇぇぇぇぇえぇぇえぇぇえええぇえぇぇっ!?』
あたしとリンの声が、見事にハモった。
あ、レシテル振り返った。なーんか、すんごい顔してる。
でもすぐに顔を戻すと、話の続きをする。
「……………まぁ、高位魔族だから詳しい事は一般人にはあんまり知られてねぇな。俺様とした事が、庶民の頭の中身をすっかり忘れてたぜ」
ムカ。まぁた庶民つった。
「……何で? 高位魔族だから、あんまり専門的な事知らない一般の人でも知ってんじゃないの」
あたしがレシテルのあげ足を取ってやろーとそう反撃したら、思いっきり馬鹿にされた。
「庶民にまで回ってるよーなガセ知識と、俺様みたいなプロフェッショナルの知識を一緒にすんな。いいか? お前らが知ってんのは、庶民が勝手に尾鰭、背鰭つけた迷信だ。本物の高位魔族がにんにくで死んでどーすんだっ! ……ったく…」
レシテルはほとほと呆れ果ててんのか、動揺してんのを悟られない様にそっと耳のピアスをいじる。ふーんだ、あんたのクセはもう見抜いてんだよ。……でも、レシテルが本気で動揺するくらい……あたし達のヴァンパイアに対する予備知識って…愚かなんだろーか。
ちょっとショック受けたり。だって、本当だって思ってたんだもん。や、属性つけたブーメランとかで戦うつもりだったけどさ、いざ敵に近付かれた時なんかは十字架とかにんにくとか使おうと思って、臭くなるの覚悟でウエストポーチに入れてたり…。
あ、ついでに言っとくけど、あたし達のテントとかシュラフなんかの大きな荷物は、村の宿に預けてる。あんなもん持ったまんま戦えないもんね。あたしの大切な芥子色のリュックも宿。
「なーんだぁ…。や、あたしさ、スー・ガワ通販の速達コースで『これで安心! ヴァンパイア撃退セット』なんてもの買っといたんだけど…二万五千シェル損しちゃった。にんにくと十字架と聖水十本セットと銀のスプーン五本セットなんだけどさ…」
む?また振り向いた。またしても、すーんごい顔してる。
スー・ガワ通販てのは、最近出てきた新鋭通販企業。何か、アヤシイものが多いって話なんだけど、ヴァンパイアに対抗出来るアイテムをカタログに載っけてたのここだけだったんだよねぇ。
「…………………………お前は馬鹿か…………………。しかも銀のスプーンって何だよ………………」
何だかものすごーく、ダメージ受けた声してる。ちょっと肩が震えてたり。さっきよりも激しくピアスいじってる。
あれ? 銀のスプーンってヴァンパイア撃退アイテムの中に入ってなかったっけ?
「んじゃさ、何が効くの?」
「………………お前の武器には俺様が直々に聖属性つけてやったんだから、それでいーだろ!? あと、アキュペイション・コーディネーターから餞別でホーリー・クリスタルもらったんだからそれで間に合うっ」
……ナニ怒ってるんだろ。あ、忘れたかもしれない人のためにもう一回説明してみるけど、レシテルの言った舌噛みそうな長い名前は、クロの職業である仕事屋の正式名称。
あたし達があんまし緊張感の無い会話をしてる内に、巨大化したスティーラーはそろそろリザードマン達が水鉄砲を仕掛けて来る地点までやって来ていた。
「あー、アレス、リン。そろそろ水鉄砲来るから心の準備しといた方がいいよ」
レシテルと会話をしながらも、あたしは結構ずっとリザードマンを監視してたりした。んで、奴らの雰囲気とこないだの感覚から、そろそろだと踏んだのだ。
「うへええぇぇっ!?」
リンが情けない声を上げる。まぁ、無理ないな。リンは水鉄砲をまともに食らっちゃったんだから。内臓ちょっとやられた上に、十数日間寝込んでたし。トラウマが出来ても仕方ない。あたしは怯えるリンを慰めた。
「大丈夫だって。あたしがこっからあんたの事蹴り落とさない限り、このスティーラー大分高い所飛んでるし、届かない届かない」
「キラ、励ましてるんだか脅してるんだか分かんない……」
アレスが突っ込む。あは、やっぱバレた? だって面白いんだもーん。
ズゥオゴオオオォォオォオオォオォオォォオオォォオッ!!
うわっ! 来た来たぁっ!
「うわっ」
リンが頭を抱えてしゃがみ込む。…いや、しゃがんでもねぇ…。
おっかなびっくり下を見ると(恐いもの見たさ)、リザードマン達の姿どころか湿地帯すら見えない位に、激しく水鉄砲がスティーラーに向かって吐き出されてる。うっわぁ、こりゃ壮観だわ。噴水を上から見たら、多分こんなカンジなんだろーなぁ。
「…………………見えて来たぜ」
リザードマンの水鉄砲には何の反応も示さなかったレシテルが、前方を睨んだままそう言った。言われて、あたしはリザードマン達を見るためにスティーラーから身を乗り出していた体勢のまま、首だけを上げて進行方向を見る。
明るい時に見れば、あの不気味さも半減してるだろうと思ってたけど、その考えは甘かった。うっそりと佇む屋敷を一目見ただけで、それまでリザードマンの水鉄砲を見て喜んでた(実は面白かった)あたしは一気に緊張する。
「うわ………」
リンも緊張した声を漏らす。
何てゆーのか、その屋敷はそこに存在してるだけで不気味な魔力の様なものを発している。背中にゾクゾクとしたものが流れて、あたしはゴクリと喉を鳴らす。まぁ、確かに視覚的には夜程の不気味さは無いんだけど、やっぱり存在の持つ力っていうものは変わらない。
前にここまで来た夜は空から眺めてるだけだけど、レシテルの制御するスティーラーはゆっくりと高度を下げていた。リザードマン達は、屋敷の近くにはいない。まぁ、ヴァンパイアからすればリザードマンなんかには近付いて欲しくないんだろう。
それまでリザードマンにも水鉄砲にも反応を示さなかったアレスが、ちょっと顔を動かして屋敷を見る。何か思ってるんだろうけど、表情には出さなかった。
「……着地する。俺はこいつの処理があるから、お前らは回りに注意してろ。奴らは外に出る事はねぇから、入り口にだけ注意してればいい」
何だかレシテルの声、結構辛そうだ。大丈夫なのかなぁ。
あたしはちょっとレシテルを見てから、太腿の所にバンドを通して留めてあるブーメランを手にとった。リンも腰に下げている剣に手を這わせる。アレスは特に何も無いので、ちょっと様になんない。
魔導士では、スタッフなんかを使って魔法を行使する人もいるけど、アレスは使わない。理由は持ち歩くのが面倒臭いし、多分すぐどっかに置き忘れそうだから…ともなんともふざけた理由だったりする。
スタッフを持つ事と持たない事の違いは、まぁ手持ちの武器がある無いって言う事と、スタッフ自体にマジック・アイテムとしての効果がある場合は、そのスタッフを発動させる言葉を言うだけで、ある程度の攻撃は出来るっていう事。普通のスタッフとしての役目は、精神を集中させるための道具。後はまぁ……魔導士としてのスタイルっていうか。
スティーラーは屋敷の正面入口にフワリと着地した。
あたし達三人はバッと三方に降りて、周囲の気配を探る。……大丈夫。今の所、敵の気配はない。
レシテルはその間、ちょっと長めの呪文を唱えている。レシテルが手に持っている結晶みたいなものを掲げて、最後の一言を唱え終わるとスティーラーはその姿を消した。うわっ? ナニナニ?
「あっ」
いきなりレシテルがぐらりと体勢を崩す。やっぱり無理だったんだってぇっ! 一人でやるなんて言い張るからっ。アレスにでも何でも、手伝わせれば良かったのに。
あたしは咄嗟にレシテルに駆け寄って、その細い体を支える。けど、レシテルはあたしが触れるや否やあたしの手を振り払った。
「大丈夫だ」
険しい顔でそう言うけど、レシテルの顔は青い。元が色白なだけに、一層顔色が悪いのが目立つ。
「少し休んでからにしよ。ここなら大丈夫みたいだから」
手を振り払われたのはちょっとムッと来たけど、今はそんな事をやってる場合じゃない。もう、敵の本拠地に着いたから引き返す事は出来ないけど、ここで休んでから攻め込む事は出来る。大きな戦力になるレシテルが万全じゃなかったら、あたし達は全滅する可能性がぐんと高くなる。
でも、レシテルはコートの胸ポケットから小さな石を取り出すと、それを握り締めて小さく呪文を呟く。すると、手の中の石は瞬間的に砂に変わると、革の手袋に包まれた手の隙間からサラサラとこぼれて落ちた。レシテルはそれを三回くらい繰り返す。レシテルはカバン類は何も持って来てない。コートや服のポケットに小さなアイテムを入れていて、後は武器だけ。
「……………魔石を使った。これで大丈夫だ」
心配して見詰めるあたしに、レシテルは三つ目の石を砂に変えると顔を上げて、いつもの不敵な笑みを浮かべた。魔石で魔力を補給したのはいいけど、体力なんかはどーにもなんない。不安なのはまだ残ってるんだけど、あたしは何だかその笑みを見ると安心した。
「ねぇ、スティーラーどーしたの? 消えちゃったけど」
レシテルの体調も心配だけど、帰る手段が無いのはちょっと絶望的だと思う。
「この結晶体に封印した。ここに置いたまんまで、奴らに破壊されたらどーにもなんねぇからな。戻す時は一言で戻る様になってるから、逃げる時でもすぐに脱出できる」
あたしとリンは安堵の溜め息を吐く。でも、それで緊張が解けた訳じゃない。つか、解けたら困る。
そして、あたし達はレシテルを先頭にヴァンパイアの屋敷へと侵入したのだった。
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