ヴァンパイア・ハンターレシテル・エディレの実力」

屋敷の内部は照明が灯されているけど薄暗く、何となく肌寒かった。生意気にも屋敷内部の装飾品とかは結構豪華で、センスのいい物だった。持ち帰りたい所だけど、逃げる時に体が重くなったら困る。今回はお宝じゃなくて、ヴァンパイアを倒すのが目的なんだから。と自分に言い聞かせつつ、あたしはチラチラとそれらを横目で見ていた。
 正面入口から中に入ると、そのまま屋敷の中庭に通じていた。薄暗い中庭で、高い所に天井があってそこにはシャンデリアが朧な光を放っていた。植物が整然と植えられていて、真ん中にはプールなんてある。で、そのまま中庭と屋敷の一階を繋げているドアから、あたし達は屋敷内に侵入して上に上がる階段を探してる所だったりする。

「……………レシテル、奴らって何処にひそんでるの…?」

緊張でかすれた声で、あたしは先頭を行くレシテルに訊く。レシテルはさすがに場慣れしていて、悠然と歩を進めている。進む順番は、レシテル、あたし、アレス、リンの順番だ。レシテルが言うには、ヴァンパイアはあんまり後ろから襲って来る事は少ないらしい。何でも、奴らなりの美意識で、それはスマートじゃないんだそうだ。でも、念のために一番後ろにリンにいてもらってる。
 自分達を浄化しに来てる人間に対して、スマートもなんも無いんじゃ…とか思うけど、奴らはそれ程にまで自分に自信があるらしい。まぁ、それでレシテルに殺られてるんじゃしゃーないけどね。

「…………特にどっかに隠れて俺達を狙ってるって事は、滅多にねぇな。大体は広間かどっかに大勢でたむろって、くっちゃべったりしてる。そこを一網打尽だ」

……………………………何だかなぁ。

「まだそんなに緊張しねぇでもいいぜ。奴らが近ければ、俺様が真っ先に気付くから」

レシテルの軽い口調に、あたしの緊張は少し緩む。
 コートの両ポケットに手を入れて、頭を少し後ろにそっくり返らせてレシテルは歩いてる。レシテルのオリジナルだって言うでっかい武器は、やっぱりレシテルと同じ位の大きさがある。

「相手がフォレスタじゃねぇ限り、お前らを死なせる事はねぇから安心しな」

いつもなら自意識過剰だって馬鹿にする所だけど、今のあたし達にはレシテルのその言葉が物凄く頼もしく感じられた。あたしは、ブーメランを握ってる手を外して、てのひらにかいている汗をショートパンツにこすりつけて拭う。
 ブーメランなんて、そんなに威力が無いだろうって思われ勝ちだけど、あたしの愛用してるブーメランはなかなかの優れものだ。ブーメランを投げると、回転する遠心力で縁の所にぎらりんとした刃が出てくる。標的に当たるか折り返しの部分で曲がって戻って来る時には、出た刃はちゃんと収まってあたしの手に戻ってくるのだ。ふふん。スグレモノだろう。

多分、横に長いこの屋敷の造りだと、屋敷の端の方には必ず階段がある筈だと踏んで、あたし達は適当に(レシテルが)決めた方向に向かって進んでいた。いやぁ、馬鹿みたいに広い屋敷だけど、十分くらい歩くとやっと端っこが見えて来た。

「あ、階段見っけ」

やっぱり(レシテルが)予想した通りに、華奢で上品なデザインの手すりが付いた階段が、突き当たりより一部屋分こっち側にあった。つか、あたし達は初めてヴァンパイアのすみかに来たもんだから、かぁなぁり緊張してて冷静な判断を下す事が出来ないでいた。恥ずかしい話。だから、心の底からレシテルがいてくれて良かったって思ってる。
 真紅の絨毯(お決まり)を踏み締めながら、あたし達は階段を上る。足元は絨毯だから、足音が吸収されて微かな足音しかしない。静まり返っているのが余計にあたし達を緊張させた。

「…………まぁ、空から見た限りじゃ三階が広間だな」

ドキンッ

あたしの心臓が跳ね上がる。

今……階段を上ってるから、次に二階、それから三階になる。
 自然と、あたしの歩みは遅くなっていた。後ろから、アレスがそっとあたしの背中を押す。

振り向くと、アレスは緊張した顔だけどあたしに向かって微笑んでくれた。あたしはぎこちなかったかもしれないけど、アレスに微笑み返して再び前を向いて歩き出す。歩きながら、ブーメランを持っていない方の手を後ろに出すと、アレスは後ろから手を握ってくれた。

大丈夫。

「行くぞ」

レシテルがあたしを振り返って、短く言った。レシテルとあたしの間は階段十段分くらい開いていた。あたしはアレスの手を一瞬強く握ると、手を離して再び階段を上り始める。
 屋敷の造りは、一、二階がロの字型になっていて、多分三階がぶち抜きで広間になっているだろう、っていうのがレシテルの予想だった。四階はどうなってるのかは分からないけど、今の一応の目的地は三階の大広間。
 緊張したまま階段を上り、とうとうあたし達は三階に到着する。

三階はそれまでの造りとは違って、階段を上りきると左側は今までと同じ様に一部屋あるけど、右側は巨大な扉が立ちはだかっていた。

脚が震える。

ブーメランを持つ手も酷く震えていて、あたしは上手く投げられる自信がなかった。唇はカラカラに乾いて、鼓動は馬鹿みたいにあたしの体内で脈打ってる。
 扉はその巨大な姿全体に、黄金と真紅のビロードを使って模様があしらわれている。両開きの扉の真ん中に、十字架を逆にした様な形が黄金であしらわれていて、その形の上には多分月を表していると思われる模様がある。
 その他には特に意味を持っている様な模様はなくて、黄金が優美な装飾を形取っている。扉は本当に巨大で、てっぺんの方を見上げると屋敷全体を覆っている薄暗い闇に、形を霞ませていた。その時に気付いたけど、天井にはずっと絵画が描かれていた。レシテルが言うには、ヴァンパイアの生誕をつづったものらしい。

「………………覚悟は出来てるか? ……まぁ、多分大方は俺様が秒殺しちまうから、気分的には奴らの顔拝む程度でいな」

レシテルがあたし達を振り向いて、軽く笑ってそう言った。あたし達を励ましてるんでもなくて、緊張を解そうとしてるんでもなくて、本当に心からそう言っていた。
 
 綺麗に整った顔には、何の気負いも無い。いつも通りのレシテル。

レシテルは初めてあたし達の前で、握りの部分に長いチェーンが付いてるでっかい武器をホルダーから抜いた。あのチェーン何のために付いてるんだろ。邪魔じゃないのかなぁ。
 武器はパッと見大剣みたいだけど、握りの部分はレシテルが持ちやすい様に改造されていて、サーベルみたいに手の周りを金属が覆う形になっている。で、剣身の部分は普通の剣みたいにのっぺらとしてるけど、刃のあるぐるり部分と剣を横に切る様なカンジで、細かい線が入っていた。

「………………何か、フツーの大剣に見えるんだけど…」

あたしが正直な感想を述べると、レシテルは不敵に笑う。

「まぁ、見てなって」

そう言って扉に手を掛けてあたし達を振り向く。無言で「いいか?」って訊いていたから、あたしは瞬間的にアレスとリンを振り向いて、二人に思いっきり抱き付いた。

「……………大丈夫、生きて帰ろう」

震える手で力一杯抱き締めると、あたしはやっぱり震えている声で二人に言った。

「うん」

アレス。

「…何があっても、俺はキラと結ばれるまで死にませんから」

リン。

ちょっと顔色を悪くしながらも、そうやって軽口を叩くリンにあたしは無理矢理笑顔を作った。

「よし、レシテル、オッケ」

あたしは両頬を平手でピシャンと叩いて、あたし達を待っていてくれたレシテルに言う。レシテルは赤いゴーグルを装着すると、口元で笑って何も言わないで扉を押した。

そして、あたし達は初めてヴァンパイアと対面したのだった。


「よぉっ! 兄弟! 一緒にパーティーやろうぜっ」

勢いよく扉を開け放つと、レシテルは巨大な空間に向かって声を張り上げた。
 あぁっ! 馬鹿! わざわざ刺激すんなぁっ!

大広間って言葉では足りない位の巨大な空間には、大勢のヴァンパイアがひしめいていた。天井からは豪華なシャンデリアが釣り下がっていて、その下で正装してダンスをしていたり談笑していたりしていたヴァンパイア達を照らしている。楽器を奏でているヴァンパイアや給仕をしてる奴なんかは、レシテルの言う所の下級ヴァンパイアらしかった。
 でも、ヴァンパイアって言ってもその姿はあたし達とちっとも変わらなかった。あたしが想像していた、目が紅くて顔色が悪くて、牙が生えていて耳が尖っていて…っていうイメージは根本から突き崩された。

一番近くにいた初老の紳士タイプのヴァンパイアが、上品な笑みを浮かべてあたし達に言う。

「……………見た所、君達は人間の様だけど………下賎な人間達が、我が高貴なるヴァンパイアの一族に、何の用かな?」

血色の液体が入ったワイングラスを片手に、そのヴァンパイアは言った。

「手前らの親玉は何処にいる」

レシテルがさっきの陽気な声とは打って変わって、凍り付きそうに冷たい声でヴァンパイアに言った。明らかに蔑んでいる声。

「………………我らの長は…ほら、中央でダンスをしている所だが……。私は、君達に何用かな? と訊いているんだがね」

紳士ヴァンパイアは、終始にこやかなままレシテルに尋ねる。
 紳士ヴァンパイアに言われた通りあたしは何となくにホールの中央を見たけど、黒い正装に身を固めたヴァンパイアはそりゃあ大勢いて、どれが紳士ヴァンパイアの言う「長」なのかは分からなかった。

それよりも、あたし達は初めて見るヴァンパイアの姿と自分達が抱いていたイメージとのギャップのショックで、凍り付いた様に二人の遣り取りを見ているしか出来なかった。もう、動く事も出来なければ、声を出す事も出来ない。ただ、あたし達は圧倒的な存在の前で固まっていた。

レシテルはまたも紳士ヴァンパイアの言う事を無視すると、大広間中に響き渡る声で言った。

「俺様はレシテル・エディレだ! お前らみてぇなボンクラでも、一回は聞いた事があるだろっ? 今から俺様がお前らを一匹残らず浄化してやっから感謝すれ!」

そう言い様、レシテルは目の前の紳士ヴァンパイアを一刀の元に切り捨てた!

本来なら普通の武器で切ってもヴァンパイアはすぐに復活するんだけど、レシテルの武器はかなり強力な聖属性の魔法がかけられてるらしくて、紳士ヴァンパイアは物凄い表情をしたけど絶叫を上げる間も無く、文字どおり痕跡もなく消えた。

レシテルの大声が大広間中に響き、同時に仲間の一人が殺られた事もあって、瞬間大広間は物凄い敵意に包まれた。音楽も止み、ダンスをしていた者も動きを止め、大広間のヴァンパイア全員が              こっちを見た。

静寂。

あたしは失神寸前で、歯をガチガチ言わせながらヴァンパイア達の視線を受け止める。

恐い。
 恐いなんてもんじゃない。本当の、恐怖。

動く事すら出来ない、カラカラに乾いてた唇を舐めて湿らす事も出来ない。
 後ろにいるアレスとリンも、同じ様な状態らしかった。指一本動かす気配がない。

「手前らに存在してる価値なんてねぇよ          消えな」

レシテルは静かに、ただ静かにそう言って、武器の握りあたりにあったチェーンを引っ張る。ジャキンッていう音がして、刃の部分が細かく立ち上がってギザギザが現れた。もう一回チェーンを引っ張ると、物凄い派手な音をたててその細かいギザギザが回転し出した!

何じゃこりゃぁっ!?

同時に、ヴァンパイア達が不気味な声をあげて一斉にあたし達に向かって襲いかかって来る! 動けないあたしはどーしよもなくって、ブーメランを握り締めた手をガタガタと震わせる事しか出来なかった。

ギュオオオォォオオオォオオォオオンッ!

あたしに知覚出来たのは、レシテルがロングコートを翻して跳躍した事。そしてレシテルの武器がたてる物凄い音。それから次々と消滅していくヴァンパイア達の苦悶の表情だった。

一つ一つが、やけにスローモーションにあたしの目に映る。

何故かゴーグルをしていても確認する事の出来た、レシテルの凄まじい目。感情ってものを全く感じさせない目だった。周囲にいたヴァンパイアをまとめて数体消滅させても、その目は微かにも揺らぐ事はない。

音が          聞こえない。

レシテルの形のいい唇が、歪んだ形で笑った。でも、目には何の感情もない。
 この世のものとは思えない、ヴァンパイア達の凄まじい表情と絶叫を耳にしながら、あたしの耳は何故か音を認識していなかった。

目に映るのは、レシテル一人。

細い体からは想像も出来ないくらいの運動量で、次々とヴァンパイアを消滅させてゆく。ロングコートが大きく翻って、まるで闇色のマントみたいにレシテルの体にまとわり着く。シャンデリアの光に当たって、鈍い光を放つシルバーのアクセサリー。黒い羽根のマフラーが、レシテルがモーションをとるごとに、その場に似つかわしくない優雅で繊細な動きで揺れた。

レシテルが狂った様な笑い声をたてる。

ヴァンパイアは物凄く大勢いたのに、もうその数は半数以下になっていた。
 固まってるあたし達を狙って来る奴もいたけど、レシテルの武器のリーチが長いもんだから、近付く前に浄化されていた。断ち切られた部分から、霧の様なものを出して空中に消えて行くヴァンパイア達は、物凄い表情をしながら最後にあたし達を睨み付ける。

床を踏み鳴らして着地したレシテルが、飛び掛かってきた低級ヴァンパイアを細い脚で蹴り飛ばしてから、冷たく歪んだ声で死刑宣告をする。

まるで、細い月の様に、鋭利で冷たくて、孤独な声だった。

「これで終りにしてやるよ」

そして、高く掲げた武器を思いっきり振り下ろすと、レシテルの武器は等間隔に線が入っていた所が分離して、カンカンカンカンって小さな音を立てながら次々と外れて行く。外れたパーツの真ん中は、丈夫なワイヤーの様な物で繋がれていた。

そして、振るった時の勢いが死んでしまわない内に、レシテルは大きなモーションで武器を鞭の様にして扱い、残りのヴァンパイアを一網打尽に      滅殺した。

あたしは、レシテルが           恐かった。

ヴァンパイアよりも、何よりも、レシテルが恐かった。

  

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