「明かされる真実・始祖 フォレスタ」

「……………………」

全てのヴァンパイアを倒すのに、本当に時間はかからなかった。

数が多かったから、全てを消滅させるのには数分かかったけど、皆が言う通りに十体あたりに対する時間を換算すれば、本当に秒殺だった。
 武器を元の状態に戻すと、レシテルは背中のホルダーに収めてあたし達を振り返った。
 その目はほんの一瞬だけ、あたし達がレシテルに感嘆や尊敬の感情を表す事を求めていたけど、あたしの表情を見た瞬間にそれは無くなった。

代わりに現れた感情は        失望、諦め。
 そして             自嘲。

あたしは悟った。

レシテルはこの人外な強さがあるから、他人から恐れられ、疎まれて来た事。
 人を愛してないから愛されないんじゃない。
 愛したくても、誰も振り向いてくれないんだ。
 本当のレシテルの姿を見れば、誰もが恐怖する。

そして、あたしもその一人だった。

「……………何も言わなくていい」

レシテルは静かにそれだけ言った。

あたしの目から、涙がこぼれる。

それを革手袋をはめた手で、レシテルはそっと拭った。

「…………お前のせいじゃねぇ」

物凄く傷付いた目で、それでもレシテルはあたしを責めずにいてくれた。
 あたしの思い上がりも、あたしの傲慢さも、全てを許してくれていた。

あたしはレシテルを仲間だと思っていた。
 新しい家族になりかけてるって思ってた。
 レシテルを好きになってた。

でも、駄目だった。

あたしがいきなり泣き出した理由を、レシテルはすぐに理解した。多分、これまでにも同じ光景があったんだろうか。

「……………行こうぜ、フォレスタは現れる。この上だ」

レシテルはあたしの後ろに、同様にして立ち尽くしているアレスとリンに向かって言った。吹っ切れた声。

大勢のヴァンパイアがいたとは思えない、ガランとした大広間の真ん中を通って、レシテルは先頭に立って大広間の奥にある階段に向かった。四階に続いている、幅の広くて立派な階段。

あたしは泣きながらレシテルの華奢な背中を追う。

アレスとリンは、あたしを放っておいてくれていた。今のあたしにはそれが一番楽だっていう事が分かっているから。
 ヴァンパイア達のざわめきも、優雅な音楽も、全ての音を失ってしまった空間であたしの泣きじゃくる声だけが虚しく響く。

 「………いつまでも泣いてんじゃねぇ。お前ら、フォレスタにヤキ入れるために俺様の協力を要請したんだろ? 目的が目の前にあんだ、しっかりしねぇか」

 レシテルがあたしに激を入れるけど、それはいつもの憎たらしい声じゃない。不思議な程に優しい声だった。そして、あたしはその優しい声が物凄く悲しかった。
  その優しい声は、今までのレシテルを失ってしまった証明だった。

 それを分かっていたから、あたしは悲しかった。

 「………………うん、ゴメン」

 あたしはレシテルの事について考えたり泣いたりするのは、後回しにしようって決めた。今は、あの物凄い強さを持つレシテルでさえ自信が無いっていう、始祖フォレスタを相手にしないとなんない。

 あたしとアレスの家族を奪い、アレスに大きな苦しみを与えた存在。

革のグローブで乱暴に目元をこすると、二、三回瞬きをして涙を払って顔を上げる。
 あたしはキラ・セビリア。
 こんなにメソメソする女じゃない。

 辛い事、苦しい事、何よりも今レシテルに対して申し訳ないって思う気持ちはあるけど、今は、今だけは、それを忘れて強くてしたたかな盗賊に戻らないといけない。
 自分で自分に喝を入れて、あたしはこっちを見てるレシテルに笑顔を向けた。

 「ごめんっ! もー治った。さ、行こっ」

 多少無理矢理だけど、あたしは元気を取り戻してそう言うと、レシテルを追い越す勢いで階段を上る。
 レシテルは何かいいたそうだったけど、口を閉じてから大股であたしを追った。

そして、四階。

階段を上りきると、また同じ様な巨大な扉があったんだけど、三階の時と違ったのは、扉の向こうから歌声が聞えた事だった。物凄く透明な声。綺麗に声が重なっている所から考えると、歌っている人物は複数いるらしかった。

そしてあたし達は見る。

大広間と同じくらい大きな空間いっぱいが礼拝堂になっている場所で、一人のヴァンパイアがいた。礼拝堂の奥、祭壇みたいな所でそのヴァンパイアは両手を天高く掲げて立っていた。祭壇のずっと上にはステンドグラスがあって、そこから降り注ぐ七色の光がヴァンパイアを照らしている。

七色の光と、透明な歌声とを、黒いドレスに包まれたその全身に浴びている様にも見えた。

「……………あれが…………フォレスタ?」

言いたくないけど、神聖にも思えるその姿を見て、あたしは震える声でレシテルに訊いた。

「違う。奴は単なるここのボスだ」

レシテルの声が聞こえたのか、そのヴァンパイアはあたし達に向かって声を発した。

「…………お前が、レシテル・エディレ………。成る程、噂以上の腕だ」

背の高い女ヴァンパイアは、低く艶やかな声でレシテルにそう言った。真っ白な肌に、漆黒に近い程色の暗い、闇緑色の髪。緩くウェーブした長い髪は膝のあたりまで伸ばされていた。そして、紅い唇。

「私の名を教えておこう、人間よ。私の名は、我等が長であり我等が母、始祖フォレスタの子供である、聖なる五公爵家が一つ、イグナチェフ家の第四子レミア」

レミアと名乗った女ヴァンパイアは、実に長ったらしい説明をつけてあたし達に名前を教えてくれた。よく、こーいう奴いるけど、本人は家柄や正当な血筋なんかを誇りに思って自慢したがってんだろーけど、その有り難味がよくわかんないあたし達にしては、とっとと名前だけ言って欲しかったりする。

「…………へぇ、イグナチェフ家かよ」

でもレシテルは知っているらしく、納得した声を出すと背中の武器を掴むと、一気に引き抜いた。そして、構える。

さっきはあんなに大勢のヴァンパイアを前にしてても、余裕で一杯だったレシテルが構えてる。この女ヴァンパイアは、ここのボスだって言うだけあって強いらしい。

「ほぉ、私とやりあうつもりか。………………いいだろう。天使どもよ、この愚かなる人間達のためにレクイエムを歌ってやるがいい」

てんし…?

あたしはハッとして上を見ると、礼拝堂の両側の壁の上部は棚みたく出っ張っていて、そこには檻がいくつも並んでいた。そして、その中には一人ずつ、真っ白な翼を背に生やした天使が全身を鎖で縛られて、歌っていた。

 女ヴァンパイアレミアのセリフは、一々芝居がかっていてあたしはとっても気になって突っ込みたかったけど、恐いので突っ込むのをやめて天使を観察した。
 天使達は、目元に革製の奴で目隠しをされていた。両手は併せて上に吊り上げられていて、檻のてっぺんから下がっている鎖は両手首の鉄みたいな手枷につながっている。体は、やたらめったらに鎖でぐるぐる巻きにされていて、全然身動き出来ない様になっている。
 檻は本当に狭くて、真っ白な翼は檻の隙間から外にはみ出ていた。

天使。

神の御使いとされる存在が、今あたし達の目の前に捕らわれの存在として居た。まるで、捕らわれの歌姫みたいだ。

「………………ひどい……」

思わず呟いたあたしに、レシテルは振り向かずに言った。

「……別にあいつらに変な同情してやらねぇでもいい。あいつらはあいつらでロクなもんじゃねぇから。こーなってるのはあいつらのせいで、俺達が同情してやったり助けてやったりする義理はねぇよ」

ん? なんか、ヤケに人間以外の存在について詳しいなぁ。

リンとアレスに意見を求めようとしてあたしは振り向き、二人に意見を求めるのを諦めた。アレスはアレスでヴァンパイアの礼拝堂ってものに物凄く興味あるみたいで、あちこちキョロキョロしてる。リンはリンで天使を見てうっとりとした顔をしていた。

………………なんっちゅー、緊張感の欠片もない奴らなんだ…。

あたしは頭を抑えて二人を放って置く事にした。

先程の、ヴァンパイアに対する物凄い恐怖やらは、今は全然なかった。だって心の中で突っ込み入れられる程に回復してるし。多分、レシテルの戦い振りが物凄く心にショックを与えたんだと思う。ヴァンパイアへの恐怖よりももっと。
 そしてあたしはレシテルを傷つけた。だから、その事実を認めるためにあたしは情けない態度は取ってらんない。多分、そーいう心なんだと思う。

 「……丁度いい…我等が長であり母である、始祖フォレスタに対する供物として、お前達を祭壇に捧げてやろう…」

 レミアは美人だけど、ぞっとする不気味な笑いを浮かべてそう言った。

 ちなみに、階下のヴァンパイア達が大虐殺された事には別に何とも思ってないみたいだった。確かに仲間は大切だけど、レミア位のレベルのヴァンパイアにもなればさっきのヴァンパイア達は手下であって、仲間ってもんじゃないのかもしれない。強い者だけが生き残る。純粋な力に対する美学ってのも持ってそうだ。

 「ゴタゴタ言ってんじゃねぇよ、クソババァ」

 大剣もどきの剣先を床に着けた状態で構えていたレシテルが、レミアに向かってそう言った。武器は、また一番初めの状態に戻っていた。あたしに言う「クソババァ」とは全く違う冷笑と蔑みの感情が入ってる言い方だった。

 あたしも手伝おうとブーメランを握り直すと、レシテルはそれに気付いたのか、やっぱりこっちを振り向かないで言う。

 「何しても別に構わねぇが、俺様のリーチ内に来るんじゃねぇぞ。勢いでぶった斬っちまっても、俺様は謝んねぇからな」

 「分かってるってば」

 あたしはそう言って、礼拝堂の横長椅子の間を通りぬけて壁際に行く。リンは反対側の壁際へ。アレスはレシテルの背後に控えたまま、補助の魔法でも唱えるつもりなのか動かなかった。

 「お前はともかく……他の三匹は話にならんな」

 レミアはゆるりと首を左右に振ると、あたし達三人をゆっくりと見る。

 ん……?何か、こいつ見た事があるよーな……。

 あたしはちょっとした違和感を憶えて首をひねる。そして、レミアの顔を何処で見たか思い出した瞬間、あたしはレミアを指差して思いっきりデカい声を上げていた。

 「っああああああぁぁぁぁぁぁ!? マンディーさんの秘書!」

 そう!そうだったのだ! なーんか見た事あると思ってたレミアの顔は、事もあろうに、あたし達エキドナファンのための広報誌『アイラブ・エキドナ』に時々マンディーさんと一緒に写真に写っていた美人女秘書の顔とそっくりだったのだ!

 「おや……これはこれは……」

 あたしがそう言ったのを聞いて、レミアはちょっと意外そうな顔をして薄い笑いを浮かべた。ま……まさか……。

 「ねぇ! 一つだけ訊くけど、マンディーさんがヴァンパイアって事は……」

 「それは無い。あの様な男は我等が優雅なる一族に相応しくない」

 ムカッ! あたしの尊敬するマンディーさんに向かって何っちゅーものの言い方だ! でも、良かったぁ。
 多分、レミアの言う相応しくないってゆーのはマンディーさんの外見だと思う。コロコロしたおじさんで、顔にはいっつも柔らかい笑顔をたたえてる。
 さっき大広間にいたヴァンパイアは、おじさんヴァンパイアもいたけどあたし達に話しかけて来たみたいなスリムで上品な紳士タイプのばっかだったもんね。マンディーさんは、どっちかっちゅーと田舎の大農場のおじさん…てカンジ。
  良かった……マンディーさんが太っててちょっとハゲてて……。エキドナ・ダイエットセットなんて開発して、それを本人が試してるみたいなんだけど、やせない様にさせないと。

 「あの人間は利用価値が高いから接触しているだけだ。事業を広く展開しているからな。何かと我等の仲間を増やすのに役に立っている…」

 レミアがマンディーさんの秘書をやっていた理由を説明する。こいつ、意外と頼まなくてもペラペラ手の内明かしてくれる、愚かなボスタイプかもしんない。あたしは聞きたい情報を引き出すために、レミアに話しかける事にした。

 「何であんた達が蔑んでる人間利用してまで、幅広くやってく必要があんのよ。強いヴァンパイアなら、自力で何とかするとか考えないの?」

 レミアは冷笑して答える。……やっぱし、結構口の軽い奴だ。

 「お前達人間は、本当に愚かだな。我等が誇り高き一族が、お前達とどれだけ近い位置にいるのかわかっているのか?」

 「は?」

 意味がわかんなくて訊き返すと、レミアは嬉しそうに(優越感に浸ってる奴が、自分しか知らない秘密バラす時に「知りたいかぁ?」とかゆって浮かべる種類の笑顔)とんでもねー事を言い出した。

 「この様な静かな場所にいる一族は半数に以下に過ぎぬ。更に高貴な一族は我等が心の故郷である魔界に住み、残りはお前達と同じ様に人間として街や村にいる」

 『どえぇえぇええぇええぇえぇぇぇえぇっ!?』

 あたしとリンの声がハモる。

 って事ぁ何だ? ダルディアなんかでも、普段あたし達が人間だと思い込んでる人が、「実はヴァンパイアでーっす。てへ」何て、扇子で頭をペシッと叩きながらゆっちゃう事もあったりなんかして?

 「何それっどーゆー事!? どんだけいんのよっ」

 あたしが焦ってレミアに質問すると、レミアは更に優越感に浸った顔で長い髪をかき上げつつ答える。ほんっと、お決まりなボスタイプだなぁ…。

 「…まぁ、お前達が同族だと思い込んでいる者の三分の一は考えた方が無難だろうな…」

 ッガーン!

 あたしはあまりのショックに、古典的にも思わずバックに雷を背負ってしまったりした。 勿論、効果・演出は、アレスが絶妙なタイミングで手伝ってくれてたりする。

 レミアはあたしがショックを受けてるのを、それは楽しそうに(陰湿に)笑って先を続けた。

 「……お前達、無知で愚かな人間のために教えてやろう。お前達がマリドン多島大陸群と呼んでいるこのあたりは、既に我等が一族の巣窟だ。ここはお前達がヴァンパイア・ハンターと呼んでいる者が少ないのでな。我等も安心して一族を増やす事が出来る」

 更に、ッガガガーン!

「まぁ、それもヴァンパイア・ハンターギルドという組合の頭を我等が押さえた…という事実があっての話だが……」

ンガガガガガガーンッ!

 あたしはのろのろとレシテルを見る。
 レシテルは知っていたのか、別に何とも思ってない顔をしてたけど、あたしの視線を受けとめて事実を教えてくれた。

「………………まぁ、割と。ヴァンパイア・ハンターには実際ヴァンパイアが多いってのは事実だな。だから能力が高いって言われてる奴でも、実際仕事をするフリして仲間をどっかに移住させて、いかにも仕事を終えたなんてツラしてる奴もいる。そーやって、ヴァンパイアが繁殖すんの手伝って、優秀なヴァンパイア・ハンターを育てるフリして仲間にしてたり…。放っといてもいい様なレベルの低い奴はどーあがいても、ちんけな村を支配してたりするはぐれヴァンパイア一匹退治すんのが精一杯だから、放っといてるみてぇだが」

「だって! あんた、ヴァンパイア・ハンターギルドのギルド長さんの事、親みたいなもんだって言ってたじゃない!」

あたしがレシテルの言葉を思い出して叫ぶと、レシテルは何とも思ってない表情で答える。

「……………生活する上の事で言ってんだ。愛情とかそんなもんは何も求めてねぇよ。それに、あいつだって今回俺にお前らの話を持って来たのも、早く俺にくたばって欲しいからだぜ? お互い敵だって分かりつつも、手ぇ出せねぇもんだから、普通のフリして生活してんだぜ?」

そう言って、歪んだ笑いを見せた。

 ……………………………世の中腐ってる………。

 「………………あんたは? ヴァンパイア・ハンターにヴァンパイアが多いんだったら…」

 あたしは一番訊きたくない事を、震える声で訊く。

 「俺様はレシテル・エディレだぜ? 俺様は俺様の言う事しかきかねーよ」

 あたしが聞きたくなかった事を、レシテルは言わなかった。安堵に胸を撫で降ろして、あたしはレミアに向き直る。

礼拝堂に、天使の透明な歌声が響いている。物悲しい旋律で。

曲付きなんて、いかにもボス戦だなぁ、なんて思いつつあたしは何だかちょっぴり世の中ってものに対して不信感を持つ様になってしまっていた。やっぱり、世の中信じられんのはお宝だけだわ。
 まぁ、増えちまってるヴァンパイアについて、今更あれこれ言っても仕方ないけどさ。意外とヴァンパイアも人口が増えるから、住む所に困ってんのかもしんない。
 あたしは心の中で無理矢理なこじ付けをして、とりあえずは目の前にいるレミアを倒してフォレスタを呼び寄せる事に専念しようと思った。考えるのはいつでも出来る。

 「ま、っちゅー事で殺ろうぜ」

 待っていてくれたレシテルが、もう一度武器を構え直してその場を取り仕切る。

と、ニッと笑ったレミアの姿が          消えた。

うろたえるあたし達の中で、唯一レシテルは冷静に立っていて、おもむろに武器を振り上げると、思いっきりそれを目の前の床に叩き付ける! と、水溜まりみたいに闇がわだかまった物が、ゆらゆらと揺らめくとゾゾゾゾゾゾってレミアの形になる。まるで闇で出来たアメーバみたい。

「ふん、成る程な……」

そして、何だか一人で納得すると再びその姿を揺らめかせて消える。それから目に見えない部分での、レシテルとレミアとの戦いが繰り広げられたのだった。

どうやら、レミアは物質界と別の世界(異次元なのか、レミアの言う所の魔界なのかは分かんないけど)とを、交互にくぐり抜ける様にしてレシテルに波状攻撃を仕掛けてる様だった。
 端から見ればレシテルは、一人で見えない敵相手に小さな声を上げて戦っている様に見える。ステンドグラスで七色に彩られた礼拝堂の中で、その姿はやけに孤独だった。生まれながらに孤独を宿命づけられてる様な         

あたしはどーする事も出来なくって、初めの立ち位置(アレスがいる所)にテクテクと戻った。リンも同じ。レシテルの手伝いをしたいのはやまやまだけど、これじゃあ戦うレベルが違い過ぎる。いくらアレスの魔法が強力でも、他の次元に干渉出来る様なレベルじゃない。
 何となくあたし達は寄り添って、レシテルの孤独な戦いを見守ってあげる事しか出来なかった。下手に手を出してもレシテルの邪魔にしかならない事を悟っていたから、ただ見ている事だけしか出来なかった。応援する様な雰囲気でもない。かえって気が散るだけだろう。

「…………あいつ、ずっとこんな孤独な戦い方してきたんだろーか」

ポツリと言ったあたしに、リンが応える。

「………………あんまりにもレベルが違いすぎると…やっぱり、他の人とは一緒に居辛いのかもしれませんね」

「……そうね、あの子と貴方達じゃあ隔たりがあり過ぎるわ」

女の声がした。

アレスとリンは、あたしがいきなり「〜だわ」とか「そうね」なんて言い出したのかと思って、ぎょっとした顔であたしを見る。違わいっ!

その声は、十代前半の少女みたいな高い声で、でも感情を思わせない声だった。

そして、背後に物凄い存在が居た。

圧倒的な存在感。

レミアよりも、階下にいたヴァンパイア達なんか話になんない位の、全然次元の違う存在感。そこだけ、重力そのものが違う様にすら感じられた。

顔に嫌な汗を伝わせながら、そっと、振り向く。

本当は振り向きたくなんかなかった。

 でも、体は勝手に動いた。操られていたのかもしれない。

 そこには、一人の少女がいた。

 琥珀みたいな色の眼。ふわふわした白に近い色の長い髪の先は、霧みたいにけぶっていて何処が毛先なのか判別する事が出来なかった。
 子供…って程でもない、レシテルよりは年下の、多分十二、三歳くらいだと思う。でも、外見だけを見てそう推定しても、あたしはその判断に自信を持つ事は出来なかった。あまりにも、その雰囲気が常識を逸したものだったから、この際外見の与える印象なんて全然重要じゃなかった。

 「今日は、人間のお嬢さん。私はフォレスタ。……………貴方達、私の事を探していたんでしょう? だから、来てあげたわ。あの子もいる事だし」

 フォレスタは優美な形の小さな唇を、少しだけ吊り上げて笑った。何処かの令嬢の様な笑い方だったけど、そんな些細な事からでも凄まじいプレッシャーがあたし達を襲った。

 フォレスタは、真っ黒で古風なドレスを着ていた。チューブトップの胸元から、そのままつながってるスカートはぞろりと長くて、後ろのが前よりも長くなっていた。ビロードと似てるけどちょっと違う、少し毛足の長い光沢のある生地。ドレスと同じ布で出来た、二の腕まである長手袋をしてる。
 身に付けているのはそれだけで、他にアクセサリーもしてないし髪も長く垂らしたまま。それだけでも、フォレスタには高貴さと気品が溢れていた。

 視界の隅で、レシテルがこっちを振り向いて何かを叫んでいたのが映った。でも、レシテルが何て言ってるのかなんて、あたしには聞こえなかった。あたし達はただ、目の前の圧倒的な存在に竦み上がっていた。

 あたし達に一瞬気を取られたレシテルが、レミアの攻撃を受けて盛大な血飛沫を上げる。絶叫した様に見えた。黒い羽根のマフラーが、レシテルの血を吸って床に落ちる。

 「……貴方、私の印がついてるわね……………あぁ、思い出したわ。憶えてる。小さな村の男の子……そう、あの時大切に守っていたのが、その娘ね」

 フォレスタはアレスを見て笑うと、あたしを見た。フォレスタの声は小さかったけど、何故かとても鮮明に聞こえた。むしろ、あたし達の耳にはフォレスタの声しか、音として入り込む事が出来ないでいたのかもしれない。

 フォレスタはあたしを見詰めたまま、静かに笑った。

 「…………貴女、私に対して憎しみを持っているわね。分かるのよ? でも、いくら貴方がどれだけ頑張っても、私に苦痛を与える所か、傷一つ付ける事も出来ないわ。この世界には存在そのものが違うっていう事があるの。私と貴女の場合が、そう」

 全身が鎖に縛り付けられて、物凄い力で締め上げられている様な錯覚に陥った。フォレスタが静かに笑ったのを見ただけで、あたし達はそれ程に凄まじい恐怖を刻まれたのだった。

 天使達の歌う聖歌が、その場にいた全ての者に等しく降り注ぐ。

 全ての者を憐れむ歌。

 フォレスタがゆっくりと歩き始めた。
 あたし達の間を通り抜けて、祭壇の方へとゆっくり歩く。黒い古風なドレスの裾を静かに引きずって、小さな足音を立てて通り抜けた。

 あたし達は自然とフォレスタの姿を追って振り向き        倒れた。

何が起こったのか分かる術は何も無い。

ただ、あたし達はフォレスタが通り抜けた後、全身の力を奪われてその場に崩れたのだった。脱力とかそんな物じゃない。生命力そのものが物凄いスピードで体から抜けていくのが感じられる。

死ぬ。

そう、分かった。

あたしは床に伏したままの格好で、祭壇の前でレミアと戦っていた血まみれのレシテルが、巨大な武器を一閃させてレミアの首をはねたのを見た。

レミアの妖艶な体が霧散する。

フォレスタが歩く。

細い体をよろめかせながら、それでも武器で体を支えてレシテルはフォレスタに向き直り           あたし達を見て絶叫する。

怒り、とも悲しみ、ともつかない表情だった。

そして、凄まじい殺気がフォレスタを包む。

レシテルは血を被った体で再び剣を構え、フォレスタに向かって走り、跳躍。
 空中で思いっ切り剣を振り上げ          

そして、レシテルの体は二つに裂かれた。

 噴水の様に真紅の血を、まるで空中に大輪の華を咲かせる様に。

 戦いの黒い天使は二つの肉解となって落ち、微かにバウンドして         
 もう、動く事はなかった。

涙が溢れ、真紅の絨毯を静かに濡らす。

アレスとリンがどうなっているのかは、床に伏した状態のあたしには分からなかった。多分、あたしと同じ状態なんだと思う。

レシテル。

あたし、あんたにまだ言ってない事あるのよ?

いっぱい。

あたしにとって、あんたがどれだけ大切な存在になろうとしていたのか。
 あんたを傷つけて、どれだけ申し訳ないって思って、悲しかったか。
 八重歯を見せるあんたの笑顔が、どれだけ好きだったか。

まだ、謝ってない。

 まだ、何も話してない。

 いつの間にか解けていた髪が、あたしの顔にかかって視界を遮る。あたしの赤い髪で作られた縦縞模様の隙間から、フォレスタがもう一度あたし達に向かってこっちに来るのが見える。

 これ以上何の用があるっていうの?

 そして、あたしの意識は闇に包まれた。

  

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