「新しい生活の始まり」

 落ちていった。

何だか、水ってゆーかゼリーみたいな、緩やかなものの中をスゥーッと落ちていって、あたしがストンと着地したのは見慣れない部屋の中だった。着地すると同時に、落ちていた時に通っていた変テコな空間は痕跡もなく消えていた。

そこには、アレスとリンがちょっと落ち着かない様子で部屋の中をキョロキョロしてる。で、フォレスタはあたしが無事にこっちに着いたのを確認すると、静かに扉を消した。
 部屋は広めの空間で、あたし達は四方に下り階段の付いてる高台の様な所にいた。あたしが降り立った所は天涯みたいに丸い天井が付いていて、それは柱に支えられるでもなくプカプカと空中に浮いていた。

「なーんじゃこれぇ……」

レシテルにセカンド・キスも奪われたショックは何処へやら(つか、そんなに重要視してないのかもしんない)、あたしは好奇心丸出しで辺りをキョロキョロし始めた。
 部屋全体は薄暗かったけど、何処からともなく光があるので部屋の中の様子を確認する事は出来た。まず一番に目立ったのは、部屋の壁全体に見た事も無い模様がびっしりと刻まれていた事だった。その模様はただ描かれているだけじゃなくて、模様の部分が光ってゆっくりと点滅してる所を見ると、多分何かの魔法のためのものらしかった。
 散策したがるアレスを引っ張って、あたしはフォレスタに訊く。

 「ここって…もう魔界なの?」

 フォレスタは上品な微笑みを浮かべて答えた。

 「ええ、ここはヴァンパイアの領地で私の城。この部屋は…まぁ、異界へ行く時の玄関の様なものね」

 「ふーん…」

 あたしは周囲を物色しつつ、ゆっくりと歩き始めたフォレスタの後に続いた。

 「ねぇ、フォレスタ。レシテルの馬鹿は仲間のヴァンパイア殺しておいて大丈夫なの? その、何だか偉そうなヴァンパイアの部下だったりとか…」

あたしの質問にフォレスタはちょっとあたしを振り向いて答える。琥珀色の目は見ているだけで魔法にかかりそうな、不思議な魅力があった。

 「大丈夫よ。あの子なら身にかかる火の粉は喜んで払うだろうし…、あそこに居た程度の者を浄化した位では、誰も何も言わないわ。言うとしたら、魔界に来る事すら出来ない低級な者達だけ。弱い者は弱い者同士、庇い合って生きているのよ」

 なーんだか、物凄く突き放した考え方だなぁ。本当に自分に身近な存在じゃないと、どーでもいいのかな。あ? でもレミアって五公爵家イグナチェフ家の第四子だとか…。それって重要じゃないのか?
 あたしがそれを尋ねると、フォレスタは難なく言った。

 「子供は沢山いるのよ。それに、現在当主として存在している私の直接の子供以外は、さして重要な存在ではないの。勝手に人間界に行って、勝手に滅された者など誰も相手にしないわ」

 おわー…。シビアだなぁ。

 と、あたし達は階段を降りきって、ちょっとだけ平坦な床を歩くと扉の前に辿り着く。扉はあたし達が近付くと自然に両側にどけた。便利だなぁ。
 と、パサパサパサパサパサパサパサパサ………って何かが羽ばたく音が急激に近付いて来たかと思うと、あたしの顔面に何か柔らかいものがドーンッてぶつかって来た!

 「何っ!? ナニナニっ!? アレス! はがしてっ!」

 いきなり視界をふさがれたあたしは、軽くパニックになってわたわたと暴れる。

 「きゃる〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。新しいお子さんですのねん」

 何だか物凄くポヨ〜ンとしてて馬鹿みたいにノー天気な声がした。アレスが助けてくんないから、あたしは自分でそれをバリッとはがすと、あたしに覆い被さって来たモノの正体は、裸みたいな格好した女だった。

 「あら、サティア。遊びに来ていたのね」

 フォレスタが顔馴染みなのか、そのサティアって名前らしい変な生き物に挨拶をする。
 女って言ってもそれは大体の外見で、革みたいなそーでもない、不思議な素材で出来た下着……みたいな、とにかく局部しか隠してない様な恥ずかしいコスチュームを着たそれは、耳が尖っていてお尻(悔しい事に形がいい)の上からは、長い尻尾が生えていた。丁度、悪魔のぬいぐるみなんかにある、先っぽが矢印みたいになってる奴。で、露になってるツルツルの背中には、やっぱり悪魔の翼みたいなモノが生えていた。
 リンは目をハートにしてる。………………馬鹿。

 でも、そのサティアって呼ばれた人(?)は、どーやら何だかあたしが気に入ったらしく、あたしに引きはがされた後もあたしの周りをパサパサ飛び回っている。

 「ちょっと! あんた何なの?」

 しなやかな腕を、スルスルとあたしの顔やら頭やら首元やらに掛けて来るんで、何だかあたしはうざくなってそれに怒鳴る。

 「サティアちゃんですのぅ。ここのお隣にあるサキュバスの王国生まれですのん」

 だあああぁああぁあぁあぁあぁぁぁぁっ! そのポヨ〜ンとした声で、あたしの耳元に囁くなあぁああぁあぁぁぁあぁっ!!

 うっとーしくてたまらないあたしは、ブンブン腕を振ってサティアを追っ払おうとする。でも、サティアは空中でヒョイヒョイあたしの腕をかわす。うがあぁあぁあぁぁあぁぁぁっ!!

 ボゲッ

 あ、当たった。

 「きゃる〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。ひどいですのぅ」

 サティアは何だか魔族らしからぬボケボケぶりで、痛がってんだか喜んでんだかわかんない表情で、ポサッと床に落ちると、それでもめげずに飛び上がってまたあたしの周りをパサパサ飛び回り始めた。

 「………………フォレスタ、これ何?」

 あたしの首に腕を回して背後から抱き付いてるサティアを指差して、あたしは半ば物凄く大きな溜め息を吐きつつ、フォレスタに尋ねた。

 「見ての通り、サキュバスよ。私達ヴァンパイアとは仲がいいの。それにサティアはサキュバスの中でも…そうね、私達で言うならば五公爵家の当主と同じ位の実力を持っているわ。だから、ちょくちょく私の城に遊びに来ているの」

 ぐげ?

 この、何だか無駄に胸やら尻やらが発達してる(うらやましい)、ポヨ〜ンとした奴が、そんな凄い力持ってんの!?

 「キラ、ですから魔族を外見で判断したら駄目だって、フォレスタさんが言いましたよね?」

 リンがデレデレな顔であたしに言う。えぇいっ! そんなだらしない顔をあたしに向けんなっ! つか、このサティアってゆーの、うっとーしい〜っ! オノレはストリーキングコンテストにでも出てろーっ!
 と思いつつも魔界に来たばっかりのあたしは、自分も高位魔族になってるクセに、他の魔族にビビッてるもんだから、いつもの調子が出ないで結構ストレス感じてたりした。

「そうだわ、サティア。私はこれから子供達に新しい子供の事を伝えてくるから、貴女はこの子達にこの城の中を適当に案内してくれないかしら? どうせ暇つぶしにここへ来たんでしょ?」

んげっ!? フォレスタ! あたし達の事見捨てて、こんな訳わかんないのにあたし達の事任せるのぉっ!?
 あたしが余りのショックに口をパクパクさせてると、フォレスタはあたしの心の叫びをシカトして、サティアに「じゃあよろしくね」と言い残すと、スゥッと姿を消してしまった。

ノオオォオォオオオォオォォオオォォオオォッ!

「はぁーい。お任せですのぅん」

後には、サティアに抱き付かれたままのあたしと、サティアを鼻血ブーで見てるリンと、壁や床の材質なんかをさっきから念入りに調べてるアレスが残された。

「じゃあ、まずは初心者さんには、魔界の外の景色を見せてあげた方が良さそうですねん」

サティアはそう言うとあたしの首に腕をまわしたまま、進む方向を指示してあたし達に城の中を歩かせた。不思議なもんで、一杯歩き回ってるはずなのに全然疲れる事はなかった。あたしがアレスにその事を言うと、代わりにサティアが答えてくれた。

「魔族はぁ、魔界に適した体を持っているんですのん。つまり、魔界を構成する一部なんですわん。人間の世界の例えで言えば、お肉屋を構成している一つの要素である、ブタ肩ロースが私達ですのん。だから、人間みたいに下手に外界からのプレッシャーを受けて疲れる事なんかも無いんですのねん」

…………………その例え、全然よく分からんのだが…。

でも、他の部分で何となくあたしは理解した。まぁ、自分と同じ要素で作られたものの中に居れば、疲れにくいって奴…なのかな?
 まぁ、このサティアっていうサキュバスは見掛けによらず、頼れそう…あぁっ!? ナニ人の胸握ってんのぉっ!

「ナニさらすかああぁぁぁぁあぁぁぁっ!」

ドゲンッ!

あたしは思わず、サティアを殴り飛ばしていた。

げ? ヤバ……ヤバい?

でも、あたしの瞬間的な恐怖と不安にも関わらず、サティアは床でちょっとバウンドしてから、「ひどいですのぅ。えーんえーん」とか言いながらまたあたしにまとわり付いてくる。うーん、不屈の精神だ。

「ねぇ、サティアってゆったっけ? あんたさぁ、こう、ムカつく! とかブッ殺す! とか思った事ないの?」

あたしは素直な感想を、サティアにぶつけてみる。

「無いですのぅ。サティアちゃん達サキュバスは、どっちかとゆーと戦いとか血みどろドバーッとか、そーいうのには興味無いんですのん。のーんびりしてるのが一番好きなんですわん」

へーぇ?

「……魔族っていったら、何だかこう、血を血で洗い流すっちゅーか、そーいうのばっかり想像してたんだけどなぁ」

「それは人間の想像ですわん。動物や植物に色んな種類がいる様に、魔族にも色々いるんですのぅ。ちょぉっと一部の魔族が人間を襲ったのがいるからって魔族みんなが恐い人だって、皆思ってるんですわん」

ふーん、なるほどねぇ。まぁ、それも一理あるね。

あたし達も、ゾルゲフネは戦争大陸だから、あそこ出身の人なんかは皆戦いが大好きな人ばっかりなんだとしばらく思ってたもん。まぁ、クロに会ってからはそれも無くなったけどね。

「サティアさん……あぁ、何て美しい名前なんでしょう……」

あ、とうとう耐え切れずにリンの病気が始まった。
 リンはサティアの髪を手にとって、それに口付けしたり。………お前、本当に何でもいーんだなぁ…。

今ごろだけど、サティアは凄く変な髪型をしてる。前髪はおでこの真ん中あたりの長さでパッツリそろえられていて、全体としては肩までのくるくるした髪なんだけど、後ろから見るとうなじの辺りからにょきっと二つの房に分かれた髪が、結構長く伸びてる。
 ついでに、髪の色は白。目の色はラズベリーみたいな綺麗な色。

サティアいわく、その変な髪型は生まれつきらしい。放っといたらそーなるんで、本人もちょっと気にしてた時期はあったみたいだけど、気にするのも面倒臭くなったんで、今では放っといてるらしい。
 うん。あんまり物事詳しく考えなさそうなカンジだもんなぁ。

「きゃる〜〜〜〜〜〜〜ん。嬉しいですのん。でもサティアちゃん、貴方は好みじゃないですわん」

ぎゃはははははははは! ハッキリ言われてやんの。
 サティアは豊満な胸をあたしの首の後ろに押し付けて、前方に見える階段を上る様に指示した。何か、あたしの背後に抱き付いてるのが落ち着いたらしく、そっから離れる気配はない。まぁ、本人飛んでるからあたしは重くないんだけどね。

「うっわああぁあぁぁぁ………………………………」

あたし達は、その階段を上りきって屋上みたいな所に出ると、感嘆の声を上げた。
 物凄い風景が、あたし達の目の前に広がっている。

「…………………アレス、どー思う?」

「格好いい」

あ、そ。

あたし達は、城の外の景色を一望出来る場所に来たんだけど、そこから見える景色ってゆーのが、あたし達の考えた事もない風景だった。空は曇ってんだか雨降ってんだか、快晴なんだか雷なんだか、とにかく全部の天気がゴチャゴチャになった感じ。空には海があったり、大陸並の大きさの陸が空中に浮いてゆっくりと雲みたいに流れてたり。
 大きな湖の中には天を突く様な高さの岩山がそびえ立っていたり、平地の真ん中に突然深い谷があったりとか、常識ではまず考えられない風景が、どこまでも広がっていた。なんちゅーか、こう…連続性ってもんがないんだよね。

「なーんで……こんなデタラメな風景が自然な状態であるんだろ…」

あたしが誰にともなく呟くと、やっぱりサティアが親切にも答えてくれた。

「サティアちゃん達から見れば、人間界の方が変なんですのん。一定の法則にのっとらないと条件が成り立たないとか、ここでは考えられませんわん。魔界は人間界よりもずぅっと自由で皆に優しい世界ですのん」

「ふぅーん…?」

でも、親切に教えてくれた割にはわかんない。でも、それは多分あたしとサティアの間に考え方の根本的な違いがあるからだろう。あたしはずっと人間として生きてきて、人間界の法則が普通に思ってる。でも、サティアはその逆。
 あたし達がここの生活に慣れたら、その内人間界の事を変だとか思うんだろうか。

「…そうですわねぇん、言うなれば、魔界は人間界と違って意志の力で世界を変える事が可能ですのん。だから、皆が色んな事を考えているから、魔界という世界は、それを受け取ってその通りの姿に形を変える…。こんな所で理解出来ますのん?」

「あ、さっきより何となく理解出来る」

あたしが大きく頷いたら、サティアはパアァッって顔を輝かせてあたしに飛びついて来た。うわぁっ!? で、あたしはその勢いに負けて押し倒されたり。んぎゃあっ!

「あぁっ!? キラっこんな所でレズプレイを…っ!?」

「リン! この馬鹿! んな事言ってないでとっとと助けてよっ!」

サティアの下敷きになってジタバタしてるあたしを、リンは引っ張り出そうとしてくれるけど、サティアはスッポンみたいにくっ付いてあたしから離れない。うがぁっ!

「こらぁ! サティア! いー加減に離れてよっ」

あたしが拳を振り上げると、サティアは反射的に怯えながら(ちょっと可愛い)唇を尖らせてあたしに言う。

「サティアちゃん、上手に説明しましたからごほーび欲しいですのん…」

はぁ!? 御褒美!?

あたしが面食らってると、サティアは唇をタコみたいに突き出してあたしに迫って来る! うっわああああぁぁぁぁっ!? お助けぇっ!

「ちょい待ちっ!あたし、まだレシテルにしか……っ」

と、あたしはそこまで言って固まる。何でこんな時にレシテルが出て来るんだ? って油断した瞬間、あたしの唇はサティアに奪われた。しかも、物凄く濃厚な奴…………。あぅ。

「御褒美もらいましたのぅん」

あたしの唇を赤い舌で舐めて最後の仕上げをすると、サティアはきゃあきゃあ言って、御満悦そうに辺りをパサパサ飛び回った。

「……………………………………………………………………」

あたしは床に倒れたまんま、魂抜けてたり。

「サ、サティアさんは女性が好きなんですかっ?」

危機感を覚えたらしいリンが、真剣な顔をして飛び回っていたサティアの手を握る。サティアはほよ〜んとしたタレ目を、不思議そうにパチパチさせてリンを見る。で、ぶちゅ!

「サティアちゃん、皆好きですのぉう。でも、あんまり貴方は好みじゃありませんわん」

あ、やっぱり。

どーやら、このサキュバスって種族は、アレスによると特別に好きだとか、愛情は持たないけど、とにかく皆好きでそれを表現するためにキスしたりナニしたり…とからしい。いやぁ、激しいなぁ。あたしは遠慮したい。
 でも、まぁどっちかとゆーとサキュバスはこんな性質だから、同族だけで過ごしてたらほよほよしたまんま、他の種族に滅ぼされる(まぁ、こいつらに恨み持つ様な奴はまずいないんだろーけど)恐れがあるので、本能的にか自分の主を見付けてその主を守って愛してもらいつつ生きるのが、サキュバスの最高の生き方なんだって。
 で、サティアはまだ幼いサキュバスらしくて(でも見かけはあたしと同じ位で、かなりのナイス・バディだったり)、まだ自分の主を見付けてはいないらしい。大体、本気になって主探しを始めるのが、五百歳を過ぎてからだって。ちなみにサティアは百二十六歳。人間に換算すれば、まだ幼児くらいらしい。
 まぁ、それでどーやら頭があんまり良くなさそーな…。つか、サキュバスって皆こーなんだろーか。

いや、他人の心配はやめよう。あたしは何だかんだゆって、いっつも他人の心配をしてる気がする。今は魔界なんてぶっ飛んだ所にいるんだから、少しは自分の事に専念しないと。

あたしはやっとサティアの濃厚なちゅーのショックから立ち直って、ヨロヨロと立ち上がる。その間、アレスは景色に夢中になって、『遠見』の魔法を使って色んな所を見ては「うぉ」とか「おぉ」とかうめいてる。
 魔界に来て魔法を使ったのは、ここでの『遠見』の魔法が初めてだったらしーんだけど、何だか物凄く精霊の集まりがいいらしい。つか、良すぎなんだって。制御の仕方がわかんなくて、結構近くにあるものを詳しく見るつもりだったのに、地平線あたりにあるものを見て、ずっと首をひねってたらしい。

「……………精霊があんまりヤル気なさそうに力貸してくれても、いつもの十倍くらい凄い魔法が使える……」

「えぇ!? マジ?」

もそっと言ったアレスに飛びついて、あたしはアレスの手を握ってピョンピョンする。凄い! 凄い! アレスの奴、いつの間にそんなにレベルアップしたのよう。

「本当はぁ、魔族は精霊の力なんて借りなくてもいいんですぅ」

屋根の方まで飛んで行ってたんだけど、ひょこっと戻ってきたサティアがアレスに言う。

「魔族は存在自体が魔法の塊ですからぁ、手を動かしたりくしゃみとかしてる時にも、魔法は発動してるんですのん。竜族の鼻息とかが物凄く強烈なのも、それと似た原理ですわん。まぁ、竜族はサティアちゃん達魔族とはまた異なる人達ですから、全く同じにして考えてもらうと困るんですけどん」

またまたサティアの説明。さっきからやけに説明したがってるなーって思ってたけど、説明した後にあたしの事をチラチラ気にしてるのを見ると、どーやら説明自体がしたいんじゃなくて、説明した後のあたしの『御褒美』を期待してるらしい。

うーん、こーやって見たらサキュバスって可愛いなぁ…。

「んじゃあさ、あたしやリンなんか人間だった時に魔法使えなかったんだけど、今は使える様になってるってコト!?」

あたしはサティアの説明にやや…ちゅーか、物凄く興奮して訊く。リンもその事については真面目に興味が湧いたみたいで、変な視線じゃなくてサティアを真剣に見てる。
 サティアはあたしが身を乗り出して訊いてきたもんだから、またもパァッて顔を輝かせて(…………可愛い)羽根を猛烈に動かして(興奮してるんだろう)あたしに説明する(リンはまったくシカト)。

「例えばぁ、そうですわねん…くしゃみをする時に『飛んでけー!』なんて思いつつくしゃみをしたら、それは風の属性を持つ魔法として働くんですのん。手を速く動かした時に生まれる風なんかもそうですわん。その時に生まれるエネルギーに、上手に意志の力で命令を与えて制御する事が出来たら、それは魔族としての魔力を御してる事になりますのん」

ほえぇええぇぇぇえぇん。

あたしとリンは顔を見合わせて、何だか物凄く嬉しくて手を取り合うと小躍りし始めた(何かあたし、サティアといる様になってからサティアのバカぶりが移った様な気がする…)。多分、こんな姿レシテルに見られたら…どんなに馬鹿にされるか……。

あたしはまたも御褒美をねだって、キラキラした目で見てるサティアに、ちょっと考えた後に頭を撫でてあげた。でも、キスじゃなくてもとにかく御褒美をもらえたらそれでいいらしく、サティアはまたさっきと同じくきゃあきゃあ言って辺りを飛び回った。

「ねぇサティア、もうちょっと詳しく説明してくんない?」

あたしが声を掛けると、サティアはすぐさま降りてきて定位置(あたしの背後)に着くと詳しい説明を始める。

 「えぇとぉ…うーん…。本当に高位魔族でも強い方になれば、大抵の事は意志の力でどーにでも出来ちゃうんですのん。火を付ける事とか、物を壊す事とか、その場にいるあらゆる要素に働きかければ、目線とか念じる事だけとかでそれが出来るんですのん。目とかで言えば、人間界で邪眼なんていうものがありまして、それは高位魔族の目を取って自分に魔法で移植すると、眼球そのものに魔力がやどっていますから、目を奪った人間は邪眼っていうカタチで力を使えるんですわん。でも、恐い話ですのぅ」

 うーん、なるほど。邪眼の話なんかはアレスから聞いた事あるなぁ。人間界には本当に少数しか存在してない(魔界にはゴロゴロいる)、高位魔族には体の全ての部分に力が宿ってるから、力を得るためならなんでもするよーなコワイ奴は、そーいう魔族を襲って目とかをくり抜いて自分の第三の目として使用したりしてるんだとさ。

 ゴロゴロ言ってなついてくるサティアを撫でてあげながら、あたしはとうとう(?)自分も魔法(魔族達の間では魔法って言わないらしい)を使える様になれるんだって考えると、物凄く興奮していた。魔法よ? 魔法! うふっうふふふふふふふふふふふふふふふ…………………。

 「そうだ、サティアさん。俺達がこれから会うっていう五公爵の事、何か知っていますか?」

リンが珍しくマトモな質問をする。リンがサティアに話し掛けた時、あたしはスリーサイズなんて訊くつもりなのかと一瞬思った。
 アレスは基本的にずぅっと景色を眺めてるけど、サティアが色々説明を始めるとこっちに注目していた。やっぱ、こーいうの好きなんだなぁ…。

 「えぇと? どんな方がいるかっていう事でいいんですのん?」

 小首をかしげて尋ねるサティアに、リンはでれっとしてコクコクと頷く。

 「うーんとぉ、もしかしたらフォレスタさんから聞いてるかもしれませんけど、フォレスタさんから直接かみかみしてもらった元・人間の方や、フォレスタさんと他の魔族の方との間に生まれた方とかがいますのん。
 サティアちゃんが一番仲良くしてるのは、貴女達と同じく人間からヴァンパイアになったヒュレーネさんですのん。マーテュル家の当主様でぇ、フェロモンむんむんの金髪美女ですのん。」

 ほぇーん。リンが喜びそうだなぁ。

 「それから、一番古いドゥルナ家の当主様はグシュナさんって言う渋いおじい様ですわん。軍人気質でしっかりしてまして、なかなかノリのいい方ですのん。美味しいお酒のコレクターでもありますわん。フォレスタさんの実のお子様で、五公爵家の中では一番の発言権を持っていらっしゃいまーすぅ」

 ほほう。物分かりのいい豪快な爺さんって好きなんだよなぁ。つか、実の子で爺さんの格好してるって……どーいう……。まぁ、深く考えても理解出来る様なもんじゃないだろーな、魔族ってのは。

 「それから、イグナチェフ家の当主様はカルマンドゥさんっていう、黒髪の綺麗な美青年タイプの、ちょっと根暗なフィギュアフェチですのん。ちょっとサドっ気があるとの噂ですわん。この方は闇の精霊王とフォレスタさんとのお子様ですぅ」

 イグナチェフって…レミアのトコだよね。つか、何だかロクな奴じゃなさそー。あんまし近寄らない様にしとこっと。それよか、魔族と精霊が結ばれて子供が出来るって事もあるんだぁ…。

 「ワイザーレンス家の当主様は、サティアちゃんのお国の有名な方とフォレスタさんとのお子さんで、バルドラ様という方ですのん。色々な外見をされますから、あんまり外見で判断なさらない方がいいですわん」

 ふーん?まぁ、フォレスタもアレスが初めて見たっていう時は、もっと大人の姿してたみたいだしね。サティアの言う様に魔界が意志の力で全てどーにでもなる様な所なら、そんな事朝飯前なんだろーね。

 「最後のオルムズド家の当主様のウリィさんは、フォレスタさんが自分の魔力で創り出した生命体ですのん。この方が一番お若いですわん。美男ですぅ」

 ふーん…まぁ、どいつもこいつも一筋縄ではいかなそうだけど…。よっぽどな事がない限り、そんなに付き合いなんて無い……よね?むしろあって欲しくない。あたしがフォレスタについてきたのは、魔界と人間界のお宝と出会うためなんだから。フォレスタの子供達と馴れ合う義理はないもんねーだ。

 ……つか、フォレスタも色々やってんだなぁ…。まぁ、ずぅっと生きてんだったら、恋人の何百人とかはいてもおかしくないけどさ。

そうしてる内に、フォレスタの城のどこかから物凄い鐘の音が鳴り響いた。どんだけ物凄いかっちゅーと、城がグラグラ揺れる位。あたしは一瞬地震かと思って、咄嗟に手近にあったリンの服を掴んで伸ばしてしまった(オホホ)。フォレスタの奴、何っちゅー鐘つけてんだ…。寝起き悪いから目覚ましのために…なんてオチは無しだぞ?

 「あらぁん、どうやら準備が出来たみたいですわん。これから五公爵家の当主様達と御対面ですのん。さぁ、案内しますわん」

 サティアはそう言って、空中でトンボを切るとあたし達の先頭に立ってパサパサ進み始めた。……………目の前にティーバックの尻が飛んでるってのも…どーかと思うけど……。

レシテルだったら何て言うかな。

ぬがぁっ!? だから何でレシテルなんだああああぁぁぁっ!?

あたしは思わず錯乱して、頭をガンガン壁に打ちつけたり。それをリンが「御乱心じゃあぁあぁっ」って言いながら、避難して見てる。アレスはいつもの通り無関心。
 と、あたしの様子を指をくわえて見てたサティアが、パサパサ近寄って来るとそっとあたしの腕をとった。あたしはちょっぴり血まみれな顔でサティアを見る。

「…………………大丈夫ですのん?」

何だか犬みたいな目であたしを見るサティア。あたしは、ぜいぜい肩で荒い息を吐いていたけど、気を取り直すと先に進む事にした。今は目の前の事に集中しなきゃ。あたしの心の中にいるレシテルは、どこにもいかない。だから、レシテルについて考えるのはいつでもゆっくり出来る。

「ごめん、大丈夫」

リンから奪ったハンカチで顔をふきふき。それを丸めてリンに返して、あたしは心配そうな顔をしてるサティアに微笑んだ。あたしの笑顔をみて、サティアはにこぉって微笑むと、またパサパサ羽根を羽ばたかせてあたし達を先導した。

あたし達は、果たして正常な建築物なんだろーかって、思わず思っちゃう城の中を、立体迷路を果てしなくさまよってる気分でぐるぐる歩く。何か、階段を上がったり下がったり、スロープを降りたり上ったり、螺旋階段なんてあったりして、普通なら自分達の歩いてきた道程なんかで、その建物の大体の造りは想像出来る筈なのに、フォレスタのその城は常識で計ろうと思う事がそもそも間違えてるんだと思い知らされた。
 歩いて来た道順を覚えようとするのを諦めて、あたしは辺りを鑑賞する事にする。城の構造なんかはメチャクチャだけど(城の中で空間が歪んでるのかもしれない)、その中の装飾品や調度品なんかは、素晴らしくセンスのいい物ばかりだった。
 ヴァンパイア
はやたらに美意識とかにこだわるらしいけど、あたしはそれについては万々歳だ。魔族だからって言って、小説とかによくあるよーな、生肉みたいな物で構成された建物とかカエルとか目玉なんかを食事にするなんて言われたら、あたしはきっと泣いて出て行くだろう。冗談じゃない。

サティア達サキュバスなんかは、どーいう所でどーいう生活してんだろうか。あたしはちょこっとだけ想像しようとして、やめた。自分のした恐ろしい想像が、現実そのまんまに現れた時ほどに泣きたくなる事はない。
 童話に出て来る様な、お菓子の家だとか巨大キノコだとか…そんなんに住んでたら………………あたしは、多分、泣く。

「ここですのぅ」

サティアが止まり、あたし達は巨大な扉の前に立っていた。

ブルゲネス湿地帯にあったヴァンパイアの館の扉とは、全然違う。別にフォレスタのマークなんて刻まれてないし、わざわざおどろおどろしい雰囲気を出してるでもない。いたって普通の、趣味のいい扉。どっかのお城とかにありそーな。

「サティアちゃんは部外者ですから、ここまでですのぅ」

サティアはそう言って、あたし達に先を譲る。自分達で扉を開けっていう事だろう。まぁ、ヴァンパイアの正式な席らしいから、他種族のサキュバスが入れないってゆーのは当然なのかもね。

 「サティアちゃん、これからお友達とゴハン食べに行くですのぅ。食べたら戻って来ますのん。待ってて下さいねぇん」

サティアはプリプリと形のいいお尻を振って、あたしに言う。いつもなら「いらんわ」とかって突っ込んでるけど、あたしはどーやらこのほよ〜んとしたサキュバスを気に入ってるらしい。特に突っ込む事なく、軽く笑ってサティアに頷いた。

「んじゃ、アレス、リン。行こっか」

シチュエーションはヴァンパイアの屋敷の大広間の扉前と似ていた。でも、あたし達の立場(種族)は違うし、先を導いてくれるレシテルもいない。死を恐れてもいないし、変な気負いも無い。
 ただ、これからあたし達が魔族として生活するためのスタートが、目の前に扉という形になって存在していた。あたし達は、あたし達で進まないとならない。そして、自分の手で扉を開かないといけない。

振り向くと、リンが綺麗な顔であたしを見てる。

「どんな人達でしょうね、キラ」

多分、さっきサティアから聞いたフェロモンむんむんの公爵の事なんか考えているだろう、鼻の下の伸びた顔。キリッとしてりゃあいいのに。
 アレスは、これから五公爵家のヴァンパイアと会う事にちょっと興奮してるみたいだった。無表情なのは変わり無いけど、目の輝きが違う(犬か)。

変わらない。

人間でも、魔族でも、あたし達は変わらない。目の前の二人を見て、あたしは笑った。

そして、二人の手を握る。

「じゃあ、サティア」

あたしは脇でパサパサホバリングしてるサティアに向かって、ちょっと微笑んだ。

「はぁい」

あたしが中に入る決意をしたのを確認すると、サティアはほにゃ〜んと笑ってパサパサ通路を戻って行った。まぁ、あの子とも長い付き合いになりそーだな。

「ぃよしっ! んじゃ行くかっ!」

あたしは両脇の二人を見上げて笑うと、アレスもリンもあたしの意図を察したみたい。三人でニィッと笑うと、同時に

ドカーンッ!!

扉を蹴り飛ばした。

そして、あの時のレシテルと同じセリフ。

「よぉっ! 兄弟! 一緒にパーティーやろうぜっ」

あたし達の魔界でのヴァンパイア生活は、こーして始まったのだった。
 あたしの日記帳がページ切れになったので、その後を話すのはまた後日。その日まで、皆さんお元気でっ!

                                おわし。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送