ヴァンパイア・ハンター レシテル・エディレ」

クロから連絡がついたのは、それから四日後だった。

 エキドナ配達便のお兄ちゃんが、『星花亭』に速達便を持ってきてくれた。
 エキドナ配達便は、郵便ギルドの配達係がエキドナに直接乗って街中に手紙やらを配達するもの。
 そのエキドナがまた可愛いの! 配達係は深緑色の制服を着てるんだけど、
エキドナも配達係とおそろいの帽子を被って、手紙の入ってる巨大なガマ口のショルダーバックを首から下げてるの! 
 きゃああああああああぁぁぁぁ! プリティ! やーん、いいなぁ。
 あたしも一回配達便のエキドナに乗ってみたいいいいいいぃぃぃぃ。

ここまで話せは、読者の皆様もエキドナのプリティな魅力を分かって来てくれてると、あたしは堅く信じている。
 リンはあたしのエキドナファンぶりを異常だって言うけど(異常者に異常って言われたくない)、そんな事ないよねっ。うん。
 エキドナの魅力に気付かない
(リン)が大馬鹿者なのである。

「どーもぉ。御苦労様ぁ」

速達の伝票にサインをして、あたしはエキドナ配達便のお兄ちゃんにそう言った。あぁ、可愛い。エキドナ。あぅ…。
 きゃあ! エキドナがこっち見た! 可愛いいいいぃぃぃっ!

「クエ?」

ぎゃああぁあああああぁぁぁぁっ! 激・プリティ!

でも、配達係のお兄ちゃんがまたがると、うっとりした顔のあたしから目を外して、
首にショルダーバッグを下げたエキドナは、尻尾をふりふり軽やかに行ってしまった。

はぅ。

切ない表情でそれを見送り、エキドナのプリティな後姿が角を曲がって見えなくなってしまうと、あたしは宿に戻った。

ちなみにエキドナ配達便は国営である。郵便「ギルド」って、ギルドの名前が入っていても、普通のギルドとはちょっと違う。
 普通のギルドは昔からある冒険者ギルドから、それぞれの職業ごとに別れたもので、
冒険者ギルドっていうのは国とも民間企業とも違う独立した力を持ってるんだけど、郵便ギルドや補修ギルドとかは、
国がギルドっていう形をとって動かしている機関なのだ。

 だから、ギルドって名前がついていても、冒険者ギルドとは全く関係ない。
 国のお役人になる試験を受けた人が、それぞれの国のギルドに入る。郵便ギルドや補修ギルドなんかは、
配達係とか道路工事・橋の建設とか、現場での作業員にアルバイト的なものを雇う場合もある。
 そういう人はホントに肉体労働者で、何かの責任を負ったり人に命令とかは出来ないんだ。

エキドナが使われてるから、あたしも初めはマンディーさんの新手の事業かと思ったんだけど、実は違った。
 でも、配達にエキドナを使うようになったのは近年になってから。
 やっぱり、マンディーさんの所のエキドナを使わせてもらってるみたい。凄いぜ! マンディーさん!

「どれどれ」

食堂のいつものテーブルに着き、エキドナの渋いデザインの封印がされた封筒を開ける。
 クロの奴も憎いもんで、あたしがエキドナ好きってのよっく分かってるから、
 封筒の封印に使う型押し
もエキドナの型押しを使ってくれている。ぬふふ。

封印に使う型押しっていうのはね、まぁ、スタンプみたいな絵柄の彫ってあるのがある訳よ。
 そこに溶かした蝋を垂らして封印をしたい場所に押しつける。すると、蝋が固まって型押しの絵柄通りに封印がされるって具合。
 文房具なんかを売ってるお店では、封印専用の溶けやすく固まりやすい蝋を売っていて、
最近では女の子を対象に色付きの蝋なんかも売ってる。勿論、エキドナの絵柄はマンディーさんの会社から買っている物。
 エキドナに関する物は、全てマンディーさんに権利があるのだ。

エキドナの封印を取るのは勿体無いから、勿論ハサミで封筒の端っこを切る。ポロッと落ちた封筒の切れ端を、
何となくアレスに与えてみる。アレスはそれを片手に持って、しばらく真剣にそれを眺めたり匂いを嗅いだりしてた。
 一見、道具を与えられた原始人の様でもある。

 アレスは魔法の他にも、哲学的な事を考えるのも割と好きみたいでささいな物をじっくりと観察したり、
その存在について深ぁく考えたりもしてるらしい。ハッキリ言って暗い。あたしは全く興味無い。

「ふんふん?」

カサカサと手紙を開き、あたしはクロの小汚いクセ字を読み始める。

クロの字は一つ一つの文字はクセがあるものの、見様によっては綺麗な字に見えるんだけど、
それを全体として見ると絶妙なハーモニーをもってぐちゃぐちゃな印象を与える。世の中にはそういうタイプの字がある。
 不思議でたまらないんだけど、これも一種の才能かな? なんて思っちゃう(どんな才能だ)。

 アレだよね。色んな色の髪とか服を着た人がいて、それぞれはかっこよかったり美人だったりしても、
全体として見ればゴチャゴチャした人だかりにしか見えない。それと同じ様なものだと思う。
 うーん、こうやって考えるとクロの読みにくい字も何だか哲学的だなぁ。

「何て書いてあるんです?」

リンが微妙に体をすり寄せてあたしに訊ねる。
 あたしはテーブルの上に乗せられたリンの手の上に、あつあつのティーカップを置いてみる。

じゅう。

「ずあじゃああぁああぁああぁっ!」

やっぱり熱いか。

「うーんとね。…おぉ! 凄ぇ! クロの知り合いってヴァンパイア・ハンターギルドのギルド長だって! 
 で、さすがにギルド長は忙しいから、
ヴァンパイア・ハンターギルドの中でも優秀な人材をこっちによこしてくれるってさ。
 若いけど能力の高さは折り紙付きなので、心配しないようにだって。ふんふん。
 何でもその人は
ヴァンパイア・ハンターギルドの名誉広報誌に載せる論文を終えたばっかりで? 
 ヴァンパイア・ハンター
としての活動を再開させるまでしばらくあるらしいから、割とゆっくり付き合ってくれるみたい。
 っへーぇ! 凄い人なんだ! よくこんな人材あたし達に回してくれたね。クロの奴、よっぽどいい事言ってくれたのかな」

くりっとリンの方を向くと、おばさんにもらった氷で手を冷やしてた。ちなみにアレスはまだ封筒の切れ端を熱心に観察してる。

「女の子?」

そう言うと思った。

「知らない。性別は書いてないなぁ。でも多分そうなんだと思う。レシテル・エディレって名前だって」
 「レシテル! おぉ! 美しい名だ! きっと金髪の美少女に違いありません! 
 小柄で色白で、物腰柔らかで、ちょっとプライドが高くて…そう、言うなれば高貴な猫の様な…」

始まった。

「ジルヴァ大陸の北方にあるイザーク地方に伝わるハリス・イザーク語で、レシテルは聖なる十字架の意味。エディレは光の意味」

ボソッと言ったのはアレス。人の名前とか地名とか、とにかく名前という名前を耳にしたら、
頼まなくてもその語源とか由来とかドコの言葉だとか、ほとんど反射的に分析する。何だか、
魔導士よりもそっちのエキスパートになった方がいいと思うんだけど…。

ふーん、名前からしてヴァンパイア・ハンターとなるべく生まれてきた様な人だなぁ。どんな人だろ。
 まぁ、何となく名前の意味とかからイメージするのは、不本意だけどリンのイメージに近いかなぁ。

「予定では明日の昼過ぎくらいに、ここに来るってさ」

後でクロにお礼言っとかないと。ヴァンパイア・ハンターギルドのギルド長さんにもね。
 まぁ、今は待つしかないか。

「おや、明日の昼にヴァンパイア・ハンターの人が来てくれるのかい?」

あたし達の話をカウンターで聞いていたおばさんがそう言った。おばさんにも全部話した。
 何だかんだ言って、あたし達のお母さんみたいな人だし。

あたしとアレスの生まれの事を聞いて、おばさんは泣いてくれた。自分の事が分かって良かったね、
ていう事と、悔しいね、ていう事と。他人の身の上の事で、他人のために涙を流せるっていうのは、人として凄い事だと思う。
 もしかしたら、それは全く自分とは関係の無い事だから、偽善的に同情したりとかもあるかもしれないけど、
例え同情だとしても他人のために泣いてくれるおばさんが、あたしは大好きだ。

 それ程に、あたし達の事を本当の子供みたいに大切に思ってくれてるっていう意味だと思うから。
 同情ってのも、悪くはない。同情されて自分を悲劇のヒロインだと思い込むのは、あたしは大嫌いだけど、
同情されるとその人は少なくてもあたしの事を思ってくれている、って考えられるから。

人ってあったかい。例え、虚構と建前と保身にまみれていても、
表面
だけだとしても他人の事を考える心のゆとりがあるっていうのは、凄い事だと思う。
 あたしは人の汚い部分をたくさん見てきたから、現実に対して過剰に夢をみるのはとっくにやめた。
 でもその代わりに、最近は逆にその汚い部分が堪らなく愛しく感じられる様になってきた。

 別に自分が物凄く卓越した存在で、矮小な人間を哀れんでいるとか、
そーいうどっかのお偉い魔導士とかみたいな事は考えてない。自分も含めた、人間ていう存在の汚さをよぉくわきまえた上で、
悪い事考えたり誰かを憎んだり、嫉妬したり。そういう感情を強く持っていながら、同時に人を強く愛したり許したり出来る存在。
 それが人間で、あたしは人間が大好きだ。人間である自分も、仲間も。

ヴァンパイアの中にもそういう感情とかはあるんだろうか。人間よりも古くからこの世界に居る種族で、
高度な知識と魔力を持ってるから、多分ヴァンパイア
なりの考え方とか美学とかはあるんだろうけど…。

まぁ、理解するつもりは無いけどね。

魔導士ギルドの名誉魔導士みたいな、知識を重きとしてる様な人は、
もしかしたらそれを理解しようとするのかもしれない。『知る』事が全てだから。

 でも、あたしはやっぱり魔族を自分の仲間みたいにして考える事は出来ないし、
何よりも自分の家族を奪われたっていう事実があるから、冷静に見たりする事は出来ない。
 本物のヴァンパイア
は見た事ないけど(そんなにゴロゴロいたら困る)、
自分とは異質なものだし、あたしは憎く思ってる。だから、敵。

自分とは違うから、理解しない。

そういう態度はあたしは大嫌いだけど、今回の事に対してだけは別。遺跡の中で出てくる魔物や、
森で襲ってくる狼なんかを考えても、自分のテリトリー荒らされて怒ってるんだな、とか、
近くに巣があって子供や卵を発見すれば、刺激しない様に退散したりはしてる。
 例え言葉の通じない生き物でも、彼らなりの生き方とかをしてる訳だから。

無神経に、魔物をみれば金儲けや経験値稼ぎのために、皆殺しにしたりする冒険者をあたしは心底軽蔑してる。
 自分達以外の生き物には生きる権利もないと思ってるから。傲慢だ。でも、それで彼らを責める事も出来ない。
 彼らは彼らで自分の生活や自分のためにそれをしてる訳だから。

 本来ならヴァンパイアに対しても、そういう視線を送るべきなのは分かってる。
 でも、相手はあたし達よりもよっぽど強くて、あたし達をエサだと思ってる様な種族だ。
 情なんてかけてたら、こっちが食べられる。いくら食べるためとはいえ、あたしがあいつらのゴハンになってやる義理はない。

それに、そういう事を考えてヴァンパイアに対する憎しみを放棄してしまえば、きっと今のあたしはぺしゃんこになっちゃう。
 今のあたしは仇を討つ事を生きる理由にしてるから。

カサカサと手紙を封筒にしまい、エキドナの封印を指先でそっと撫でると、あたしは席を立って部屋に手紙をしまいに行った。

まだアレスは封筒の切れ端を眺めてる。

そして、翌日の昼過ぎ。
 レシテル・エディルはやって来た。

よもや、リンのたわ言そのまんまの人物だとは、さすがのあたしも思わなかった。

小柄な体。肌は真っ白で、つるつるしてる。髪は綺麗な金髪。しかも、色の薄いプラチナブロンドって奴よ。
 それが、染めたり脱色したりしたもんじゃないってのは、一目瞭然。生え際まで綺麗にプラチナブロンドだもん。

目は鮮やかなブルー。リンの目の色よりも、ずっと明るくて透明感のある色。アイス・ブルーっていうのかな。
 きゅっと吊り上った目で、まつげも勿論プラチナブロンド。そんな中で、理知的でちょっと冷たい感じのする目がある。
 アイス・ブルーだから、瞳の黒い色が凄く際立ってるんだ。だから、見詰められるとちょっとドキドキする。

 華奢な体。見るからに賢そうで、気品すら感じる。不本意だけど、リンの言ってた高貴な猫っていう形容は当てはまってる。

ただし! あたしはそいつが一目で気に入らなかった。

こんの可愛くなさそうなガキったら!

プラチナブロンドの髪をツンツン立てて、おでこにはゴツいゴーグルをしてる。細い首には、トゲつきの首輪。
 首輪だけならまだしも、ジャラジャラしたチェーンやら、錠前のついた太い皮紐やらが、幾重にもなってついてる。

 華奢な体にはボロボロのシャツを着て、カンバッヂやら自分でしたらしいペイントやらで、元のプリントがわかんない位になってる。
 細っこい腕には髑髏
と十字架と薔薇をあしらったタトゥ。綺麗な顔の片方のほっぺにも、でかでかと炎の模様のタトゥが彫ってある。
 折れそうに細い手首には、首についてるのと同じ様なトゲトゲのリストバンドや、
有刺鉄線のモチーフのブレスレット、革紐なんかが巻かれている。これまた細い指には、ゴテゴテとゴツい指輪がいくつも。
 どれもこれも、十字架や髑髏
なんかをあしらった物だ。
 細い腰には、やっぱりトゲトゲのついたベルトがななめに交差する様にして、二本巻かれていて、
その下には上物の革のパンツをはいている。ブーツも底が厚くて溝の深い、かなりゴツい奴。
 肩から斜めに掛けてるショルダーバッグだけが、唯一レシテル・エディルがヴァンパイア・ハンター
だという事を表している。
 でもバッグについてる
ヴァンパイア・ハンターギルドのマークも、ゴテゴテとカンバッヂやら安全ピンやらが付いているお陰で、
ほとんど分からなくなってしまっている。

 小さな耳には、いくつ付いてんだかわかんない位に太いリングのピアスがついてる。
 片方の小鼻にも細いリングピアスが付いていて、片方の眉毛にも付いてるし、ちょっと覗いたお腹にある小さなおへそにも、
例外なく付いている。この分だと絶対舌にもピアス付いてるな。

レシテル・エディレは、くちゃくちゃと音をたててガムを噛みながら、両手を腰に当ててあたし達を黙って見ている。
 黙って見られてるだけなんだけど、何だかすっごく腹立ってきた。

アレスはともかく、リンは完全に硬直してる。

「ど…………どうもぉ、ヴァンパイア・ハンターギルドのレシテル・エディレさんですかぁ?」

ややしばらくして、あたしは引きつった笑顔でそう言った。

「早く挨拶すれよなぁ、せっかく来てやったのにいつまでそーやってボーッと突っ立ってるつもりだよ。
 アホみたいなツラしやがって。お客が来たらまず挨拶、って教わんなかったんか? 
 教養なさそう
なツラしてるけど、それぐらいは出来るだろーが」

憎ったらしいボーイ・ソプラノで、レシテル・エディレはこのあたし! 
 キラ・セビリアに向って『アホ』と言った。このクソガキがああああああぁぁぁっ!

そう、レシテル・エディレは美少女ではなく、パンクな美少年だったのだ。

ぶっちーん。

プライドの高いあたしが、クソガキにアホ呼ばわりされて黙っている筈がない。

「まずは目上の人間てものを敬うもんじゃないの? 
 いっくら名誉広報誌に論文載せる様なデスクワーク専門の貧弱ヴァンパイア・ハンター
でも、
 人として最低限のマナーが守れない
様じゃあ人として最っ低よね。ママに教えてもらわなかったのかなぁ? ボクぅ」

こーいう奴には倍返しに限る。

レシテル・エディレはピクッと片頬を歪めると、何と意外にも片手で口元を覆って俯いた。
 華奢な肩を震わせて、しばらくそのまま黙り込んでしまった。

 ちょっと言い過ぎたかなぁ? と思い始めた頃、レシテル・エディレは少し潤んだ目であたしを見、
愁傷にもうって変わって弱気な声であたしに謝った。

「………ごめんなさい…俺が悪かったです……。ヴァンパイア・ハンターギルドから派遣されて来ました、
レシテル・エディレと言います。キラ・セビリアさんですね? ………さっきの言葉、取り消します。ごめんなさい…」

なーんだ、見かけ倒しじゃん。よくいるんだよねぇ、外見だけで虚勢張ろうとするのって。
 まぁ、外見の大切さはあたしも分かるから非難は出来ないけどね。なに、表のカラさえ剥いちゃえば、年相応の可愛い少年じゃないか。

「いいのよ。若い子には良くある事だし。さぁ、奥に入って話しようじゃない」
 あたしは細かい事にはこだわらない。さっぱりとそういうと、レシテル・エディレを食堂の方に促す。

「はい、有り難うございます。……仲直りの印に、握手してもらってもいいですか?」

おぉ、加えてなかなか礼儀正しいじゃないか。よしよし。お姉さんが可愛がってあげるからね。
 あたしはにっこりと微笑んでレシテル・エディレに手を差し出した。そして、握手をする。

ねちゃ。

「ぎゃああああぁああああぁああぁっ!?」

掌に生温かい物体が…。

こ、これはもしや…。

バッカじゃねーの? コロっとだまされやがって。盗賊ってのは人だましてなんぼ、だと思ってたんだけどさぁ、
 あんたホントに
盗賊? あ、もしかして駆け出し盗賊世の中の仕組み分かってないとか? 
 あーぁ、可愛いなぁ。何なら俺様が世の中の仕組みってヤツ、教えてやろーか? 駆け出し盗賊
のオネエサマ

くっっっっ………………………こ……………この…………クソガキ…………。
 人が下手に出てやりゃあ付け上がりやがってえええええぇぇぇぇっ!

しかもこのクソガキは言ってはならない事を言った! このあたし! 
 キラ・セビリアに向かって、駆け出し
盗賊ですってぇええぇえぇっ!?

あたしはてのひらにねっちょりとついた、レシテル・エディレの吐いたガムを剥がし、
ティッシュで包むとアレスに放り投げた。キッとクソガキを睨むと、奴は思った通りピアスの付いている舌を、
あたしに向って思いっきり出していた。

ぶちーん。

「お仕置きしてやるっ! こっち来い! クソガキ!」

戦闘体勢を取ったあたしだったが、レシテル・エディレはあたしをシカトしてリンとアレスの方へ行く。

「どーもぉ、ヨロシク〜。ボランティアは性に合わねーけど、まぁ、暇だから話聞くぐらいはしてやるよ。
 なんか飲みながら話したいんだけど。あ、あっち食堂? 俺コーヒーね。勿論あんた達のオゴリだからな。
 あ、後、俺まだ昼飯食べてねーから何か食べるわ」

……………………………ムカつく。

テーブルに着いたレシテル・エディレは、あたしの席に座り、
遠慮なくゴハンとコーヒーを注文して、パクパク食べていた。
 おばさんは奴の
格好に目を丸くしてたけど、レシテル・エディレがペロッと綺麗にゴハンを食べ終えて
「おばちゃんごちそーさま。宿ボロいけど料理は上手いね。
 すっげぇ旨かった」って言ったら、すっかり気に入ったらしく、
サービスで手作りのレモンパイをあげる始末だった。

くっそおおおおぉぉぉっ!

ぶすーっとして頬杖を着き、横を向いてるあたしに向ってレシテル・エディレはしょーもなさそうに言う。

「あのさー、ヴァンパイア・ハンターに話聞きたくて仕事屋に話持ち掛けたんだろ? 
 だったらさぁ、いつまでもいじけてねぇでさっさと話すれば? 俺だって遊びに来た訳じゃねーんだしさぁ。
 仮にも俺より年上なんだろ? 大人げねーな」

ムカッ

クソガキになだめられて、あたしは何だかムカつくと同時に情けなくなった。ナニやってるんだろ、あたし。
 まぁ、いーかげん機嫌治して本題に入る頃合いではあるんだけど…。
 こいつになだめられて機嫌直したってのも、何だか居心地が悪い。あたしはプライドの高い女なのだ。

「メリルさん、キラにもレモンパイもらっていいですか?」

リンがおばさんにそう言って、あたしの分のレモンパイを持って来る。

「ほら、キラ。そんな顔してたら可愛い顔が台無しですよ。美味しい物食べたら気持ちが柔らかくなりますから」

マメな奴である。

ま、でもリンのお陰で気を取り直すいい機会にもなった。さて、気に食わないけど、
優秀らしい
ヴァンパイア・ハンターにあたし達の話をするとしますか。

悔しいけど、レシテル・エディレは賢い奴で、「食い物につられて機嫌治してんのかよ。
 まったく、犬並みだよな」なんて事は言わなかった。それを言ってしまえば、
あたしは本当にぶんむくれて、話は進まなかっただろうから。

 引き際をわきまえている。まったく小憎らしい子供だ。

「まぁ、ヴァンパイア・ハンターギルドのギルド長さんから大方の話は聞いてるかもしれないけど、
大まかな事は確認のためにもう一度言っておくわ」

レモンパイを一口食べて、あたしはそう切り出した。

リンは小さくホッとした様な吐息を吐き、
レシテル・エディレは「ようやくか」とボソッと言って聞く体勢に入る。
 アレスは勿論、何も考えていない。
 あたしとレシテル・エディレの前に置いてあるレモンパイを、熱烈な目で見ている。

「俺のでいーんならやるよ? おばちゃんには悪いけど、俺甘いモノ駄目なんだ」

レモンパイを凝視しているアレスに気付いて、
レシテル・エディレはそう言ってレモンパイのお皿をアレスの方に押しやった。
 そして、ちらっとおばさんの方を見るけど、
おばさんは別に気を悪くした風でもなく、にっこりと笑って頷いて見せた。

うーん、どうもこいつ、口は相当悪いけど性格はそんなに悪くない…っぽい。根はいい奴、て奴かな?

一瞬そう思ってから、あたしは昨日アレスから聞いた事を、小さな事も逃さないでレシテル・エディレに話した。
 それからあたし達の職業の事とか、アンデッド
と戦った経験の有無。
 そして、勿論アレスが聖と火属性の魔法が全く使えない事も。
 その間、レシテル・エディレは口を挟まないで静かにあたしの話を聞いていた。

「ふーん」

一通りあたしの話が終ると、レシテル・エディレは大きな「ふーん」を言って、背もたれによしかかった。
 木の椅子がちょっときしんだ音をたてる。

「…………………どうなのよ」

年少エリートヴァンパイア・ハンターが、この状況に対してどういう結論を出すのか。
 あたしはレシテル・エディレに回答を求めた。
 一言でスパッと「諦めろ」なんて言われた日には、無能呼ばわりしてやる。

だってそうでしょ? エキスパートの人間は、
どんな不利な状況であっても最善の方法を導き出せる筈なんだから。
 そのために研究したり、いっぱい冒険したりしてる訳で。本当に困っていて、
でも本当に
ヴァンパイアを倒したがってる人間に向かって、
無理そうだから諦めろって言うのは安直すぎる。
 そんな事を言われるためにヴァンパイア・ハンター
とコンタクトを取った訳じゃない。

「……………一つ言っておく。その村の人間がヴァンパイアに襲われたのだとしたら、お前らの両親とか家族も、
ヴァンパイア化していて敵として目の前に立つ恐れがある。そうなった場合でも、今の心を失わないでいられんのか? 
 知ってるとは思うが、ヴァンパイア
は物凄く高位な魔物だ。言葉もしゃべるし、お前らの心の弱い所につけこんで、
スキあらば仲間に引き入れようとしてくる。母親の顔を覚えてなくても、
目の前に生きてる人間としか思えない姿で母親だった奴が現れて、殺さないでくれってお前に頼んで来たらどうする? 
 一緒に
ヴァンパイアになって、静かに暮らそうって言って来たらどうする?」

指輪だらけの指を組み、レシテル・エディレはあたしをじっと見てそう言った。

レシテル・エディレが口先だけのデスクワークヴァンパイア・ハンターじゃない事は、この時点であたしは分かった。
 こいつは、そういう場面を実際目にして来ている。そういう目をしている。
 知人や家族が
ヴァンパイアになってしまった人の苦しみを、よく分かってる。

「……………キラ・セビリアをなめないでよ。仕事の最中は敵に気を許したりなんかしないわ。
 あたしは自分自身で決めた事は、必ずやり遂げる」

あたしの決意は並みじゃない。そーじゃなかったら、ヴァンパイア・ハンターのいないパーティーで、
ヴァンパイアに挑もうとなんかしない。

「オッケ、分かった。それともう一つ。刺し違えてでも、とかは絶対に考えんな。
 必ず生きて帰るってコトだけ考えておけ。そーじゃねぇと負ける」

ブラックコーヒーを一口飲んで喉を湿らせ、レシテル・エディレは先を続ける。

「それから、村を襲ったヴァンパイアの親玉みてぇのは憶えてないのか?」

今度はアレスに訊ねる。

あたしは当時の様子はすっかり忘れてるから、そういう質問をされても答える事は出来ない。
 それを見越して、レシテル・エディレはあたしのレモンパイをずっと眺めてるアレスにそう尋ねたのだ。

 レシテル・エディレからもらったレモンパイは、アレスはとっくに食べちゃってる。
 次はあたしのレモンパイを狙ってるみたいだけど、絶対にやんない。べーだ。
 レモンパイはあたしの大好物ベストテンに入ってるんだからね。
 味わってるのかも定かではない、全身胃袋人間なんかに誰がやるもんか。

アレスはしばらく、あたしのレモンパイを見詰めた姿勢のままで黙っていたけど、少ししてから低い声で話し始める。

「……………一人だけ、様子の違うのがいた。他のは普通の人間みたいなカンジだったけど、異様に雰囲気が違ってて…。
 黒いドレスを着てた。髪は白っぽいカンジで、ふわふわしてて長かった。正確な色は、夜だったから定かじゃない。…それ位かな」

ほぇーん。

まだ聞いてなかった、あたし達の敵の姿。

リンの馬鹿は「むぅ…女ヴァンパイアですか…」とかうなってる。馬鹿者。ホンット、節操のない男だ。
 まぁさか、女
ヴァンパイアなんかに手出すつもりじゃないでしょーね。道連れにされておしまいじゃん。

あり?

レシテル・エディレをひょっと見れば、何だか凄い顔をしてる。
 真剣なカオ
っていう一言で片づけるには、色んな感情がごちゃ混ぜになってる。

「ナニ? もしかして大物なの?」

恐る恐る訊ねたあたしに、レシテル・エディレはなんとも不敵な顔で言った。

「大物もなにも、ヴァンパイアの始祖・フォレスタだ。恐らくな」

「しそ?」

あたし、頭の回転はいいんだけど、どうも知識的なものは苦手。専門用語言われてもピンと来ないワケね。
 知らない事はすぐさま訊く。つか、香草を思い出してしまったりなんかしたけど、勿論誰にも言わない。

「…マジで言ってるワケぇ? 信じらんねー無知だなぁ」

 ムッカァ!

知らないもんは知らないんだもん!
 素直に自分が知らない事を白状して訊いてるんだから、そんな言葉を言う事はないと思う。それってすっげぇ酷い。

あたしの顔を見て、レシテル・エディレは「わかったわかった」と言うと、そりゃあ大きな溜め息を吐いて説明してくれた。
 リンも一緒になって聞いている。アレスは…知ってるんだろーな。

「いいか? 始祖ってのはな、一番初めからヴァンパイアである奴だ。唯一、純粋なヴァンパイア
 噛まれて
ヴァンパイアになったんじゃなくて、
 この世界が始まった時から
ヴァンパイアっていう種の長として、存在し続けている奴だ」

「…………………………………………ヴァンパイアの素ってカンジ?」

「だあぁっ! スープのダシみたいな言い方すんなっ! ったく、知性のカケラもねぇ奴だな」

…………なるほど。とゆー事は、かなり…ちゅーか、べらぼーに強い訳ですな。

「ま、いーわ。相手が何であったって、倒せばいい話だし」
 考えるのはやめにして、あたしはそう言うとレモンパイの続きを食べ始めた。

「…………大した自信だな」

レシテル・エディレが呆れ顔であたしを見る。どーせ「考えなし」とか脳みそイカレてるとか思ってんでしょ。

「別に、自信なんかあるワケないでしょ。そいつ強いらしいし。でも、考えても仕方のない事は考えない様にしてんの。
 だって、例えばあんたが『どーして俺は女じゃないんだろ』って悩んでても、そんなの悩むだけムダでしょ? 
 そしたら、どーやれば女になれるかを考えた方が賢いでしょーが」

コーヒーを一口飲もうとしてたレシテル・エディレは、あたしの例え話にブバァッ! と盛大にコーヒーを吹いた。うわっ汚ねぇ。

被害を受けたのは、レシテル・エディレの向かいに座っていたリンだった。ま、リンが自分で言うくらいのいい男なら、
コーヒー掛けられた位じゃどって事ないわな。ほら、水もしたたるナントカってゆーじゃん。あれの亜流だと思えば、ね。

「あぢいいぃいぃいっ」

でもやっぱり熱いらしい。泣きながら顔洗いに行ったわ。

「なんちゅーか、すっごい古典的なリアクションかましてくれたねー。いやぁ、ユカイユカイ」
 あたしは体張ったギャグをかましてくれる奴が大好きである。ちょろっと見直して、レシテル・エディレの肩をポンポンと叩く。

「たとえが悪い」

レシテル・エディレはそれだけ言うと、耳のピアスをいじっていた手を取り、気を取り直してコーヒーを飲む。
 リンにあつあつのコーヒーぶっ掛けたことなんかは、ちっとも気にしてないらしい。うーん、神経ズ太いなぁ。
 あたしだって、わざとじゃない時は謝るのに。

「所でさぁ、レシテル・エディレ。あんた何でそのヴァンパイアが始祖だって事、知ってんの?」

素朴なギモン。

「直接本人が言ってたんだよ。何回か会ってるからな」

ちょっと悔しそうに、レシテル・エディレは綺麗な顔を歪ませてそう言った。

ヴァンパイア目の前にして退治出来なかったのぉ?」

あたしの言葉に、レシテル・エディレは色白の顔を赤くして怒鳴り返す。こいつの弱点はプライドだ。

「うるせぇ! レベルが違いすぎんだよ! 他にいたヴァンパイアどもは、一匹残らず浄化した!」

ほほう。大した腕前だ。

レシテル・エディレは今の興奮が収まるまで、黙ってコーヒーカップを両手で包んでいたけど、
ふと顔を上げるとあたしに向って言った。


 「よし、決めた。お前らについてってやる。フォレスタとの決着も着いてねぇしな」
 「はぁ!? ナニ言ってんの! あんた自分の仕事あるんじゃないの!? それにあたしはあんたみたいの養ってあげないわよ」

思わずレシテル・エディレを指差して、あたしは大声で言った。今回けっこう儲けたとは言え、
それらのほとんどはこれからの旅のために消えていくのだ。もう一人増えても面倒みれる余裕はない。
 それでなくても、アレスの食費で困ってるってゆーのに。

「誰がお前に養って欲しいって言った! 俺は一人でお前ら全体の稼ぎの、倍以上は稼いでんだ! 
 レシテル・エディレを何だと思ってる!」

「ただの小生意気なガキ」

あ、思わず本音が。

「よおおおぉぉぉぉし、お前だけは助けないでいてやる。ヴァンパイアどもに囲まれてピーピー泣いてても、
 お前の周りの
ヴァンパイアだけは浄化しないでいてやるからな」

「悪かったってば!」

そこまで話が進んで(進んでるって言うのか?)顔を洗ってきたリンが戻って来た。
 「俺の美しい顔が…」とかなんとかぶつぶつ言ってるけど、毎度の事だから気にする奴は誰もいない。

「ところで」

急に話題を変えて、レシテル・エディレがアレスを見る。

「……………聖属性と火属性の相性がゼロだって?」

何だかうさん臭そうに、レシテル・エディレはアレスに言う。アレスはゆっくりと、
視線をレモンパイから隣に座っているパンク少年に向ける。

をや?

何だかまれに見るアレスのマジモードっぽい。かも。

「有り得ない話だぜ、属性相性がゼロだなんて。いくら相性が悪くても、多少の数値はあるのが普通だ。
 ゼロなんて数値がありえるのは、魔物だけだ」

ムカッ

「ちょっと! 何て言い方すんの! アレスはうちの大切なメンバーなんだからね! 
 酷い事言ったらあたしが許さないよ! 倍返ししてやる!」

いくら何でも言っていい事と悪い事がある。

リンは戻って来ていきなりあたしがブチ切れてるので、ビビッってカウンターの隅に座った。
 当のアレスと言えば、何か言いたそうな目でレシテル・エディレを見てる。

「うるせぇな! お前は黙ってろ」

それでも、レシテル・エディレは反省する様子もなく、アレスをジロジロと不躾に見ている。
 このクソガキ。ホント、マジで親に人に対する態度ってもん、教えてもらわなかったんじゃないの?

「…………アレス・ナイザーって言ったっけ? お前、村がヴァンパイアに襲われて、
それを隠れて見てた…って時、フォレスタと接触あったんじゃねーのか?」

見事なまでに遠慮ってものを知らない言い方。
 あたしはマジにキレて、ガタンと椅子を蹴散らして立ち上がった。

「キラ」

でも、それをアレスは制止する。

何で?

「……レシテル・エディレの言う通り。俺はヴァンパイアに話し掛けられた」

何よ…。

「何なの!? 噛まれたの!?」

ヒステリックに叫ぶあたしを無視して、レシテル・エディレはアレスの代わりに話を先に進ませた。

「噛まれちゃいねぇ。ただ…………契約したんだろ? フォレスタと」

体重を後ろに掛けて、椅子を揺すりながらレシテル・エディレは憎らしい位の冷静さで、アレスにそう尋ねる。
 あたしにはアイス・ブルーの目がとても冷たく思えた。

アレスは無言で頷く。

「ちょっと…何それ………聞いてない。聞いてないよ! アレス! 
 まだ、これ以上あたしに隠し事あるの!? 全部吐きなさいよ!」

あたしはすっかり、いつものマイペースさを失っていた。孤児院の時から一緒だって思ってた
(本当はそれよりも前からだった)アレスの事が、どんどんわかんなくなって来た。
 アレスの事なら何でも知ってるって思ってたのに、知らない事が次々と出てきてあたしを混乱させる。

 あたしに隠し事(本人はそんなつもりじゃないのかもしれないけど)してた、っていう事に対するショックてのもある。
 今、かなりヘヴィーな現実になって来ていて、それに対するプレッシャーとかであたし自身がモロくなってる、てのもある。

多分、一番大きいのは、自分の知らない所でアレスがいっぱい辛い思いをしていたんだろう、って事。
 しかも、多分それにはあたしが関わってる。じゃなきゃ、今あたしがこんなにピンピンしてる筈が無い。

あたしはヴァンパイアじゃない。自分の事だから自分で分かる。

ヴァンパイアに襲われた村で、奇跡的に二人の子供が生き残る。
 よくありそうなパターンだけど、現実はそんなに甘いもんじゃない。
 まして、始祖なんていうのがその場に居たんなら、美味しい子供に気付かない筈がない。

アレスは済まなそうにあたしを見て、ゆっくり話し始めた。

「『助けて欲しい?』って、あのヴァンパイアは言った。生きたかった。だから、頷いた。
 ……まずは、敵対しても絶対傷つけたり出来ない様に、聖属性と火属性に対する相性を奪われた。
 そういう意味では、俺は普通の人間じゃないのかもしれない。
 レシテル・エディレも言ったけど、普通の人間には有り得ない事だから」

そこで、もそもそと口をつぐんでしまう。

「続けて。最後まで聞くから」

椅子に座り直して、あたしはアレスに話の先を促した。カウンターの方でも、
リンとおばさんがアレスの話を聞いている。幸い、他に食堂にいる人はいなかった。

「……………キラの事…守らなきゃいけないって思ったから」

途切れ途切れにアレスは続ける。

あたしの名前が出てきた時、あたしは心に深くて鈍い痛みを感じた。
 アレスが今こうして、辛そうに話している事の原因の半分は、あたしのせいなんだ。そう思うと辛かった。とても。
 だって、あたしは今までアレスの苦しみなんてちっとも知らなかったんだもん。

でも、ようやくアレスの苦しみをあたしが半分受け持ってあげられる時が来た。
 苦しいけど、辛いけど、ちょっと嬉しかった。
 これで十五年くらいアレスが一人で耐えてきたものを、あたしが知る事が出来る。

「『子供が二人じゃ生きて行けない』って、あのヴァンパイアは言った。
 だから、俺は生き抜く力が欲しいと願った。
ヴァンパイアは心を読んで、俺に巨大な魔力を分けてくれた。
 だから、闇や氷、雷に対する俺の相性はケタ外れに高いんだ。
 でも、そういう人外の力は、普通の人間にはコントロールする事は難しい。
 魔法を使って魔力を放出する事よりも、普段大人しくしている時に、魔力が外に漏れない様にしなきゃならない。
 だから、俺は禁呪を解放して虚無の塊を作り出して、自分の中にそれを封じた。
 お陰で魔力が外にはみ出て、関係ない人を傷付けたりする恐れはなくなったけど、
今度は自分が虚無に吸収されないように別の形でエネルギーを摂取しないといけなくなった」

そっか、それであんなに底無しに食べてたんだ。

「大体の話は、これで全部」

アレスはそう言って、全部吐き出したってカンジで溜め息を吐いた。
 なんだか、場がしんみりしてる。って、当たり前だけど。

「…ありがと、アレス。もう、一人で悩まなくていいから」

あたしはそれしかアレスに言う事が出来なかった。

「………………でも、どうしてその始祖っていうヴァンパイアはアレスにそんな酷い仕打ちをしたんだろうかねぇ」

おばさんがエプロンで目頭を押さえながら言う。

それもそうだ。

「ヒマなんだよ」

答えたのはレシテル・エディレ。

「なぬううううぅぅぅっ!?」

あたしは憤慨してうなった。

レシテル・エディレもアレスの境遇にはちょっとばかし心を動かされたみたいで、少し疲れた様な顔で言葉を続ける。
 その綺麗な顔にはフォレスタに対する敵意や嫌悪がありありと伺えた。

「さっきも話しただろ。始祖はこの世界の始まりから生きてる。
 だから、そこらのヴァンパイア
みたいに人間襲うだけじゃ、つまんねーんだよ。
 人間の血なんて吸わなくても、始祖は生きてけるしな。永遠にも等しい時間を生きるには、仲間を増やす事と娯楽が必要だ。
 フォレスタにとって、人間一人の人生狂わせる事なんてちょっとした娯楽に過ぎないんだよ。
 こいつの事も、こーいう事にするだけしといて、今憶えてるかどうかも定かじゃねぇ。
 このマリドン多島大陸群だけじゃなく、奴は世界中を自由に移動して気ままな生活をしてるみたいだしな」

「じょおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっだんじゃない!」

とうとう怒髪天を突いたあたしは、再び椅子を蹴散らして立ち上がり、テーブルに激しく両の拳を打ち付けた。
 物凄い音がして、テーブルに載っているカップやらお皿やらが、ガチャン! と音を立てる。

「これはあたし達に対する挑戦と取ったわ! 売られたケンカは買うのがあたし! 
 倍返しじゃ気が晴れないから、特別大サービス六倍返しに決定!」

横殴りに転がった椅子に片足を乗っけて、あたしはまだ見た事の無い敵である始祖フォレスタに宣戦布告をする。
 何故か他の四人はポカンと口を開けてあたしを見てるけど、今はそんな事に構ってる暇は無い。
 このあたしのセリフの途中なんだからね。

「どぉーしてくれよーか。まずは全身に十字架のアクセサリーつけさせて、
 それからにんにくクリームを体中に塗ったくってやって、それからにんにくの首飾りに、
 喉にはチューブ通してにんにくエキスをずーっと体に流し込んでやって、それから聖水で出来た香水なんかもかけてやって、
 聖水お風呂に聖水スープ、聖水とにんにくのシチューに…」

それから十五分くらい、あたしは延々とフォレスタに対する復讐案を誰にともなく語り続けた。
 熱弁が終る頃には、あたしはちょっと喉が渇いて疲れてしまっていた。

「はい、お茶」

あたしが最後にキメゼリフをビシィッとかっこよくキメると、絶妙のタイミングでおばさんが冷たいティル茶をくれた。
 片手を腰に当てて、ゴクゴクとそれを飲み干すと、何とも言えない爽快感が体を駆け巡る。

よぉし、気力充電完了。

パチパチパチと乾いた拍手をくれるのは、レシテル・エディレ。感心したよーな、呆れてるよーな、
何ともいえない表情で指輪だらけの手で拍手をしている。まぁ、手と手が触れ合う前にゴツい指輪が当たってるから、
正確にはパチパチじゃなくてカチカチなんだけど。

「そんだけタンカきれんなら上等だ。さっきも言ったけど、俺は俺で自分の生活費があるから、
勝手にお前らについてくぜ。俺も奴には借りがあるしな」

そう言って、レシテル・エディレは立ち上がる。小柄だけど生意気にもあたしより背が高い。
 底の厚いブーツの分を差し引いても、ね。くそ。

ヴァンパイアどもがたむろってそうな場所は、俺が洗い出しておく。
 数日かかるかもしんねぇが、待ってろ。その間に旅の準備でもしとくんだな」

根はいい奴だと分かっていても、やっぱりこの傲岸不遜なモノの言い方は気に食わない。

「まぁ、念のためだ。俺の名刺やる」

そう言ってレシテル・エディレは、カンバッヂと安全ピンだらけの
ヴァンパイア・ハンター
ギルドのマークが見え隠れするショルダーバッグから、
シルバーの
髑髏がついてる(重たそう)黒い革製の財布を取り出すと、その中から黒い名刺を細い指先で摘み出し、
テーブルの上に置いた。うーん、名刺まで黒とは…。根性入ってるなぁ。

そして、来た時同様にレシテル・エディレは帰って行った。

何となく宿の入り口まで見送ると、何と! 
 宿の目の前には高位の魔導士や金持ちしか持ってない、スティーラー
があった。
 特注品らしく、勿論それにもシルバーの髑髏
やらチェーンやらが付いている。
 勿論、
ボディの色は黒。そいでもってあたしの口からはとっても言えない様なお下品な言葉が、シルバーでつづられていた。
 挨拶もしないで、レシテル・エディレはスティーラーに乗り込み、魔石が埋め込まれている部分に手をかざして何やら呟く。
 多分、盗難予防に持ち主以外には魔法が発動しない様になってる奴だと思う。

 スティーラーはフオン…と本当に小さな音を立てて空中に浮かび、
レシテル・エディレはおでこにしていたゴーグルを目元に降ろすと、

スティーラーの手すりに掴まる事もなく飛び去って行ってしまった。大した制御力である。

スティーラーはごく最近になってから、魔導士ギルドの偉い人が研究を重ねて発明した、
生体エネルギーを必要としない、純粋に魔力で動く乗り物。

 ミスリルとかの軽い金属で出来ていて、丸い円盤の上に人が乗る様になってる。
 丁度胸の高さあたりに、手すりとかがあって簡単には円盤の上から落ちない様になってる。
 で、スティーラー
を制御するための大きな魔石があって、それに魔力を注ぐ事によってスティーラーは浮き上がって移動する。
 浮き上がる高さや移動の速度なんかは、乗り手の魔力次第。

でもこれが、すっげぇ高くて一台買うのに数億シェルは優にかかるらしい。
 ………………金持ちなんて嫌いだ。あたしはエキドナが好きなのっ。

  

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