「セネカ・ファナシュ」

その日、あたし達はダルディア聖王国から、その東にあるティシュア王国へと抜けた。国境には、勿論国の兵隊なんかがいて越境の手続きなんかをするんだけど、冒険者相手だとそんなに詳しい質問や検査なんかはしなかった。
 つか、国境の兵士がレシテルの顔を見た(顔見なくても真っ黒なスティーラーと服装で遠くからでも分かったみたいだけど)瞬間、あたし達の越境はフリーパスと言っても過言ではなかった。

基本的に冒険者は、その所属してるギルドの登録カードなんかで、ある程度身分やらは保証されてるので、一般人よりはチェックが甘いのだ。何か問題があったとしても、その冒険者の故郷よりは、所属してるギルドの方に目が向くので国際問題になんかはなりにくいし。それよりは、商人とかに化けてる悪人が多いので、厳しい目は一般人とかに向けられやすい。

レシテルの顔を見た瞬間に、へーこらし始めた兵士達…ハッキリゆってヒンシュクもんである。情けない顔でサインねだったり、今回の冒険の目的なんかを訊いたりなんかしてる。な…情けない………。

「な? 俺様がいるとなかなか便利だろ」

国境を抜けて、またエキドナちゃんを走り始めさせようとした時、スティーラーの上からレシテルがあたし達に向かって、八重歯を見せて言った。

「………………利用価値はある事は認めてやるわ」

ボソッと言ったあたしの横で、リンが余計な一言を言う。

「あれ? さっきキラ、『これで何処の国にも侵入オッケ! 上手くいったら別の大陸でもレシテル・パスで侵入出来て、知らないお宝にも一杯出会えたり…』なんて、壁に向って言ってませんでした?」

「…ほぉ?」

レシテルが目を細める。あたしはリンを思いっきりどついて、レシテルに精一杯の笑顔を向けた。

「だあぁああぁああぁああぁああぁっ!?」

あ。リンが落ドナしてる。
 ちなみに、エキドナから落ちる事を、落馬とは言わないで落エキドナと言う(そのまんまじゃん)。で、略して落ドナ。

「ちょっと、大丈夫? リン」

自分でどついておいて何だけど、結構痛そうだ。うーん、あたしも注意しないと。や、でも今の速度だったら大丈夫でしょう。下手しても骨折。
 あたしはエキドナを止めて地面に降り立ち、リンに手を差し伸べた途端、

「っきゃあああああぁぁぁん! 大丈夫ですかぁ?」

いきなり物凄く甲高い女の声がし、タタタッと少女マンガのヒロイン走りで一人の女がリンに駆け寄った。む。乳がデカい。

「っだ? 大丈夫ですっ!」

女の子の声を聞いて、反射的に起き上がったリンが、気持ち悪いほどの爽やかさで笑顔を浮かべる。…ぱぶろふのナントカって奴じゃん。

「私、見ました。貴女、何て酷い事するんですか! 仮にも大切なパーティーの、重要な戦士に向って………」

女の子はあたしに向って細い指を突き出し、あたしをウルウルと潤んだ青い目で睨み付けた。肩までのふわっとした栗色の髪。額に金色の飾環をはめて、それに白いヴェールを挟んで頭部が日に焼けない様にしている。真っ白な肌。着ヤセして見えるけど、ボリュームのありそうな胸元は、白いショートマントに覆われていた。まぁ、ちょっとした美少女でもある。

「……………………つか、あんた誰?」

思わず訊いたあたしに、女の子はセネカ・ファナシュと名乗った。旅の薬師らしい。

「んで? その旅の薬師のセネカ・ファナシュさんが、うちのリンになんの御用デスか?」

あんまりにも面白い登場の仕方をするので、あたしは彼女のこれからのアクションにちょっと期待しつつ、そう尋ねた。アレスとレシテルは、それぞれエキドナとスティーラーの上から事の成行きを見守っている。

「私、神の名において、貴女を許しませんっ」

……………僧侶だったの? 薬師って言わなかったっけ?

ふくよかな胸の前で小さな手を組み、セネカ・ファナシュはリンの頭をぎゅっと抱き締める。「あふぅんっ」ていうリンのくぐもったヨロコビのうめきが聞こえた。後ろで、アレスがボソッと「肉まん…」と呟く。コラコラ。

「…………………で?」

ワクワクしながら先を促すと、彼女はスカイ・ブルーの目に涙を浮かべてあたしに宣言した。

「私、貴女がこの方に乱暴を働かない様に、見張らせていただきますっ」

…………………これは、アレかな?

「あー…リンに一目惚れしたんだったら、悪い事は言わないから止めた方が…」

「貴女っ! これだけの殿方をたぶらかしていらっしゃるんですかっ!?」

そう来たか。

「………………つかさぁ、あたし達結構急ぎ…でもないんだけど、でも貴女に構ってるヒマないからぁ…うーん、そだ、リン貸してあげるから好きにしちゃってどーぞ。リン、自分で追っかけて来てね」

あたしはそう結論を出すと、赤エキドナちゃんにまたがる。

「いけませんっ! 貴方達! 魔性の女にたぶらかされてはいけませんっ」

今度はあたしの後ろにいる、アレスとレシテルに向かって言う。……あぁん、もう。誰だよ、こんな面白い女放し飼いにしてんの…。

「……………おい、こいつら放っといて行くぜ」

冷めた顔でセネカ・ファナシュを見下ろしていたレシテルだったけど、スティーラーを進行方向に向け直すとそう言った。

「んじゃ」

あたしは、まだセネカ・ファナシュの胸に顔を埋めているリンに向って軽く手を上げ、先を急ぐ事にした。「まっふぇぇ」とか聞こえるけど、人の言葉として聞こえないので却下。
 問答無用で出発すると、後ろから「お待ちなさいっ」とか聞こえて、セネカ・ファナシュが白い馬(ぎゃはは)で追い掛けて来た! ぎゃはははは! 恐ぇ! ちなみにリンは、更に後ろの方であたふたと自分の青エキドナちゃんに乗ってる。

「なんスかぁ? 出来れば、今日の予定地まで進みたいんですけどぉ」

エキドナを止める事なく、あたしは隣についたセネカ・ファナシュに言う。

「なりませんっ! 貴女を改心させるまで、私はついて行きますっ!」

おいおいおいおいおいおいおいおいおい…。
 つか、こいつ…初めの時とキャラが違う…。いつからエセ僧侶になったんだよ。まぁ、薬師ってのは荷物からして本当らしいけど。
 セネカ・ファナシュの乗っている馬の首周りには、小さな皮袋が幾つも下げられていた。本人の腰からも、ベルトにくくり付けられたと思われる袋が下がっている。
 セネカ・ファナシュは脚の付け根あたりからの、深いスリットの入ったミニスカートで馬にまたがっている。後ろから追いついて来たリンは、それをチラチラ気にしてエキドナの操作を上手くしきれずに、かなり危なっかしい。
 まぁ、露になってる白い太腿と、太腿の真ん中あたりまでの長さの長靴下なんかは、結構色っぽかったりする。足元はショートブーツ。

それからあたし達は休憩すら忘れて、必死になってセネカ・ファナシュをまこうとしたけど、彼女の言う所の「神の名における」ド根性は凄まじく、振り払う事は出来なかった。…つか、傍目から見て凄い光景だろーなぁ。必死の形相のあたし達(アレスはやっぱり無表情)と、それを追っかける白づくめのセクシィ薬師と、鼻血垂れ流してるリン…。

いやはや、ティシュア王国の西街道を通っていた皆さんには、悪い事をしたと思ってますとも…。

「ちょっ………ちょっ………とあんた! セネカ・ファナシュ! いつまであたし達について来るつもりなのっ! いー加減にしろっ!」

ぜいぜい言いながら(ずっとエキドナに乗って全力疾走してんのも疲れんのだよ)あたしはセネカ・ファナシュに言う。彼女も結構ぜいぜいしてるけど、キリッと顔を上げるとあたしを真っ直ぐ見詰めて言う。

「貴女が改心するまでですっ」

改心も何も……………と思いつつ、あたしはガックリとエキドナの首にもたれる。レシテルあたりが何か言ってくれないかなぁ? なんて思ってたけど、あいつは自分に害が無い限り無関心な主義らしかった。
 結局、あたし達はセネカ・ファナシュにまとわりつかれたまんま、街道沿いのゴハン屋さんでお昼を食べ、そして夜のキャンプも彼女と一緒に過ごす事になってしまった…。誰かどーにかすれよ…。

「まぁ、御高名なヴァンパイア・ハンターのレシテル・エディレさんがお料理上手とは、存知ませんでしたわ」

てのひらを合わせてそう言うセネカ・ファナシュを、レシテルは完全に無視して仕上げの香草を乱暴に鍋に入れた。それよりも、レシテルが料理してる姿はあたしは何度見ても恐ろしいと思う。どうやら、奴は包丁という物が使えないらしく、自分のナイフ(それも結構大振りな奴)でもって乱暴に材料を切ったりしてるのである。しかも、そのナイフの切れ味が凄くて、あたしはそのナイフを触ろうとは一回も思わなかった。
 仏頂面でぐるぐると鍋をかき回すと、レシテルは火を消して(焚火と料理用の火は別)、何も言わないで自分の分だけよそって、一人で食べ始める。根性悪ぃ。
 でも、奴の作った料理が美味しいのは本当。あんなに恐ろしいやり方でやってんのに。いや、調理法と味は全然関係無いのは分かってるけど、やっぱ思っちゃうじゃん?

あたし達はレシテルの作ったゴハンを綺麗に平らげ(何故かセネカ・ファナシュも混じってた)、まったりとしてる時にセネカ・ファナシュが自分の所からお茶をいれて持って来た。

「どうぞ、お飲みになって下さいな」

にこやかにセネカ・ファナシュはそう言って、自分から真っ先にお茶に口を付ける。それを見守ってから、あたしは少し警戒しつつお茶の入ったカップを傾ける。ん? この匂いは…。

「サティパ産の最高級のお茶、クシャル茶に私の持っている健康にいい薬をちょっとブレンドしました」

っふーん? あたしは何だかこいつのいれたお茶を、素直に飲む気になれなかったので、一気に飲みほすふりをして、お茶を全部口の中にいれた。立ち上がって歯を磨きに行く素振りを見せつつ、口の中に含んでいたお茶を全部出す。…汚いなんて言わないでよ?
 他の三人は、何も考えずにお茶を飲んでる。レシテルがちょっとあたしを見て、何か言いたそうな顔を一瞬したけど、思い直したのか顔を元に戻した。まぁ、あたしさえ無事ならお茶に何か入ってたとしても、あの女をタコ殴りにするくらい造作もない。

「あたし見張りやってるから、あんた達さっさと寝ちゃいな」

うがいを済ませてからそう言うと、アレスがあたしの所に来て言う。

「キラ、夕べちゃんと見張りしてただろ? 今日は俺の番」

ぬぬ。寝てたかと思ってたけど、アレスにはしっかりバレてやんの。…まぁ、任せるか。アレス相手に遠慮しても仕方ないし。

「そ? んじゃ任せたね。サンキュー」

そしてあたしはもそもそとテントにもぐり込み、寝たふりをしてセネカ・ファナシュの動向を見守る事にした。もしも、あのお茶に何か変なモノが入ってたとしたなら、行動を起こすのは今夜だ。
 まぁ、初めっからおかしいとは思ってるけどね。あの突然の(面白過ぎる)登場といい、無理矢理にでもついて来るのといい。あからさまに怪しい行動は、演技力でカバーしてるつもりだろーか。まぁ、他の馬鹿どもはだませてもこのキラ・セビリア様をだまそうなんて、三十二年ほど早い。…その三十二年って中途半端な数字はなんだ、と心の中で一人突っ込みしながら、あたしは外の気配に耳を傾けて事が起こるのを待った。

しばらくしてからレシテルがテントに入って来て、何だかあたしを気にしつつテントの隅の方で寝始める。ちなみにこいつ、シュラフとか何かはいっつも持ち歩いてないらしい。テント代わりの結界の中で、木とかにもたれて寝るだけみたい。まぁ、パーティー組まないで一人で仕事してたみたいだから、それ位の緊張感が無ければとっくに死んでる。
 あたし達はこれまで、敵らしい敵にも遭遇しないで来たけど、人がわらわらいる所には基本的に魔物はいない、大抵は、森の深い所とか遺跡・洞窟の中とか、人気のいない場所にいる。あたし達がキャンプを張る時に警戒してるのは、逆に野生の獣とか夜盗の類。魔物もはぐれた奴とかはいるけど、本当に時々だ。

そして夜も更けた頃、セネカ・ファナシュは行動を起こした。

セネカ・ファナシュの一人用簡易テントの方から、人が動く気配がしてこちらに近付いて来る。あたしは息をひそめて武器であるレイピアに、そっと手を這わせた。
 ちなみに、盗賊は軽くて小さい武器を複数持つ事が多い。あたしは常に、主な武器としてレイピアとブーメラン、補助的なものとしてダーツや小さ目のナイフなんかを持っている。これがまた、結構手入れが大変だったりするんだけど。

ん? 気配の方向が隣のテントに向った。

見張りのアレスはうんともすんとも言わない。さっきのお茶で寝てるんだろうか。隣のテントには、リンが一人で寝てる筈。あいつは、基本的に女の子を疑うという事をしない。「世の中の女の子は、皆善人」らしい。馬鹿め。

チィ…と、テントのファスナーを静かに開く音がし、セネカ・ファナシュが隣のテントに侵入した。あたしは音を立てずにシュラフから抜け出すと、慎重にファスナーを開いて外に出る。こーいう隠密行動は、あたしの得意とするものの一つ。地面を踏み締める微かな音にさえ神経をくばり、あたしはそろそろと隣のテントに向けて進む。アレスは、案の定火の側に座ったまま、眠り込んでいた。まったく…役に立たないなぁ。
 セネカ・ファナシュが、テントから出て来た所を仕留めて(別に暗殺するワケじゃない)やろうと、あたしは息をひそめて待った。

数分後。

あたしは泣きながらガックリと膝を着いていた。

確かに、セネカ・ファナシュは怪しい奴で、あたし達に薬を盛った後に夜にコソコソと行動し、リンの寝ているテントに忍び込んだ。あたしは金品や、換金可能な物を狙っての賊かと思っていた。でも…。
 隣のテントからは、セネカ・ファナシュの「うふーん」とか「あはーん」とか、声が聞こえて来たのである。そう。あの二人、テントの中で夜の営みを繰り広げていたのだあああああぁぁっ! リン! あんの馬鹿野郎!! 明日になったらお仕置きじゃああああぁぁっ!

もう、あたしは情けなくて情けなくて…。

ガックリと肩を落として、あたしは自分のテントに戻った。ふん。リンなんて腹上死でもなんでもすりゃあいーんだ。
 涙を拭ってシュラフにもぐり込もうとすると、横で寝てる筈のレシテルが小さな声で話し掛けて来た。

「…………おい、あの女夜盗じゃねぇのかよ」

「あんた薬の入ったお茶、飲んだんじゃなかったの?」

「あんなの俺様に効くかよ」

あ………そうですか。
 うん? つか、子供にあんなもん聞かせる訳にはいかないなぁ。多分、これから声が大きくなってくる筈だから(をい)。

「あー…レシテル君。悪い事は言わないから、寝なさい、君」

「あ? 何だよ。気持ち悪ぃな」

「いいからっ」

あたしは小声でそういうと、レシテルの頭を床に押し付ける。ちょっと強引だったかしら。オホホホホホホホホホ。

と、

「やんっ…いやーん…すごーいっそこっ…」

き…来やがったあああぁぁぁっ! リン! レシテルが寝付くまで、もーちょっと我慢しなさい! もしくは処理してもらうとか! 「何の処理?」とか思った皆さんは答えを知らなくてよろしい。

「は…なせっ」

あたしに押さえ付けられていたレシテルが、これまた小さな声で言ってあたしを跳ね除ける。あああぁぁんっ! もうっ! あんたもどーして大人しくしてらんないのっ!

「あ…?」

起き上がったレシテルが、テントごしに隣から聞こえて来る声に一瞬変な顔をし、それからそれを理解するや否や、白い顔を一気に赤面させた。

「………………………だから、子供は寝てなさいって言ったでしょ?」

あたしは溜め息を吐きつつレシテルに言う。もぉっ! リンの奴…。どっかの街とかに着いた時そこの娼館やら何やらで、そーいう事すんのは別に構わないけど! あたし達がいる時にすんのだけはやめれって、あんだけ釘さしたのにっ!

っはああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………。

「…………………子供って言うんじゃねぇ」

レシテルが押し殺した声であたしに言う。

「はいはい、分かったから。あたし、ブルゲネスのリザードマン用に耳栓いっぱい持って来てるから、それして寝よ。あんたの分もちゃんとあげるから」(注・小声)

そう言って、あたしはごそごそとリュックを探り始める。その間も、隣のテントからの「あんっ」とか「あっはーん」だかは聞こえて来る。まったく…こんなに早くから耳栓が役に立つとは思わなかったぜ。

「はい」

『夫のイビキもこれで聞こえない! 今日からあなたもぐっすり快眠』とのコピーがついた袋を破り、あたしはレシテルに耳栓をワンセットわけてあげる。レシテルはそれを受け取ってから、手の中で耳栓を転がし、しばらく黙っていた。何やってんだ。あれ聞いてたいの?とか思いつつ、あたしはさっさと耳栓を両耳にねじ込むと、シュラフの中で体を身動ぎさせて寝る体勢に入った。

と、何かがあたしにのしかかって来た。

んぁ?

目を開けるとレシテルがいる。暗くて顔はわかんないけど、あたしの体の両側に手をついて、あたしを見下ろしてる。

なーにやってんの、よっ」

あたしは「よ」の部分でレシテルの首の後ろを、ズビシッと攻撃してやった。

「はぅっ」

レシテルは肺の中の空気を絞り出してコロンと横に転がり、しばらくピクピクと苦悶していた。阿呆。さっさと寝ないからこーなんのよ。つか、あんたホントに高名なヴァンパイア・ハンター? これっくらいの攻撃、しかも至近距離なんだから、かわすとかなんとかしなさいよ。

「おやすみー」

レシテルが何とか言ってたみたいだけど、耳栓してるからあんまり聞こえない。

「何ぃ? あたし寝るから明日聞いてあげるから」(注・小声)

あたしはそー言って再び目を閉じた。

翌朝。

「リン! あっんた昨晩! 何やってたのよぉっ!」

ズゴシィッ!

あたしの拳(勿論ナックル付き)が、リンの額にめり込む。

「痛いぃっ!」

「ったり前じゃああああぁぁっ! 痛くしたんだからっ! それからっセネカ・ファナシュ! どーでもいいけどさっさとどっか行ってよ! あんたの性欲に付き合ってられる程、あたし達は暇じゃないんだからっ! さぁっ! 五秒以内にテントたたんで、金目の物置いてこっから去る! んでないと、ブーメラン投げるからねっ」

あたしはそうタンカをきって、ブーメランをセネカ・ファナシュの顔に突き付ける。「五秒は無理じゃないか?」ってアレスが突っ込むけど、えぇいっ! うるさい! あたしが五秒って言ったら五秒なのっ!

「まぁ、何の事か全然わかりませんわ」

セネカ・ファナシュはわざとらしく「しな」を作り、ササッとリンの後ろに隠れたりなんかする。ぅおおおぉおおぉのぉおぉおれぇえぇぇえぇっ!
 と、レシテルが口にスプーンを入れたまま(行儀悪い)、つかつかとセネカ・ファナシュに歩み寄ると、その腕をぐいっと引っ張った。

「あんっ! レシテル様、優しくして下さい…っ」

そんなに強く引っ張った訳じゃないのに、セネカ・ファナシュはよろっとよろけてレシテルの薄い胸に倒れ込む。身長はギリギリ、レシテルの方が高い。レシテルは、ぐいっとセネカ・ファナシュの顎を掴んで上に向ける。

「レシテル様…っ、こんな皆が見てる前で…」

セネカ・ファナシュが嫌がってるふりをしつつ、ピッタリと体をレシテルにすり寄せる。まぁ、よくやるもんだわ。うっとりと目を半分閉じるのも忘れてない。
 けど、レシテルはセネカ・ファナシュの首をそのまま右に向けた。

「あ………っ?」

セネカ・ファナシュが間の抜けた声を上げるけど、レシテルはそのまま彼女の髪を乱暴に掻き分けると、首筋にあるあざを見付けて苦々しそうに言った。

「…何か、名前聞いた事あると思ったら…、大陸の東部荒らしまわってる詐欺師じゃねぇか」

そう言って、セネカ・ファナシュを乱暴に突き放す。

「なああああぁぁぁぁぁぁにいいいいぃぃぃぃぃぃっ!?」

あたしは憤然と声を上げ、セネカ・ファナシュに向って突き付けたブーメランを構えた。

盗賊の天敵! 詐欺師!

「ふんっバレちゃあ仕方ないわね!」

と、セネカ・ファナシュはそれまでのエセ僧侶(薬師)の顔を捨て、元のものらしいズル賢そうな表情に一変すると、思いの外、軽い身のこなしであたしから飛びすさった。

「まさか、私の本名を名乗っても、私の事に気付かないお馬鹿さんな人達がいるとは思わなかったわ! うふふっ」

最後に小悪魔的な笑顔を浮かべると、セネカ・ファナシュは着ていたショートマントをバッとはぎ取り、その一瞬の間でどーいう仕掛けなのかはわかんないけど、それまで着ていた服とは全く違う、悪の女王様みたいなボンテージに衣替えしていた。

………………………お前はアニメの変身キャラかあぁあぁぁあぁあぁっ!

あまりの低レベルさにあたしはその場に膝を着き、情けない顔で泣き始めた。うぅっ。こんな奴が詐欺師だっていうのも嘆かわしいけど、そんな奴に引っ掛かったあたし達は、もっと嘆かわしい!
 何か恐ろしいモノ(いや、確かにある意味恐ろしい)を見たかの様な表情で凍りついてるレシテルと、「うわぁ」とか言ってセネカ・ファナシュのボンテージ姿を見上げてるリンと、それまでの話の流れをまったく無視して黙々と朝食を食べ続けてるアレス。

…………どーにしても、何であたしはこんな奴等とこんな場所にいるんだろう…。

あたしは何だか、一瞬投げ遣りな気持ちになってしまった。

「……………なんかさぁ、本名とか言っても、あたしあんたの名前なんて聞いた事無いけど…………」

脱力した状態でも、気力を振り絞って突っ込むと、セネカ・ファナシュはオーバーに飛びすさって全身でショックを表現する。こいつ、役者になった方がいいんとちゃう? しかもコメディ。

「なっ………何ですって!? この! セネカ・ファナシュの名を知らない!?」

「……………俺はコスプレ詐欺師にだまされて、荷物は大丈夫だったけど体奪われたって同業者の話、聞いた”だけ”だから」

念のため、レシテルが彼女の名を知っている理由を、有名さからではないという事を強調する。ちなみに、変身のショックからは立ち直ったみたいで、アレスの隣で野菜シチューの続きを食べてる。

「そうっ! そうなのよっ!」

いきなり、セネカ・ファナシュが悲鳴を上げると、ガクッとその場に崩れ落ちる。そして、ずりずりとあたしの足元まで這って来ると(恐ぇってば!)、あたしの脚にガバッとばかりにすがり付いた。

「なっ…何スかぁっ!?」

あたしは一刻も早く、正常な会話に戻りたいがために、意を決してセネカ・ファナシュの言いたい事を最後まで言わせてやる事にした。うううううううう。もぉやだよぉ。

「私っ、金目の物狙いでターゲットに近付いて、だます所まではいいの! そこまではカンペキだわ! 私の演技力にだまされない人なんていないもの!」

……まぁ、演技力は及第点をやろう。

「でも! 私、どーしても夜になるとだましたパーティーの中に、タイプの体がいるとついつい体が男を求めてしまうのおぉぉっ! それで、大抵は今回みたいなパターンで次の朝になったらバレてしまって、結局マトモな仕事が出来ないのよぉっ!」

それだけ一気に言うと、セネカ・ファナシュはおいおいと泣き始めた。リンはもらい泣きをしたりしてる。…………………こいつら、ほんまもんのアホや。

「だから! 私っ! 悪名高いキラ・セビリアに弟子入りしたいんですぅぅっ!」

なぁぬううううううぅぅぅっ!?

セネカ・ファナシュのあまりの馬鹿さに、脱力したまんまのあたしだったが、彼女のセリフに、古典的にも口から心臓が出そうな程驚いて、思わずセネカ・ファナシュから走って逃げてしまった。

「冗談じゃない! あたしのパーティーはただでさえ変人が多いんだから! これ以上、悩みの種を増やすワケにはいかないのっ! 駄目! 駄目! ぜえええぇぇぇぇったいに駄・目!」

あたしはもう泣きたい気分でそう叫ぶと、アレスとレシテルの仲間に加わって彼女をシカトする事にした。

「………………弟子だとよ」

レシテルがアレスに言い、アレスは「キラも成長したなぁ」なんて言ったりしてる。
 もぉ、いい加減にして! あたしはさっさと話を進めたいの! こんな変人に構ってる暇はないっ!!
 ここは一つ、ザ・口約束で切り抜けるしかない。

「セネカ・ファナシュ? いい? あたし達、今はとっても重要な目的があって旅をしてるの。だから、それが終ったらあたし達のパーティーに加えてあげる。それまで待ってくれるんなら、その時あんたの人生相談してあげられるけど」

「本当っ!?」

シチューを食べながら、決して後ろを振り向かずにあたしはセネカ・ファナシュに言った。これ以上彼女を見てしまうと、何だか悪いモノがあたしに憑いてしまう気がしたからだ。とにかく、ヴァンパイア目掛けて旅してる今は、本当に彼女を仲間にするつもりはない。まぁ、事後もするつもりはないけど。

「じゃあ! じゃあ! ここ! 私が生活してる場所ですからっ!」

セネカ・ファナシュはいそいそとメモを書くと、トトトトッとまたも少女マンガ的な移動の仕方をしてあたしにメモを渡す。ちらっと目を走らせると、意外とすっげぇ汚い字で、ティシュア王国内にある住所が書かれてあった。

「わかった、用事が終ったら必ずここに寄るから、あんたは地元でバイトでもしながら待ってなさい」

その方が世のため、人のためだから。

「はいっ!」

セネカ・ファナシュは、胸の前で手を組んで(これは元からの仕種らしい)大きく頷くと、あたしに向って一礼した。うーん、爽やか。きっとこいつの家には、少女マンガが山積みになってるに違いない。しかもスポ根系と変身モノ。
 あたしの想像は見事に的中したのだが、それが判明するのはまた別の機会になる。

「じゃ、必ず! 行くから、あんたはさっさと家に帰りなさい」

そうやって、あたしは謎の落ちこぼれコスプレ詐欺師、セネカ・ファナシュを追っ払ったのであった。………………はぁ、こんな奴のために何ページ使ったんだよ。

白馬にまたがって去りながら、いつまでもこっちに向って手を振ってるセネカ・ファナシュ。あ、馬から落ちた。しばらく動かない。…………あ、起きた。きっと「私、負けないっ!」とか言ってるに違いない。
 あたしの出会ったライバルの中でも、あいつは最高レベルに再会したくないタイプだ。

「お願いだから、もう現れないでね」と口に出して願いつつ、あたしはセネカ・ファナシュのメモを、シチューをあっためてる火へさりげに投下した。

  

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