「水の精霊の呪い」

「うわっ…!?」

翌朝、あたしが半覚醒したのはレシテルの小さな叫びが原因だった。起きて文句の一つでも言ってやりたい気持ちだったけど、何だか妙に体がだるいのでやめておいた。
 薄く目を開けると、レシテルが胡座をかいて横に座っているのが見えた。相変わらず細い体。
 レシテルはあたしが薄く目を開けてるのに気付いてないみたいで、時間を確認するともう一度横になった。あ、こっち見てる。はろー。おはよーん、レシテル。でもあたしはまだ起きないよー。
 
 レシテルは何だかとっても優しい顔をしてる。いつもの悪童ぶりからは想像出来ない位、その顔は優しかった。…何だか気持ち悪い。だって、いっつも冷笑、嘲笑、良くて不敵な笑いしかしない奴が、微笑んでるんだもん。
 あ、手伸ばしてあたしのほっぺに触った。くすぐったいからやめれ。こら、つんつんすんじゃないの。全く、年上に対する態度がなっとらん。

…ん? 何か、ゴーグルを外してるレシテルのおでこに、何かちっちゃいあざみたいのある。十字架…みたいだけど。あ、ヴァンパイア・ハンターギルドのマークかな?目が少ししか開けられないもんだから、あんまりハッキリ見えないんだよね。

あたしのほっぺを触っていたレシテルだけど、今度はそっとあたしの髪に触る。あたしが目を覚まさない様に気遣ってなのか、やけにそっと髪を撫でると顔に掛かってた髪を後ろに撫で付ける。あ、サンキュー。それちょっとかゆかったんだよね。顔に当たって。

 あー…でも、何であたしこんなにだるいんだろ。何時かはわかんないけど、朝に目覚めたらすぱっと起きれるんだけどなぁ。
 と、レシテルはちょっと変な顔をしてもう一度腕時計を見る。しばらく何か考えてたみたいだけど、ゴーグルをおでこに装着してから少し躊躇した後であたしを起こしにかかった。

「……………おい、ブス。寝過ぎだ馬鹿」

くっそ、さっきまで微笑んでたクセに口開くとこーかよ。

「うー…ダルいからやだ……」

肩を掴んであたしを揺するレシテルに、あたしはかすれた声で何とかそう言った。ん? かすれた声? ……何か変だなぁ。
 レシテルはポリポリと頭を掻くと、一回テントを出て行った。ザッザッ…てレシテルの足音が少しだけ移動して、外でレシテルとリンが話してるのが聞こえて来た。

「…おい、あの女こんな時間になっても起きねぇんだけど…」

見張りの後半は、結構眠くて頭がボーッとしてる場合が多い。リンは「ふにゃ?」とか寝惚けた声を出してたけど、レシテルに腕時計を見せられたのか「もぉこんな時間ですか?」とか言ってる。
 で、リンは一言「キラがこんな時間まで寝てる筈がありません」って言って、あたしの寝てるテントにやって来た。普段はあたしに殴られるから、絶対に近付かないんだけど今回は例外。テントの中に入るとあたしの側にひざまずき、あたしに呼び掛ける。

「キラ? 何だか結構な時間になっちゃってますけど…まだ起きないんですか?」

結構な時間って言ってもねぇ…。うーん、起きたくても何だか体に力が入んないんだよねぇ。これぞ正にダルダルという奴。

「…おかしいですねぇ…体調悪いですか?」

うーん、そう言われればそーかも。寝起きだから…って思ってたけど、頭が何だかぼんやりする。あたしはメチャメチャ健康体なので、精神的な事意外、あんまり具合が悪くなった事なんてない。だから、実際体調が崩れた時なんかはそれに気付きにくかったりする。

「…突然すぎるな…。おい、俺様はこいつのに宿ってる精霊の調子見てみるから、お前は大食い魔導士を起こして来い」

自分よりも五歳は年上に向かって、レシテルは偉っそうにそう命令すると、あたしのおでこの辺りに手をかざして、小さく呪文を唱え始めた。リンもリンで、プライドの欠片もないのか、言われた通りにテントから出てアレスを起こしに行った。

人には、それぞれに宿る精霊がいる。守護霊って奴もいる事はいるんだけど、守護精霊って奴もいるのだ。人によって、火の精霊の加護が強かったり、色んなタイプがある。魔法の素質とはまた別に、それぞれの属性相性があったりする。で、前に説明した自分の生命力を使うレベル二十の魔法なんかは、自分に宿っている精霊に、自分の命をエネルギー源として最高の力を発揮させて自爆させる。そこから出される物凄いエネルギーを使って、魔法を発動させるのだ。
 ちなみにあたしは、アレスの使えない属性の火と聖属性の加護が強い。魔導士なんかだと、自分の生まれ持っての守護精霊の属性と同じ属性の魔法を習得するのが多い。やりやすいし、強力な奴とかも比較的楽にこなせるから。また、自分の持ってる属性と逆の属性なんかを根気良く習得していったりすると、オールマイティになれたりする。
 参考までに言っておくと、リンは水、氷、風の属性。アレスは珍しい事に闇と光の属性だったりする。反対の性質が一人の人間に対して守護精霊として宿るのは、滅多にない。だからと言って特に何かがある訳でもないんだけど。ちなみにレシテルのは知らない。

「…我、乞い願う。
  我が任意の人物に宿る精霊よ、
  その姿をあらわし我の望む姿となれ。
  我が望むは汝が力。
  其は我が望む者、我は其が姿を望む者。
  今此処に、我の示す精神の領海に姿を現せ」

レシテルのボーイソプラノが滑らかに呪文を唱えて、あたしの中に宿っている精霊を引き出して、その状態を調べようとしてる。これは『精霊透視エレメント・シースルー)』の魔法で、医者ギルドの人は必ず持ってないといけない魔法。この魔法を使って、その人の体調とかを調べるのだ。割とあたし達冒険者は、戦闘中に相手の弱点の属性を調べる時なんかに重宝する。

「…………………あぁ?」

と、いきなしレシテルがいつもの声をあげた。何だ何だ?あたしの精霊ちゃんに何か異常があったの?

「…レシテルー?」

言葉を発するのもおっくうだけど、自分の体の事だから気になる。あたしは間延びした声でレシテルに訊いた。

「……………何だ、お前ら……。あぁ、俺はそんな事頼んじゃいねぇよ」

だけど、レシテルはあたしの言葉を無視して、多分あたしの守護精霊と話しをしている。一見、変な人みたいだけど、まぁこれは精霊と交信可能な人の宿命と言えるだろう。ホホホ。
 うーん、何だか意見の食い違いがあったりしてるみたいだなぁ。でも、あたしの守護精霊に対してレシテルがこんな口きける筈がない。守護精霊は宿っている人のために存在して、その人の命令しかきかない。だからレシテルがこんな事を言ってるって事は…?

「キラ、水の精霊怒らせる様な事したか?」

やっとこ起きたアレスが、リンとレシテルから事の次第を説明されて開口一番そう言った。馬鹿野郎。そんな事する訳ないでしょーが。
 レシテル医学博士によると、どうやらあたしは水の精霊の怒りを買って風邪をひいてしまったらしい。…迷惑な話だ。でも、いくら思い返しても水の精霊を怒らせる様な事はしてない。

水の精霊が怒る可能性があるとすれば、地の精霊の力を借りて一時的にスティーラーを大きくした時にも言ったけど、精霊の力を借りておきながら精霊を還さなかった場合。でも、あたしは魔法使えないからそれは無い。他には、水の聖地とされてる所を冒涜するとか、湖や川なんかにゴミを捨てて汚したりした時なんかが、可能性として挙げられる。
 でも、あたしはキャンプをする度にちゃんとゴミを残してないかチェックするし、ましてや水場にゴミを捨てた事なんかない。もしかしたら、何かの弾みで落として気付かなかった事があるかもしれないけど、その場合はわざとじゃないから精霊も怒らない。『ゴミはゴミ入れに』を忠実に守ってる人なのよう、あたしは。

冒険者たるもの、キャンプを開いてゴミを散らかすなんて事があったら、そいつは冒険者失格だ。自然の宿を借りて一夜を過ごすんだから、そこを汚してそのまんまなんて人として最低。
 そういう行為が発見・確認されると、冒険者ギルドに通告されて、そこから各ギルドに司令が下されてギルドの登録カードにペナルティの印が付けられる。それがある程度溜まると、その人は登録カードを剥奪されてもう一度ギルドに入るための試験やらを受けないといけなくなる。
 自然を汚すとかの行為以外にも、色々と悪質な騒ぎを起こした人とか、著しく街や自然を破壊した人とか、そーいう人はちゃんとペナルティを付けられる。どんな旅先にいても、最寄りのギルドでペナルティの印を付けられる様に、各ギルドは風の精霊を使って凄い速さで情報を流す。そりゃあ、恐ろしいのよ。で、何処かの街や村のギルド掲示板に張り出されてあるのを確認したら、自己申告の形で出頭する。まぁ、中にはそれから逃げ回ってる悪質な奴もいるらしいんだけどね。

 ペナルティを付けるべき行動は、冒険者が発見したり一般人が目撃したりしてギルドに通告する他に、変装した冒険者ギルドの査察官なんかがあちこちを見回ったりしてる訳よ。だから、うかつに悪い事は出来ない様になってる。
 冒険者ギルドに加盟してないフリーの冒険者もいるけど、その人達はギルドの特権を使用出来ない。特権っていうのは、ギルドの指定がされてある宿や公共施設、武器屋、防具屋、道具屋、魔法屋とか、色んなお店はギルドに加盟してると割安にしてくれる。まぁ、決められた割合なんだけど。
 冒険者にとって、武器なんかは絶対に必要なものだから、一般の人が趣味とかコレクションで買うのと同じ値段にすると生きて行くのに困る。指定価格の何割っていう一見小さな額でも、高くていい物の割合って言ったら結構な額になる。それでもやっていける自信のある人は、ギルドに加盟しないでフリーで冒険者をやってる。勿論、そういう人は少ないけどね。

で、話は大分逸れたけど、あたしはそんな悪行はしてないし、水の精霊から恨まれる事もしてない。だけど、あたしは水の精霊の怒りを買って風邪をひいてる。何とも理不尽な話だ。

「馬鹿ですねぇ」とか、あたしが寝込んで動けないのをいい事に好き放題言ってるリンの横で(元気になったら絶対にお仕置きだべ〜)、レシテルは一人で何だか難しい顔をしてる。…もしかして、こいつが精霊に頼んであたしに呪いかけたとか? なんて思っちゃったりして…。

「ちょっと…」

レシテルは、そう言ってアレスを引っ張るとテントの外に行ってしまった。後は、甲斐甲斐しく(何だか嬉しそうだ。…ムカつく)あたしの世話をしてくれるリンが残された。

「いやぁ、弱ってるキラも可愛いですねぇ」

なんて言いながら、ショリショリ果物むいてたり。…嬉しいけどそーいうものの言い方やめれ。でも、心の中で散々悪態ついたり長々と説明をしてる割に、実際あたしの体は凄く調子が崩れてたりする。不満そうな顔をするのが精一杯で、いつもの半分すら元気が出ない。普通の風邪と違って、水の精霊のもたらす呪いの風邪って奴は悪性なのだ。
 と、出て行った筈のアレスとレシテルが戻って来た。二人用のテントだからぎゅうぎゅう。あ、リンの奴追い出されてやんの。「邪魔だ」とかゆってレシテルに蹴り出されてるし…。

「俺のせいだ」

いきなし、レシテルは悪いと思ってるとは思えない態度で、あたしにそう言った。

は? やっぱりあんたがあたしに呪いかけた訳?

自己申告をしてから、憮然とした表情で黙ってしまったレシテルに代わって、アレスが時間を掛けて説明してくれた。
 どーやら、昨日の大ゲンカで罪のないレシテルを散々罵った挙げ句、奴を傷つけたあたしに水の精霊が怒って制裁を加えたらしい。
 まず普通はそーいう事はないんだけど、特別に精霊にひいきされてる人とかが理不尽な扱いを受けた時なんかは、精霊が自発的に動いて制裁する事がまれにある。
 で、今回の水の精霊ってのは女が多い。精霊にも性別ってのはある訳よ。水の精霊だったら、ポピュラーな所でウンディーネとかサイレン、ローレライ。全部美女タイプで美形な人間の男が大好きらしい(…何だかなぁ)。

普段、精霊ってのは姿を見せないし、よっぽどの事(召喚された時とか)が無い限り特定の形をとる事はない。精霊召喚ってのは凄く精霊に愛されてる人しか出来ない大技だし、精霊は魔法って形で力の一部を分けてあげてはいるものの、大物の精霊そのものが出向いて力を貸すって事は滅多にない。でも、実際存在してる精霊召喚師の話や、そこに居合わせた人によると、水の精霊の多くは美女らしい。水の精霊の眷族である、妖精のマーメイドやらケルピーなんかは男も多くいるらしいけど。

で、今回の事について、レシテルはこの通り美少年な訳だし(悔しいけど認めるわよ)、魔法もオールマイティらしいから水の精霊とも仲がいい。で、水の精霊のお姉さん達からは気に入られてるらしく、昨日のケンカでレシテルが理不尽にもあたしに責められてるのを知った彼女達は、小生意気な小娘であるあたしにお仕置きをしたらしい。この際の水の精霊は、タフト河に住んでる精霊。あの一部始終を見てた訳である。

「…………………別にいーってば、あたしだって悪かったんだから」

どっちかとゆーと水の精霊に腹を立てつつ、あたしはガラガラ声でレシテルに言った。ったく、他人のケンカに口挟むんじゃねぇっちゅーの。

「で? 何とかなんない訳?」

悪寒のする体をシュラフの中でもそもそさせつつ、あたしは二人に訊く。ブルゲネス湿地帯を目前にしてるってゆーのに、こんな所で寝込んでるのは勿体無い。

「追い払う」

レシテルがまだ仏頂面したまんま、それだけ言った。多分、あたしに対して済まないって思ってるのもあるだろーし、頼んでもないのに勝手に動いた水の精霊に対して怒ってるのもあるんだろう。…ったく、そんな顔しなきゃ可愛いのに。
 つか、せっかくあんたの仇をとりにあたしに取り憑いた精霊を、無理矢理引きはがして害はないんだろーか。あたしの体から離れつつ、間際に呪いを掛けるなんてのはナシだぞ?おい。どーやら、噂によると水の精霊は恨み深いらしいし…。女の嫉妬とかも恐いしね。そもそも。

「…話つける」

レシテルはそう言うと、立ち上がった。ナニナニ?

「どーやって話つける訳?」

もそもそと言うあたしに、レシテルは半分だけ振り向いて答えた。

「召喚する」

えっ!? マジ!? 出来るの!? つか、あんた色々出来過ぎ! デキスギ君…あ、スンマソン。今のセリフは忘れて下さい。

「見るっ! 見たい! 見たいいいぃぃ…」

あたしはベタベタと地面を這って(無様)シュラフから出ると、アレスの手を借りてテントの外に出た。

キャンプを張っている水場に向かって、レシテルは仁王立ちになる。どんな奴に対しても、「俺様」な奴である。
 つか、キャンプを張る度に水場があるもんだから、賢明な読者様は「水場大過ぎ…」とか思ってるかもしれないけど、それは都合のいい設定でもなんでもない。マリドン多島大陸群は元々一つの大きな大陸で、それが水没したりして今の五大陸の形になってる。
 余談をすれば、マリドン多島大陸群の北西にはガルダ大陸ってのがあるんだけど、大昔には今のテペス大陸の北にレイオーンっていう大きな大陸があって、そこは物凄く繁栄を見せた所でガルダ大陸にも隣接してたらしいんだけど、ある時急に大津波に襲われてレイオーンは地図上から姿を消した。っていう逸話も大昔にある。
 五大陸は今でも少しずつ水没し続けてるらしいんだけど、ブルゲネス湿地帯なんかはそれの筆頭。大陸の北東部(ブルゲネス湿地帯のあるトレナン共和国、ドゥーマ王国あたり)は、特に水が多い。でっかい湖なんかも多いし、湿地帯や大きな川も多い。なので、そこらにホイホイ水場があったりするのである。タフト河の下流、海に注いでるあたりには大きな三角州があって、そこは水の神殿があったりなんかもする。

レシテルは水場に向かってしばらく立ち尽くしていたけど、おもむろに呪文を唱え始めた。動作は一切無い。精霊召喚は純粋に精霊との相性による。魔力やなんかはあんまり重要じゃなかったりする。だから、精霊に愛されてさえいれば魔力はほとんど無くても精霊召喚師としてやっていける。

「…我、汝を呼ぶ。
  この世界に宿る全ての水を通り、自在に世界を移動する者よ。
  妖艶にして美しき水の精霊、
  我が声に耳を傾け、今ここに姿を現せ。
  我が望むは汝が姿。
  ………………………出て来やがれ! ウンディーネ!」

ぎゃあぁっ! 何て事ゆーんだこのクソガキはっ! 水の精霊の中でも最も力を持ってるっていうウンディーネに向かって!出て来やがれ!? ぎゃあああああああぁぁぁぁぁ! あたし達全員殺されるうぅぅうぅぅうっ!!! 水死は美しくないからやだああああああぁぁぁっ!
 あたしが覚悟を決めて水面を眺めてると、水場の静まりかえっていた水面が徐々に波立ち始め、いきなりザバァッっと水飛沫が立つとそれは次第に人の形をとっていった。うわあああぁぁぁぁ…初めて見るうぅぅ。レシテルがいて良かったぁ。何て、あたしは怯えていたのもスッカリ忘れて、生まれて始めて見る精霊って奴をワクワクして見ていたのである。

後でレシテルに聞いたんだけど、精霊召喚てのは魔力と同様に呪文もあんまり重要じゃないらしい。ほーんとに精霊と相性抜群! な人は、精霊の名前を呼ぶだけて駆けつけてくれるらしい。だから、召喚の時の呪文なんかも、魔法とは違って全然適当らしく、それなりにおだてれば来てくれるらしい。呪文が長ければ長い程(おだてる文句が多い程)、召喚された精霊が留まってくれる時間も長い。ちなみに今みたいに暴言を吐いても、精霊の方から好意を寄せてるので全然怒らないんだそーだ。……………………何だかなぁ…。

レシテルが呪文を唱え始めてから五分も経たない内に、ウンディーネは召喚されていた。美女っていう噂に違わず美女。透明な水で形をとっているから、向こうの景色なんかが透けて見えたりするんだけど、水は細かい部分まで形をとって、一枚布の衣をまとった髪の長い美女の姿を現していた。
 精霊がその召喚者に対する好意の大きさによって、精霊は自分の姿を良く見せようとして一生懸命細かい所まで意志の力で形を取るらしい。好きだけど結構どーでもいい人なんかに対しては、何となく水が人の形をとってるなーって程度らしい。…………つくづく、あたしは精霊に対する神聖な思いなんかは、捨てないとやってけないなぁ、と思った。魔導士なんかはロマンあふれる職業だと思ってたけど、その実一番ロマンを捨てないとやっていけない職業らしい。

ウンディーネは、あたし達の存在は完全に無視してレシテルに向かって身を乗り出すと、ウインクしながら言った。

『久し振りに呼んでくれたじゃない、レシテル』

あぁあぁぁあぁあぁぁぁっ! 皆の憧れウンディーネが、色目なんか使って人間の子供に、そんなそこらの女みたいな事言ったらいけましぇーん!

「…うるせぇな、俺はお前みたいな色気振りまいてる奴はタイプじゃねぇんだよ」

あぁんもうっ! レシテルもそんな事ゆーなああぁぁっ!

『何よっ! サラマンダーの火蜥蜴なんかは、結構呼んでるクセにっ! 知ってるのよ? 私達が敵同士だからって、向こうに関する情報があたし達に漏れないなんて思ったら大間違いなんだから!』

……………………………(涙)。これじゃあ痴話ゲンカだぜ。

リンとアレスは茫然として、プリプリ怒るウンディーネの透明な姿を見てる。そりゃそーだろう。精霊に対して持ってた、綺麗で美しい夢が叩き壊されたんだから…。ま、アレスは知ってたか。
 ちなみに、精霊ってのは意外とやきもち焼きらしくて、あんまり一つの精霊ばっかりを呼び出すと嫉妬するらしい。これじゃ、何だ、あちこちに女を作ってる甲斐性無しの様な…。

『…まぁ、いいわ。所で何の用?』

どんだけ酷い事を言われようと、ウンディーネはうっとりとした目をレシテルに向けてそう言う。性格はどーであれ、顔さえよければオッケーなんて…。いかんと思うんだけど…。

「とぼけんじゃねぇ、こいつに呪いかけただろーが。下っ端から聞いたぞ。俺は別にそんな事頼んでもねぇし、望んでもいねぇ。迷惑だ。とっとと呪いを解け」

大丈夫だとは分かっていても、あたしはレシテルのあんまりな態度に思わず泣きたくなっていた。うぅうううぅぅぅ。

『何よ、その色気の欠片もない貧乳小娘が、あんまりにもレシテルに酷い事言うから、ちょっとお仕置きしただけじゃないの。レシテルの下僕らしいからこれでもかなり手加減してあげたのよ?』

ムカアアアァァッ!

ウンディーネのあんまりな言い方に、あたしは思わず言い返そうとしたけど、アレスに口を塞がれた上に力が入らない。つか、あたしがウンディーネに何か言ってたら、それは大事になっただろう。愛されてるレシテルとは違って、あたしは何とも思われてない所か嫌われてる。しかも守護精霊の属性は火。そんなあたしがケンカふっかけたともなれば、こんな風邪どころじゃ済まされない。

「頼んじゃいねぇつってるだろーが。ここにいられる時間も長くはねぇんだろ? とっとと俺の言う事きけ」

レシテルが苛ついてそう言うけど、ウンディーネは嫌そうな顔をして横を向いている。この性悪女……。セネカ・ファナシュけしかけるぞ!

「………………………今度呼び出してやるから…」

げんなりした顔でレシテルがそう言うと、ウンディーネは機嫌を直したみたいで、それでもすぅっごく嫌そうな顔をしてあたしに向けてしなやかな腕を振った。とたんに、あたしの体からダルさや喉の痛みなんかが、スゥッと消えていった。

『今のは約束だからね』

そう言うと、ウンディーネはまたもウインクをしてトプンと水に戻って行った。

『………………………はああああああぁぁぁぁ…』

期せずして、その場にいた全員(アレス除く)が同時に溜め息を吐いたりする。まぁ多分、皆思っていた事は同じなんだろう。

精霊は、あたし達人間と違って正式な物質界の住人じゃない。物質界に関与して力を行使する事は出来るけど、その本体は精霊界にある。だから、機嫌をとろうとして何かしようとしても、別に物を要求する訳でもないし(精霊にとっては価値がない)、やっぱり一番に嬉しい事は召喚してくれる事なんだそーだ。

「……………まぁ、とにかく一応お礼は言っとくわ、レシテル」

すっかり元気になったあたしは、被っていたレシテルの毛布をたたみながらお礼を言った。何だかんだ言って悪かったのはあたしで、それでウンディーネからお仕置きを受けて、それでもってレシテルにまたも助けられてるのはかなりカッコ悪いけど、お礼を言わないといけない場面だろう。ここは。

「………………いい、返せ。それより腹減った。とっとと飯作れや」

レシテルはあたしから毛布を奪い返すと、それをカバンにしまい込みながらそう言った。可愛くねぇ…。まぁ、これがいつもなんだけどさ。

「良かったね、キラ」

そう言ってくれるリンにも、お礼を言ってからあたしはいつも通りになった体で遅め朝食を作り始めたのだった。うーん、これからは恐くてうかつにレシテルに反撃出来ないなぁ…。

  

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